「暇だねぇ」
「……だったら皆が集まっている宿舎に戻ればいいだろう?」
しみじみと呟いた不二に、手塚は幾分か呆れたようにそう返した。
「…だいいち、机に座るな。行儀が悪い」
「そう邪険にしないでよ。…で? いい加減、決まった?」
「何がだ」
「あのふたりの配属先」
誰もが思っていても聞かなかったことをさらりと言うと、眉間に皺を寄せる手塚に不二はにこりと微笑んだ。
「眉間に皺寄ってるよ、団長殿?」
「…ッ」
人指し指で眉間を弾かれ、手塚はムッと顔をしかめた。
それを見て、不二は思わず吹き出す。
「………不二」
「ごめんごめん、悪かったよ」
笑顔の謝罪を受けて、手塚は諦めたように息を吐く。
満面の笑みを見れば、悪いなどとは思っていないのは明白だ。
「…決めかねている」
「ん?」
「越前との配属先だ」
「…そう」
穏やかな不二の返答に、僅かに気を緩めたのか、手塚は姿勢を崩した。滅多に見せない姿だ。
「個々の能力だけを見るなら、部隊長クラスに匹敵…
いや、それすら凌ぐかも知れない。だが、まだ幼い故に未熟だ」
「精神面の方が…だね?」
「そうだ。越前にしろにしろ、ここぞというときに熱くなり過ぎる傾向がある」
そう言ってから、手塚は小さく息を吐く。頭痛を抑えるように額に手を当て、呟いた。
「…とはいえ、まだ年端もいかないあいつらにそれを求めるのも酷か…」
「どうかな? 彼らは彼らなりの闘い方を極めた方が良いかな、とも思うけど?」
「…だとすると…やはり大石率いる第二部隊か? しかしはともかく、越前には不向きな気も…」
考えに没頭し始めた手塚は、取っ替え引っ替え資料を引っ張り出しては溜め息をつく、という行動を繰り返す。
「…ちょっと手塚…机の上、誰が片付けると思ってるの」
「俺だろう?」
「まぁそうなんだけどさ。…書類と睨めっこしたって答えは出ないと思うよ」
わかっている、と手塚が至極真面目に返せば、不二は仕方ないなとばかりに苦笑する。
「…ねぇ、手塚?」
「ん?
「頼みがあるんだけど、いい?」
穏やかな微笑みを湛えながら、不二は不意にそんなことを言う。
彼にしては珍しいその言葉に、手塚は資料を置いて顔を上げた。
「内容によるな。なんだ?」
「うん。越前との配属先なんだけど…」
そこで一旦言葉を切ると、不二はただ静かに言葉を紡ぐ。
「…余計なことは考えないで。君の思うように、してくれる?」
「………」
「きっとそれが正解だよ」
「…不二」
「君は余計なことばかり考え過ぎる。昔からね?」
場違いなほど明るく笑われ、一瞬、手塚は呆けたように不二を見つめ返す。
そして、微かな苦笑を返した。
「……おまえと話していると、悩んでいるのが馬鹿らしくなってくる」
「酷いなぁ。傷つくよ?」
「他意はない。むしろ誉めたつもりだ」
「ふぅん? それはどうもありがとう」
ありがたくなど思ってないような棒読みで不二が返すと、ふたり同時に思わず吹き出す。
普段は厳格な団長も、幼少の頃から共に在る友の前では、そんな青年らしい仕草も見せるのだ。
「…ああ。決めた」
「うん?」
「越前との、配属先は――」
「いらっしゃーい、おチビちゃんズ! 我が青騎士団にようこそ~!」
『ようこそ!』
声を揃えた歓迎に、とリョーマはきょとんと目を瞬かせた。
目が点になる、というのはまさしくこのことだろう。
「あははッ! こいつら相当驚いてますよ、英二先輩!」
「やったね! 大成功だにゃ!」
楽しそうに顔を見合わせるのは、桃城と菊丸だ。
誰よりも、後輩の入団を心待ちにしていたふたりである。
「よく来たね、歓迎するよ。俺は副団長の大石秀一郎だ。よろしく」
「はい! よろしくお願いします!」
「……」
元気良く挨拶をするとは対照的に、リョーマは無言で軽く会釈する。
「君達の先輩になる部隊長達を紹介しよう。乾と海堂は知ってるな?」
「改めてよろしく。緻密なデータを取らせてもらうよ」
「…俺達に勝てる奴はそうそういねぇ…その力、青騎士団で存分に発揮しろ」
「はい!」
促されたふたりが、それぞれの挨拶をする。
は元気良く頷き、リョーマはさきの対戦を思い出したのか、小さく笑った。
まったくリョーマらしい。そんな意味を込めては苦笑する。
「そしてこっちが第二部隊副隊長の、」
「菊丸英二! よろしくなー、おチビちゃんズ!」
「そして第四部隊隊長の河村」
「河村隆だよ。よろしくね」
そう言って微笑んだのは、大柄だが穏やかな様子の青年。達は初めて見る顔だった。
「こー見えても河村先輩は、青国の重戦車って呼ばれる程のパワーファイターなんだぜ!
戦場ではよーくその活躍の数々を目に焼き付けろよ!」
「はははッ! 大袈裟だよ、桃」
穏和な笑顔のこの青年からは、重戦車などという雰囲気は想像も出来ない。
しかし、パワーファイターというのは頷けた。鍛え上げられた体は、隠しようもないのだ。
「で、この爆発ヘアーが第四部隊副隊長、桃ちんもとい桃城武だよん」
「爆発はないっすよ英二先輩~」
爆発ヘアー、もとい、桃城は苦笑いを菊丸に返す。仲の良さを感じさせる一コマだ。
なるほど。この桃城という男、誰とでも仲良くなれてしまうタイプの人間らしい。
「で、この他に…」
つぶさに人間観察をしながら話を聞いていたは、不意に大石が言葉を止めたので反射的に後ろを振り返る。
「――集まってるな、皆」
凛とした声が、場の空気を支配するように響いた。
カリスマとしか言い様のない存在感。
――青騎士団団長,手塚国光その人だ。
「青騎士団団長の手塚国光だ。こっちは第一部隊副隊長の不二」
「不二周助です。よろしくね、ふたりとも」
手塚が伴って現れたのは、穏和な微笑を湛えた不二。
中性的で華やいだ立ち姿ではあるものの、決して華美ではない。神秘性の高い存在感がある。
「…この間はどーも。魔術師かと思ってたけど、騎士サンだったんっスね」
「君こそ。…越前くん、だっけ?
剣士かと思ってたけど、魔術も使えるんだね。君の活躍が楽しみだよ」
「……」
剣呑な瞳で不二を見据えるリョーマと、あくまで穏やかな微笑を崩さない不二。
…なんとも言えない、妙な空気が漂っていた。
しかし、全員が顔色を変えてあたふたしている中、手塚だけは平然としている。
「…挨拶は済んだか、不二。越前」
「うん、十分」
「そうか」
それで済むのか。
全員に共通の思いがはしったが、そこは敢えて誰も突っ込まなかった。
…言えなかった、という説もある。
「我が青騎士団への入団、心から歓迎する。――越前リョーマ、」
「…はい」
「え? あ、はい!」
何事もなかったように話を振られ、は一拍遅れて返事を返した。
「――両名には、第一部隊への配属を命じる」
手塚がそう言った瞬間、不二とリョーマを除く全員が目を瞠った。
当然、もだ。
「…?」
「リョ、リョーマ…」
「…ソレ、なんか凄いことなの?」
「あ、当たり前よ! 第一部隊は団長直属…つまり、」
「の言う通りだ。
ふたりには俺の直属となり、部隊長候補として勤めてもらう」
その言葉に、全員が息を飲んだ。
いきなり騎士団に入団を許されただけでも異例なのだ。
そこへ、ふたり同時に部隊長候補として育てる、とは――
実質、後継者候補に他ならないではないか?
ざわめきの中、スッと手塚は自らの剣を引き抜く。
「――越前、。第一部隊への着任を許可する」
厳かに告げられたそれに、最初に反応したのはリョーマだった。
スッ…と、リョーマは手塚の前に膝をつき、頭を垂れる。
普段の生意気な少年然とした態度からは想像もつかない、洗練された完璧な所作だった。
袖を引かれ、も慌ててリョーマに倣う。
「……はい」
「あ…ありがとうございます!」
それぞれの返事を受け取り、手塚は小さく頷いて剣を納める。
カチンッと小さく金属音が鳴ると同時に、リョーマとは立ち上がった。
「ではさっそくだが…」
「待って、手塚。大事なことが決ってない」
手塚の言葉をそう遮ったのは不二だ。
それまで着任の儀式を黙って見守っていた菊丸が、不思議そうに首を傾げる。
「…大事なこと?」
「ふたりの部屋割」
『あ』
部隊長達全員の声が、面白いほど綺麗に重なった。
「そっかぁ。普通なら一緒の部屋にしちゃえばいいけど、は女の子だもんなぁ」
「さすがにまずいだろうな」
「そうだね…」
さてどうしたものか。
額を寄せ合ってああでもないこうでもないと話し合う面々に、はきょとんと目を瞬たかせながら口を開いた。
「え? 別に構わないですよ? リョーマと同じ部屋で」
『…………………は?』
「ねぇ?」
全員の視線が集まる中、はリョーマに伺うように首を傾げる。
一瞬、呆れたように目を眇めてから、リョーマは投げやりに返す。
「…まぁ、がそれでいいなら、俺も構わないけど?」
「い…いやいや! それは色々マズイだろッ?!」
慌てる桃城に、しかしは満面の笑顔で笑い飛ばした。
「今更ですよぅ。ここに来るまでずっと一緒だったし…」
「大丈夫っスよ。コイツ相手に変な気なんて起こすわけないですから」
「…それはすごく言わなくても良い一言だわ」
さらりと言われた一言に、はムッと眦を吊り上げる。
対するリョーマは聞いているのかいないのか、別段表情に変化はない。
むしろ、顔色を変えたのは他の面々だ。
「…越前ッ」
いきなり、桃城がリョーマの両肩を掴む。
一緒になって菊丸も詰め寄ってきた。
「なんスか、先輩たち」
「あ、過ちという言葉を知ってんのか越前!?」
「そ、そうだぞ!! 相手は仮にも女の子なんだぞ!?」
「仮にも、ってなんですかッ」
「…アヤマチの犯し方がわからない」
「「ウソつけ!?」」
「なんでふたり揃って即答するんスか…失礼な」
やれやれ、と言わんばかりに、リョーマは溜め息をついて見せた。
そんな騒がしい一同から、不二は固まっている大石に視線を移し、困ったように苦笑する河村、
くだらなそうに見ている海堂、何かをノートに書き込んでいる乾…、の順に見て、最後に手塚を見やる。
「…で、手塚。本人達はああ言ってるけど、どうするの?」
「ふたりが良いと言っているんだから、問題ないだろう」
『ないのか!?』
一同が声を揃えれば、手塚は不思議そうに面々を見つめ返す。
見つめ返された一同は、それぞれ顔を見合わせて溜め息をついた。
「…ホラ、手塚だし。ねぇ?」
「どういう意味だ、不二」
「そういう意味。…じゃあ、本当に良いんだね?」
「良いですけど…ねぇ、リョーマ?」
「なに」
「…なんでみんな、こんなに念を押すのかな…」
心配になってはおずおずと尋ねるが、リョーマは気のない調子でぱたぱたと手を振っただけだった。
「………わかってないうちは、良いんじゃない? 別に」
「そ、そうかなぁ?」
まだ納得しきれずオロオロしているを見やり、
ノートへの書き込みを終えた乾が、軽く《眼鏡》を指で押し上げた。
「…誰か見張りを立ててデータ収集を…」
「やめろ、乾。それじゃただの変態だ」
なんとか立ち直った大石が言うと、乾は至極真面目な調子で「冗談だよ」と返す。
大石は、心配そうに乾を見たが、とりあえず反論はしなかった。
「…よし。ではさっそくだが…」
よく通る声で手塚が言うと、パッと皆瞬時に反応した。
そんな一同に、手塚はほんの僅かに微笑って見せる。
「越前との入る部屋の清掃だ。
清掃用具を持って、A棟1階へ集合しろ。5分以内だ。…以上!」
『はい!』
予想外の展開に目を瞬たかせるとリョーマを後目に、全員が笑いながら返事を返した。
+++
とリョーマが、第一部隊に配属されて早2週間が経った。
騎士団の訓練は厳しかったが、リョーマは元よりも体力や足腰には多少の自信がある。
当然、雌烈を極める訓練にもついていっていた。
そして、もちろん自主訓練とて怠らない。
…もっとも、この自主訓練も騎士団の訓練メニューに加わっているのだが。
木のぶつかり合う音が、辺りに響く。
木にしては随分と快活な衝突音と、スイング音だ。
「戻りが遅いよ、。まだまだだね!」
「うっさいな! リョーマこそ、いまステップ遅れたわよッ」
練習用の木刀で、ふたりはかなりのスピードで打ち合っていた。
常人の目には、何をしているかわからないかも知れない。そんなレベル。
「へぇ…ちゃんと見てるんだ? 結構やるじゃん」
「やっぱわざとかムカつくわーッ!!」
リョーマが嗤って答えれば、は腹立たしげに怒鳴る。
そして、軸足に体重をかけ、怒りをぶつけるように強く打ち込んだ。
「…ッ…結構重い打ち込みじゃん。やるね、馬鹿力」
「あんたは一言多いのよ貧弱ボーヤッ」
「な!? 誰が貧弱…ッ」
「おーい、越前、! 巡察行くぞー」
リョーマの反論を打ち消すタイミングで、そんな声が掛った。
ふたりはどちらともなく木刀を引き、来訪者を出迎える。
「あ、桃城先輩」
「よッ。いやまったく、精が出るねぇ、おまえら。その調子で巡察も」
「巡察…ってなんスか」
場の空気を壊すタイミングでリョーマが呟く。
桃城は呆れたように溜め息をついた。
「おいおい! 昨日団長の話を聞いてなかったのか!? ったく、しょうがねぇなぁ…」
世話焼きなところは彼の長所だ。そして、相手に自然とそれを受け入れさせる雰囲気がある。
なんだかんだでリョーマが彼に懐いているのも、そんな空気に少なからず心地良さを感じているからだろう。
「いいか? 本来街の巡察は準騎士の仕事だ。でも週に2回、部隊長自らの巡察がある。
まッ、自分が守る国を知らない訳にはいかないしな」
「ふーん…」
「大概は二人一組なんだけどな。おまえらは初の巡察だし、何より地理に疎い」
「…なんかはっきり言われるとムカつく」
「リョーマ…」
負けず嫌いで、子供扱いされることを極端に嫌うリョーマらしい態度だ。は呆れて溜め息をつく。
しかし言われた当の本人は大して気にしておらず、むしろ愉快そうに笑った。
「そこで俺の出番ってわけだ。感謝しろよー、ガキ共」
「…ガキじゃないっスよ」
「いや、充分ガキだって特におまえは」
「…む」
明確に子供扱いされたリョーマは、もともとよろしくない目つきを更に悪くした。
じろりと桃城を睨め上げながら、リョーマは撫然と呟く。
「俺、これでも16なんだけど」
「は?」
「へ?」
不機嫌そうに呟かれた言葉に、と桃城は同時に聞き返した。
「…幾つだって?」
「16」
改めて桃城が聞くと、リョーマは撫然と言い返す。
桃城は大きく目を瞠った。
「お、おま…16!? 見えねぇ!!」
「なんスかその驚き方は!!」
「だってよ…、おまえ歳幾つだ」
「え。15ですけど」
「だよな。それくらいだよな。…ますます見えねぇ!?」
「失礼っスよ桃先輩ッ!!」
年相応にムキになって怒鳴りつけるリョーマを、桃城は手で押し止める。
「…うん、まぁ、いいか。それはそれでよしと」
「よくない…」
「よし、巡察行くぞ巡察! …越前!」
「…はい?」
いきなり両肩に手を置かれ、リョーマはいぶかしげに桃城を見上げる。
対する桃城は、至極真面目な様子で言った。
「…帰ってきたら、乾先輩のトコに相談に行こうな」
「は?」
「大丈夫だって、成長遅いくらい気にすんなよ。剣は背丈じゃないぜ!」
「なんなんスかさっきからッ?!」
よく考えれば失礼以外何でもない言いように、リョーマは頬を紅潮させて怒鳴る。
珍しい程ムキになっている様子に、はわざとらしく両手を組み、祈るような仕草で呟いた。
「…頑張れ、リョーマ」
「誰のせいだと思ってるわけ…?」
明らかな笑みを含むの言葉に、リョーマは苦々しげに言い返す。
やはり、小柄な体はコンプレックスらしい。
自称ではあるが、もとはそれなりの背丈があったならなおさらだろう。
「まあそれは置いておけよ。んじゃ、おまえら着替えて来い」
「「え?」」
とリョーマが揃って聞き返すと、桃城は笑いながらふたりの背を叩く。
「堂々と、いかにも騎士ですって格好で街中練り歩く気か? 目立っていけねーな、いけねーよ」
確かに、とリョーマは騎士団の特訓メニューを終えたばかりで、青騎士団の制服とも言うべき鎧を身に付けている。
戦場に立つ際には、これにマントをつけ、小手をつけたりブーツをつけたり、としなければいけないのだが…
さすがに、訓練中にそこまでは要求されない。
「…そういや桃先輩、青騎士団の鎧とかつけてないっスね」
リョーマが指摘した通り、桃城はひどく軽装だった。
まるで傭兵…下手をすれば一介の冒険者だ。
「巡察は私服って決まってんだよ。特にあの青マントは目立つからなー」
普通に街中でも身に付けてんのは団長くらいだって、と桃城はきっぱりと言った。
「…桃城先輩って、怖いもの知らずだよね」
「…まあ、良いんじゃない? 本人聞いてないし」
「……あんたも大概、怖いもの知らずよねぇ…」
だから気が合うのかしら、と。
呟いては息を吐く。
今日何度目の溜め息だろうか? 数える気にもなれない。
「とにかく、着替えて10分後に西門前に集合な」
「「10分!?」」
略式とは言え、鎧を着てる相手に何を言う!?
ふたりが視線で訴えると、桃城はニヤリと楽しそうに笑った。
「時間厳守が青騎士団の鉄則だぜ?
守れなきゃ団長からの説教だな! ホラ、行った行った!」
ぱたぱたと手を振る桃城に、とリョーマは同時に方向転換した。
――冗談じゃない!
「リョーマッ! 鎧外すの手伝って!!」
「…いいけど…おまえ、ソレは女捨て過ぎじゃない?」
「うっさい! 正座に説教、おまけに訓練所周り20周よりはマシ!」
「…同感」
そんな言い合いをしながら、ふたりはバタバタと走りながら部屋に向かう。
その後輩達の後ろ姿を見送りながら、桃城はさらりと言った。
「あと8分だぞー」
その声に、とリョーマの速度が上がったのは言うまでもない。
+++
「…桃先輩、酷いっスよ」
「そうですよぅ。散々急かしておいて…巡察に時間厳守なんてないじゃないですか」
「あはは! まあまあ、細かいことをいつまでもぐちぐち言うなよ!」
恨みがましく見上げてくる後輩ふたりに、桃城は別段悪びれもなく応えた。
散々走らされたふたりは、まったく同じ仕草で顔をしかめている。
「…あとで奢ってもらわないと割に合わないね」
「あ、それ賛成!」
「こらこらこら! ったく、おまえら大して疲労してねぇくせに…」
桃城が言いかけた瞬間、どこかで野次とも歓声とも聞こえる声が上がった。
ゆるりと、桃城の視線が西門から南方向へ向く。
「え? なに??」
がきょろきょろと周りを見回す。
その姿に、桃城は笑いながら南方向にある、ある場所を示した。
「あれだよ、。ストリート闘技場」
「ストリート…」
「…闘技場??」
耳慣れない名称に、とリョーマは揃って首を傾げた。
まったく同じ動作をするのが二度目ともなれば、さすがに桃城も呆れたように口を開く。
「…おまえら、同じ仕掛けで動く人形じゃねぇんだからよ…ま、いいか。
ストリート闘技場ってのはな、平たく言えばフリーの対戦フィールドだ」
「フィールド…」
「この時期になると、冒険者とか傭兵の連中が集まって来るだろ?
で、何かあっちゃイザコザが起こるわけ。でもそんなもんを街中でやられるわけにはいかねぇ」
なるほど。しかし、年々増える荒くれ者を、騎士団が取り締まるのは限界がある。
中には、騎士団員以上の実力を持つ冒険者や傭兵もいるだろう。
「一般市民に怪我人や、あまつさえ死人が出ては一大事…ですね?」
「そーいうこと。そこで女王陛下が作らせたのが、この闘技場だ。
いくらでも暴れて良いって場所さ。もちろん殺しは無しな」
桃城の説明が終わると、黙って聞いていたリョーマは不意に闘技場に視線を向ける。
そして、ゆるりと桃城の方を振り返り、小さく嗤った。
「へぇ…腕に自信のある奴等が集まって遊んでるんっスね」
「まぁ、そうとも言うが…遊びねぇ」
「面白そうっスね。行ってみません? 訓練ばっかでいい加減飽きてて」
「ははッ。いいねー!! その案乗った! おまえって本当ケンカっぱやいな」
「そっちこそ、人のこと言えないくせに」
確かに、リョーマにいち早く喧嘩を売りにいったのは桃城だった。
違いない、と笑ってから、桃城はに視線を移した。
「おう、。おまえも来いよ!」
「選択権ないじゃないですか…」
つき合いはまだまだ浅いが、リョーマにしろ桃城にしろ、かなり好戦的な性格だ。
そして『巡察』として街に出た以上、にひとりで行動する権限など無い。
なんだかんだで、嬉しそう…というか、楽しそうなふたりに続き、仕方なくも闘技場へ足を向けた。
「君達、初めて来たの?」
闘技場に辿り着いた達は、そんな声に出迎えられた。
視線を向けると、剣を担ぐように持つ、ふたりの若い剣士がそこにいた。
「また人口増えちゃったなぁ」
「一面しかフィールドないのにね。ルールは知ってる?」
「いや…」
親切そうな言葉ではあるが、何か言い方に棘が含まれている。
しかし、桃城は内心を表には出さず、あくまで友好的な笑みを崩さない。
「しょうがないなぁ、教えてあげるよ。一般的な対戦試合さ。
相手の背が地に付くか、降参を宣言したら終了。で、負けた奴は交替」
「なる…おもしろそうじゃん。越前、俺が先だぞ!」
「おいっ、ちなみにここは――」
さっさと中央のフィールドに向かうリョーマと、それを追いかける桃城。
そのふたりに、剣士は少し声のトーンを上げて言った。
「二人一組のチーム戦のみだぜ!」
「「え」」
予想外の言葉に、リョーマと桃城は同時に振り返る。
再度「チーム戦のみ」と念を押され、ふたりは思わず顔を見合わせる。
曰く、どうしよう?
「…やるぞ!」
「………マジっスか」
速攻で宣言した桃城に、リョーマは表情を引きつらせた。
その間に、桃城は既にフィールドに入っている。
慌てて、リョーマは桃城を追ってフィールドに入った。
「…本当に…やるんっスか?」
「しょうがねぇだろ、やるっつった手前、引けねぇし…」
「…俺、やるんならと組んだ方が絶対良いと思うんっスよね」
「何言ってんだ、それは俺の台詞だぜ?」
「「………」」
一瞬顔を見合わせ、ふたりはまったく同時にの方を振り返った。
「…」
「」
「ふたりでやってなさい」
呆れたように言い返すと、リョーマと桃城は何とも言えない表情をする。
それは、まぁそうだろう。
超攻撃型のふたりが組んで、上手く行くとはだって思っちゃいない。
「お手並み拝見。粘れ粘れ」
「…にゃろう」
「そこまで言われちゃあ余計に引けねーな、引けねーよ」
負けず嫌いもここまでいくと、いっそ頼もしいくらいだ。
余計にやる気を出したふたりを眺めながら、は思わず笑った。
「んじゃ、まぁ…始めようか?」
そう言いながら、対戦側のフィールドに入ったのは、先ほどの二人組の剣士だ。
「そうそう、自己紹介がまだだったな。俺は泉。こっちは布川」
「俺達は玉林兵団の傭兵出身さ。今は冒険者としてパーティ組んでるけどな」
「俺は桃城。こっちは越前、後ろのがだ。
関係はまぁ…見ての通りだな。兄貴と弟、その幼馴染みってとこだ」
「ちょ…誰が弟…!」
越前、が名前のつもりなのか。無茶にも程がある。
呆れ半分ではため息をつく。
またも子供扱いされたリョーマは少し不機嫌だ。
「典型的なパーティだな…で、後ろの彼女は出なくていいの?」
「いい、いい。このふたりが組むとこ見たいし」
ぱたぱたと手を振って拒否すると、リョーマが微妙な表情でを見る。
言わずもがな、リョーマが言いたいのは「逃げんの?」だ。
それに対して、はにっこり微笑んでやった。リョーマは嫌そうに顔をしかめる。
「わたしにおんぶに抱っこじゃあ、ダメでしょリョーマちゃん?」
「……誰がおんぶに抱っこだよ。おまえの方が面倒見られてるくせに」
むすっとしながら、リョーマは剣を鞘から引き抜く。
やってやれないことはない、という強気の構えなのだろう。
「あ。そっちの彼女、審判やってくれる?」
「ん。良いですよ」
ふたつ返事で了承し、は場所を移動した。
審判が立つ場所というのは、大抵決まっている。
一番試合が見やすい位置――つまり、少し高くなったバルコニー状の、フィールドの中央部分だ。
「それじゃ…始め!!」
の声を合図に、両者はそれぞれの武器を持って動いた。
お互いに動きやすいポジションは把握しているのか、ふたりは立ち位置を変える。
「越前。遠慮するこたねぇ、アレをお見舞いしてやれ」
「ウィーッス」
桃城の言葉に片手を上げて応えると、リョーマは小さく呟く。
「High speed movement――――!」
魔術の発動と共に、リョーマは一気に間合いを詰めた。
風を切るスイング音が、高く響く。
「くっ…!?」
「…ふぅん。遅いよ。まだまだだね」
「この…」
布川は、小さく舌打ちして、後方に大きく跳ぶ。
長い髪が風に舞った。
「越前にばっか良い思いはさせらんねーな、させらんねーよ!」
そう怒鳴り、桃城が前に踏み込む。
巨大なハルバートは、一振りで相手に届く。それほどにリーチが長い。
ハルバートを向けられた泉は、慌てて飛び退いてそれを避けた。
風圧で、フィールドの石畳が小規模のクレーターを作った。
「どーん」
ピッと人差し指を泉と布川に突きつけ、桃城はにやりと嗤う。
それを受けた泉と布川は、小さく鼻を鳴らした。
「…どう思う、泉」
「ああ、ケタはずれに強ぇよ。
…でも惜しいな、チームプレイとしては――穴だらけだ」
「やるのか、アレを」
「ああ。いくぜ――ダブルポーチだ!」
泉の宣言を合図に、ふたりは同時に駆け出した。
その不自然な行動に、桃城はぴくりと反応する。
「…ん? あいつら何かするつもりだな」
「ふーん…」
しかし、マイペースなリョーマはどこ吹く風だ。
タンッと軽く地を蹴り、構わず前に出た。
「へッ――かかったな!」
「!?」
「これはチームプレイだ、甘く見んなよ!!」
バッと壁のように前に並ぶふたりに、リョーマはハッと顔を強ばらせた。
そして、慌てて後方に跳ぶ。僅かにバランスを崩しつつ、小さく舌打ちした。
「…あれじゃあ前には出られない…。
ダブルポーチ――ふたりでひとりをマークし、壁になるブロックコンビネーションね」
小さく呟き、は軽く頷いた。
サポーター向きだとされ、は戦闘の知識を大石や乾から徹底的に仕込まれている。
まだまだ知識は不足しているとは言え、技の性能や方向性を見出すには充分だ。
「チーム戦はコンビネーションが命…超攻撃型ふたりでは、苦戦は必死ね。
………特にリョーマ。他人に合わせられるような性格してないし」
やれやれ、とため息を吐き、はじっと試合を見下ろす。
さて、どうする?と、口の中で呟きながら。
「…ふーん…」
くるくると剣を手の中で回しながら、リョーマはじろりと布川と泉を睨め上げる。
「…桃先輩。ちょっと面貸して」
「はぁ!?」
「え? 間違えた? あ、そうだ。耳貸して、だ」
「お、おまえなソレわざとらしいぞ…で、なんだよ」
「あのさ…」
一瞬、こそこそと耳打ちし合い、二人はゴツッとお互いの拳を打ち合って離れた。
そして、にやりと嗤い合う。
「よし越前! 阿吽戦法、いくぞ!」
「ウィース」
スッと、ふたりは離れたポジションにつき、各々の武器を構える。
なんだ、阿吽戦法って。そう思いながら、は軽く身を乗り出した。
「…なーんだ、よく見れば…穴、みーっけ!」
軽く地を蹴り、リョーマは泉と布川の間へ剣を滑り込ませた。
本来なら、こんな無謀な行動に出れば格好の餌食だ。
しかし、リョーマの戻りが早すぎるせいで泉と布川は左右に分断される。
「なん…ッ!?」
「なんてデタラメなスピードだ…!」
驚くふたりを見やり、リョーマはにやりと嗤った。
「桃先輩、片方頼みますよ」
「おう、任せろ!」
「こっちのフィールドに入ってこないように!」
分断された泉と布川、それぞれの前に立ち、リョーマと桃城はそんなことを言い合う。
そして、いち早くソレに気付いたは、軽く目を瞠る。
「…滅茶苦茶だなぁ…フィールドまで半分に分断しちゃったよ…」
上から眺めているは、4人の動きはよくわかった。
リョーマと桃城は、互いの足を引っ張らないように…、
そして、泉と布川を合流させないように、フィールドをちょうど半分に割って、それぞれを自分の領域にしたのだ。
つまり、それは1対1の試合と何ら変わらない。
…普通は、絶対やらないだろう。
「これで決めるぜ! ダーンク…ッ」
「くそッ…こんなもん認めるかッ」
「スマッシュッ!!」
構えた布川の剣に、桃城は重い一撃を叩き込む。
それを回避するために、布川は剣を大きく上へ払った。
瞬間。
バキィッ――――と、高い音を立てて、剣刃が飛んだ。
「しま…ッ!?」
折られた布川の剣刃が、もの凄い勢いで回転しながら、急降下する。
その刃先にいるのは、リョーマだ。
「…ッ!!」
予想外の事態に、リョーマは目を瞠って落下してくる剣刃を見る。
しかし、視線で剣先が止まるわけがない。
「あ、危な…ッ…リョーマッ!!」
バッと、が利き腕を突き出して防御魔術を発動させる。
――しかし、間に合わない!
誰もが免れないと覚悟した瞬間、響く魔術の発動音。
剣刃は弾き飛ばされ、後方の地面に突き刺さった。
「――白熱し過ぎよ、4人とも」
カツンッ…とヒールを鳴らし、そんな声と共に少女がひとり、輪の中から進み出た。
肩口で切りそろえられた髪と、やや吊り目がちの勝ち気そうな瞳が印象的な少女だった。
額に飾られたサークレットから見て、恐らく魔術師。
先ほどの防御魔術を発動させたのは彼女で間違いないだろう。
「杏ちゃん…」
「知り合いか?」
「ああ。よくここに来る子で…」
泉の言葉を遮るように、杏と呼ばれた少女は桃城とリョーマの前に立った。
大きな瞳が、探るように桃城を見上げる。
「橘杏よ。クラスは魔術師…よろしくね」
「あ、あぁ…俺は桃城。こっちは越前とだ」
軽く紹介する桃城に合わせて、リョーマは軽く会釈する。
しかしその後、役目は終わったとばかりにさっさと身を翻した。
きょとんとする杏に構わず、リョーマはの方まで移動してくる。
「…どしたの?」
「ん。なんかオジャマでしょ?」
にやりと嗤いながらそう言ったリョーマに、はなるほど、と頷いた。
――確かに、お似合いかもしれない。
「それに、おまえが万が一にも桃先輩の彼女に間違われたら、桃先輩可哀想だしね」
「…なんか微妙にソレ、失礼なんじゃ…わたしに…」
「なら図太いから平気でしょ」
「そっか、なるほどねー。…ってなんだとーっ!?」
「気付くの遅いよ。バーカ」
「誰がバカだーぁッ!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ出したとリョーマを、周囲はなんとも言えない目で見た。
微笑ましいと思う者もいれば、場の空気を台無しにすると呆れる者もある。
ちなみに、桃城だけは「相変わらずだなぁ」くらいにしか思っていないが。
しかし、そんなふたりにまったく構わない人物もいる。
ただじっと桃城を見上げている、橘杏だ。
「…ここに通い詰めて2週間…やっと、見付けた…」
「え?」
静かに呟かれた言葉に、桃城は思わず聞き返した。
しかし、杏が返事の代わりに返したのは、桃城の手を掴む行動。
真剣な表情で、杏は桃城の手を握ったまま、口を開く。
「あなたの腕を見込んで頼みがあるの。
お願い、桃城くん! 兄を…私の兄を助けて…!」
「は…い!?」
杏の唐突な申し出に、達3人は驚き、目を瞠ったのだった。
To be continued?
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