新たな《器》。
その《器》に回収すべき、第一の《部品(パーツ)》。


――――――全てを見通す、《瞳》。



File07 〝滅びの前兆〟~ The 1st Game




「青騎士団団長、手塚国光。
 陛下にご報告したきことがあり、馳せ参じました」

スッと完璧な所作で臣下の礼を取り、手塚は深く頭を垂れた。

「…珍しいじゃないか、手塚よ。
 正式な手順を踏んでここは来るとは」
「…ご冗談を」
「アタシだって冗談くらい言うさ。
 …おや、不二かい。アンタも久しいねぇ」

かけられた声に、不二は礼をとったまま、顔を上げる。
穏やかに微笑む不二に、女王スミレは「相変わらずそうだね」と笑った。

「何年ぶりかね」
「はい、陛下。3年程になるかと…」
「そうかい。アンタも壮健そうで何よりだ。
 …後ろのが新団員だね」

次に、スミレは手塚と不二の後ろに控えるとリョーマに声をかけた。
異例尽くしの騎士とはいえ、本来、部隊長候補のふたりは登城を許される身分は賜っていない。
その上、女王自ら声をかけてくるなど信じられないことだ。

「そう硬くならんで良い。顔をお上げ」
「は、はひ」
「……は。ありがたき幸せ」

動揺を隠せないとは対照的に、リョーマは落ち着き払った様子で応えた。
宮廷式の言葉遣いがスラスラ出てくるほどの余裕まで見せる。

「…名は?」
「え、あ、と…申します」
「…姓を越前、名をリョーマと申します。この度は拝謁を賜り、恐悦志極に存じます」

片膝をつき、臣下の礼をとるリョーマの姿に、は思わず笑ってしまった。
本来、リョーマは礼を尽される側の存在だ。持って生まれたものは隠せない。
そのギャップが、なんだか妙におかしかった。

「……似ているねぇ」
「え…?」

穏やかに呟かれた言葉に、は思わず顔を上げた。
視線を上げた先には、まるで母親のような、暖かな…
それでいてどこか、やるせなさを押し殺したような、そんな表情のスミレが、ふたりを見つめていた。

「…いや、気にすることはないよ。
 で? いったい何があった、手塚。新人の顔見せというわけでもあるまい?」

ふたりから外された視線が、手塚に向けられた。
問われた手塚は、形式通りに「御意」、と応えてから口を開く。

「…先刻、不動峰国の軍人と、少々小競り合いがありました」
「…不動峰…隣国の《黒い軍団》か…」

小さく頷き返し、スミレはそのまま、おとなしく控えているリョーマに視線を向けた。

「リョーマの目はそれが原因かい?」
「……」

言われた言葉に、ここに来て初めて、リョーマの表情が変化した。
リョーマの目の傷は、不二の魔術によって治癒されている。痕もほとんど残っていないはずだ。
僅かに残された痕跡だけで、気付くとは――

「…は。陛下のご慧眼には敬服致します。しかし、ご心配には及びません。
 越前の怪我は、不二の魔術によってほぼ完治しております。任務に支障はありません」

手塚が動揺することなく言うと、スミレは視線でリョーマを促す。
慌てて頭を下げ、リョーマは「陛下のお心遣い、感謝致します」と返した。
土壇場で対処出来るのだから大したものだ。

「ならば良いがね。…話の腰を折ったようだ、手塚、報告を続けておくれ」
「御意。…幸い、不動峰は我が国に対して、敵対の意思はありません。
 今後のことを考えれば、同盟を結ぶことが得策かと」
「…ふむ。相手は同盟を結ぶに値する…と、おまえは判断したのだね?」
「…はい。不動峰左将軍,橘桔平は、信用に値する男と見受けました」

真摯な手塚の眼差しを見れば、よくわかる。
彼は不動峰国将軍,橘を認め、そして敵に回してはいけないと判断した。
つまり――

「…おまえがそこまで言うとは…よほどの手練れのようだねぇ」
「はい。…確かに国力において、不動峰は我が国に及びません。
 本来なら侵略する方が良いとは思いますが、」
「わかっている。無益な戦はせんよ。
 それに、不動峰の軍は小さいが、実力は確かだ」
「…はい」
「わかった、前向きに検討する。
 が――本題はそこじゃないね?」

瞬間、その場の空気が一変した。
空気を揺らすような、緊張感。思わず、は身震いする。

「…何があった。
 新人ふたりに不二までを引っ張ってきたんだ、相当のことだろう」
「…はい、実は…」


+++


話は数時間前に遡る。
《ガーデン》にある、小さな村の宿。
その一室で、手塚と橘は向かい合って顔を突き合わせていた。

「…何から話せばいいか…」
「時間はどれほど掛っても構わない。…情報は多いほど助かる」

渋面の橘に対し、手塚は静かな声音と表情で返す。
傍目からはわかりにくいが、言葉少なな彼なりの気遣いだ。

「…実際、俺自身にも詳しいことはわからない。 
 これから話すことは、あくまで推測の域を越えないのだが…」
「ああ…聞かせてくれ」

小さく頷き、先を促す手塚に応えるべく、橘が口を開いた瞬間だった。
小さく蝶番が鳴り、奥から不二が顔を出す。

「手塚」
「不二か…杏嬢の様子はどうだ」
「問題はないよ。呼吸も脈も正常。神尾くんがついているし、大丈夫」

頷く不二に、橘は見るからに安堵して、小さく意気を吐いた。

「そうか…すまない、世話になって」
「気にしなくていい。…不二、杏嬢は話が出来る状態か?」

問われ、一瞬だけ不二は躊躇するように言葉を飲んだ。
そして、曖昧な表情で返す。

「身体的には問題ないと思う、けど」
「歯切れが悪いな?」
「歯切れも悪くなるよ…彼女、ここ数日の記憶がまったくないらしいから」

ガタンッ

衝撃的な一言に、橘が椅子を蹴って立ち上がった。

「記憶が、ない!?」
「確かなのか?」

席を立ちはしなかったが、手塚も軽く目を瞠る。
それぞれの反応は予測していたのか、不二はただ頷いた。

「神尾くんが確認した。演技とも思えないし…間違いないと思う」
「…おまえは大丈夫なのか?」

若干の疲労が見える不二の様子に、手塚はそう尋ねる。
それに、不二は軽く手を振って応えた。

「平気。少し面倒なことしただけだから」
「面倒なこと?」
「杏嬢の記憶に鍵がかけられているのかと思って、追跡術を。…徒労に終ったけど」

小さく息を吐き、不二は軽く目を眇めた。

「第三者の意図みたいなものを感じるね。
 操心術…塊儡術…? なんにしても、相手は相当の術者だ」

そう言いながら、不二は首から下げた蒼の魔玉を取り出し、宙へ放った。
淡い光を発したそれは、次の瞬間、何かの風景を映し出す。

「…これは…《ガーデン》の…」
「杏嬢の身に付けていたものから読み取った、数時間前の記憶。
 …達と闘った時のことみたいだね」

映し出された映像には、闘いの一部始終が記憶されていた。

「…不思議な術や技を使う者がいるのだな、青国は。
 杏や深司が、手も足も出ないとは…さすがに層が厚い」

映像を眺めていた橘が、感心したように呟く。
だが、不意に眉をひそめた。

「…ん?」
「どうした?」
「いや…杏の額にあるアレは…見覚えがないな」

橘が示したのは、映像の中の杏が額につけたサークレットだった。

「運んできた際には、見当たらなかったが…」
「魔術の発動体ではないのか? 戦闘中に越前ないしが、破壊したのでは」

手塚の言葉に、橘は緩く頭を振った。

「仮にそうだとしても…杏の発動体は右手首の腕輪だ。
 他の装飾品は好まず、せいぜい髪留くらいしか持っていなかったはず」
「…少なくとも、彼女がつけていたサークレットが怪しいね」

スッと、不二は手を伸ばして魔玉を手に戻す。
光が弱まり、映像は消えた。

「いつサークレットが外れて、それがどこにいったのかはわからないけど…
 鍵であることは間違いない。…第三者の意図が絡んだ、魔具である可能性がかなり高いね」

第三者の意図が絡んだ、魔具。
魔術界にとって、他者の意思や感情を殺す魔具は多い。
…その一種だとしたら…かなり、悪質だ。

「つまり杏嬢は…何者かに利用されたと?」
「……そうなる」
「…杏…なんてことだ…!」

頭痛を抑えるように額に手を当て、橘はやるせない様子で息を吐いた。

「…確かにここ数日、杏の様子はおかしかった。
 何も言わずふらりとどこかへ出掛けて行ったり、明らかに俺を避けていたり…しかし、まさか」
「…精神が弱まると、魔具の影響を受けやすくなる。何か予兆はなかったかな」

不二に尋ねられ、しばらく考えてから、橘は緩く頭を振る。

「…いや…すまない、わからない…
 杏は幼い頃から、あまり俺を頼ることはなかったからな…」

グ…ッと、橘は拳を握り締める。
爪が食い込み、僅かに肌を傷付けた。

「…俺が、もう少し…気を付けていれば…」
「橘殿…」

重い沈黙。
なんと声をかけて良いかわからず、手塚は言葉を探す。
不二はただ、無言で壁に背を預けた。

「…?」

不意に、ドアの向こうに人の気配を感じて、不二はドアノブに手を掛けた。
そのまま引くと、タイミングよく少女が駆け込んでくる。
話題の中心である、杏だ。

「…兄さん…!」
「杏?!」

驚いて橘が立ち上がると、遅れて青年――神尾が、杏を追って駆け込んできた。

「杏ちゃん、駄目だよまだ休んで…!」
「いいの、アキラくん。
 …兄さん…――いえ、橘将軍」

ピンと背筋を伸ばし、杏は橘の正面に立つ。
そして、ス…ッと膝を折った。

「…ご沙汰を」
「杏」
「軍に混乱を招き、将軍の許可を得ず他国へ踏み入りました。
 どうぞ、なんなりと処罰してください」
「さっきの話を聞いてただろ!? 杏ちゃんが悪いわけじゃ…!」
「…例え自分の意思じゃなかったとしても、法を犯したことに変わりはないわ」

神尾が何を言おうとも、杏の意志は堅いようだった。
膝をつき、深く頭を垂れたまま、杏は感情を抑えた声で語る。

「…青国側に怪我人が出たと聞きました…。
 わたしを罰しなければ示しがつかず、両国の関係は修復不可能になります」

それは橘に進言しているのとは別の意味合いで、手塚と不二にも言っているようだった。
それは深読みをすれば、牽制だ。青国を不動峰の敵に回さない為の。
…頭の切れる女性だ、と手塚は感心する。さすがは不動峰国将軍,橘の妹だ。

「我が不動峰国は昨年まで内乱が続き、国はボロボロです…今下手をすれば、国は滅びます。
 そんなことは許されません。…どうか、処罰してください」
「杏ちゃん!!」

慌てる神尾の声には、杏は反応しない。
ただ静かに頭を垂れ、沙汰を待っている。
その姿を見つめていた手塚が、不意に口を開いた。

「…杏嬢」
「は? …は、はい」

予想外の場所から声がかかり、杏は若干動揺したように目を瞬かせた。
さすがに声をかけられては、いつまでも跪いているわけにもいかず、おずおずと顔を上げる。

「今回の件について…2、3確認したいことがある。構わないだろうか」
「…わたしに、答えられることでしたら」
「感謝する。…不二」

促され、不二は壁から背を離して手塚達の方へ歩み寄る。
そして、杏に向かって穏やかに微笑んだ。

「まず確認したいのは、君の記憶が途切れたのはいつからか、ということ。
 あと――君の、魔術発動体について」


+++


「杏嬢の話では、橘殿らの言うとおり、彼女の魔術発動体は腕輪だということです。
 不二が確認致しましたので、間違いはありません」
「ふむ…」
「そして、彼女の記憶が完全に途切れているのは、一週間ほど前。
 断片的に途切れだしたのは、二週間ほど前だということです。
 随従していた兵士との話の食い違いから考えて、ほぼ間違いないでしょう」

手塚の報告がそう締めくくられた頃には、スミレの表情は渋面になっていた。
なにしろ、不可解なことが多過ぎるのだ。スミレでなくとも困惑する。
証拠に、は半分以上話を理解してはいなかった。咎められはしないのだが。

「なるほどねぇ…」

苦虫を噛み潰したようにそう唸り、スミレは小さく息を吐いた。
思わず、は隣に控えるリョーマの袖を引く。

「…なに? 怒られても知らないよ」
「あ、いや…その、理解出来た?」
「全然」
「そ、そう…そうだよね…」

思わず安堵の息を吐いたを、リョーマは目を眇めて見ながらぼそりと呟いた。

「…仲間見つけて喜んでるわけ? 一緒にすると怒るよ」
「なッ、なんでッ?」
、うるさい…」
「あんたね…!」

わざとらしく耳を塞ぐ仕草をしたリョーマに、は食ってかかろうとして、しかしぴたりと動きを止めた。
視界の端に、手塚の姿を確認してしまった為だ。
その怜悧な瞳が語っている。――曰く、「陛下の御前だ、静かにしろ」。

「……」

開き欠けた口を閉じ、はリョーマの横で縮こまる。
ただでさえ、お騒がせ最年少コンビとしてよく叱られているのだ。…団長の説教は長くてくどい。

「で、結局その、件のサークレットについては判らず終いかい?」
「は。…戦闘が行われた場所へ立ち寄ったのですが、それらしいものはなく…」
「手詰まり…か」
「いえ、まだ一縷の望みがございます」
「ほう?」

きっぱりと言い切った手塚に、スミレは面白がるように軽く笑った。
その視線は、手塚を見ているようで、微妙に他の方向を見ている。
何かを感じたのか、ぴくりとリョーマが反応を示した。しかし、さしたる変化はなしに立っている。
どうかしたのかと訊ねようとしたが口を開くより先に、手塚の言葉が発せられた。

「ここに控えます越前とは、杏嬢と闘い、彼女を無力化させております。
 杏嬢の魔術発動体は失われていませんでしたが、なんらかのきっかけを彼らが与えたと考えております」

淡々とした、結果だけを語るような口調の手塚から発せられた一言に、は唖然と立ち尽くした。

いま、なにを、言われたんだろう?

自分の名が上がったのはわかった。そしてリョーマの名が上がったことも。
だが、しかし。しかしだ。
どうしてそこで、しかもわざわざ陛下の御前で。…こんな話が出るんだ!?

「そうかい。…リョーマ、
「は、はいッ」
「…はい」

スミレの視線が、今度は正確にとリョーマを捉えた。
緊張して声を裏返らせたとは対照的に、リョーマは動揺もなく、どこか面倒くさそうに返事を返す。

「…確かに、橘杏のサークレットを破壊しました」

ガチガチに緊張しているに代わり、リョーマがやる気のない、しかし形だけは丁寧な口調で応えた。
その応えに、スミレは僅かに目を眇める。

「ほう。何故、腕輪ではなくサークレットを」

問われ、リョーマはゆるりとに視線を向けた。
自らを見上げる、深い、アーモンド色の瞳。
動揺と緊張で堅くなっていたの肩から、ストンと余分な力が抜けた。

が」
「わたしが、サークレットから魔力を探知しました。魔術の発動体だと思ったんです」

応えたの声音には、震えも緊張も微塵もない。ただ冷静な、淡々とした響きになる。
稀に、契約者と使い魔は、奇妙な一体感という感覚を持つことがある。
それが作用しての効果だったのか、今のは落ち着き払っていた。
自分が自覚している事柄を話すのは得意だ。だから、胸を張って応える。
しかし、の淀みないその応えに、リョーマを除く全員が息を飲んだ。

「……?」
「……視えた、のか?」
「え?」

珍しく驚愕を滲ませた手塚の様子に驚き、は目を瞬かせる。
その様子を、質問の意図がわからなかったと判断したのか、手塚は噛み砕いた内容に変えてもう一度訊ねた。

。おまえは…魔力の流れが、視えたのか?」
「え? はい、視えます…けど」
「……」

今更何を言うんだこのひとは、と。
そんな不思議そうな口調で返したに、手塚は軽く目を瞠る。
それは、不二やスミレも同じだった。

「いとも容易く魔力の流れを読みとる者が、魔眼持ちである菊丸以外にいるとはねぇ…」
「ますます、おまえの素性がわからなくなってきたな…
「え? え??」

何かおかしなことを言っただろうか!?

ひとりパニックに陥って慌てるの手を、不意にリョーマが掴んだ。
その意志の強い瞳を手塚に向けて。…まるで睨み付けるかのように。

「……」
「…リョーマ?」

急に手を握られた事で、逆に落ち着いたが、リョーマの不自然な行動に疑問符を浮かべる。
しかし、リョーマの視線は動かない。
それを見て取った手塚が、小さく息を吐いた。

「…越前、勘違いはするな。我ら青騎士団は、一度仲間と認めた者を蔑ろにはせん。
 にしろおまえにしろ、例えどのような出自であっても咎めることはない」
「…そーっすか」
「ああ。仲間を信用出来んのなら、それは騎士ではないからな」

きっぱりと言い切る手塚の横で、それまで黙っていた不二がにこりと微笑んだ。
そして、軽く自分の唇に人差し指を当て、まるで内緒話でもするかのように言う。…音量は普通だったが。

「大丈夫。陛下にしろ手塚にしろ、義理人情に厚いからね?」
「は、はぁ…」
「不二。余計なことは言わなくて良い」
「はいはい」

あくまでも笑顔を崩さない不二に、手塚は困惑気味にため息をつく。
それはいつもの光景なのか、スミレも思わず、といった調子で笑った。

「…しかし…他者を意のままに操る、強い魔力を秘めた魔具か…厄介だねぇ…」
「はい」
「他国の問題ならば、こう言ってはなんだが…抱え込みたくはないのだがね」
「…ですが、杏嬢を操っていた者が、我が青国に対し何かしらの不穏な考えを抱いているのは確かでしょう。
 放っておけば、第二、第三の杏嬢のような事態が起こることは想像に難くありません」

手塚の言うことにも一理ある。
確かに、不動峰国の軍人達は言っていた。確か――

「…あ」
「どうした、?」
「あの…そう言えば…伊武さん達が、杏さんに言われたって…
 『青国に伝わる秘術を手に入れられれば、国を立て直せる』とか…なんとか…」
「ああ。神尾くんもそんなことを言っていたね」

不二が肯定すると、手塚も軽く頷く。
三人の様子に、スミレは僅かに眉をしかめた。

「青国に伝わる秘術? 本当にそんなことを言ったのかい、不動峰の軍人達が?」
「はい。間違いございません」
「………」

しっかりと返された肯定の言葉に、スミレは額に手を当て、息を吐いた。
まるで頭痛を抑えるかのような表情で、独り言のように呟く。

「秘術…か。何も知らない者達から見れば、そう映ってしまうものなのかもしれないねぇ…」
「…陛下?」
「いや…気にせんでいい。問題は青国に迫る危機の正体だ」

疲れたような様子から一変して、スミレはその瞳に凛とした力を宿した。
そして、スッと立ち上がり、よく通る声音で言う。

「不二」
「はい」
「緊急事態だ。だが、心当たりはある。…由美子を呼んでくれ」
「…御意」

深く頭を垂れ、礼を返してから、不二はスッと立ち上がった。
そして、正装である青のマントの裾を払い、謁見の間を後にする。
一連の流れを不思議そうに眺めながら、はおずおずと口を開いた。

「あのぅ…団長…?」
「ん?」
「由美子…さん、って…どなたですか?」
「ああ、とリョーマは知らないんだったね」

訊いたのは手塚にだったが、応えたのはスミレだった。
そんなつもりはなかったは恐縮したが、スミレは気に留めることもない。

「由美子は、未来視をする占い師さ。占術士とも言うがね。そして、不二の姉でもある」
「…不二先輩の…お姉さん…」
「不二家は代々、そういった力を持っている。言うならば、正統な魔術師の家系だ。
 その資質には何種類かあるがね。占い師であったり、魔術師であったり…不二はまぁ、少々特殊だが」

濁すように言われた言葉に、は思わずリョーマと顔を見合わせた。
不二が普通ではないことなど、2週間も経てば充分過ぎる程わかる。
何故、それを今更言われるのだろうか?

「陛下。お待たせ致しました」

首を捻るとリョーマを余所に、不二が戻ってきた。
後ろに、ひとりの女性を伴って。

「おお、ご苦労だったね」

労いの言葉に応えるように、不二が伴ってきた女性は、スッと膝を折った。
裾の長い、呪を織り込んだ魔術衣が小さく衣擦れの音を立て、深紅の絨毯の上に広がる。

「陛下、お呼びと伺い馳せ参じました。占術士、不二由美子にございます」
「よく来たね。…いきなり呼びつけてすまなかった」
「いいえ、私の力が必要な事態なのでしたら、なんなりとお申し付け下さい」

不二に良く似た面差しの女性――由美子は、そう言って微笑んだ。
笑顔の種類が同じだ。は瞬時にそんなことを思う。

「…悪いが、由美子よ。アンタに、かなりの負荷を掛ける予見をして貰わなければならん」
「……」
――我が青国に向けられた《悪意》の正体を、探って欲しい」

厳かに告げられたその言葉に、由美子は柔和な笑みを消した。
さらりと、サイドの髪が由美子の頬を滑る。

――出来るか?」
「御意。この命を削ることになりましても」

凛とした口調で応え、由美子はスッと立ち上がった。
占い師は、時として王と同等の権威を持つ。
いま、王が占い師に予見を命じた。――いま、この場の主は彼女なのだ。

「周助。わたしのカードを」
「はい、姉さん」

素早く反応し、不二は戻ってくる際に運んできたであろうカードを、由美子に差し出した。
それを受け取った由美子は、「御前にてご無礼、お許しを」とスミレに頭を垂れてから、バッと空にカードを放った。

――我が名は不二由美子。未来を予見する者」

しなやかな指が、鋭く空を切る。
彼女の周囲を囲むように、放り投げられたカードが浮かび上がった。

「我が指は未来を選ぶ筆。守護せし女神の弓手よ、我が望みを顕現せよ」

朗々と響く声に呼応するように、カードが彷徨うように動き出す。
それは、ひどく幻想的な光景だった。
やがて、由美子の指に吸い寄せられるように、数枚のカードが集まってくる。

――仮初めを消せ。可能性を排除せよ。我が求むるは、真実のみなり!」

響く、裂帛の声。
応えるように、カードが弾かれ、地に落ちる。
そして、ただ一枚だけが、由美子の眼前に浮かんでいた。

――応え、魔力を込めしカードよ…!」

スッと、由美子はその残ったカードに手を伸ばす。
細い指がそれを捉えた瞬間、雷撃のような残像がはしった。

「くッ…」
「姉さん!」
「だ、大丈夫よ。周助…」

一瞬膝をつきかけた由美子は、不二に支えられて立ち上がる。
そして、スッとスミレを見上げた。

「…陛下…」
「由美子、無理をするな。ゆっくりで良い…」
「いいえ。…視えたのです。恐ろしい、影が…」

憔悴した様子で、由美子は呟いた。
その場にいた全員が、彼女の言葉に息を飲んで目を瞠る。

「…青国を…否、大陸を覆う影…。
 それは確固たる目的を持って、この大陸を闇に染めようとしています…」
「…なんと」
「このまま野放しにしていては、橘杏のような事態が、大陸中で起こるでしょう」

淡々と語る由美子の言葉は、充分過ぎるほどの衝撃を達に与えた。
程度の差こそあれ、動揺する一同をしっかりと見つめながら、由美子は言った。

「その名は――――〝滅びの前兆〟」

それは、酷く不吉な響きだと――は、直感めいたもので感じていた。









To be continued?

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