運命の日が、廻り出す。
「…《滅びの前兆》…?
では、今までの観月は、その《意思》とやらに支配されていたと言うのか?」
ステンドグラスに彩られた、大聖堂。
そこに集まった青騎士と聖ルドルフの面々は、一連の事件について会談中だった。
基本的には、不二と赤澤が会話している形だ。
他の面々は、話に耳を傾けているくらいで口を挟むことはほとんどない。
「英二が《魔眼》で、彼のイヤーカーフの魔力を関知した。
僕が破壊したそれは、既にその痕跡すらない…。先の不動峰のケースと同じだ。疑う余地もないね」
「…確かに…ここ最近の観月の様子は…」
神妙な顔つきで考え込んでから、ふと、赤澤は顔を上げた。
そして、傍に控える金田や裕太を振り返る。
「………おかしかったか?」
「いえ別に」
「多少、策の陰険さに研きが掛っていたくらいです」
「………」
即答され、赤澤はゆっくりと不二を振り返った。
「…どう思う、不二」
「単に最初から性格悪いんじゃないのかな」
「…不二先輩…」
「…そういう先輩だって良くは無」
「リョーマッ!!」
さらりと爆弾を投下しかけたリョーマの口を、は慌てて塞いだ。
当のリョーマは憮然としている。まったく反省がない。
「おい、おまえら! 教皇の御前で何…!」
「と、とにかく」
あっと言う間に騒がしさを増す面々に、赤澤は咳払いとともにそれを遮った。
「多大な誤解があったことを謝罪する。悪かった。…オレが頭を下げたところで罪は消えないが…」
「いや…こちらも怪我人はないし。大事にはしたくない…教皇自ら頭を下げる程のことでは」
「部下の過ちはオレの非だ。
しかし、観月もまた、自らの意思とは関係なしにしたこと…どうか許してやって欲しい」
「……。もちろんです」
笑顔で頷いた不二だったが、今、明らかに返事までに間があった。
達青国の面々は、呆れていいのか恐れていいのかわからず、うっそりと額に手をやった。
が、当の赤澤は気付いていない。
「…ありがたい。
この恩に報いる為、我が聖ルドルフは貴国の為にただ一度だけ力を貸すことを約束しよう」
「教皇!? しかし…ッ」
「良い、黙れ。恩は返す、当然のことだ。…だが、」
そこで言葉を切ると、赤澤は達にゆるりと視線を向けた。
やはり、さすがは一国の王に相当する教皇――その威圧感は手塚にも勝るとも劣らない。
「援軍の要請、今この場に居る――不二、菊丸、越前、…
そしておまえ達の上司である手塚の5人以外から受ける気は無い。これだけは譲れん」
「充分です。…英断に感謝します」
頷き、不二は深く頭を垂れた。達もそれに倣う。
「教皇! 観月が目を覚ましたよ!」
「野村か。…観月をこれへ!」
「はい!」
「――必要ありませんよ」
止めようとする神官戦士達を手で制し、観月が姿を現した。
どこか疲労を感じさせる顔色だったが、ピンと伸ばされた背筋や強い視線から、
自らの強い意思を持ってここに居るとわかる。
「観月か。…大事ないな?」
「…ええ。なんとか」
応え、観月は赤澤の前に立った。
憑き物が落ちたように、静かに。
「…教皇。話は野村くんから聞きました」
「おまえ…やはり記憶が…?」
「――ボクは、間違ったことをしたとは思っていませんよ」
真っ直ぐに赤澤を見つめ、観月はきっぱりと言い切った。
その場に居た全員が、息を飲む。
「…同じ状況があれば、ボクはきっと、同じシナリオを考えるでしょう」
「観月、おまえ…!」
「この国が生き残る為には、そうするより他はないじゃないですか。
…ボクは…ボク達は、その為に先代の手で集められたのですよ…?」
その口調は淡々としていて、感情は読めない。
だが、何故だろうか。は酷く悲しい気分になる。
「どちらにせよ、ボクは敗れました。…この責に、どうぞ罰を」
「何を言う! …観月、責と言うなら、それは教皇であるオレとて…」
「あなたはわかってない!! 教皇、あなたとボクとではすべての重みが違う!
それに…ボクはこの国を勝たせなければ意味はないんだ!! 一敗だって許されるものか…ッ」
「――でも、」
沈黙が流れるその場で、不意に、は口を開いた。
「でも、挫折を乗り越えてこそ、強くなれるんじゃないでしょうか…」
「…君に何がわかるんです!
英雄の娘として生まれ、類稀な力を持ち、青国の次代を担うと言われる君に…ッ」
「わかります。…わたしだって、挫折を乗り越えて今のわたしになったから」
臆することのない、真っ直ぐな瞳で、は観月を見つめる。
言葉が出ないのか、観月は声を詰まらせた。
「観月さんも不二さんも強かったです。ただ、今回はわたし達が勝っただけ。
…一度負けたから、自分はここまでだと諦めるんですか? 逃げるんですか?」
「……君というひとは」
そう呟いて困ったように、観月は微笑う。
「稀に見るお人好しですね…敵を奮い起たせてどうするんです?」
「今は敵じゃないでしょう? 敵になったらなったで考えます」
「彼女の言う通りだ、観月」
そこで、スッと赤澤は椅子から立ち上がった。
そして、観月の眼前に進み出る。
「オレ達は、まだ負けちゃいない」
「…教皇…」
「観月。我が聖ルドルフには、おまえが必要だ」
一瞬、観月は軽く目を瞠った。
そして、流れる沈黙。
「……わかりました」
やがて、小さく――しかししっかりとした様子で、観月が口を開く。
どこか照れくさそうに、冷静さを取り戻して。
「次の機会のために。徹っっっ底的に弱点を探り出してみせますよ…」
と、言って嗤った。
…不二の方を見ながら。
「…なんで彼は僕の方を見ながら言うんだろうね」
「…不二先輩に負けたのが死ぬほど悔しいんじゃないっスか」
「…むしろトラウマになってない方が凄いと思うのってオレだけかにゃ」
口々に言う青国メンバーに、は小さく息を吐く。
まったく、綺麗にまとまりそうなところに茶々を入れるんだから、この人たちは、と。
「もー…先輩達もいい加減に――――ッ!?」
不意に。
は目を瞠り、周囲を見回した。
そして、ある一点を見据える。
感じるのは僅かな――否、とても気薄な魔力。
そして…視線。
「?」
「…今…視線を感じたような…」
「…そう言われてみれば…魔力の残滓が…」
菊丸が、《魔眼》を凝らして周囲を探る。
しかし、その瞬間に魔力は無散した。僅かな痕跡も、残さずに。
「…この散り方…遠見の魔術だね」
「大丈夫、悪意はないよ」
「って、不二先輩気付いて…!?」
一斉に視線を向けられ、しかし不二は変わらない微笑で応えた。
ある意味、あの笑顔は無表情とは言わないだろうか…?
達の間に、共通の疑問が浮かんだのは言うまでもない。
「遠見の魔術…か。誰だろうね、いったい?」
そう呟いて、不二はゆるりと視線を上げた。
まるで遠見の魔術が、どこから発せられたのかを、知っているかのように――。
+++
「…と、いうわけで。今回も無事に終わったってことで良いのかな?」
普段通りの柔和な微笑を浮かべ、不二は悪びれもなく、言った。
…そう、大暴れした張本人が、まったく悪気の欠片もなく。
当然、大石は胃を押さえて蹲っているし、手塚はうっそりと額に手をやって俯いていた。
…ふたりとも、顔色が悪い。
「…不二…あれほど問題を起こすなと…」
「結果的に丸く収まってるんだから、良いじゃない」
良くない。
良くないのだが、それを言い返す気力がある者はいなかった。
「………あの観月ってひと、相当、不二先輩に対抗意識燃やしてましたけど」
「大丈夫、負けないから」
いや、そこ笑うところじゃないから。
穏やかに微笑む不二に、全員が同じ突っ込みをしたかったのだろうが、
…やはり、《人界の魔王》に逆らえる者はいない。
………いったい、この騎士団の上下関係の奇妙さはなんなのだろうか。
「まあ、予想の範疇だよ。…問題は多々あれどとりあえず、だ」
他のメンバーよりは幾分冷静に、乾がそう言って立ち上がった。
「《滅びの前兆》による支配…どうも「国を動かすことが出来る」人間に向けられる可能性があるな」
「! …杏さんに、観月さん…確かに、可能性はありますね」
「…もう一個ない?」
不意に、リョーマがそう呟いた。
一斉に注目が集まる。
「魔力が高い人間――つまり、《魔》に影響されやすい人間…」
『!!』
リョーマの言葉に、全員が息を飲んだ。
確かに――杏にしろ観月にしろ、並外れた魔力の持ち主だ。
もちろん、純正の魔族であるリョーマや、不二、菊丸、そして…には及ばないにしても。
否、そもそも4人の魔力こそが桁外れなのだ。比べるだけ無駄とも言う。
「ところで、乾先輩」
「ん?」
「過去、青国に《魔王》が顕現した記録ってないっスか?」
リョーマが言った瞬間、場の空気が凍りついた。
唐突な変化に、はもちろん、尋ねたリョーマすら困惑する。
「…何故、そんなことを?」
「さっきとも言ってたんスけど…
《滅びの前兆》が過去に顕現した《魔王》だ、って仮説が出て。…どうなんスか?」
挑むような、リョーマの問いかけに。
乾は何かを窺うように、手塚を振り返った。
「…手塚」
「構わないだろう。…首都に住んでいた者は、皆が知っていることだ」
小さく、手塚は頷いた。
そして、淡々と――事務的な口調で、語り始める。
「…十数年前だったと、思う。俺達もまだ子供だった。
だが、…あの日のことだけは、今でも憶えている」
手塚は、そう苦々しげに言った。
その様子から、それがとても楽観視出来ない事態だったのだと、わかる。
「それは、ただ『魔力の塊』と称するしかなかった。
他に言い方があるとするなら…『魔力そのものの暴走』だ」
「…魔力そのもの…」
聞き慣れない言葉に、とリョーマは思わず顔を見合わせた。
「暴悪なまでの魔力だった。その魔力は刃となって、青国を襲った…」
「…その際に俺も手塚も、両親を喪ったんだ」
手塚の言葉を引き継いだ大石の言葉に、は眼を瞠った。
自身もまた孤児であるだが、物心つく前から両親を知らない彼女とは、心に負った傷の種類が違う。
「そんな…!」
「多くの子供が親を喪い、そして強過ぎる魔力の余波に当てられて死んだ者も少なくはない…
生き残った俺達は、運が良かったんだな…」
分厚い《眼鏡》に隠されていて表情は読めないが、どこか沈痛な声音で乾が呟く。
なんて、重い。
如何に自分が召喚士院で守られて育ったかを、は痛感する。
青国で生まれ育ったというのに、はそんな話は知らなかったのだ。
明らかに、それはに「隠されて」いた話だ。
それが院の方針なのかどうかはわからないが。
「…そう言えば、さ?」
不意に、おずおずと菊丸が口を挟んだ。皆の注目が集まる。
「俺の《魔眼》が発現したのって…その頃だったかも」
「え…?」
「うん、多分そうだよ。
元々《魔眼》で、でもその頃から《千里眼》に近くなって…」
少しずつ思い出しながら、とつとつと語る菊丸の話に、は考え込む。
乾は、「魔力の余波を受けて死んだ者もいた」と言った。
ならば、そう――菊丸の《魔眼》は、その魔力の余波が影響だとしたら?
「…魔力の塊が《魔王》なら…その魔力に当てられて…?」
「。…無い頭使っても無駄だと思うけど」
「なにおう!?」
「…落ち着け、。越前も無駄な挑発はやめろ」
「うぅ…ハイ…」
いきり立つを、手塚の厳しい声が制した。
渋々頷くと対照的に、リョーマは悪びれもなく言う。
「別に挑発なんてしてないっス」
「越前」
「……………ハイ」
濃厚な威圧感を纏う手塚の視線に、僅かにリョーマはたじろぎ、小さく返事を返す。
団長の言うことは聞くのか。
《マスター》としては複雑な気分を味わうだった。
「…それで、越前。《滅びの前兆》が十数年前の魔力の塊…《魔王》だと?」
「…可能性は。
同時に複数、しかも比較的距離のある場所にいる人間を操るなんてこと…人間技じゃないっスよ」
「…乾」
リョーマの言葉を受け、手塚は乾を振り返る。
軽く《眼鏡》を押し上げ、乾が口を開いた。
「可能性は高いな。確かに、同時期から周囲に気付かれることなく、複数の人間を国境を越えて操るなど不可能。
複数の術者による集団的な行動ならば可能だろうが、そんな者が複数集まっていると言うよりは…、
魔力の宰たる《魔王》によるものだと見た方がまだ説得力はある」
そこで言葉を切り、乾は満足そうに笑った。
「よく気付いたね、越前」
「………まあ、青国は、《召喚士(サモナー)》を抱える国っスから」
そう答えて、リョーマは視線をそらした。
まあ、まさか、自分が召喚された魔王族だから…などとは言えないだろう。
「…《召喚士(サモナー)》か…十数年前のあれが《魔王》だとしたら、
――院でなにか掴んでいるかもしれんな」
「え」
手塚の言葉に、はぎょっと目を瞠った。
院、というと…この流れは《召喚士院》か。
…忘れがちだが、とリョーマは院の「お尋ね者」である。
「あの災害では召喚士院出身の彼の英雄も命を落としている。無関係ではなかろう
大石。ここ20年の間に院を出奔した召喚士がいないか、確認を…」
「ああああのッ」
慌てて、は大声で手塚と大石の間に割って入った。
の突拍子のない行動に、二人は軽く目を瞠る。
「どうした、」
「あ。え。い、いやその」
勢いで遮ったは良いが、まさか理由など言えるわけもない。
懸命に言葉を探すを見て、リョーマは額に手をやりながら、盛大に溜め息を吐いた。
「…バカ…」
呆れたように呟くと、リョーマが口を開く。
それとほぼ同時に、不意に不二がの両肩を叩いた。
「不二先輩…?」
「手塚。院生が出奔すれば大和将軍のもとに連絡が来るし、
それ以外のはぐれ召喚士なんて、院は把握してない。無駄だと思う」
を安心させるように肩を抱きながら、不二は穏やかに微笑む。
「それよりも、皆、聖ルドルフでの闘いで大分消耗してる。今日はもう休んでも良いんじゃない?」
「…そう、だな」
不二の言葉に、少し考えてから、手塚は小さく頷いた。
「本日はこれで解散とする。
明日からのことだが…乾の調査結果が出るまで、通常通りの任務に付け」
『はい!』
全員の声が綺麗に重なり、それに手塚は頷いてから、「解散!」と良く通る声で告げる。
各々が部屋を出ていき、ひとり残された手塚は、小さく呟いた。
「…《魔王》…か」
自身の左腕を押さえながら呟かれた手塚の声は、
誰ひとり拾い上げることなく夜の冷えた空気に溶けて、消えた。
+++
翌日。
騎士団詰め所、訓練所。
騎士院生・準騎士に混ざり、達も訓練の為に各々で活動している。
そんな中でただひとり、リョーマは訓練から外れ、何かを思案していた。
「………」
「どしたの、リョーマ。難しい顔して」
ちょうど桃城との打ち合いを終えたが、リョーマの眼前で手をひらひらと振った。
脳天気なその所作に、リョーマは小さく溜め息を吐く。
「…昨日の話。考えてた」
「十数年前の《魔王》の話?」
「そう」
に小さく頷き、リョーマはまた思案顔になる。
「…《魔王》が顕現しただけで、魔力の塊なんて発生する…?
いくら純正魔族の王、魔力の宰とはいえ…やっぱ妙だよね」
「…そうなの?」
「まぁね。…聞いた話から推測すると…制御不能の魔力が暴発、って感じなんだけど」
そこで言葉を切ると、リョーマは僅かに躊躇ってから、小さく呟いた。
「…おかしい…《継承》でも起こらない限りそんなことは…」
「継承?」
「《魔王》っていうのは、多くは世襲制なんだよ」
リョーマが話し始めると、は黙ってその隣に腰を下ろした。
それを待ってから、リョーマは話を再開する。
「先代が死亡する、または《魔王》の地位を退くことで、次代にその地位が譲られる。
人間で言う、王族の王位継承に近いけど…魔王位の継承に、本人達の意志はほぼない」
淡々と語られるそれに、はただ黙って耳を傾けた。
「特に、譲られる側にはね。
ソレは《魔王》を《魔王》としている魔力の意志だから、そのとき最も相応しい者に移る」
決して他人事ではないはずのそれを、ただ淡々と語る彼に。
…は、どこか哀しさを覚える。
だからきっと、飛び出した問いは、無意識だっただろう。
「…じゃあ、リョーマも?」
「まぁ…《継承者》だから、いつかはね。
…あのクソ親父の跡継ぐのはなんかヤなんだけど」
「…どんな父親よ…」
「一言で言うなら、バカ」
即答だった。
…本当にどんな父親…否、《魔王》なのだろうか。
「…どっちにしても、親父に何かあったら俺が跡を継ぐんだよ。
そこに選択権なんかないし、拒絶する術もない」
そう、淡々と語る声音。
それを当然のように受け入れているわけでは――ないのだろう。
そんなことを感じながら、ふと、は違和感覚えて口をつぐんだ。
「? なに、急に黙りこんで」
「うん…ねぇ、それって…祖界から離れていたら、起こらないの? 絶対?」
「え?」
「…《継承者》が…祖界を離れていたとしても。
《魔王》に何かあれば、《継承者》は…魔王位を、継ぐことにならないの?」
「…あ…そう、か。…そういうこと…?」
ふたりは、顔を見合わせて小さく頷き合った。
そして、同時に口を開く。
「「…この《アズマ》で、魔王位を継承した魔族がいる…?」」
綺麗に、ふたりの声がハモった。
「なるほどね…。そんなケースは聞いたことないけど、あり得ないとも言い切れない。
それなら、『魔力の塊』…魔力の暴走にも説明が付く」
「召喚と同じよね? 準備や心構えのない間に大量の魔力が動けば、暴走する」
「そう。でも、召喚はまだマシだよ。大抵、大がかりな召喚には《媒体》がある。
それが魔力の大半を受け止めるから、暴走は滅多にない」
「…《媒体》? ああ、実体を持たない対象を憑依させる《器》のことね」
勝手に納得して、はぽんっと手を打った。
そんなの反応に、リョーマは怪訝そうに顔をしかめた。
「え。…いや、それもハズレじゃないけど…。
…待って、そういえば。おまえ、俺を召喚した時って何を《媒体》にしたの?」
「え? リョーマは実体、あるじゃない」
きょとん、と目を瞬かせたに、一瞬、リョーマもきょとんと目を瞠った。
そして、弾かれたようにガシッとの両肩を掴む。
「痛いよ、リョーマ。なに?」
「…ちょっと待て。おまえ、まさか自分を《媒体》にしてる!?」
「へ?」
「おま…っ…よくそんなやり方で今まで無事に…ッ」
なにやら物凄く必死な形相のリョーマに、は首を傾げた。
何を怒られているのかまったくわからない、そんな様子で。
「《媒体》なしで《従者(スクワイヤ)》の召喚なんて、下手すれば自殺行為だろ!?
召喚士なら召喚士らしく、そういう手順とかちゃんとやれよ! ちょっと、聞いてんの!?」
「き、聞いてる、けど…な、なんで怒ってるの??」
「当たり前だろ! …そうか、だからあいつら躍起になっておまえを殺そうとしてたのか…?
…おまえに召喚術教えた奴、何考えてんだよ…!」
どうやらリョーマの怒りの矛先は、自身ではなくの師に向けられたものらしい。
ふと、は小首を傾げる。
――そういえば、自分に召喚術を教えた師は、誰だっただろうか?
「越前! !! 訓練中に何をしている!」
「「うわぁッ!?」」
裂帛の声に、とリョーマは驚いて仰け反り、反射的に離れる。
恐る恐る振り返ると、そこには眉間に皺を寄せた手塚が、腕を組んで立っていた。
「…訓練所周りを30周してこい」
「…あう」
「うぃっス…」
有無を言わせぬ圧力に、ふたりは素直に従った。
公務に忙しい手塚が不在だと気を抜いていたふたりも悪いが、いやはや、30周はきつい。
「なんで団長がここに…仕事忙しいんじゃなかった?」
「たまたま、様子見に来たんでしょ…間が悪いよね、ホント…」
言い合い、仲良く肩を並べて走りながら、ふたりは深く溜め息を吐いた。
そんなふたりを見ていた乾が、不意に妙な色の液体の入った瓶を取り出し、口を開く。
「ん? 余裕だねふたりとも。
じゃあ、1周1分以上掛かったらこのスーパーデラックス乾汁を」
「って、なんですか先輩! そのあり得ない色の液体は!?」
「まさか飲ませる気っスか!? どー見ても毒薬っスよソレ!!」
奇妙な濃い緑色の液体を掲げて嗤う乾に、とリョーマは悲鳴を上げる。
自然的にあり得ない色だった。むしろその、嬉々とした乾の笑顔が怖い。
「大丈夫、それ美味しいよ」
「「嘘だーッ」」
にっこりと微笑んで横から口を挟んだ不二に、ふたりは仲良く怒鳴り返した。
そんなふたりに、いつの間に集まってきたのか、菊丸や桃城が笑いながら声援を送る。
それは、もう。楽しそうに。
「頑張れーおちびーズー!」
「骨は拾ってやるからなー!」
「…くだらねぇ…」
興味なさそうにそれだけ呟いた海堂もまた、…当然、助け船を出す気はゼロだ。
薄情にも面白がっている先輩達に、は思わずキッとと傍らのリョーマを睨み付ける。
「…リョーマのせいだからねッ」
「…のせいだろッ」
先輩達の激励を背に、ふたりは大騒ぎしながら走り始める。
…ここで、きちんと訓練所周りを30周走り切ったふたりは、相当根が素直だった。
数十分後。
見事1周1分以下で走り切ったふたりは、バテていた。
「…し…死ぬ…」
「こ、の…程度で、息切れしてるようじゃ…まだまだ…だね…」
「…リョーマだって、息、切れて、る、じゃない…!」
…
……
………元気である。割と。
走り終わった瞬間に喋れば、誰だって息切れくらいはする。
その状態で口論、とは。
「…さすがだな。良いデータが取れた」
「後輩で遊ぶなよ、乾…。
ところで、越前、。少し良いかな」
「「え?」」
疲労の色はあまり見せずに、ふたりは座り込んだまま、声を掛けてきた大石を仰ぎ見た。
「なんですか、大石副団長?」
「乾先輩の調査結果が出たんスか?」
そう言って、とリョーマは同時に乾に視線を移した。
…が、何か楽しそうにメモを取っていたので、見なかったことにした。
「いや、そうじゃないんだ。実は陛下から頼まれ事をしてね」
「陛下から…?」
思わず、とリョーマは顔を見合わせた。
女王からの頼まれ事。それがどうして達に関わるのか。
「桜乃姫とは、確か面識があったよな?」
「桜乃ちゃ…じゃなかった姫様ですね、はいっ」
慌てて言い直したの前で、リョーマは怪訝そうに首を傾げた。
…多分、覚えてないんだな。
すぐにわかってしまって、呆れたようには溜め息を吐いた。
「姫の剣の指南役を賜ったんだが…現状、俺や手塚は忙しくてね…。
ふたりとも、代わりに務めてくれないかな?」
「「…………はい?」」
さわやかな笑顔で言われた言葉に、ふたりの目は点になった。
「君達の方が姫とは歳も近いし、姫には型をお教え出来れば良いから、あまり難しく考える必要はないよ。
…まあ…息抜きがてら、と考えてくれて良いから。じゃあ、頼んだよ」
「え。あ。ふ、副団長!?」
慌てるふたりを残して、大石は乾を伴って訓練所を後にした。
恐らくは、例の調査の続行なのだろう。
確かに事態は一刻を争う。
…それは、わかっているのだが。
「…拒否権、ないの?」
「…ない…みたい」
あっと言う間に取り残されたふたりの、
呆然と呟かれた言葉は、訓練所に響く喧騒に掻き消されていった……。
+++
「あ…リョーマくん! ちゃん!」
青国王城《青城》中庭。
青騎士団の鎧を脱ぎ、巡回を行うときのような服装のふたりを出迎えたのは、
長い髪をみつあみにした少女――青国次代女王,《王女(プリンセッサ)》桜乃である。
その傍らにいる、同じ年頃の少女は姫付きの侍女だろうか。
「こんにちは。本当に来てくれたんだね」
「桜乃ちゃ…えと…姫様もお変わりなく」
「いいよ、今は朋ちゃんしかいないもの。桜乃って呼んで?」
そう言って微笑む桜乃に、はしみじみと思う。
可愛いというか微笑ましいというか…
現女王のように戦場に立って戦うイメージはないが、愛される女王となるであろう、王女。
今の騎士団の若い世代は、彼女の為に在ると言っても良いだろう。
だが幼さ故か…品の良さは感じられるものの、威厳はないように思う。
だからこそ、親しみやすさもあるのだが。
「リョーマくんも…あの、」
「…なに?」
「あ…あの、その…ありがとう…」
はにかみながら、桜乃はそう呟いて頭を下げた。
(…あれ? 態度違わない??)
如何に鈍いとは言えど、これほど素直な反応なら気付く。
些細なこととは言え自分の窮地を、それもかなりの美形が救ってくれれば、大抵の女の子は悪い気はしない。
しかも桜乃は一国の王女。箱入りもいいところだ。リョーマに憧れを抱いても不思議はない。
が、しかし。
「別に、礼言われるようなことしてないから」
照れでも謙遜でもなく、リョーマの返した応えは素っ気ないものだった。
…もうちょっと愛想良く出来ないもんか、と思わなくもない。
「…ちょっと桜乃! 私はいつまで蚊帳の外なわけ?!」
突然、今まで大人しかった推定・侍女の少女が声を上げた。
…しかも、桜乃のおさげ髪を軽くではあるが、引っ張りながら。
「あっ! ご、ごめん、朋ちゃん!
リョーマくんとちゃんは初めてだよね。この子は、」
「桜乃の乳姉妹で話し相手兼持女頭の小坂田朋香です!
お噂は聞いてます! お会い出来て光栄です、リョーマ様!」
「……はあ」
「リョ…リョーマ「様」…」
思わず唖然とするに、朋香は視線を移した。
「あんたは確か、リョーマ様の副官よね。
堅苦しいのは嫌いだから名前で呼ぶけど、良いわよね?」
「う、うん…」
「私のことも名前で良いわ。よろしく!」
そう言って差し出された手を、は反射的に握り返した。
それを見て、朋香は満足そうに頷いてから、勢い良くリョーマの方を振り返る。
「じゃあ、さっそく出掛けましょう! どこでやりますか、リョーマ様!」
「…なんで俺に聞くの…?」
リョーマが面倒くさそうに返すが、朋香はあまり聞いていないようだ。
お構いなしに、嬉々として話を続けている。
「実は良い場所があるんですよぅ! 城下街からは少し外れますけど」
「…あの…郊外は危険だと…」
「大丈夫よ、だってリョーマ様がいるもの! 桜乃だってたまには郊外まで出たいわよね!?」
「えッ。あ…うん」
勢いにつられたように、桜乃はこくこく、と頷いた。
…大人しい桜乃と、行動派の朋香。なるほど、確かにちょうど良い組み合わせかもしれない。
若干、いや、だいぶ、朋香の勢いは桜乃を押し流し気味だが。
「…リョーマ…」
「…まあ、良いんじゃない? 郊外、って言っても首都から離れるわけじゃないし」
が途方に暮れたような顔で尋ねれば、リョーマは適当にも程がある反応。
が心配し過ぎなのかもしれないが、それにしたって鈍い反応である。
「そうだけど。…桜乃ちゃん、迷子にならないよね…?」
「…さすがに、一緒にいて迷子にはならないでしょ」
一瞬間を置いて、リョーマは自分に言い聞かせるようにそう言った。
一緒にいて迷子になられたら一大事だが…、
まあ、今回は護衛が3人もいるのだ。問題ないだろう。…多分。
「じゃあ郊外まで出るけど…絶対はぐれないでね?」
「わかってるって! 桜乃の面倒も私が見るし!」
「と、朋ちゃん…」
嬉々とした朋香の応えに、桜乃は恥ずかしそうに狼狽えている。
本当に、ちぐはぐなふたり――。
共通の思いと共に、とリョーマは小さく息を吐いた。
…自分達のことを棚に上げて。
+++
青国領《ギンカ》。
首都《ガクエン》より徒歩約40分。
馬を走らせれば15分弱で着く、『天然要塞』と呼ばれる緑深き土地だ。
しかし、『天然要塞』と言えど本当に要塞であるという事実はない。
自然多きこの地は、貴族の別邸が多く点在し、過ごしやすい気候から観光名所にもなっている。
そこで、少女ふたりがめいめいに木刀を振るっていた。
「ふたりとも力みすぎ。もっと力抜いて」
天然岩のベンチに座りながら、リョーマは桜乃と朋香の打ち稽古を眺め、時折指導を入れていた。
「あ…あの、ごめんね、無理言って…」
「膝、もっと沈めて」
「は、はいっ…あ」
スカッ、と空を切る虚しい音。
地に先端を埋め込んだ形になった木刀を見ながら、リョーマはぼそりと呟いた。
「………当ててくれ」
「ご、ごめんなさい…」
真っ赤になって縮こまる桜乃を眺めながら、はふと思ったことを呟いた。
「…桜乃ちゃんに剣ってイメージ合わないなぁ…」
「まあ、よりはね」
「どういう意味!」
「さあね」
「…ふーんだ。どうせわたしは剣振り回してるガサツ女ですよーだ」
他人と比べても仕方がないのはわかっているのだが、それでも他人に言われれば良い気はしない。
拗ねるに、リョーマは微かに笑った。
普段の小馬鹿にしたようなものではなく、どこか――そう、優しい色を含んだような。
「――でもおまえは、剣を握ってる時が、一番良い顔してるよ」
「…え?」
「すごく、強い目をするよね。…対峙する相手を、本気にさせる目をするよ」
「…え…え…!?」
いったい、照れもせずそんな歯の浮くようなセリフを吐く奴がいるか。
言葉もそうだが、向けられた優しい笑みに、は大いに狼狽える。
必死に言葉を探すは、突然背後から肩を叩かれ、声にならない悲鳴を上げた。
「ちょっとぉ! ふたりでなに良い雰囲気作ってんのよぉ!」
「!! と、朋ちゃ…ッ?!」
何故か、背後で仁王立ちで立つ朋香に怒られ、は目を白黒させた。
が、桜乃の姿が見えないことに気付き、首を傾げる。
「…あれ? 桜乃ちゃんは??」
「さっき来る途中で水飲み場があったでしょ。そこに行ったけど」
「あ、そうなんだ…って、ひとりで!?」
「うん。ひとりで行けるって…ほんの数十メートル先だし」
確かに、あった。
普通なら迷うことなど有り得ない一本道。
…だが、困ったことに桜乃は普通ではない。
「…迷子になるにジュース一本」
「賭けるな! 探しに行った方が良いんじゃないかな…」
「あ、じゃあ私が行ってくる。行き違いになったら困るし!」
「ちょっと朋ちゃん待っ……行っちゃった…」
止める間もなく走り去って行く朋香を見送り、は小さく息を吐いた。
…いったい、護衛ふたりを置き去りにして行動するとは何事か。
「…なんかまた厄介なのに絡まれてんじゃない?」
「やめてよ不吉なこと言うの! それにここは青国領。桜乃ちゃんはこの国のお姫様なんだよ?」
自分に言い聞かせるように言ったを見やり、リョーマはいっそ淡白に言い放つ。
「…姫らしい威厳が、あると思う?」
「…思ってても言うもんじゃないよ、そういうこと」
どっちも充分失礼だった。
本人が聞いたら凹むであろうことを言っている自覚が、あるのか否か。
そんないろんな意味で素直なふたりが実のない会話をしていると、朋香が血相を変えて戻って来た。
――ひとりで。
「大変! 大変よ!! 桜乃がッ」
「!! まさか怪我でも!?」
慌てて立ち上がるとリョーマに、しかし朋香は頭を左右に振った。
「違うけど…もっと大変かも! なんか変な奴らに絡まれてて…っ」
朋香の言葉に、ふたりは思わず顔を見合わせた。
「…………予感的中?」
「…桜乃ちゃんって絡まれやすいのかな…」
当たっても何も嬉しくない予感の的中に、ふたりは思わず溜め息を吐いた。
+++
朋香の案内で少し森の奥に進むと、開けた場所に出た。
そして、達の目に飛び込んできたのは――ガラの悪い男達を前に、必死に何かを訴えている桜乃の姿だ。
「…!」
「…なに、あいつら。柄の悪い…傭兵団?」
「………」
「とにかく様子見て、姫を無傷で…って。ちょ…ッ…!?」
珍しく、リョーマが慌てた声を上げる。
横にいたはずのが、いきなり駆け出したからだ。
「風よ、我が腕と成りて立ち塞がる全てを切り裂け!
契約に従い、我が声を以て宣言する! 招来・風神!!」
声高に唱えられた詠唱。
ギリギリまで殺傷力を落とした風の塊が、一団の中心人物であろう青年にぶつかった。
「!!」
「な…ッ…なんだ!?」
殺傷力はないとはいえ、風の塊がぶち当たって痛くないわけがない。
赤く腫れた頬を押さえ、辺りを見回すその青年の前には飛び出した。
「ちゃん!?」
「桜乃ちゃん、怪我はない?」
「う、うん…でも…あの…」
「どうしたの?」
「…あのこ…が」
桜乃が指さした先には、小さな子猫がいた。
――否、子猫に見えるが、よく見ればそれが魔獣の仔であるとわかる。
「あれは…」
「あのこ、怪我してるの…親とはぐれたみたい。それで、あのひと達が…」
つまり桜乃は、あの魔獣の仔を助けようとしたわけか。
魔獣は人を襲うが、中には大人しいものもいる。
しかも、仔を傷つければ親が報復にくるのは必至だ。
「なんて…ことを」
「おいッ!!」
鋭い怒鳴り声に、桜乃がびくりと肩を揺らした。
対照的に、はゆっくりと振り返る。
「っざけんなよクソチビが!! 人にぶち当てといて!! 死ぬ気で謝んな!!」
「ああ、痛かった? 悪いわね。わたしの風は少し、機嫌悪いみたい」
あっさりそう返すと、は相手を睨め上げる。
後ろで眺めていたリョーマと朋香が、呆れたように口を開いた。
「…魔術禁止、っていつも言うくせに」
「うーん…リョーマ様、無駄っぽいですよ。、聞いてないですもん」
「…普段脳天気な奴ほど、怒ると無茶苦茶だよね…」
仕方ない、と言わんばかりに息を吐き、リョーマはの方に向かって歩を進める。
その後ろを、朋香が慌てて追いかけた。
「知るかッ!! だいたいそれが謝ってる態度かよ!」
「…っていうか、アンタが死ぬ気で謝んなさいよ」
そう低く返し、はよろしくない目つきになる。
自分のことは棚に上げて、「悪人面…」とリョーマが思わず呟いた。
「…あー…がキレた」
「…ちゃん…怖い…」
「でも友達のために怒るのは当然よ! 私も怒った!!」
縮こまる桜乃と、眦を吊り上げる朋香。
その対照的なふたりの反応を横目で見ながら、リョーマはこっそり溜め息を吐く。
「…っとに、女ってのはどうしてこう…。…ねぇ、?」
「なにッ?!」
「青騎士団規約。
『騎士団に在籍する者は、如何なる理由があれど私闘を一切禁ず』
……一応訊くけど、それは良いの?」
「正当防衛! むしろ自国の姫様を守る騎士の闘いよ! 売られた喧嘩は買うべしッ」
「ったく…後先見ずだからね、は…」
小さく息を吐くと、リョーマはの前に出た。
そして、どこか挑発的な笑みを浮かべながら、口を開く。
「――まさか、女相手に1対30なんてマネ、しないよね?」
「あ?」
「ゲームしようか。こっちはふたり、そっちは30人。
もちろん一斉に来てもいいし、ひとりずつでも良いよ。
俺かがへばったらこっちの負け。そしたら土下座でもなんでもしてあげるよ。どう?」
不遜な態度でそう言うと、リョーマは不敵に笑って見せた。
その態度に顔をしかめつつも、たかが子供と考え直したのか、顔を見合わせて笑い合う。
「おもしれぇ。たったふたりで、この銀華傭兵旅団を相手にするってのか?」
「…銀華傭兵旅団?」
呟いて、リョーマは視線をに移した。
小さく頷き、は口を開く。
「青国ギンカ地方出身の福士ミチルを団長とする、傭兵団…
拠点を持たず大陸中を巡り、あらゆる国で傭兵稼業をしている旅団よ」
「実力は」
「数多の傭兵団の中で、トップクラスと言われてるわ。
ただ…非合法な任務も請け負うって、悪い噂もあるわね」
「ふぅん…なら、少しは楽しませてくれるかな」
そう言って、リョーマは笑った。
ただし、にやりと。唇の端を持ち上げて。
「姫と小坂田は離れてて。怪我でもされちゃ困るからね」
「う…うん…」
「頑張ってリョーマ様! あと」
「ちょっと朋ちゃん、温度差ありすぎ…」
別に応援が欲しいわけじゃないが、脱力感はある。
中途半端な声援を背に、ふたりはそれぞれの武器を構えた。
「…じゃあ…行くよ、」
「リョーマは魔術禁止ね」
「はいはい…」
お決まりの注意に、リョーマは適当な返事を返した。
…実に、緊張感がない。
「…ま、まあ相手はガキだ…こっちはひとりずつ相手してやるよ!」
「後悔すると思うけどね」
向かってきた福士の剣先を器用にかわし、リョーマは剣の柄で殴り飛ばした。
魔術も腕力も必要ない。突っ込んできた相手の勢いを、実に上手く利用している。
続く4人もほぼひとりで捌き切り、鞘に収めたままの剣で軽く肩を叩く。
「――次」
それだけ告げた表情は余裕綽々で、口元には笑みすら浮かべていた。
なまじ、顔立ちが綺麗なだけ妙に迫力がある。
「…どこをどう見ても、正義の味方の面じゃないよねぇ…」
「悪かったね。正義の味方なんてものになったつもりもないよ」
挙げ句、余裕の漫才紛いの会話である。
にわかに銀華傭兵旅団の面々はざわめきだした。
「あっと言う間に5人倒したぜ!?」
「福士に田代、鈴木まで…何者だ!?」
狼狽える彼らの様子に、後方で見守っていた桜乃と朋香は顔を見合わせた。
そして、どこか嬉しそうに小さく頷き合う。
「だらしねぇ!! 何とかあのガキ共を止めろよ」
「うるせぇ、じゃあテメェがいけ!!」
浮き足立つ面々の中、一際目立つ長身の男が前に出た。
「アイーン。次はオレだ!」
「オオーッ、堂本っ!」
声援を受け、堂本と呼ばれた男は満足そうに嗤う。
確かに、体格差を考えれば達は不利だ。
――だが、闘いというのは体格などあまり必要ではない。
「風よ、我が意に応え、その力を我が剣に宿せ!!」
声高に唱える声とともに、の剣が風を纏う。
の髪や服が風に煽られ、利き腕に込められた魔力の余波で五指の爪が輝く。
「契約に従い、我を助ける力と成れ! ――風刃ッ!」
振り上げた剣先にまとわりつく風が、一気に堂本に向かって放たれた。
声を上げる間もなく、堂本の巨体が後方へ吹っ飛ぶ。
「はいっ、次!」
リョーマと背中合わせになり、周囲を囲む銀華傭兵旅団を見回しながら、もまた不敵に笑う。
主従とは似てくるものなのか、その笑みの種類は間違いなくリョーマと同質だ。
「そんな馬鹿な…」
「どうなってるんだ…《アズマ》で一、二を争う強豪傭兵団なんだぞ、うちは!」
「ねぇ、次の人。早く出てきてくれない?」
「こっちはあと22人相手しなきゃなんないんだから」
息一つ乱さず、不敵に笑うとリョーマに、福士達は青ざめた。
ここまできて、子供と侮って良い相手ではないと彼らは思い知る。
だが、後悔してももう遅かった。
+++
数十分後。
疲弊し切って倒れ込んでいる銀華傭兵旅団の中央に、息一つ乱していないとリョーマは立っていた。
「…口ほどにもなかったね」
「だらしないわねー…」
数十分で30人を捌ききって、その余裕。
…末恐ろしい子供達である。
「リョーマ様すごーい!!」
「…朋ちゃん、わたしは?」
「ん? ああ、あんたもなかなかやるわね」
「…なにそれ…」
適当な朋香の言い方に、はがっくりと肩を落とした。
…ここまで態度が違うと、いっそ清々しい。
「ぐ…っ…お、おまえら…!」
福士が、苦々しげに呻きながら立ち上がった。
それを一瞥して、リョーマはわざとらしく溜め息を吐く。
「…三下はしつこいね」
「誰が三下だ!!」
「アンタ」
「こ、この…ッ」
…
……
………口でもリョーマが上だな。
しみじみと思ってから、も同様に溜め息を吐く。
その横で、朋香も呆れたように小さく息を吐いた。
「あー…もう、仕方ないわねー…桜乃、良い?」
「う…うん…」
桜乃が躊躇いがちに頷くと、朋香は銀華傭兵旅団の方に向き直る。
「――控えなさい! この方は我が青国の次期女王,桜乃姫様です!
数々の無礼をお目溢し下さるという姫様のご温情、理解出来ませんか!?」
凜とした朋香の口調と言葉とに、銀華傭兵旅団はざわめきだした。
「お、おい…桜乃姫って…あの?」
「そ、そういえば俺、見たことあるぜ…」
「おいおいやべぇぞ…!」
顔色を変えた銀華傭兵旅団は各々顔を見合わせ、そして慌てたように逃げ出した。
逃げ足は一級品らしい。
だが、とリョーマも、予想外の事態に目を瞠る。
「…なに、いまの」
「奥の手」
「さ、最初からああ言えば…ッ」
「桜乃が身分を明かすのはひとつの賭けよ。下手すれば国をも危険に晒すわ。
…王族だって、生まれた時から命懸けなのよ」
少し怒ったように、朋香はそう返した。
当の桜乃は、困ったように苦笑して首を傾げる。
「騎士団の皆さんは、命を賭けてこの国の為に戦ってくれているんだもの…
それに比べたら、わたしの感じている危険なんて、大したものじゃないよ」
「桜乃ちゃん…」
「…それに…王位継承権を持つのは、わたしだけじゃないから…」
「え…?」
穏やかに微笑む桜乃に、は目を瞬かせた。
その後を受けるように、朋香が口を開く。
「陛下には桜乃の他にももうひとり、孫娘がいるの。公爵家に嫁がれた桜乃の叔母様の娘よ」
「今はお父様である前公爵が亡くなられて…その方が公爵位を継がれたのだけど…」
「でも、あのひとは王位は継がないわ。継げるわけがない。実質、桜乃は唯一の後継者じゃない」
「…うん…」
朋香の言葉に、桜乃は曖昧に微笑んだ。
――次期女王という立場は、重荷なのかもしれない。特に、桜乃のような少女には。
「…女王家の娘はあんただけなんだから、胸張ってりゃいいじゃん」
「え?」
不意に口を挟んだリョーマの言葉に、桜乃は軽く目を瞠った。
「本質的なものは、生まれたときから変わらないよ。
女王家で育ったあんたと、公爵家で育ったその従姉妹、どっちが次期女王かなんてみんな理解してるでしょ」
「あ…」
「自分より相応しい奴がいるとか思ってんならやめたら。騎士団の人が護り甲斐がないって思うし」
「…はいっ」
ぶっきらぼうな口調の中に含まれた気遣いに気付いたのか、桜乃は嬉しそうに微笑んだ。
それを見て微笑ましく思う反面、何か苛々するような嫌な感覚を感じては首を傾げる。
「……??」
「なによ、。難しい顔して、どうしたの?」
不思議そうに首を傾げるに、朋香がそう声を掛ける。
ハッと我に返って、「なんでもない」とが言いかけた、その瞬間だった。
「!! 危ないッ」
突然、リョーマが達を庇うように前に立ち、剣を振るった。
キン…ッ、と響く金属音。
その直後、リョーマの足元に落ちる、小さな――石。
「……」
「い…石…?」
「…これ、魔術だ…」
地面に溶けるようにして消えた石を見て、は呟いた。
濃厚な魔力の残滓。
明らかな攻撃を意図した、気配。
「…リョーマ」
「わかってる。
――ねぇ。そこにいるのはわかってんだけど。出てきたら?」
リョーマの厳しい声に呼応するように、木の陰からひとりの青年が姿を現した。
鋭い眼をした、長身の男。
纏う雰囲気すらも鋭く、まるで研ぎ澄まされた刃物のような――。
「…おまえか、越後屋とかいうのは」
探していた玩具を見付けたかのような口調で言って、男は嗤った。
背後に達を庇うように立ち、警戒しながらリョーマは相手を睨めつける。
「…俺、アンタのこと知らないんだけど?」
「――俺は山吹共和国の阿久津だ」
そう返して、長身の青年は嗤った。
緑と茶を基本とした、特徴的な隊服。
獣のような、荒々しい闘気を隠そうともしない、瞳。
そしては、ふと思い出す。
自由を掲げる、山岳地帯に首都を持つ山吹共和国。
その国には、三人の名のある戦士が、いる。
堅実なる名将、《堅者》南健太郎。
神童と呼ばれる強運の剣士、《トリックスター》千石清純。
そして――人並み外れた身体能力と、その身に獣の血を持つ戦士…
「…《怪童》…亜久津仁…」
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。