「手塚よ。入団試験試合のオーダーは決まったかい?」
「これは…陛下。このようなところへ…」
スッと椅子から立ち上がり、手塚は騎士として礼を取る。
対し、青国女王,竜崎スミレは軽く手を振った。
「いや、いい。楽にしておくれ」
「そういうわけには参りません」
「お堅いねぇ。大和に少し分けて欲しいくらいだよ」
「…恐れ多いことを」
頭を垂れたまま、手塚は淀みのない口調で答える。
若いのに相変わらずだ、とスミレは苦笑した。
「なに、こんな夜分だ。面倒な礼は最小限にしておくれ。肩が凝って仕方がないよ」
「…陛下が、そう仰せならば」
どこまでも堅い男である。
それもある意味、若さ故なのかもしれないが。
「それで? 今年はどうだい?」
「はい。…正直に申し上げますと、気になる者達がいます」
「ほう? 珍しいじゃないか。どれだい?」
「この、Dブロックのふたりなのですが」
そう言って、手塚はスッとオーダー票を差し出した。
受け取ったスミレは、その中のふたりの名に目を留める。
「…越前……?」
「はい、その者達が――陛下、もしやお知り合いでいらっしゃいますか?」
軽く目を瞠る手塚に、スミレは何かを懐かしむように目を閉じた。
彼女の脳裏に浮かぶのは、懐かしさと――過ぎる後悔。
「…さぁ…どうだろうねぇ…」
ゆっくりと瞳を開き、スミレは手に持つ紙を再度見下ろす。
このふたりが、予想通りの子供達ならば――なんの因果だろうか。
そんなことを、小さく――呟きながら。
ドサリ、と。
重い音を立てて相手の背が地に着く。
喉元に突きつけられた剣先。
上半身を不自然な体勢でほんの少し起こした格好で、相手は小さく息を吐いた。
『――そこまで! 勝者、越前・ペア!』
審判の高らかな宣言に、会場は沸き上がった。
勝者となったふたりは、会場内でも年齢は最年少。体格も軽く一回りは小柄だ。
「とりあえず3戦勝ち抜いたね、リョーマ! これで準騎士の資格はもらったね?」
「このくらいは当然。喜び過ぎだよ、は。まだまだだね」
「…わたし、あんたとは違うから」
「わざわざ言わなくてもわかってるけど?」
「…うっさいわねもうッ」
ムッと顔をしかめると、はバシンッとリョーマの背中を力一杯叩いた。
リョーマは思わずむせる。
「げほっげほっ…なにするんだよ馬鹿力…」
「誰が馬鹿力だッ! あんたってホント、口悪い!」
「…わかったから、大声出さないでくれない?」
いちいち堪に障る。
は眦を吊り上げたが、怒鳴りそうになる口をなんとか閉じた。
…言うだけ無駄だ。怒るだけ体力の無駄。そう自分に言い聞かせる。
「……とりあえず、午前の試合は終了ね」
「そうだね。…腹減った」
いきなり子供っぽいこと言うし。
先程までの怒りも萎えて、は思わず笑った。
「はいはい…じゃあ午後に備えて食べに行こうか」
「だね。…あ。外出るときって武器預けるんだっけ」
「うん。市街で何か起こらないように、いわば保険ね。…心配はないと思うけど、」
「わかってる。…召喚獣だってバレると面倒なんでしょ?」
「そういうこと」
小声で交される会話は、決して周囲に聞き咎められることはないだろう。
だが、には多少の不安もある。
――青騎士団第一部隊副隊長,不二周助。
彼はの召喚(サモン)能力を見抜き、カルピンが召喚獣であることも見破った。
彼がこちらに不利益になるようなことはしないだろうが、他にもそう言った能力の持ち主がいたら…?
「…厄介な」
「なにが」
「……なんでもない」
なんとかそう返すと、はリョーマを引っ張って受付に歩み寄った。
座っているのは、準騎士の証である、青騎士とはデザインの違う鎧の青年。
「Dブロック、越前・です。昼食に行って来て良いですか?」
「ごくろうさん。じゃあ武器を預からせてもらうよ」
そう言いながら、受付に座る青年――恐らく準騎士――は、さっと用紙に何か記入する。
慣れ過ぎて適当になった感がある、殴り書き。…果たして万人が読めるのだろうか。
「試験は初めて?」
「え? あ、はい」
「小さいのに頑張るねぇ。姉弟で出るなんてよっぽどの仲良しだな」
「…姉弟…??」
見えるのか、姉弟に。
予想外の見解に、は首を傾げた。
「まぁ、ここまで上がって来られただけすごいしさ。あとは怪我しないようにな」
「はぁ…」
言葉の割には、端々に馬鹿にするようなニュアンスを感じる。
…感じ悪いな。
そうは思うが、は敢えて表情には出さず微笑って見せた。
相手の表情が剣呑さを帯る。
――女だからって甘く見んなよコノヤロウ。
聞こえないギリギリの音量で、はぼそりと呟いた。
「…おい。そっちの奴、なに睨んでんだよ」
「え?」
青年が示したのは、後方にいたリョーマだ。
が振り返ると、何事もなかったように視線を逸らす。
「…別に。行こう、」
「う、うん…」
「――待てよ」
不意に、後ろから呼び止められた。
同じ準騎士であろう青年が、険しい表情を浮かべて立っている。
いっそ太々しいまでに、リョーマはその青年をじろりと睨み上げた。
「…何か用?」
「おまえ、ちょっと出来るからってナメた口利いてんじゃねーぞ」
いきなり喧嘩腰だ。
挑発的なリョーマの態度もアレだが、なんだか感じの悪い奴にばかり会う。
げんなりと肩を落とすにはまったく関心がないのか、青年はリョーマを睨み付けたまま言った。
「今日は単なる入団試験じゃねぇ。部隊長達を相手に出来る特別な試験だ!
青騎士に対してあんま生意気だと、この準騎士の荒井様が…」
彼が名乗った荒井、と言う名前。
には聞き覚え…もとい、見覚えがあった。
思わず「あっ」と小さく声を上げる。
「ね、リョーマ。わたしたちの次の対戦相手じゃない、このひと?」
「そうだっけ? …オーダー表見てないんだよね」
「あんたねぇ…」
「…無視してんじゃねぇ!!」
「あ、すみません」
とりあえず、というおざなりな謝罪が余計に気に障ったのか、荒井は眦を吊り上げる。
わたしも睨まれたかな、とは人事のように思った。
その腕を、いきなりリョーマが引く。
「わっ?!」
「…、そろそろ行かない? いい加減腹減った」
「あ、うん。そうだね」
「おい…ッ」
腕を引かれるまま、はリョーマに連れられるようにその場をあとにする。
後ろで、荒井が忌々しげに舌打ちする姿を見て、
――漠然としない、嫌な予感を感じながら。
+++
「…カル…じゃない、剣がない?」
交代で受付に座る小柄な少年――名前はカチローというらしい――は、リョーマの問いに困惑顔で頷いた。
「そうなんだ…確かに申請用紙と預書はあるんだけど…」
「わたしのも?」
「えーと…あ、君のはあるみたい…。おかしいなァ、ペアの武器は一緒に保管してるはずなのに…」
先程から懸命になって探している姿に、それが異常な事態なのだとふたりも認識した。
「…リョーマ」
「喚べば来ると思うけど…それやっちゃマズイよね」
「うん…いざとなったらやるしかないけど…」
リョーマの剣は、普通の剣とは違う。召喚獣の仮の姿だ。
そういったものが、仮にひとの手に渡った場合…どうなるか予想もつかない。
それに――試合も、どうなるか。
「…ねぇ。武器が紛失した場合って試合はどうなるの?」
「ええと…代わりの武器があれば良いけど、素手での参加は…」
言葉を濁すところから見ると、参加は認められないわけだ。
さてどうしたものかとが思案していると、背後から声をかけられた。
「試合に武器も持たないで挑むなんて、たいした自信家だよなぁ?」
「俺ら相手には剣も必要ないってか?」
「ナメられたもんだなぁ、青騎士団もよ!」
振り返ると、1時間程前に絡んできた荒井と、受付にいた準騎士が立っていた。
「あ…あいつらさっきの!」
「……」
荒井達は達の眼前まで歩み寄ると、小柄なふたりを見下ろす。
小馬鹿にするような、嫌な笑いを浮かべながら。
「でも素手での参加は認められてないぜ? なあ、池田」
「まあ、このまま不戦敗じゃ可哀想だしな、これを貸してやるよ!」
そう言うと、池田と呼ばれた準騎士が何かを放り投げてきた。
とっさにリョーマが受け取ったのは、使い込まれた木刀だった。
「木刀…?」
「青騎士団伝統の、練習用木刀だ。おまえらみたいなガキにはそれがお似合いだぜ!」
「そうそう。下手にでしゃばらなきゃ、大事な剣も出てくるかもしれないし?」
「――!」
笑いを含んだその言葉に、リョーマがピクリと反応した。
ス…ッと、その瞳が剣呑さを帯びる。
その様子を、遠目から見ている面々もいる。
後半に出番を控えた、青騎士団の部隊長クラス――不二と菊丸だ。
「…あれは…準騎士の荒井と池田だね」
「あーあー、おチビちゃん達絡まれちゃって。
…どうする、止めるか? 団長が来たらどやされるぞー」
「んー…」
菊丸の言葉に、不二は思案するように小首を傾げた。
その視線は、絡まれている小柄な少年少女を、しっかり見据えながら。
そんなやりとりが行われていることなど知らず、はキッと眦を吊り上げた。
そして、卑劣な手段にでた準騎士達に詰め寄って、喧嘩腰に怒鳴りつける。
「な…ッ…あなた達! 木刀相手に真剣でやる気!?
それでも騎士なの? 卑怯者!!」
「なんだとこのガキ…!」
「――いるよね。弱いからって小細工する奴」
手の中木刀を見下ろしていたリョーマが、不意によく通る声でそう言った。
荒井と池田の表情が、険しいものに変わる。
「なんだと? てめぇ、俺達が隠したとでも…」
「さあね」
木刀の強度を手で確認してから、リョーマはピッと剣先を荒井に突きつける。
そして、至極静かな口調と表情で宣言した。
「――いーよ。やろうか」
「……」
絶句する荒井と池田。
は、呆れたようにため息を付く。
リョーマらしい。そんな言葉を苦笑と共に呟きながら。
一部始終を眺めていた不二は、その光景に場違いなほど楽しそうに微笑んだ。
「うん、やっぱりもうちょっと見てみることにした」
「そう言うと思った」
やれやれ、と菊丸は肩を竦める。
部隊長クラスの出番は、まだもう少し先だ。
注目しているルーキー候補の勇姿を見学するのも良いだろう。
「次の試合開始まであとどのくらい?」
「え? あ…10分ないかな?」
「あっそ。ならちょうどいいね」
受付で右往左往していたカチローが答える。
リョーマは肩に軽く木刀を引っかけたまま、上身だけでを振り返った。
「行くよ、。遅れないでよね」
「一言多いってばッ」
一応抗議をしてから、はリョーマの後を追いかけた。
ふたりの向かう先は、試合会場の――挑戦者側の入り口だ。
「…ちッ…」
舌打ちすると、荒井達は逆方向の入り口へ向かって行った。
「あいつら、カルピンを誘拐するなんて許せないッ!」
「…相手にとってはただの剣なんだろうけどね」
「なんでそんなクールなのよ! 腹立つでしょ?!」
「まぁね。…怒ってるよ」
即答されて、は一瞬息を飲んだ。
静かな怒りを湛えた瞳が、きつく前を見据えている。
「だから、勝つよ。いいね?」
「…うん!」
その声に呼応するようなタイミングで、出入り口の扉が開かれた。
沸き上がる歓声。
審判が高らかに宣言する。
『それでは、第4試合を行います。準騎士,荒井・池田ペア、前へ!』
呼ばれ、反対側の出入り口から荒井と池田が進み出る。
『挑戦者,越前・ペア、前へ!』
頷き合い、とリョーマも前へ進み出た。
「逃げるなら今のうちだぜ?」
「……」
そんな挑発的な言葉に食ってかかろうとしたを、リョーマは無言で相手を睨みながら手で制した。
形ばかりの礼をし合い、互いの初期位置へつく。
『――始めッ!』
審判の合図と同時に、ふたりは駆け出した。
「へッ…随分強気じゃねぇか!?」
「口閉じないと舌噛むよ」
挑発的に嗤い、リョーマは荒井の眼前に踏み込む。
大きく木刀を振るうと、利腕に振り下ろした。
「ぐっ…!?」
「残念。まだ浅かったかな」
手の中で木刀をくるりと回し、構え直す。
その口元に浮かぶのは笑みだが、猫のような瞳には、静かな闘志。
否、闘志と呼ぶには、剣呑さを帯びたそれ。
「てめぇ…」
「ねぇ。――真剣じゃなくて良かったね」
「…くッ」
幼い容姿に似つかわしくない、鋭利な刃物のような眼差し。
威圧的にすら見えるそれに、荒井は舌打ちしてから剣を構え直す。
「…強がるなよ…木刀で何が出来る!」
「……」
しかしリョーマは無言で荒井を見据えるだけで、特別何も返さない。
ただ、木刀を構えながら相手の出方を窺っている。
「この…ッ…ナメんなよ!!」
勢い良く振り上げられた剣が、リョーマの眼前に迫る。
リョーマが木刀を上段で構えるのとほぼ同時に、の鋭い呪文詠唱の声が響いた。
「…《風》の領域に在る者よ、翼の民よ、その力の片鱗を我へ示さん!」
早口の詠唱が終わると同時に、は足を踏み出し、最小限の動きで細剣を振るう。
鋭いスイングだが、狙いは若干外れている。明らかにミスだ。
「おっと! そんな攻撃、当たらないぜ!」
軽く攻撃をかわし、池田は剣を振り上げる。
太刀筋を目で追い、は小さく呟いた。
「…リョーマの数百倍は遅い」
剣を振るったその体勢のままに、前へ踏み込む。
相手の剣先を器用にかわし、は細剣を後ろに引くと、
――――思いっきり、地面に手をついて方向を変え、がら空きの脇腹へ蹴りを叩き込んだ。
「が…ッ!?」
「…あ、決まった?」
ここまで綺麗に決まるとは思っていなかったのか、自身がそんな声を上げる。
トンッと軽く地に足を着けると、一応振り返った。
「おっ…まえ…!」
「素手での参加は認められてないけど、素手や足で攻撃するのがダメなんて規約はないでしょ」
脇腹を押さえて蹲る姿を確認し、そう返してから、はリョーマの方へ駆け出した。
特訓の最中、が散々リョーマに叩き込まれたのは「おまえはサポーター」だ。
リョーマは前線に出て好き勝手に動くタイプであり、連携を取るためには自身が動かなければならない。
だからこそは、リョーマのスピードに慣れるまで散々打ち負かされた。
恐らく、今でもスピードについていくだけで精一杯だろう。
だが、相手がリョーマよりスピードで劣れば?
――がサポートに回るのに、なんの障害にもならない。
一方、リョーマの方はというと。
渾身の力が込められた一撃を、木刀で受け止めていた。
「…ッ」
「オラ、どうした!? 木刀じゃあ、受け止めておくにも限界があるぜ!」
「うるさいな…ちょっと黙ったらどうっスか?」
「この…ッ」
あくまでも態度を変えないリョーマに、荒井の表情は更に険しくなる。
挑発するようなタイミングで、リョーマは唇の端を吊り上げて嗤う。
「…それに。う・し・ろ」
「え?」
不利な状況にも関わらず笑い、リョーマは荒井の背後を示す。
荒井が眼を見張った瞬間だった。
「――ッ!!」
ぶんっと。
スイング音と共に起こる、空気のぶれ。
荒井の背後から右側に、の細剣の剣先が滑り込む。
「くッ…?! こいつ、いつの間に?!」
「余所見してていーの?」
に気を取られた瞬間を、リョーマは見逃さない。
とは逆の左側へ走り抜き、首の後ろ側へ木刀を叩き込んだ。
「ぐはッ?!」
脳に響く打撃に、堪らず荒井は膝をつく。
それを見下ろしながら、リョーマはに向かって笑った。
「へぇ…。今のは良い動きしてたじゃん」
「ふふん、わたしだってやるときはやるのよ!」
「まだまだだけどね」
「…素直に誉めなさいよたまには」
相変わらずの反応に、は呆れたようにため息をついた。
いや、彼らしいと言えばらしいのだが。
「て、てめぇら…ふざけやがって…!」
額を抑えながらよろりと立ち上がり、荒井が吐き出すように呟いた。
「こんな試合は認めねぇぞ…!!」
「は? なに馬鹿なこと言ってんの?」
「そっちが卑怯な手段に出た時点で、わたしたち、コレを試合だと思ってないですよ?」
「良いトコ喧嘩だよね」
「うん。で、当然――」
お互いに笑うと、顔を見合わせて、
「「喧嘩に王道はない!」」
綺麗にふたりの声が重なった。
「珍しく意見が合ったね?」
「だね。…と、いうわけで、こんなもんで準備体操は終わり」
体をほぐすように腕を回すリョーマに、は不意に感じた違和感を確信する。
彼が持つ、木刀だ。
「リョーマ、木刀に罅入ってる」
「あ、ホントだ。…まっ、いーや」
罅の入った木刀を、リョーマはスッと荒井に突きつけた。
そして、口の端を持ち上げて、にやりと笑う。
「最後までやってもらいますよ、準騎士の先輩サマ?」
「うぐ…っ」
たじろぐ荒井に、今度はが口を開く。
実際、ここまでくれば勝敗は決したも同然。
そんなことより気になることが、彼女にはある。
「そんなことより、カル…じゃない、リョーマの剣はどこ!?」
「…準騎士の控え室にある武器庫だよッ」
ヤケを起こしたように怒鳴り返した荒井に、しかしリョーマの返したのは笑みだ。
普段通りの独特の微笑を浮かべ、挑発的に荒井を見上げる。
「…ふぅん。ありがとう、探しておいてくれたんだ?」
「お、おい…もういいだろ?」
「やだ!」
「おいっ!?」
一部始終を見ていた菊丸が、感心したように頷いた。
「へー…いいコンビネーションじゃん。片方木刀なのにさ」
「うん。工匠は筆を選ばず…かな。技術の差は歴然だね」
小さな最年少コンビを見つめながら、ふたりは自然笑みを浮かべた。
新たなおもちゃを手に入れた、子供のように。
「…来るな、あいつら」
「ああ…」
菊丸の呟きに不二が頷いた、その瞬間だった。
僅かに鳴る、鎧の金属音。
比例して響く、重い足音。
一瞬にして変化する空気。
「…なにを揉めているんだ?」
「あ。手塚…」
現れたのは、深蒼のマントを纏う青年――青騎士団団長,手塚国光。
皆が敬意と僅かな畏怖を抱く存在に、しかし同期であるふたりは気兼ねなく声をかける。
「あれあれ! けっこーハイレベルだぜ!」
「君も注目している、期待のルーキーコンビだよ」
「…ああ、あのふたりか…」
しばらく無言でふたりを見つめていた手塚が、不意に視線を外した。
「勝敗は決している。――審判、コールを取れ」
『は、はい! ――そ、そこまで! 勝者,越前・ペア!!』
静まりかえっていた会場が、一気に沸いた。
その空気に飲まれることもなく、平然と――
…否、笑みすら浮かべるリョーマとを見つめたまま、手塚は口を開いた。
「…荒井と池田は、規律を乱した罰だ。
訓練所周りを30周、走らせておけ。それから――」
そこで手塚は、隣に立つ不二と菊丸に視線を戻した。
「――おまえたちもだぞ。不二、菊丸」
「ええー!?」
「はいはい、英二も逆らわない方が良いよ。でも試合が終わってからね」
そう返して微笑み、不二はじゃれ合いながら出入り口へ向かう小さなふたつの背中を見送った。
+++
「お疲れ、大石。交替するよ」
午後の1試合目…第4試合を終えた受付け所。
自ら雑用を行う副団長――大石は、かけられた 声に顔を上げた。
そこには、青騎士の鎧に身を包んだ長身の青年――乾が立っている。
「ああ、もうそんな時間なんだ」
「真面目過ぎて時間の経過も忘れるのはどうかな、副団長殿?」
「ははっ、休憩時間くらい良いだろ、そんな堅苦しい呼び方は!」
明るく笑い飛ばすと、大石は乾の前に広げられたオーダー表を手に取った。
「…どうだい、乾? 今年は」
「ああ。ほぼイメージ通りかな…」
「そうか…。まぁ、顔ぶれはあまり昨年と変わらないようだしね」
「――いや、そうとも言いきれない」
手に持った分厚いノートを開き、乾は《眼鏡》を指で押し上げる。
「午前中はデータをとっていたんだが…なかなか、興味深い逸材がいるようだ」
「へぇ?」
頷き、先を促す大石に、乾も頷き返す。
「Dブロックの越前・ペア。
最年少だが、その技術・ポテンシャルは驚異的と言えるだろうな」
「ああ、桃や不二が注目しているふたりだな」
「そうだ。技術とスピードで小柄な体格をカバーしている越前。
補助魔術に長け、女性であるがゆえの身体能力の低さをカバーしている。
…タイプとしては、手塚と不二に近似――と言ったところか」
「なるほどな。有望なルーキーコンビじゃないか。俺達が入団したときを思い出すな」
そう言いながら、大石は昔を懐かしんで笑う。
彼の中で、リョーマとのふたりは、在りし日の幼馴染みに重ねられているのかもしれない。
「将来の青騎士団にとって、大きなプラスであることに間違いはないな」
「既に4戦連勝。準騎士相手に、あれだけのコンビネーションを見せた。優秀だな」
「だけどあの子達も可哀想に…最後はおまえ達と当たるんだろ、乾?」
「…確かにあのふたりは強い。だが、」
言って、乾は《眼鏡》を軽く指で押し上げた。
そして、開いていたノートをパタリと閉じる。
「統計上では、俺達の勝率98%。…データは嘘をつかないよ」
+++
第4試合が終わり、30分後。
割れるような歓声の中、とリョーマはついに最終試合――部隊長ペアとの試合にコマを進める。
『これより入団試験試合最終試合,部隊長ペアと挑戦者の試合を始める』
審判としてそう宣言したのは、青騎士団団長,手塚国光だ。
『第三部隊隊長,乾・副隊長,海堂、前へ!』
中央に乾と海堂が進み出ると、よりいっそうの歓声が上がる。
部隊長クラスは、青国にとってはカリスマ集団だ。人気が高いのも頷ける。
『挑戦者,越前・ペア、前へ!』
その声に呼応するように、乾・海堂の時と劣らずの歓声が上がった。
盛大な歓声に、審判席で手塚に便乗し、見学している菊丸が身を乗り出す。
「おー。おチビちゃんズ、大人気じゃん!」
「…カリスマは人を惹きつける…か」
手塚が呟くと、菊丸と不二はなんとも言えない表情で振り返った。
「…カリスマ、ねぇ…」
「手塚が言うコトじゃないよねぇ、ソレ…」
「…ん? どういう意味だ、不二」
「さぁ?」
意味深に微笑む不二に、一瞬手塚は眉を顰める。
長年共に騎士団で生活してきたが、どうにも、手塚には不二の考えは読めない。
「まぁいいじゃん。それよりホラホラ、始まるぞー」
ふたりの肩を軽く叩き、菊丸が普段の調子で前を向かせる。
一方。
上がる歓声に一瞬、が呆けたようにきょとんと目を瞬かせた。
「…なにぼけーっとしてんの」
「う?」
「顔が無防備過ぎ」
「う…ッ」
慌てて表情を引き締めるに、リョーマは呆れたようにため息をつく。
「今更」とも、「単純」とも言いたげな視線に、はむくれてみせた。
「…なによぅ」
「別に…」
何か言いたそうな表情で言われても、説得力がない。
ますますむくれるには、緊張感らしいものが一気に削がれた。
…それを見越しての言動だとしたら、リョーマは相当策士である。
「…今までの君達の4試合、すべて見せて貰った」
そう言いながら、乾は軽く《眼鏡》を指で押し上げる。
少し後ろに立つ海堂は、別段何も語らないが、その視線は闘志に満ちている。
「青騎士団第三部隊隊長,乾貞治だ。良い試合をしよう」
「…ども」
「よろしくお願いしまーす」
「…よろしく」
各々の個性の出た挨拶をし合い、両者共に礼を取る。
『両者、位置に着け。――――――始めッ!!』
試合開始を告げる声。
乾と海堂を見据えたまま、リョーマは口を開く。
「…」
「うん?」
「――先手必勝。良いね?」
「おっけー、任せて!」
言われて、は元気良く返事を返す。
リョーマは軽く笑い、の横を走り抜けた。
残されたが対峙するのは、副隊長の海堂だ。
スッとは細剣を、海堂は曲刀を鞘から引き抜く。
「一応温存してたんだけど…そろそろ本気出しちゃっても良いかな」
ス…ッと、は利き腕を前へ突き出す。
剣を握る手が、仄かに炎の残像を纏った。
「ほう…召喚魔術の遣い手か。今までの4試合では見せなかったな」
そう言いながらも、海堂の表情に焦りはない。
は詠唱しながら、大きく後ろに飛んで海堂と距離を取る。
「…比類なき存在、数多の炎を司りし猛き獣の王よ――その破壊の力、我は赦そう解き放て!!」
力有る声と共に放たれる火球。
絶妙なコントロール力で、無数の火球は一糸乱れぬ動きを見せ海堂に向かっていく。
「――悪ィな。俺には魔術は効かない」
静かに海堂がそう言うのと同時に、彼に触れた瞬間、火球が霧散する。
「…そういう体質なんでな」
「ウソ…」
「だが、良い攻撃だ…構えも悪くねぇ。手加減の必要はないってことだな」
「――!」
スッと、海堂の曲刀が上がった。
ユラリと揺れ、残像のようにぶれる剣先。
軌道を見極めようとそれを見ていたは、不意にぐらりと視界が揺らぐのを感じた。
「…かかったか!」
ぶんッ、と大きく空気を割るスイング音。
「きゃ…ッ!?」
迫る剣先を、ハッと我に返ったは感覚のみでなんとか避ける。
剣閃のかすった腕に、鮮血が散った。
「ッ?!」
「余所見をしていていいのかな」
「ッ!? …くッ…」
打ち込まれた剣を、リョーマは両手に構えた剣で受け止める。
重圧のかかる、重い一撃。
リョーマは僅かに顔をしかめた。
「…独特な剣先の動きで、視覚から相手の脳を酔わせる技――バギーホイップ。
その応用が海堂のあの技、「スネイク」だ」
「……」
「闘いを知る者はまず剣先を見て軌道を読む。
結果――よほどの精神力でもなければ、かかる確率93%」
重ねていた剣を、乾は横に凪ぐ。
剣を弾かれないように、リョーマは体全体を使って振り抜き、間合いを取った。
「相手サポーターに、スピードに特化したサポーターをぶつける。
…良い作戦だ。パートナーの能力を把握し、信頼している証拠だね」
「……別に」
「確かに、よほどの魔術を扱える者でなければ、あのスピードをも兼ね備えた彼女には敵わないだろう。
そして、高い技術を持ち、頭も切れる君。実に理想的なコンビネーションだ」
「…それはどーも」
出方を見るように 、リョーマは乾をじっと見据える。
乾の表情は、分厚い《眼鏡》に阻まれ読みとれない。
「しかし相手が悪かった。
海堂は魔術を寄せ付けない特異体質。そして君と俺とでは、体格差があり過ぎる」
「……」
「海堂を抜けずに、彼女がサポートに回れない今――君の勝率は僅か5%。
しかし強気な君は、持ち前のスピードを駆使して食い付いてくるはず。だが、」
言いながら、乾はス…ッと大剣の剣先をリョーマに向けた。
よく磨かれた刃身が、陽光を受けて煌めく。
「ここまでの4試合で、君のデータは取らせてもらった。
…打ってくる方向がわかれば、勝てない闘いはないよ」
「…ふーん…ヤな闘い方」
「参考になったかな」
「別に」
強引に踏み出し、リョーマは強く打ち込む。
対する乾は、慌てることなく、無駄のない動きでそれをかわす。
「君達は将来、青騎士団の部隊長と副官…もしかしたら、次期団長・副団長にまで昇り詰める可能性だってある。
今後の青騎士団に…いや、青国になくてはならない存在になるだろう」
長身に見合ったその大剣に、対峙するリョーマの姿が映り込む。
反射するその刃身に、リョーマは軽く目を眇めた。
「だが――今回は勝たせて貰うよ」
大剣を構え、静かな様子で乾はそう宣言した。
「――やっぱ青国に来て良かったよ」
対し、リョーマはそう呟き、顔を上げる。
乾を見上げるのは、凛とした瞳。
そして、口元には、独特の笑み。
「色んな剣技を倒せるからね」
「頼もしい少年だ! けど…確率は変わらないよ」
スッ…と、リョーマは両手に構えていた剣を左手のみで持つ。
逆手に握られた剣に、乾は訝しげに眉を顰めた。
「…最近やっと出来るようになった技があるんだけど…。
出来れば温存しておきたかったね」
タンッ、と軽くリョーマは地を蹴る。
「――氷帝とか立海とかいう、他国の大将の相手するまで!」
「ぬかせ」
構えた大剣を水平に構え、乾は迎え打つ体勢をとる。
「…ああ、面倒だからいいよ、もう予測しなくても。――右から行くよ!」
そう宣言すると、リョーマは右から打ち込む。
返す刀を器用にかいくぐり、また間合いを取った。
「戻りが…速くなっている!?」
「次は左!」
驚異的な速さで、リョーマは打ち込みを繰り返す。
剣を操り出す速度よりも、間合いを取る速度が上がっている。
――否、上がり続けていた。
「ここでスピードを上げるよ。――High speed movement!!」
短い詠唱と同時に、加速する速度。
剣を繰り出す速さすらも上がっていく。
「く…ッ!?」
乾は、まるで別人と戦っているような錯覚を覚えていた。
そして、は――
「我が意に集え炎の粒子よ!!」
「言ったはずだ…俺に魔術は通用しないとな!」
構わず無数の火球に突っ込み、海堂は前進する。
だが、しかし――。
「…ッ!?」
鋭い痛みを感じ、咄嗟に横に逃れる。
――海堂の腕には、一筋血が流れていた。
「…おまえ」
「………」
「――火球に紛れて、ナイフを投げてくるとは。
なかなかのコントロール力じゃねぇか」
「ありがとうございます。…ちぇ、見破られちゃった」
「おもしれぇ」
ゆらりと、海堂の曲刀が揺れる。
再びは、右手に魔力を集結させた。
「諦めない。だってわたしにはこれしかないもの!」
「良い眼だ、気に入った。――来い!」
「行きます!!」
バッとは腕を振り上げた。
左手には、数本のナイフが握られている。
火球に紛れるナイフを警戒してか、海堂は一気に間合いを取った。
――が、場違いにも、はにっこりと微笑んだ。
「――なーんてね。それじゃ、選手交代!」
「…なに?」
「!!」
鋭く、リョーマがの名前を呼んだ。
呼応するように、は走り出す。
早口で呪文を詠唱しながら、躊躇せずに。
「…風よ炎よ、司りし獣たちよ、我が声に応え…」
「させるか!」
妨害するように眼前に迫る海堂を見て、は小さく笑った。
「ふたつの双が合わさりし、その力…!」
呪文の詠唱を続けながら、は海堂の曲刀を上に飛んで避けた。
そして、その勢いで彼の肩口に足を掛け、飛び上がる。
「な…ッ!?」
驚愕に目を瞠る海堂を振り返らず、は走った。
呪文の詠唱はまだ続く。
同じように、リョーマも走り出す。
すれ違う瞬間に、ふたりは一度だけ視線を交わす。
そして頷き合い、先ほどまでと互いのポジションを入れ変えた。
乾の前にはが。
そして、海堂の前にはリョーマが――
「お疲れのトコ悪いけど、今度は俺の相手してくださいね、副隊長さん!」
「――今、ここに解放せん!!」
リョーマの剣が、海堂に向かう。
の魔術が、乾に向けて放たれた。
「――はい、そこまで!」
パァンッと、高く響く柏手。
乾に届く前にの魔術の波動は消え失せ、リョーマの剣先は見えない力に押されるように弾かれた。
「白熱するのは悪くないけど、入団試験試合の域を超えてるよ。
試験で死人や重傷者を出すわけにはいかないだろう?」
ふわりと、音もなく不二がその場に降り立つ。
並外れた魔力を持つ魔導騎士、《人界の魔王》不二周助。
たったいま、この場にあった魔力と一瞬の時間を支配し、操作した人物。
あまりにも桁外れの魔術の片鱗を見て、は目を瞠る。
「…不二、さん?」
「…僕の見込んだ通りだ。とんでもないことするね…ふたつの属性を合成するなんて」
穏やかに微笑み、不二はゆるりと視線をからリョーマへ移す。
「パートナーの彼も、とんでもないスピード…本当に面白いコンビだな」
「……」
動きを止められたリョーマが、その視線に剣呑な視線を返した。
対する不二は柔和な微笑を崩さない。
彼の視線は、今度は乾と海堂に向けられる。
「乾、海堂。負けを認めるね?」
「ああ…そうだな。実戦なら死んでいた」
「ホントに。…優秀なルーキー達の誕生だ」
スッと、不二は審判席にいる手塚を仰ぎ見る。
無言で見つめ返す手塚に、不二は小さく笑って言った。
「手塚…いや、団長。――誰も、この結果に不満はないよ」
「…ああ」
流れる静寂。
小さく頷く手塚に、視線が集まる。
「――両者、それまで」
静寂に包まれた会場に、凛とした手塚の声が響いた。
「勝者,越前・ペア!」
声高に掲げられた宣言に、一拍遅れて上がる歓声。
は一瞬、目を瞬かせ、緩慢な動作でリョーマを見た。
「か…勝った??」
「…まあ、一応。ちょっと納得いかないけど…」
「…す、」
「え?」
リョーマが聞き返すのとほぼ同時に、はリョーマに抱きついた。
唐突なの行動に、珍しくリョーマはたじろぐ。
「なッ、っ?!」
「凄い! 凄いよリョーマ、ホントに勝った! 勝っちゃった!!」
「ば、馬鹿! 危ないって、剣…ッ!」
「ねぇねぇ、リョーマッ」
パッと手を離すと、は満面の笑顔でリョーマを見る。
そして、嬉しそうに声を弾ませて言った。
「わたしたちって、結構良いコンビなんじゃない?!」
「……」
言われたリョーマは、きょとんと目を瞬かせる。
だが、それも一瞬のこと。
小さく笑い、しかしどこか柔らかな表情で、返した。
「――まあ、それなりに…ね」
To be continued?
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