「…越前リョーマに…、…か」
自室に戻った女王,スミレは、思わず、と言った様子で呟いた。
新たに、異例の形で騎士団に入団した若き騎士達。
しかし、スミレにとっては、それ以上の意味のある存在。
「…何の因果か…ああ、間違いないね。あいつらの子供だよ…」
ふたりとも、親によく似ていた。
顔立ちや性格が、ではない。
纏う雰囲気が、だ。
「…まぁ、ふたりとも、親父には似なかったようだがね」
あのふたりの父親と言ったら、それはもう、大馬鹿者で。
そんなことを思い出しながら、スミレは笑う。
一瞬。
そう、一瞬だけ…
まるで、あの頃に戻ったのかと錯覚するほどに、懐かしかった。
子供達の立場は、ふたりの親とは間逆になっているようだが。
「大和よ。…アタシは間違っていただろうかね」
「後悔されているんですか?」
大和、と呼ばれた青年は、逆にそう問い返した。
嫌な質問返しだねぇ、と苦笑しながら、スミレは答える。
「…まったくしていないと言ったら、嘘になるさ。
あいつらは、この国のために犠牲になった」
「はい…」
「…それが最善の方法だったとしても、後悔していないなどと…
そんな傲慢なことを、生き残ったアタシが言えるわけがないさ」
そう答え、スミレは執務机の上に乗った、古びた刀に視線を移す。
小太刀と呼ばれる、刀身の短い刀。
しかしその刀身には、呪を練り込んだ紐が、幾重にも巻き付いている。
「…許される日など、来はせんよ」
「陛下…」
「結果的にアタシは、国を守るためにあいつらを犠牲にした」
「それは王としてのご決断。英断です。…陛下自身のお心が痛んでも」
「…子供達には、辛い思いを強いておる」
「乗り越えてくれると、僕は思いますよ」
誰が、とは言わずに。
大和はゆるりと微笑んだ。
「あの子達は賢く、聡明です。陛下を恨むようなことはありません」
「いっそ恨んでくれて良いのだよ。…それで、その心が軽くなれば」
「なりませんよ」
きっぱりと言い切り、大和は窓枠に手を掛ける。
窓の外には、ちょうど騎士団の宿舎が見えた。
「憎しみから生まれるものは、また憎しみ。
あの子達は賢い…それすらも、既に理解しているでしょう」
「……」
「子供は弱いですが、それ故に、とんでもなく強いのです。
侮ってはいけませんよ? 守られるだけが、彼らの本質ではないと僕は思います」
「…アタシも…そうだと良いと、思っておるよ」
苦しげに微笑むスミレに、大和もまた、笑みを返した。
そして、明るい調子で、言う。
「祈りましょう。彼らが、どんな運命にも打ち勝てるようにと」
「…こんな時間に集まって貰って悪いな、みんな」
本来ならすべての業務を終え、皆思い思いに過ごしている時間。
そんな時間に、青騎士団の部隊長達は集められていた。団長,手塚の収集の下に、だ。
「どうしたんだよ、手塚。新しい任務か何か?」
「こんな時間に、ってのは珍しいっすね。ワケありですか?」
詰め寄るのは、やはりというかなんというか…菊丸と桃城だ。
ふたりとも、何の件で手塚が皆を集めたかは、あらかた予想がついているようだ。
人一倍正義感と好奇心の強いふたりだ、此度の件に関しては、相当気にしていたのだろう。
「昨日の不動峰との小競り合い…その背景は、みんなに伝えたな?」
「はい。〝滅びの前兆〟とかいう、ふざけた意志が橘妹を操っていたって…」
「そうだ。…今言うことは、その流れと思ってくれ」
スッと、全員の表情が引き締まった。
手塚が真面目なのはいつものことだ。
しかし、今回は普段以上の真剣さ――異常事態を、皆肌で感じ取っている。
「…陛下から、正式な命が下るのは明日だ」
「団長…?」
「単刀直入に言おう。陛下からの命はこうだ。
――騎士団の部隊長及び先鋭達を、〝滅びの前兆〟討伐へ当てよ、と」
『………!!』
ある程度の無茶な注文は覚悟していた面々だったが、手塚が告げた言葉に目を瞠る。
最初に我に返ったのは、副団長の大石だった。
「ま…待ってくれ、手塚! 部隊長と先鋭を、全てか…!?」
「そうだ」
「越前とも!?」
「ああ」
あくまでも冷静さを崩さない手塚に、大石は徐々に声を荒げていく。
騎士団を深く愛する彼だからこその態度なのだろうが、他の面々も疑問は同じだった。
青国が何かに狙われていることはわかる。
その状態で、騎士団の主戦力が首都を離れることが、いかに危険か――
そんなことは、入団して間もないにだってわかった。
「いくらなんでも、俺は反対だ!
首都から主力の騎士達を離し、あまつさえ有望な新人達まで危険に晒すのは…!」
「大石、おまえの意見ももっともだ。
しかし、これは既に陛下の決定。覆すことは出来ん」
淡々と返す手塚に、不二と乾はやれやれと言わんばかりに肩をすくめ、軽く頭を振った。
河村と菊丸は、顔を見合わせて苦笑する。
桃城と海堂は、元からあまり気にしていない。
が不安そうにリョーマを見れば、リョーマはリョーマで、
「なに、何か恐いの?」
なんて、挑発的にを見上げた。
あからさまに小馬鹿にされて、は眦を吊り上げる。
「恐くないわよ失礼ねッ」
「そう。じゃあ良いじゃん」
「うッ…」
ぐっと言葉に詰まるを、リョーマは再びゆるりと見上げた。
猫のような瞳に、明らかな挑発の色を含ませて。
「やっぱ恐いんだ?」
「こ、恐くないもん」
「我慢しないでだけ残れば?」
「出来るわけないでしょ!?」
アンタをひとりでふらふら歩かせられないっての!!
思わず怒鳴りそうになったが、内容が内容だけに慌てては口を押さえる。
しかし、何が言いたいかはリョーマには伝わったらしく、
「そ。じゃあせいぜい頑張りなよ、My Master?」
「う…うぐぐ…ッ」
最後の単語は、恐らく古代語だ。しかし、にもなんとなく意味はわかった。
だからこそ言い返せず、は口を閉じるしかない。言い負かされたことは、相当悔しかったが。
「……」
そんな面々の反応を見守ってから、手塚はひとりひとりを見据え、口を開いた。
「陛下の命により、我ら青騎士団は〝滅びの前兆〟の追跡、討伐に当たる」
「手塚!」
「…復唱!」
鋭い一喝に、大石はサッと姿勢を正す。
他の面々もそれに倣ったので、も慌てて合わせた。
「…はい。陛下の命により、我ら青騎士団は〝滅びの前兆〟の追跡、討伐に当たります」
「よし。…そういうことだ。覚悟を固めておいてくれ、みんな」
団長の命令は陛下の命。つまりは、絶対。
騎士団の規則である。
各々、考えることはあれど「はい!」とはっきり返事を返した。
「さて…不二、菊丸」
「ん?」
「なんだい、手塚?」
きょとんとしながら返事を返すふたりに、手塚は軽く頷く。
そして、予想外の一言を口にした。
「おまえ達ふたりには、の訓練を頼みたい」
「へっ?」
「訓練??」
「には、徹底的にサポート能力…魔術能力を伸ばしてもらう。
おまえは前衛に立つタイプの闘いは向かない。…わかっているな、」
いきなり聞かれたは、一瞬呆けたように手塚を見つめ返した。
しかし、再度「わかっているな?」と聞き返され、こくこくっと慌てて頷く。
「は、はい」
「我が青騎士団は二人一組での行動が基本…おまえには越前と組んでもらう。
だが、おまえ達はまだ未熟だ。魔術にしろ剣技にしろ、確かに才能も実力もあるが、まだ荒い」
それは、も常々思っていたことだ。
訓練についていけるからと言って、凄いわけではない。
自分がこの面々と共に闘うには、まだ未熟であることも理解している。
「その能力を最大限に活かすためには…
不二や菊丸といった魔術を扱うのに長けた者に、指導してもらうと良いだろう」
「はいッ」
ぐっと両手を握り締め、力一杯頷く。
その様子に、手塚が微かに笑ったように見えたのは、の見間違いだろうか。
「それと――越前」
次に、手塚はリョーマに視線を移した。
急に話を振られたリョーマが、訝しげに手塚を見上げる。
「なんすか、団長?」
「手合わせ…いや、試合をしたい。いいな?」
「…いーっすよ」
ニヤリ、と。
緩く唇の端を持ち上げ、リョーマは嗤った。
願ったり叶ったりだと言わんばかりの、喜色を湛えた笑み。
サッと、の顔色が悪くなった。
「ちょっ…ちょっとリョーマ…!」
慌てて止めようと前に乗り出すと、瞬間、両肩を別方向から掴まれた。
振り返ると、そこには場違いなほどおっとり微笑んでいる不二。
そして、相変わらず無邪気な笑顔の菊丸。
…の、ふたりがの肩を掴んで邪魔している。
「って、なにすんですか先輩達!?」
「はいはい、は僕たちと訓練だよ」
「そーゆーこと! じゃ、おチビまた後でな~」
「ちょっとせんぱーい!?」
「………」
引きずられて行くを、リョーマは無言で見送った。
……はっきり言えば、展開についていけなかったのである。
「…まぁ、同じ宿舎内だから問題ないか」
薄情だった。
そのまま、リョーマは手塚を仰ぎ見る。
「…訓練所っすか?」
「そうだな。…行くぞ」
「うぃーっす」
さっさと歩いていく手塚に、リョーマもまた飄々とした態度でついていく。
周囲は急な展開についていけず、拉致されたと行ってしまったリョーマを見送るしかない。
「…なんてマイペースな奴らなんだ…」
ひとり、大石だけが胃痛を感じてへたり込んでいた。
+++
――――数十分後。
やはり、地に膝を着けていたのはリョーマの方だった。
「…っ…はァっ…」
珍しく息を切らしながら、リョーマは片膝を地に着け、剣を支えに何とか身を起こしていた。
対する手塚は、相変わらず涼しげな余裕の様――とも、言い難い。
さすがに疲労困憊…とまではいかないが、息切れをしていないわけではない。
それだけ、リョーマは数週間で力を付けたということになる。
もちろん、それで満足する性格はしていない。――お互いに。
「――ここまでのようだな」
「………」
無言で、リョーマは手塚を睨め上げる。
その瞳から闘志が失われていないとわかっていながら、手塚は淡々と言った。
「越前。おまえと初めて会った時に、俺が言った言葉を覚えているか」
「……」
「上がってくる気があるなら、青騎士団に入れと。そう言ったことを」
その言葉に、リョーマは無言で頷く。
手塚を睨め上げたままで。
「越前リョーマ。おまえは、ここで潰えるか。それとも、…俺を越える騎士となるか。
おまえの目指す『上』はどこだ? ここで膝を着いている場合なのか」
静かだが、怜悧でもある、言葉と口調。
キッと、リョーマは眦を吊り上げる。
「くッ…」
僅かに顔をしかめながら、リョーマはふらりと立ち上がった。
打ち負かされた体には、今はまだ、酷い重圧が残っている。
体中に痣を作り、体中の筋肉が軋む。
それでも意地とプライドで、リョーマはしっかりと立ち上がった。
手塚を見据える瞳には、強い、剥き出しの闘志が宿っている。
「まだ…まだ、諦めないッ!!」
「……」
「絶対に勝つ! 絶対…、俺はアンタを越えて見せる!!」
言い切ったリョーマに、手塚は表情を変えないまま、頷いた。
引き抜いた刀はそのままに、真っ直ぐにリョーマを見据え、口を開く。
「…ならばおまえに全てを託す。――越前、おまえは、青国の柱になれ」
それは、事実上の《継承》という誓約だった。
〝青国の柱〟
それが何を意味するのか、リョーマは知らない。まだ。
だが、何かそれが――大きなものであるような、そんな気配はあった。
「………」
ただ唖然と見つめ返すリョーマを一瞥し、手塚は言うべきことは言ったとばかりに背を向ける。
その背を、大きいと感じたのはいつからだったろうか。
リョーマにとって、彼は「強い」か「弱い」の区分で「強かった」だけだ。
そう、たかが、人間。その上、同じ人間でもリョーマの《マスター》であるとは、存在の重みが違う。
だが、何故か。
ほんの数週間の間で、その存在が大きくなっている。
そして、つい先ほど、自分が感情のままに口走った言葉を思い出した。
彼の圧倒的な強さのせいか。それを――越えたいと、思い始めている自分が、居る?
「……俺が?」
自身の考えを、リョーマは信じられないもののように反芻する。
そして、自らに、問う。
――思えば。
この数週間を、自分は、楽しんでいなかったか?
闘うことを、ではなく。
とふたりで、この騎士団での生活を送ることを――――――。
「………」
不意に、リョーマは剣を握る自身の手を見おろした。
軽く5年近く若返ってしまった肉体は、酷く頼りない、子供の体。
それでも技術で引けを取るつもりはなかった。魔力は制限されたが、人間に劣るとは思わない。
だが、いま、それを――それらすべてを、凌駕する存在が…居る。
「…り、たい」
ポツリと、リョーマは知らず呟く。
スッと、その鋭利な瞳が上がった。
その視線の先には、颯爽と――前だけを見据えて歩く、手塚の背。
「――強く、なりたい。もっと…もっと!!」
そう呟いたリョーマの口元に刻まれたのは、笑み。
その瞳に宿るものは、強い意志。
そして――熱い、飽くなき闘志だった。
+++
ところで、手塚は耳が良い。
不二の地獄耳とはまた違う意味でだが、獣並に細かい音を拾ってしまう。
それは、生まれついて持っていた能力――と、言って良いだろう。
だからこそ、自分の背に向かって投げられたリョーマの言葉を、器用に拾い上げてしまった。
「………」
ちょっと複雑だった。
自分は良き道標として、彼を鍛え、次代後継者としたい。そう考えてはいる。
だが、なんだかこれでは…兄貴を通り越して、父親役になっているような気分だった。
「手塚くん」
「!」
複雑そうに渋面を作って、眉間に皺を寄せていた手塚は、呼ばれて振り返った。
カツン…と、甲冑の擦れる音が、響く。
現れたのは、真蒼のマントを纏う、銀の甲冑の青年だった。
「…全力を出す、とは聞いていませんよ、手塚くん」
「…大和将軍…」
大和祐大。
青国の軍事の頂点に立つ、将軍。
大和は手塚にとって兄であり、育ての親にも等しい。
「…見ておられたのですか」
手塚の問いに頷くだけで答え、大和は口を開く。
「全力を出さなければ負けていた…ですか?」
「……」
「手塚くん」
黙っている手塚を咎めるわけでもなく、大和はただ静かに問う。
その表情は、穏やかなものだ。彼が怒ったところなど、手塚は見たことがない。
「…左腕は…痛みませんか」
「…少し」
「無茶をするからです。本当に、君というひとは」
軽く頭を撫でるその所作を、気恥ずかしいと思うようになったのは、自分が大人になったと思っているからだろうか。
ふと頭部に残る撫でられた感触に、手塚はそんなことを思う。
「彼は、乗り越えてくれるでしょうか」
不意に、大和はそう呟いた。
それが指すのがリョーマだと気づき、手塚はゆるりと視線を大和に向けた。
真っ直ぐに前を見据える大和の、その視線の先に映る者。
それは、この場にいなくとも――手塚が目を掛ける、リョーマだろうか。
「……将軍」
「今後のためとはいえ、君も人が悪い。将軍位に就く立場から言わせてもらうなら…、
――本来なら、こんな強引な手は避けたかったところです」
思えば、手塚が常に前を見据えて歩くことを決めたのは、大和の影響が強い。
彼は、手塚やリョーマのように剣士として傑出しているわけではない。
だが、彼は――一瞬とて、前に進むことを諦めたことはないという。
その姿勢に感銘し、敬服し、彼の望むものを共に目指そうと、幼い頃に誓った。
その誓いは、今なお手塚を突き動かす糧のひとつだ。
「彼には、直接会ったことはありません。遠目から一度か二度、見ただけです。
それでも僕にはわかる。…あれは、自分が認めた者以外に、負けたことのない目です」
「…このような場所で、潰れる芽ならば…初めから、期待など致しません」
上手く言えずにそれだけ手塚が言うと、大和はただ笑う。
心から、愉快そうに。声を上げて。
「君だからこそ言える言葉ですね、手塚くん。
…何故それほど、あのふたりに…いえ、彼に固執するのです?」
「…それは…」
そんなことは、手塚自身にもわかっていない。
言うなれば、そう――数年前、大和が手塚に託した気持ちと同じだったように思う。
『 手塚くん。君には、青国の柱になってもらいます 』
その一言によって、自分という存在は確立された。手塚はそう考えている。
だからこそ、手塚は焦ってもいた。
手塚には、自らを犠牲にしてでも成さなければならない〝目的〟がある。
だが、自らの身に何かが起きたとき――大和の望みを目指せる者が、居なくなってしまう。
だからこそ、自らの後継となる存在が必要だった。
その手塚の考えを知ってか知らずか、大和はただ微笑った。苦笑にも近い。
「本来、〝滅びの前兆〟討伐を命じられたのは、部隊長と副隊長、そしてあの新人ふたり。
…らしくもない我が儘を通してまで、何故、自ら危険な賭けに出るんでしょうね、君は」
「――俺が、騎士だからです」
「君らしいですね」
大和の笑みが、完全に苦笑になった。
手塚の応えなど、彼には予想の範疇内だったのだろう。
昔から、この、大和祐大という男は――人心を読むことに長けている。
「…君は青国の柱です。それでも行くのですか?」
今までとは若干、響きの違う声音。
静かな声は、決して咎めているわけではない。
どこまでの覚悟なのかと、暗に問うている。
「大和将軍。…いえ、『団長』。俺は団長である前に、ひとりの騎士で在りたいのです」
「…決意は固いのですね」
「俺は行かなければならない。その義務と権利がある。…勝手をお許し下さい」
「…此度の件、何か心当たりがあるのですね」
そう言って、大和は小さく息を吐いた。
しかし、手塚はそれには答えない。
「…君を失うようなことがあれば、この国は脆く崩れ去りますよ?」
「俺は次代の柱を見出しました。まだ幼く未熟ではありますが、将来、青国を任せるに値する男です。
副官として、足りない部分を補える者も傍にいます。――俺にもしもの事があったときは、彼を」
「手塚くん」
「…しばらく、団長の肩書きを返上致しますことをお許し下さい」
スッと、手塚は大和に向き直った。
そして、ゆっくりと頭を垂れる。
「陛下を――青国を、頼みます」
「……」
その様子に、大和は苦笑する。
そして、諦めたように息を吐き、言った。
「…君は頑固ですからね。良いでしょう。――存分になさい」
「ありがとうございます、団長…」
頭を垂れたまま礼を言う手塚に、大和は笑う。
君は相変わらず頭が堅い、僕を殴り倒すくらいの勢いで出て行ければ楽でしょうに。
そんなことを、冗談めかして言いながら。
+++
一方その頃、は――――
「…。ワンテンポ詠唱が遅い」
「う~…」
「足だけ速くなっても駄目だよ。
風の魔術と違って、火や土は発動が遅い。詠唱時間は最低5秒」
「さ、最低5秒!?」
「そう。相手が越前レベルに速度が速い場合の最低基準」
「リョーマレベル!? しかも最低基準!!?」
「言っておくけど、少し劣ったとしても、越前くらいの速度で動ける奴は他国にはごまんといるよ」
「う、嘘ですよね??」
「…知ってる? 立海大皇国ってね、手塚レベルがごろごろいるんだよ」
「う、嘘だーーーーぁッ!?」
…しごかれていた。主に、不二に。
「ううっ…不二先輩、脅さないでくださいよぅ!」
「残念ながら脅しじゃないんだよねぇ。
まぁ、立海大皇国は行き過ぎだとしても…乾みたいなデータマンもたくさんいるし、
タカさん並のパワーファイターも、英二みたいなエキセントリックな奴もいるよ?」
「…不二、エキセントリックって何。何語ソレ」
「古代語で、『奇矯』。簡単に言うと『ものすごく風変わり』」
「にゃるほどーってソレ俺のことバカにしてないーーーっ?!」
「あはは、やだなぁ英二。してないよ?」
胡散臭い。笑顔の辺りもの凄く。
そう思ったが、は黙っていることにした。
………恐いから。
「まぁ、冗談はさておき…」
「冗談だったんですか」
「実際問題、現時点でが前線に立っても、はっきり言えば邪魔」
「うっ」
「サポートに回ってもらっても、現段階の詠唱速度じゃ間に合わないから。足手まとい」
「うぅっ」
「…不二、言い過ぎ言い過ぎ」
「本当のことを言ってあげないと、危機感が出ないでしょ」
もっともである。
もっともなのだが、には少しダメージが大きかった。
「…あのね、。確かに君は強いよ。女の子であの剣技、魔術の腕前は水準を軽くオーバーしてる。
でもね、僕たちがこれから闘っていくのは――先日闘った不動峰以上の実力者になると思う」
それは、まぁそうだろう。
〝滅びの前兆〟――――。
占術士が予見した、恐ろしい存在
およそ人のレベルで推し量れるモノではないかもしれない。
それを相手に回すのだ。――今まで通りになど、行くわけもない。
「君は確かに、彼らに勝った。越前の助けがあったとしても、そこはチームワークの勝利だ。
プラスにこそなれ、マイナスにはならない。…だけど、君が勝ったのは何のおかげか、わかる?」
「え…えと…リョーマの」
「違う。そこは問題じゃないと言っただろう?」
「…え、っと…」
「…まぁ、今まで当たり前に使ってきたんだから、わからないか…」
困ったように苦笑し、不二は菊丸に視線を移した。
彼が頷き返すと、不二はに向き直る。
きょとんとするに、不二は静かな口調で言った。
「――召喚(サモン)能力、だよ。それがなければ、君は勝てなかった」
「!!」
思わず、は菊丸を見た。
しかし彼は、軽く手を振って「知ってるから」と返す。
「…なんで…」
「言わなかったんだけどさ、俺、『魔眼』持ちなんだよね」
そう言えば、そんなことを謁見の間でスミレも言っていた。
『魔眼』――魔力の流れを読み、動的軌道を読み解く、先天的能力。
しかし、にはその『魔眼』とを召喚士と見破った事の繋がりがわからない。
「英二の『魔眼』は、少し特殊なんだ。魔力の流れを視るだけじゃないんだよ」
「そ。魔力の性質とか、属性とか、そういうのも視えちゃうんだよなぁ」
「本来は『千里眼』の能力だけど…英二は片目だけだから、やっぱり『魔眼』なんだろうね」
「どっちでもいいけどねー」
そんなことを言い合いながら、ふたりは実にほのぼのと笑い合っている。
……どっちでもいいのか。結構重要なことだと思うのだが。
「で、話を戻すけど」
「戻すの?」
「英二うるさい。ちょっと黙ってて」
…このふたりって、仲良いけどたまにドライだなぁ。
ふたりのやり取りを眺めながら、はそんなことを思った。
「君は召喚士だ。生まれながらに刻印を持ち、呼吸をするように容易く異界と触れ合ってきたんだと思う。
だけど――召喚(サモン)は、門外不出だろう? おいそれとは、使えないはずだ。特に、君の立場では」
「……はい」
ここまできて、には不二が言わんとしていることが理解出来た。
門外不出の、魔術。今後のことを考えれば――召喚(サモン)は、使えない。
つまりは、は「勝つための手段」を自ら切り捨てなければならないのだ。
「君にも、守りたいものがあるはずだ。自分自身の手で。
でなければ、君のように魔術に特化した人間が、剣を持つはずがない」
鋭いところを突いてくる。
腰に履いた剣の柄を握り、は不二を見つめ返した。
「――。君は、強くなるんだ。誰よりも強く」
「…不二先輩」
「僕たちは、その為の協力を惜しまない。
魔技も剣技も、君に与えられるものは惜しみなく与えよう」
視線を移せば、不二の少し後ろに立つ菊丸も、軽く頷いている。
普段の無邪気なだけの笑みではなく、勇気づけるような、そんな笑顔で。
「強くなり、勝ち上がれ。僕たちを追い抜く程の気概を見せてくれ」
「…わたし、」
「僕たちを頼って欲しいし、頼らせて欲しい。
守るために君を、ここまで連れてきたわけじゃないから」
真っ直ぐに見つめてくる、不二と菊丸の瞳。
色こそ異なるのに、その瞳が含む色は同じ。
期待、されているのだろうか。そう自惚れてみてもいいだろうか。
逸る動悸を鎮めるように、は小さく息を吐く。
「――わたし、強くなります」
言葉にすると、案外静かな声になった。
落ち着け、と。
は自分に言い聞かせ、再び口を開く。
「誰にも恥じない、――自分に誇れるだけの強さが欲しいです」
口に出してから、思う。
自身の求めていたものは、案外単純なこと。
「誰よりも高く、上を目指します! わたしは―――」
そこで一旦、は言葉を切った。
視線の先にいる、不二と菊丸は、各々の個性を持つ笑みでを見つめている。
待っている。この先の言葉を。
そう感じ、は小さく息を吸った。
自分に誇れるだけの強さで。
勝つために、闘う。
そのための決意を。
「強くなりたい。もっと、もっと!!」
凛とした強い光を、瞳に宿して。
図らずしも、はリョーマとまったく同じ言葉を、口にした。
翌日。
女王スミレより、正式に任が下った。
総指揮は団長,手塚に一任され、
情報収集等は乾が中心になり、
そのふたりの下、各自が動く。
今、『運命』は――大きく動き出したのだった。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。