――以上がこちらから提供できる情報だ」

凛とした女の声が、大聖堂に響く。
白銀の甲冑を身に纏う、女。
その洗練された美しさと、凛とした所作は、騎士と呼ぶに相応しい。
感情の見えない冷えた視線は、それだけで相手を威圧する。
しかし、今彼女の目の前にいる青年は、畏怖ではなく胡散臭げに眉を顰めた。

「…こちらの利益になる情報とは思えませんね」
「そうだろうか? 青国の手塚国光と言えば、この界隈では目の上の瘤――
 その彼が目を掛ける新たな剣士の情報、利益にこそなれ不利益にはならないはず」
「…確かに、そうですが。しかし青国にはあの天才,不二周助がいます」
「何を今更。…貴方のデータに、死角などないのだろう?」

ニヤリ、と。
女騎士は、唇の端を軽く持ち上げ、嗤った。

「貴方の能力は、高く買っているつもりだよ」
「…光栄ですね」
「ああ、期待している。――それではな、参謀殿」

それだけ言うと、女騎士はサッと身を翻した。
その後ろ姿を見送り、青年はゆるく目を細める。

「…ふん。〝死神の騎士〟が。ボクに指示を出せる立場でもないというのに」

苦々しく呟き、青年は白のマントを翻す。
純白に織られたマントは、神官戦士――聖騎士の象徴だ。

「青国だろうがなんだろうが――迎え撃って見せますよ。
 それが『あの方』のご意志とあれば、ね」



File08 人界の魔王 ~ The 1st Game




「そんなわけで。みんなには聖ルドルフ神聖国へ行ってもらうよ」

集められた一同に、唐突に乾がそう告げた。
瞬間、全員が目を点にしたのは言うまでもない。

「…なにが、「そんなわけ」なの?」
「前置きも何もなくいきなりだな…」
「話せば長くなるんだ」
「いや説明しろよワケわかんないし」

口々に突っ込まれ、乾はニヤリと嗤った。
…嫌な予感がしたのはだけではなかったようだ。

「良いんだな?」
「…やっぱヤダ。簡潔に説明求ム」
「そうか…残念だ」

本当に残念そうに言って、乾は分厚い冊子を取り出した。
ところどころボロボロなのだが、古文書か何かだろうか。

「…古文書なんて引っぱり出して、何がわかったのかな?」
「………あれはただのノートだと思うよ、
「ええっ!? だ、だってあんなにボロボロ…」
「それだけ使い込んでるんでしょ…乾先輩だし」

言われて、なるほどとは納得した。
いやいや、青国ってヘンナヒトがいっぱいだ。
自分も「変な人」の区分に入るかも知れないことを、すっかり失念しているだった。

「…で? 聖ルドルフ神聖国へ行けと言う理由はなんだ、乾」
「ルドルフとは、長く友好関係を築いているじゃないか?」
「そうそう。不二の弟の裕太もいるしさ」

初めて聞く話に、とリョーマは顔を見合わせた。
一応、地理情報として『聖ルドルフ神聖国』のことは知っている。
闘いと勝利を司る神を信仰する、聖教団ルドルフの本国。
特殊な魔術を扱う神官戦士達が国を守る、宗教国家だ。
だが、そのルドルフに不二の血縁――しかも弟がいるとは、思いもしなかった。

「不二先輩、弟さんもいるんですか?」
「うん、うちは三人姉弟でね。姉さんの他に、僕と年子の弟がいるんだ」
「へぇ…」

やっぱり、よく似てるのかな。
ふとそう思い、は不二に良く似た面差しの由美子を思い出す。
ここにもうひとり、同じ顔を加えたら…

「…うわぁ、最強だ…」

魔術界のエリート一家に生まれた、美形三姉弟。
まさしく無敵だ。色んな意味で。

「うん? 何が?」
「な、なんでもないです、はい!」

ぶんぶんっとが頭を振ると、不二は首を傾げた。
が何を考えているのかわかったのか、リョーマは彼女の方を見て軽く鼻で笑った。
………腹立たしい。仕草が。

「…。話の腰を折るな」
「…話を続けて良いかな?」
「う。ごめんなさい…お願いします…」

手塚と乾のふたりに視線を送られ、はささっとリョーマの背後に隠れた。
隠れても意味はないのだが、なんとなくだ。

「先程、大石が『長く友好関係を築いている』と言ったが…正確には、先代教皇がご存命だった頃まで、だ」

そう言いながら、乾は軽く眼鏡を押し上げる。
そして、手に持ったノートを捲った。

「先代が生きていた頃まで…って」
「ああ。近年、教皇位は元聖騎士,赤澤吉郎が継ぎ、国を統治している…」

そこまで聞いて、菊丸がパンッと柏手を打った。
そして、得意満面な笑みで乾に詰め寄る。

「わかった! その赤澤って教皇、ちゃんと国を統治出来てないんだな!?」
「残念、ハズレだ菊丸。赤澤の治世は完璧と言える」
「えー…」
「宗教国家だからね。赤澤は敬虔な使徒だ。だが」

そこで意味深に言葉を切ると、乾は軽く指で《眼鏡》を押さえた。
そして、パラパラとノートを捲り、あるページで手を止める。

「近年、ルドルフは一部の貿易等を除き、随分と閉鎖的になったようだ。
 …しかしその一方で、外部から戦士を募っているらしい」
「外部から戦士を…?」

外部から優秀な戦士を集い、傭兵団を作る国は珍しくはない。
青国にも少なからずそういう集団はあったし、女王も許可している。
しかし、国を閉鎖的にした後から、傭兵を集うとは――

「…教皇が私兵でも増やそうって考えっスかね?」
「いや…俺の推測に過ぎないが――教皇が、というよりも、参謀が一枚噛んでいそうだな」

乾の言葉に、僅かに不二が反応する。
しかし周囲はさほど気にしていない。それ以上に、乾の話は興味深い情報が多かった。

「…参謀?」
「そう。赤澤が教皇に就任したことで、新しく聖騎士の称号を得た神官戦士,観月はじめ。
 先代が外部から呼び寄せた人物で、まだ若いが相当なやり手らしいよ。赤澤から厚い信頼を寄せられているらしいね」

教皇から厚い信頼を寄せられる参謀。
青国で言えば、乾のポジションだろうか。
しかしそれでも、一介の騎士団隊長である乾に、国を動かす程の発言権はない。
それを考えれば…観月という聖騎士、かなりのものだ。

「彼が各国から呼び集めた先鋭達は、彼の完璧な指導によってかなりの実力を身に付けているようだ。
 赤澤が聖騎士だった頃からの側近,金田も健在。…それと、不二の弟、裕太くんの存在も気になるね」

話を振られた不二が、珍しく曖昧に微笑んだ。
弟の話は、あまり好きではないのだろうか。
はそう思ったが、周囲の反応からすると、それも違うような気がする。

「対左利きの経験を徹底的に積んで、『左殺し』と呼ばれ始めている。
 まぁ、本人は『打倒兄貴』に燃えているようだが…」

そう言うと、乾はチラリと不二に視線を投げる。
その視線を受けた不二が、小さく息を吐いた。

「…多分、対手塚用だよ。その参謀役を兼ねる新聖騎士が、裏で糸を引いていそうだね」
「対手塚用…やはりおまえもそう思うか、不二」
「ああ。ルドルフにとって地理上、最も攻めやすい位置にあるのは我が青国。
 となると、〝最強の騎士〟なんてご大層な呼び名がついてる手塚を倒すことは必須だからね」

そう言うと、不二は一瞬だけ手塚を見て、軽く笑った。
普段の微笑とは種類が違ったのか、手塚が僅かに眉間に皺を寄せる。

「…不二。いつも思うのだが、おまえの俺に対する発言は時々棘がないか」
「気のせいだよ」
「………」

さらりと返された答えに、手塚の眉間の皺が深くなった。
不二は誰に対しても優しいが、反面、誰に対してもドライなところがある。
長年つき合ってきた面々はそれをよく理解しているが、ひとりそれをわかっていないは本気で怯えていた。
それを感じ取ったのか、乾が小さくため息をつきつつ言う。

「…で。話を戻すぞ?」
「ん。どーぞ?」

元凶である本人は、相変わらずの柔和な笑顔だ。
…大石でなくても、胃が痛む。

「…まったく…。で、今更こんな話をしたのはワケがある。
 ――、何故かわかるか?」
「ぅえ!? ま、またわたしですかぁ!?」

ひとり事態に狼狽えていたは、急に振られた話に驚いて飛び上がった。
そういえば、前にも、間違いなく。…こんな目に合わされた気がする。

「ええと…ええと…」
「…その教皇だが参謀だかが、例の〝滅びの前兆〟とかと関わりがあるかもしれない」

言葉に窮するの横で、リョーマがそう呟いた。
呟く、と言ってもリョーマの声は良く通る。自然、皆の視線はリョーマに集まった。
照れ隠しなのか、乱れてもいない前髪を軽く直してから、リョーマは乾を仰ぎ見る。

「……でしょ? 乾先輩」
「ピンポーン。越前、当たり」

にやり、と。何故か乾は嬉しそうに笑った。
思わず、リョーマは胡散臭そうに後ずさる。
…気持ちはわかるが、あからさまも過ぎるのではないだろうか。
その光景を眺めていた手塚が、軽く咳払いをする。今度は、手塚に注目が移った。

「おまえの考えはわかった。しかし乾、青国は無侵略を掲げる誇り高き国…
 相手側から何も動きがない以上、こちらから仕掛けるわけにはいくまい。陛下の信条に反する」
「それはそうなんだが…」
「…何言ってんだよ手塚ぁ! 」

言葉を濁す乾に代わって、今度は菊丸が身を乗り出した。
勢い込む菊丸に対し、しかし手塚はいつものポーカーフェイスで対応する。

「何かされてからじゃ、もう全然遅いじゃんか!
 無侵略って陛下の考えは俺も大賛成だけどさ、あっちには攻撃してくる意志が…」
「英二、落ち着くんだ。…手塚は証拠がないことを危惧しているんだよ」

大石が、宥めるように菊丸の肩を叩いた。
いきり立っていた菊丸が、渋々引き下がる。

「……」

事態をハラハラしながら見守るの肩が、軽く叩かれた。
反射的に振り返ると、穏やかに微笑む不二が小さく頷いて見せる。
そして、彼は手塚に向かって小さく手を挙げた。

「…じゃあさ、僕からひとつ提案」
「なんだ? 不二」
「うん。…僕が『個人的に』、『同僚と』ルドルフを訪問すれば良いんじゃない?」
『………………は?』

さらりと不二が言った言葉に、その場にいた全員の目が点になった。
視線を受けた不二は、場違いなほど穏やかに微笑む。

「だから。僕が裕太を訪ねれば良いんじゃないかな。
 一応ルドルフとは国交あるし、何も違和感ないでしょ?」

正論である。
感心したように、乾も頷いた。

「なるほど…その手があったか」
「え? なになに? どういうこと??」

理解出来なかったのか、菊丸が不二にまとわりつきながら説明を求めた。
普通なら誰も出来ないことだが。…しかし不二は、別段気にもせず説明する。

「つまり、『国として』ではなくあくまで『個人で』ルドルフを訪問するってこと。
 それならほとんどの人間は警戒しないし、例え国内で問題を起こしても融通が利く」
「なーるほどっ」
「…いや、問題を起こすのはやめてくれ…」
「うるさいよ手塚」
「……」

にべもない。
実は仲が悪いのだろうか。
そんな意味を込めてがリョーマに視線を向ければ、彼も複雑そうに視線を向けてくる。
そして、お互い同時にため息をついた。やれ、この先輩方は大人げない。

「…それを決行しようとすると…立場的に手塚と大石は除外だな。
 不二は確実として、あとは…そうだな、俺が入った方がいいか?」
「いや、乾には情報分析の方を引き続き頼みたい。…不二」
「うん」
「聖ルドルフの件、おまえに一任する。同行するメンバーも好きに選べ」
「了解」

笑顔で応えると、不二は軽く考え込むように視線を泳がせた。
ややして、にっこりと微笑んで不二が告げた面子は…

「じゃあ、英二、、越前の三人に。
 桃と海堂には連絡役を兼ねて、非常時に備えて国境で待機していて欲しい」
「え…わたし、ですか?」
「……俺?」

早速駆り出されると思っていなかったふたりは、思わず聞き返した。
特に、リョーマは先日怪我が治ったばかりだ。本来なら居残りか、連絡係である。
しかし不二は肯定するように微笑み、小首を傾げて見せた。

「そう。良い機会だし、肩慣らし。社交術も学んだ方が良いよ、ふたりとも」
「はぁ…」
「…社交術って。何しに行くんですか先輩…」

呆れたように見る後輩達に、しかし不二はあくまで笑顔だ。
…存外、状況を楽しんでいる節がある、ような気がする。

「英二」
「おっけー、任せてよ」
「桃と海堂も頼むよ?」
「うぃーっす!」
「…わかりました」

不二の言葉に、三人はそれぞれ頷いた。
そして、不二は手塚に視線を移す。それを受けた手塚は、スッと立ち上がった。

「それでは大石は乾の手伝いを。河村は俺と、騎士団の仕事を。
 …普段以上に人手がなくてきついとは思うが、頼むぞ」
「ああ、了解だ」
「わかったよ」

残る面子は慣れているのか、ごく自然に受け入れてやる気満々。
とリョーマだけが微妙に置いてけぼりの状態だ。
…現地に行く面子なのに、実はふたりとも、状況をあまりわかってない。

「…なんかわたしたち、蚊帳の外?」
「…まぁ、ついていけば良いんじゃない?」
「……そうかなぁ」
「……多分」

とりあえず行くことは決定事項なわけだし。
…と、そこでふたりの会話も終わってしまった。
結局、ふたりも「なるようになる」タイプの性格だ。人のことは言えない。

「それじゃあ、大石。聖ルドルフに早馬を送っておいてくれるかな。
 僕達はそれに合わせてすぐに出るよ。みんな、準備して」
『はーい』

有無を言わせず告げられた不二の言葉。
反射的に、達は返事を返していた。


+++


慌ただしく準備が進む中。
今回の作戦の指揮を任された不二は、自室で武器の手入れをしていた。
しかしふと手を止めて、扉の方へ視線を移す。
その次の瞬間、軽いノック音が響いた。

「開いてるよ」
――邪魔するぞ、不二」

そう言って入ってきたのは、手塚だった。
対して予想していたのか、不二は柔和な微笑で出迎える。

「手塚。なんだい?」
「…越前とを同行者に選んだのは何故だ?」

含みも探りもない、直球の言葉だった。
彼らしいその物言いに、不二はゆるりと視線を向ける。

「連れていって欲しくないの? 可愛い後輩を独り占めはダメだよ、手塚?」
「…不二、俺は真面目に話をしている」
「はいはい、悪かったよ」

わざとらしく肩をすくめると、不二は軽く笑った。
手塚の眉間の皺が深くなったが、しかし不二は気にもしない。

「そうだね…言うなれば、勘――かな?」
「は?」
「定められた運命数…とも言うのかな。
 あのふたりは、行かなきゃいけないんだと、思う」

手入れの終わった剣を鞘に戻し、不二は手塚の方を見ずにそう呟いた。
その意味深な呟きに、軽く手塚は目を瞠った。

「…それは、おまえの占がそう告げているのか」
「勘だ、って言ったでしょ?」

視線を交わさず、不二は立ち上がり、そのまま窓枠まで進む。
そこで振り返ると、窓枠に腰掛けながら視線を上げた。

「手塚。君のやり方は過保護過ぎる。…特に、に対して」
「…不二。俺は…」
「仲間を大切に思うのは良い。でも――それじゃあ成長しないでしょ?」

穏やかな口調とは裏腹に、不二の声音は厳しい。
その声音が含むものを肌で感じ取った手塚は、小さく息を吐いた。

「…おまえは自分に厳しい分、他人にも厳しいな」
「そうかな? 君に対してだけだと思うよ」
「…おい」
「ねぇ、手塚」
「なんだ」
「僕も多分、には甘いよ?」

うって変わった笑顔でそう告げる不二に、手塚は虚を突かれて目を瞠った。
『Mr.パーフェクト』
そんな愛称で畏敬の念を寄せられている彼には、珍しい表情変化と言えるだろう。

「不思議だよね。あの子を見てると、手助けしてあげたくなる」
「……不二?」
「手塚もそう思うんでしょ?」
「…」

一瞬言葉を失って唇を空回りさせた手塚だが、やがて、諦めたように口を噤む。
そして、表情を隠すように、軽く額に手をやった。

「…ああ…そう、だな」
「で、越前は…手助け、と言うより。鍛えてあげたくなるんだよねー」
「…何かおまえが言うと不穏だな」
「失礼な」

そう返しながらも、不二は変わらぬ笑顔だ。
まったく、つくづく敵に回したくない男である。

「不二」
「うん?」
「…と越前を、頼むぞ」
「了解」

穏やかな微笑と共に頷き、不二は軽やかに窓枠から降りた。
その穏やかとも怜悧ともとれる笑みに、手塚は知らず安堵の息を吐く。
敵に回せば恐ろしいが、味方であればこれほど頼もしい存在はない。
それを実感せずにはいられない、頼もしい微笑みだった。


+++


「ルドルフは過去、こんなに閉鎖的な国じゃなかったんだ」

辻馬車を降り、国境沿いを歩きながら、不二が口を開いた。

「青国とは同盟国でこそなかったけど…友好的な関係だったよ。少なくとも、僕達が子供の頃はね」
「弟さんがルドルフへ行ったのも…その頃ですか?」

が尋ねると、不二は小さく頷く。
表情は変わらず柔和な微笑だったが…そこに若干、翳りが見えるのは、気のせいではないだろう。

「お互いに仕事があるからさ、ここ数年会ってないんだよなー?」
「うん。定期連絡程度の手紙は届いてたけど…最近はそれもなくてね」
「郵便事故じゃないんスか?」
「…そんなことはないと思うけど…」
「何かあった…と、とるべきですかね…」

答えを憶測しながら、達は僅かに顔をしかめた。
情報が、少なすぎる。しかしこの国でも「何か」は起こっているのだ。…間違いなく。

――そこの一行、止まりなさい」
『っ!?』

唐突に掛けられた声に、達の間に緊張がはしった。
各々が腰に佩いた剣に手を掛け、警戒した面持ちで視線を巡らせる。
達の前方に居並ぶのは、白を基調とした軽装の魔法戦士達――聖ルドルフが誇る神聖魔法の使い手,神官戦士達だ。

「これは、また…」
「手荒い歓迎っスね…」

思わず、菊丸とリョーマは苦く笑う。
彼らにとって、強攻突破自体は難しくはない。
しかし、下手をすれば聖ルドルフとの戦争が起こるだろう。それだけは許されない。

「目立たない辻馬車での国境越え…そうくると思っていましたよ。
 まさに予測通り…いえ、女性同伴というのは意外でしたか」

警戒だけは怠らずに様子を見る一向の前に、神官戦士達の中から、ひとりの青年が進み出た。
白を基調とした衣装は神官戦士と変わらないものの、その額には《聖騎士(パラディン)》を示す金環がある。

「…あの人…乾先輩が言ってた…?」
「聖ルドルフの参謀…聖騎士,観月はじめ…か。いきなり大物のご登場だね」

警戒してはいるものの、に応えた不二は、至って笑顔だった。
…実に、よくわからない人である。

「…我が聖ルドルフ神聖国へようこそ。歓迎しますよ、不二くん」

聖騎士――観月はじめは、そう芝居掛った口調で言うと、小さく笑った。
なるほど、とは納得した。
聖ルドルフは――と言うより観月は、「不二周助」を警戒している。

「手厚い歓迎、ありがとう。でもおかしいな、僕は裕太に会いに来ただけなんだけど?」
「おや。ボクがお相手ではご不満でも?」

穏やかな微笑のままに、しかし口調に棘を含んだ不二の言葉に、観月は笑みすら浮かべて見せた。

「そういうわけではないけれど。…お忙しい聖騎士様自ら、部下の客をもてなすなんて破格の扱いだと思ってね」
「大国,青国で天才の誉れ高い不二くんをお迎えするのに、誠意を示さなければ我が聖ルドルフの名折れ。
 少々息苦しいかもしれませんが、郷には入れば郷に従えとも言いますし、ご理解頂きたいですね」
「…こちらは国の使者として来たわけではないのだけど?」
「それでも、です。あなたはご自分が他国で目立つことを自覚するべきですよ」
「…ご忠告、どうもありがとう」

そう応えて微笑んだ不二の表情が、僅かに引きつった。

「…ねぇ、リョーマ」
「なに」
「…なんか不二先輩とあの観月さんって相性最悪じゃない?」
「…まぁ、確かに、お互い喧嘩腰だけど。ちょっと、先輩に聞こえたら後でうるさいよ」
「……おチビ、、やめやめ。不二は裕太に会えないから機嫌悪いんだよ」

こそこそと言い合うとリョーマの間に割って入り、菊丸が訳知り顔で言った。
その言葉に、思わずふたりは顔を見合わせる。

「…不二先輩って…」
「ブラコン?」
「って、後が怖いからはっきり言わないでリョーマっ」
「…聞こえてるよ三人とも。ちょっと黙ってて」
「「「…はい…」」」

振り向きもせずに言われ、3人は思わず両手で自分の口を覆った。
…不二の怒り方は静かな分、心臓に悪くていけない。

「…それで? 本日はどういったご用件です?」
「だから裕太に会いに来たんだって何度も言ってるじゃない?」

ピシリ、と。
空気が凍りついたのを、達は確かに感じた。

「…あ。不二の口調が崩れた」
「あれってかなり…」
「…機嫌最悪っスね」

また睨まれては堪らない、とばかりに三人は額を寄せ合ってぼそぼそと言い合う。
不二の耳には届いているのだが、敢えて不二は無視したようだ。

「…残念ですが、裕太くんに会わせてあげるわけにはいかないんですよ」
「なんだって…?」
――あなた方にはここで、潰れていただくからです」

そう言って、観月は高く指を鳴らした。
その瞬間、達の周囲にリング状の光が現れる。

「なッ…」
「…ッ…観月! これはどういうことだ!?」

不二の青い瞳が、鋭い眼光を放った。
魔術を扱う者は得てして、自らの体の一部に強い魔力を宿す。
主に、髪や瞳――とりわけ、女性は髪に、そして男性は瞳に篭りやすいとされる。
不二ほどの魔力の持ち主ならば、相手の動きを規制することとて容易い。だが、観月はそれにすら余裕の笑みを返した。

「どうもこうもないでしょう。あなた方の手など読めていますよ。
 青国ナンバー2、不二周助。そして《最強の騎士》と名高い騎士団長,手塚国光が目をかける越前リョーマ。
 ――さて、どちらも潰れて頂ければ敵は手塚くんのみ。すべてがやりやすくなりますね」
「貴様…ッ」

不二の低く響いた殺気を孕む声音に呼応するように、ビキッ…と微かに、空気が割れるような音を立てた。
拘束魔術を相殺しようと、不二が言葉に魔力を込めたのだろう。

「……」

強い魔力の振動に、観月は僅かに目を眇めた。
そして、ゆるりと指先を空に滑らせる。

「さて、それでは皆様別々の場所でお待ちいただきましょうか。
 なに、殺すなどという野蛮なことはしませんよ。あなた方の能力は、殺すには惜しい」

空を滑る指先が、魔術方陣を描いた。
複雑さはない。しかしそれは、読み解くのは難解とされる、古代文字で構成されている。

「待て…コレ、空間魔術だろ。なんでアンタが使えんの」
「さぁ? 自分で考えることですね」

空間魔術、という単語に一瞬、観月は顔をしかめた。
まるでそれが、忌み語であるかのように。

「It borrows a wind and empty power and it exercises.
 …It is begun beforehand and carry the barrel sign to the aim.」

古代語で発せられた詠唱に、不二と菊丸は互いに顔を見合わせ、無言で頷いた。
そして、視線だけをリョーマに向け、鋭く言い放つ。

「…越前! を連れて脱出しろ!!」
「言われなくても…!」

短く返すと、リョーマは自らを取り巻く光状のリングに手を伸ばした。
力ずくで拘束魔術を破壊するつもりなのか。
しかし、それを許す観月ではなかった。

「無駄ですよ、不二くん。選択を誤りましたね」

軽く、観月が指を引いた。
その瞬間、引きつるようにリョーマの動きが止まる。

「…ッ?!」
「越前!?」

リョーマが、腕に力を込めたのを感じた。
しかし、その腕はぴくりとも動かない。

「…う…動け、ない…?」
「リョーマ…?!」

リョーマの名を呼ぶすら、一切の動きは封じられていた。
誰一人として身動きの取れない中、観月はひとり、満足そうに笑む。

「んー…この拘束魔術は、対象の魔力が高ければ高いほど、逃げるのは困難になります。
 連れてくる人材を間違えましたね、不二くん。もちろん、他の誰が来ようともボクのシナリオに狂いはありませんが」

くすくす、と。
いっそ耳障りな程、響く笑い声。
輝きを強めていく拘束魔術。
そこに、他の魔術の気配が混ざる。

「それでは、またお会いしましょう。――運が良ければ、ね」

そう慇懃無礼に言うと、観月は芝居掛った所作で会釈をした。




――そして、達の意識はそこで途切れた。


+++


「観月」

掛けられた声に、観月はゆるりと振り返った。
彼にとっては聞き慣れた声。ただし、この場所で聞くわけがないものだ。
褐色の肌をした、若い男。着崩された上質の法衣は、この国の最高位者を示す。

「首尾は上々…のようだな」
「教皇」

呆れたような色を孕ませ、観月は教皇――赤澤吉朗に向かって口を開いた。

「あなた何こんなところをうろついてるんです? もう少し自分の立場ってものをですね」
「まあ、良いじゃないか。それより、」
「…お待ち下さい」

そこで言葉を遮ると、観月は周囲にはべる神官戦士達に目配せした。
瞬間、サッと音もなく神官戦士たちはその場を離れて行く。
観月が口に出さずとも行き渡る命令系統――実に完璧である。

「…最初から手塚を潰せないのは残念だが…青国が誇る天才,不二周助を潰せたのは収穫だな」
「…バカ言っちゃいけませんよ教皇」

肩を並べて歩き出しながら、ふたりは声量を抑えて言った。

「強制的に転移させたくらいで、あの不二周助が倒せるわけはありません。
 んー…まあ予定通りですが…」

そこで言葉を切ると、観月は微かに笑う。

「むしろボク的に要注意なのは、越前リョーマくんかな」
「手塚や不二はともかく…あの少年が要注意だと言うのか、観月?」
「ええ。ナメてかかるとえらい目に遭うだろうね。
 んー…でもボクがいる限り、我が聖ルドルフの勝利は間違いない」

自信たっぷりに言いきった観月に、赤澤は満足そうに頷く。
しかし、不意に浮かんだ疑問を口にした。

「しかし、あの少年のどこが脅威だと言うんだ。
 見たところ、あれほど小柄ならスピードはともかく腕力はさしてなさそうだし」
「技術的な面なら、申し分ないでしょう。剣士のようですが魔力も桁違いです」
「あの年頃の子供がか? どう見ても12,3歳だぞ。潜在的な魔力ならばともかく…」
「そこはボクも引っかかっている部分です。しかし、ボクの拘束魔術が予想以上に効いていました。
 不二くんと菊丸くんさえ封じれば良いと思っていたのですが。まぁ、それは嬉しい誤算…いや…」

不意に、観月は考え込む。
事態は予想以上に上手くいった。いや――いきすぎた。

「…いや、しかし…あれは《魔王》の通り名を持つ不二周助の対策として出した拘束魔術…
 体の自由をあそこまで完璧に奪う程の…と、いうことは…?」
「観月?」

思考の波に没頭し始めた観月に、赤澤が声を掛ける。
しかし、観月は思考の波から出てくる気配はない。

「考えてみれば彼女…の動きすら封じていた。如何に魔術に長けた者とはいえ、まだ少女。
 それほどまでに強い潜在能力の持ち主? ボクの調べでは、確かふたりの入団時期は同時…」
「おい、観月」
「…そうか。なるほど、その可能性は高い」
「おい、ひとりで納得するな」

長思考を遮られた観月は、小さくため息を吐いた。

「うるさいですね…良いですか、これはボクの憶測ですが――
 …越前リョーマ、彼は《異界》の者かもしれません」

言われた予想外の言葉に、赤澤は目を瞠る。
観月の言葉が示す意味はひとつだ。

「《異界》の…? 青国に召喚士がついたと言うのか!」
「あくまで憶測です。可能性は極めて高いですが…恐らく、あの少女騎士が召喚士です」

言われ、赤澤は先程の青騎士達を思い出す。
確かに、いた。青国始まって以来初の女性騎士。
しかしそれは、まだ年端もいかぬ少女――

「あんな少女が…?」
「彼女のあの魔力の高さなら、越前リョーマの魔力と釣り合う。
 高い能力を持つ召喚士は希少存在ですが、その実力に見合う使役魔を召喚・使役出来る者も稀です」

しかしその稀なる存在が身近にいる、と。
そう言って、観月は笑みさえ浮かべてみせた。

「越前リョーマの、あの剣士にあるまじき魔力。
 そして彼と常に一緒に行動しているという、同じく桁外れの魔力を持つ少女魔導騎士。
 ここまでパーツが揃えば、可能性は非常に高い。青国は元々、大召喚士,志郎を抱えていた国…」

伝説的な英雄の名を口にした瞬間、ハッと観月は息を飲んだ。
かつて、2体の強力な《従者(スクワイヤ)》を従えた、稀なる大召喚士,志郎。
そして今、青国騎士団に所属する少女の名は――

「……なるほど、彼女は彼の大召喚士,志郎の娘か…!
 教皇、繋がりましたよ。ここまで条件が揃えば、間違いはありません」

目を輝かせる観月に対し、赤澤は力強く頷いた。
が、次の瞬間、真顔で口を開く。

「…つまり、どういうことだ?」
「もう、鈍いひとですね! 救国の英雄にして、千年に一人の逸材と詠われた大召喚士,志郎。
 彼女、は間違いなく彼の娘でしょう。何故青国騎士団に身を置いているか…
 理由はわかりませんが、恐らくは院に居られなくなったのです。除籍されたとすれば、何か不手際を起こした場合」

元来、召喚士は院に属し、軍籍を持たない。
召喚士は非常に稀な存在で、戦場に出して戦死などされては困るからだ。
まして、魔術兵団ならまだしも、騎士団に所属することなど有り得ない。例え王の望みでも、だ。

「つまり、彼女は異界から魔族でも呼び出したのではないでしょうか? それなら除籍ないし処刑命令が出ます。
 そしてそう考えれば、共に騎士団に入団した越前リョーマこそ、その召喚されたモノ。魔族と考えられます」

少ない情報でよくぞ、と言うほど観月の推論は当たっていた。
筋道に違和感もない。あるとすれば、ただひとつだ。

「…なるほど…しかし、おかしいじゃないか。魔族は、魔力の高い人間を好んで喰らうと聞くぞ」
「簡単なことですよ。それだけ、さんの能力が桁外れに高いということでしょう。
 あれほどの魔力を持つ越前くんを制御し、抑え込んでいるのですから」

違う。
違うのだが、状況的証拠は観月の憶測に説得力を持たせた。
言うなれば、とリョーマの関係が異常なのだ。本来ならば成り立たないと言って良い。

「…実に素晴らしい。是非彼女を我が聖ルドルフに迎えたいものです!」
「しかし観月、それだけの魔力を持つ召喚士と使い魔を説得など出来るのか?」
「そこは問題です。あなたはあまり説得向きではありませんし、ボクでは逆効果になりそうだ。
 しかし彼女は単純にお人好しそうな感じですからね…そうだ、裕太くんを使いましょう」

観月の言葉に、赤澤は渋面を作った。そして、苦く呟く。

「…しかし、裕太は」
「わかっています」

淀みのない観月の口調に、赤澤は諦めたように息を吐いた。

「…では、当てるのか。裕太と不二周助を」
「とんでもない。
 …打倒兄貴に熱く燃えるのも結構だけど、部下としてボクの言うとおりに動いて貰わないと。
 シナリオが狂うばかりか、勝てるものも勝てなくなる。余計な感情は冷静さを失わせますからね」

その言葉に、いっそ赤澤は安心したような表情を浮かべた。
武芸の確かな実力を持つ赤澤だからこそ、わかるのだ。
不二周助の桁外れな強さも、そして、彼の弟,裕太が敵わないであろうことも。

「…裕太くんには越前くんを抑えてもらい、そのままさんをこちらにお招きしてもらいましょう。
 なに、簡単ですよ。越前くんが魔族であること、あとはついでに、不二くんも魔族に魂を売ったとでも言えば」

魔族と知って騎士団に置いているとするなら、それは間違いなく魂を売る行為でしょう、と。
観月は自信たっぷりに笑う。

「魔族と、魔族に魂を売った者。そのふたりに召喚士であるさんが利用されている。
 …そう吹き込んであげれば、ボク達に有利になるように動いてくれるでしょう」
「…なるほどな。シナリオは出来ていると言うわけか。つくづく敵に回したくない奴だよ、おまえは」

納得したように頷く赤澤に、観月は「光栄ですね」と微笑う。

「それと、恐らく連絡係として国境沿いに誰か仲間が配置されているはず。
 柳沢と木更津に、捕らえるか倒すかさせましょう」
「…不二と菊丸はどうする? 誰をぶつけるつもりだ」
「菊丸英二に関しては、恐らくあなたが一番適任ですよ、教皇。お願いします。
 そして保険として――不二周助の相手はボクが務めましょう」

不適に笑い、そう言いきった観月に赤澤は軽く目を瞠る。
そして次の瞬間、スッ…と目を眇めた。

「不二を相手にする気か。…勝算あってのことだろうな?」
「当然でしょう?」

自信たっぷりにそう返し、耳に掛かる髪を軽く掻き上げた。
禍々しい赫い石の施されたイヤーカーフが、指先を掠る。

「ボクのデータに、間違いはありませんよ」

そう言って嗤った観月の、イヤーカーフが鈍く輝いた。
昏いその光は、〝滅びの前兆〟を、思い出させる――凶つ光。









To be continued?

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