twenty-twenty hindsight 2



一連のやり取りを阿伏兎から聞いたの顔色は、目まぐるしく変化していった。
最初は茹でダコのように真っ赤になったかと思うとサッと血の気が引いていき、最終的には青筋の浮かんだ凄まじい形相に落ち着く。
震え上がった阿伏兎がさり気なく距離を取ったのが、視界の端に映った。
さすがの私も、自分の上司に八つ当たりするって事はないのにねぇ……たぶん。
阿伏兎の身の安全は、実は風前の灯だったりする。
普段は有能な部下を自認するだったが、怒らせると手に負えないのもまたこのタイプなのだ。

「ねぇ、阿伏兎」
「……――おぅ」
「一発殴らせろ」

拳を作って、素敵な笑みを浮かべて。
小首まで傾げて可愛らしくお願いしたのに、阿伏兎は嵐もかくやの勢いで猛然と首を横に振った。

「お前ェの一発は、どんだけ威力があると思ってんだ! 頼むから、マジ勘弁してくれ!!」
「ちっ」
「年頃の娘が舌打ちすんじゃねぇぇぇぇっっ! って言うか、何その理屈。どうして俺が殴られなきゃいけないの?!」
「近くに団長がいない。阿伏兎が目の前にいる」
「……おい」

答えは、単純明快。
そんな簡単な事、聞かずとも分かるじゃないですか。
当然と言わんばかりの口調で俺様的理屈を述べれば、阿伏兎の視線がつつつと逸れて明後日の方へと投げかけられた。

「……なんつーか、俺って損な役回り多くね?」
「何を今さら」

フンと鼻で笑って、阿伏兎の切実な悩みなど遥か彼方へ吹き飛ばしておく。
微妙にショックを受けているらしい上司の事などお構いなしに、は腕を組むと話の続きを促すように片眉を上げた。

「つまりあのバカ団長は、この私にセクハラ行為を働いた挙句に女じゃないとかふざけた事をぬかしやがった、という事ですね?」

ふふふと肩を揺らして笑う姿は、我ながら不気味だ。
顔には一応笑みらしきものを浮かべているはずだが、阿伏兎が後退りし始めたのを見るとあまり上手くはいっていないらしい。
戦場では百戦錬磨、夜兎族の中でも歴戦の猛者として知られる阿伏兎でさえ時として手に負えなくなる女、それがなのである。
文字通り蛇に睨まれた蛙状態の阿伏兎に、殺気渦巻く薄笑いを浮かべたは更に言葉を継いだ。

「しかもその理由が、私の胸? 理由も聞かずに、状況証拠だけで決め付けたの? 
――こちとら好き好んで“さらし”なんて窮屈なもの巻いてるわけじゃないのに、そんな好き勝手な事ほざいてるんだ。へぇー、なるほどねぇ」
「は。さらし――?」
「アンタらのせいで胸の形が崩れたら、どうしてくれるんですか? 責任取ってくれんのかコノヤロー」
「さらし……――
「締め付けられてきついわ蒸れるわセクハラされるわで、ホント最悪なんですけど。
 私の涙ぐましい努力に対する仕打ちがコレとか、アンタら何様?」
「っ、いや、ちょっと待て! 落ち着け、!!」
「何言ってるんですか。私はいつでも落ち着いています。冷静です」
「ど、こ……が……、だぁぁぁぁ!!」

――どこが?
問われて、ふと我に返ってみれば。
胸倉を締め上げられた阿伏兎が、顔を赤紫にして口から泡を吹き、白目を剥きかけていた。
カウントは、ギブアップ。

「あら、失礼」

とりあえず心の伴わない謝罪を口にして、パッと手を離す。
言葉同様、の顔に浮かぶ表情は欠片程も失礼とは思っていない平然としたものだった。
仮にも夜兎のくせに、これ位で大げさな。
化け物じみた夜兎に比べれば、自分などか弱い女性に過ぎないと本気で思っているは、
咳き込む阿伏兎を見ても大して心を動かされる事はなかった。

「こっンの、馬鹿力がッ! テメェは、俺を殺す気か!!」
「そうしたいのは、やまやまですけど」
「……。――ま、まァ、それはいい。そこら辺追求すっと、おじさん泣きたくなりそうだから」

何とも言えない顔で、自己完結させる。
阿伏兎は、すっかり乱れてしまった服を直しつつ口を開いた。

「お前さんのソレ、さらしを巻いてるからか」

阿伏兎に指差されたのは、神威から絶壁というありがたくもないレッテルを献上された胸。
男物の上着が、胸に邪魔される事なくジャストフィットしている。
さらし効果ですけどね! と半ば投げ遣り状態で開き直ったは、兎にも角にも肩を竦めた。

「当たり前じゃないですか。いくら私の胸がささやかでも、絶壁とか分厚い胸板呼ばわりされる謂われはありません。
 これは、さらし。きつく巻いて、固定してあるんです。それくらい気づけ」

据わった目つきで一気に言えば、阿伏兎は冷や汗を流して何度も頷いた。

「あ、あぁ……なるほど、さらしな。――……って、さらしかよ。なんだってそんな紛らわしいの巻いてんの、お前ェは」
「脂肪の塊二つもぶら下げて、飛んだり跳ねたりしろと? 邪魔です」
「……おーい、ちゃん? 脂肪の塊って、何その暴言。ちょっと言い方ってもんを考えようか」
「男(阿伏兎)の欲望の具現化」
――――いや、普通カッコの中って読まなくね? 声に出しちゃったら、カッコの意味ないよね?」
「オブラートで包んでみました」
「それ、ただ単にカッコで包んだだけぇぇぇぇぇっっ!!」

阿伏兎の煩い喚き声は、ちゃっかり耳に栓をして防いでおく。
副団長補佐としてが身に付けた防御術――いわゆる、阿伏兎対処法である。
いつも神威にしてやられる阿伏兎の叫びに構っていたら、
溜まりに溜まった仕事がまたさらに溜まるだけでカオスな無限のループに嵌ってしまうではないか。
うんうん、私って賢い。
思えば、ここに至るまでの道のりは果てしなく長かった。
仕事をしない団長と、押し付けられた仕事に埋もれる阿伏兎――と、私。
無駄に血の気が多い団長の後片付けに奔走する、何かと貧乏クジばかりな阿伏兎――と、私。
あっけらかんと反省のはの字もない団長を怒鳴り散らす、阿伏兎――と、私……。
改めて指折り数えてみれば。

「私、全部巻き込まれてるじゃん」

そして今回もまた、元凶はバカ団長こと神威である。
ため息も出ようというものだ。
それと共に、ふつふつと怒りも蘇ってくる。
冷めていたわけではないが、すっかり話がわき道にそれてしまっていたバカ団長の許し難き所業。
セクハラ行為を働き、あまつさえ胸がないというたったそれだけの理由(それも、勘違い!)で人を女じゃない――つまり、男呼ばわり。

「考えれば考えるほど、はらわたが煮えくり返るわ……。
 確かにうちの団長って、単細胞バカで救いようのない戦闘狂だとは思ってましたけど、
 ここまでアホだったなんてがっかりです……まぁ、薄々気づいてはいましたけどね」
「笑顔の裏で、アンタ何考えてんの? 腹ン中真っ黒なんですけど、この子」
「腹芸は得意なもので」
「……胸張って言う事かよ。誉めてねェぞ、俺は」

呆れ顔でそんな分かりきった事を言う阿伏兎には、冷ややかな眼差しを送っておく。

「阿伏兎に誉められても何の特にもならないので、別に誉めてくれなくていいです。
 そんなくだらない事よりも、あのバカ団長をぎゃふんと言わせるいい手を考えてくれませんかね?」
「……」
「セクハラ行為と私を男呼ばわりしたツケ、絶対に払わせてやる――

そして怒りの矛先は、最初へと戻る。
ぶつぶつと呪詛の如く恨み言を吐き出し始めたに、阿伏兎は疲れ切った顔で「だったらよォ」と至極当たり前な解決策を口にした。

「とりあえずさらし取りゃ、少なくとも自分の勘違いには気づくんじゃね?」
「……。なるほど!」

すっかりやつれ果てた阿伏兎の呟きに、ポンと手を打ったの目がキラリと光を放った。