「なぁなぁ桃! 聞いた!?」
猫のような俊敏さで駆け寄ってきた先輩騎士に、呼ばれた桃城は稽古の手を休めて振り返った。
「なんですか英二先輩?主語がないとわかんないっすよ!」
「あ。ごめん。いやでもマジ凄いんだってッ」
「ピンクの猫でもいたんですかー?」
「ちっがーうッ!」
ピンクの猫ってなんだよ!
と、憤慨する菊丸に桃城は悪びれのない笑顔で謝った。
お互いに冗談のつもりだと理解しているので、菊丸は気を取り直す。
そして、楽しそうに言った。
「ピンクの猫なんかよりもっと凄いぞ、聞いて驚け!
なんとあの手塚に挑んだ強者がいるらしいぜ?!」
「えぇッ!? マジっすか?!」
「マジマジ!」
驚く桃城に、菊丸はまるで新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせる。
気分屋で猫のような彼は、その一挙一動がオーバーリアクションだ。
「しかもかなりおチビちゃんらしいんだよねッ」
「へぇ…」
「なんかまた迷子になった挙句絡まれた桜乃姫を助けてくれたんだ、って話だけど…」
「おっ。チビでも男気はあるってことっすね!」
「いや男気って。良いけどさ…」
菊丸が気分屋なら、桃城は熱い男である。
たまに喧嘩と闘いの区別がついていないんじゃないかと思われるほど、闘争心に熱い
性格だ。
常に目の前の相手をライバルとし、絶えぬ闘争心を持つ、その姿はさながら若い獅子。
故に、彼は青騎士団では《若獅子特攻隊長》などと呼ばれている。
「もち手塚が負けるワケないけどね!
でも…そいつ来るかもな、入団試験!」
「そういや、もうすぐそんな時期っすねぇ」
「楽しみだよなー。どんな奴だろ?
やっぱチビでも凶悪な面構えで、自分よりでっかい剣とかぶんぶん振り回すのかな?」
当たらずとも遠からずだが、本人が聞いたら怒るだろう。
「でも英二先輩? 今年の試験…二人一組のチーム戦ですよ?」
協調性の高い人間を。
そんな将軍,大和祐大の方針の下、入団試験の試合の形式は、今年変更されていた。
つまり、求められるのは強さだけではない。
協調性と器用さ、そして戦況を見通す広い視野だ。
そう。どんなに強くても、ひとりでは参加権は得られない。
「あ、それは問題ないっぽいよん」
桃城の心配を吹き飛ばすように、ぱたぱたと手を振りながら菊丸はあっさりと言った。
「なんかそのおチビちゃん、女の子連れてるらしいぞ?」
「は?」
「なんか手塚が言うには、魔術師系らしいんだけどね。
細剣も持ってたらしーし、腕に自信はあるんじゃん?」
「でも女騎士って、役職的にはアリなんですか??」
青国には、女性のみで構成される近衛兵団はある。
しかし騎士はいない。桃城の疑問は当然だった。
が、その答えはまったく違う場所から発せられた。
「問題ない」
「ぉわッ!?い、乾!?」
「いつからいたんですか?!」
「初めからいたが…」
初めから。
どこにいたんだ。
この広い訓練所で気付かないような場所ってどこだ。
桃城と菊丸の脳裏に過ぎった疑問は同じものだったが、乾に関してはそれも不思議ではない。
乾は青騎士団のナンバー3であり、青国の頭脳(ブレーン)と呼ばれる存在。
存在感こそ大きいというのに、気配を消して近寄ってくるため、気付かれないことも多い。
奇人変人が多いと噂の騎士団でも、異彩を放つ存在だ。
「…まあいいや。で? 問題ないって言いきる理由は?」
「女騎士なんて俺、見たことないっすよ?」
「そうだな。確かに、我が青騎士団には女性騎士はいない。
だが、入団資格に性別の規約はない。その腕が認められれば、女性でも騎士になれるんだ」
瞳を隠すような、文明の利器《眼鏡》を軽く指で押し上げ、乾は小さく頷いた。
キラリと光るそれが、妙な威圧を感じさせる。
「もっとも、『強豪』と呼ばれる青騎士団に入りたいと思うような女傑は、そうそういないだろうけどね」
「じゃあもしかしたら、初の女騎士が誕生しちゃうかもってこと!?」
「嬉しそうっすね、英二先輩!」
「そりゃあ、ムサい男より可愛い女の子が後輩の方が嬉しいじゃん?」
「それは同感っす」
ノリ良く頷く桃城に、「だよなー!」と菊丸は笑顔で頷く。
そんなふたりを横目に、乾は妙に分厚いノートを開いた。
「不二も噂のふたりには興味があるようだしな」
「え、不二も?」
「ああ。もっとも、不二が気にしているのは、どちらかと言えば女の子の方らしいけど」
乾のその言葉に。
菊丸と桃城は、目を瞠って同時に叫んだ。
「不二が?!」
「女の子に!?」
「…何かおかしい?」
「ぉうわァッ?!」
いきなり背後からかけられた、涼やかな声。
一瞬飛び上がり、そして、菊丸と桃城は恐る恐る振り返る。
そこにいたのは、穏やかな微笑を湛えた青年。
青騎士団のナンバー2,不二周助だ。
「ふ、不二…」
「いつから…そこに?」
「乾が、僕が噂の彼女に興味がある、って辺りから」
「「……」」
乾といい不二といい、気配を断って近づいてくるのは止めて欲しい。戦場じゃあるまいし。
そう願わずにはいられないふたりだった。
「僕だって噂の対象に興味くらい持つよ? 可愛い女の子ならなおさらね」
「不二先輩は、あんまりそういうイメージないんですよ…」
「そうそう。モテる割に浮いた話も聞かないし」
うんうん、と頷くふたりに、不二は困ったように微笑う。
軽く首を傾げると、小さく息を吐いた。
「まぁ、言葉少なな団長のフォローに忙しいからね」
「だから不二が好きなのは手塚なんじゃないかと思」
「え、英二先輩ッ」
「……ふぅん……」
少し低い声で、不二はちらりと菊丸に視線を向けた。
スッと開いた切れ長の瞳が恐い。思わず見てしまった桃城が硬直する。
「残念。僕が好きなのは別のひとだよ」
「えッ。嘘、マジマジ?! いるの!? 誰だよ教えろよ~!」
「英二」
「そうか~、エイジ…って、なにーッ!?」
「冗談」
「不二~ッ!!」
「変なこと言うからだよ」
くすくす、と一転して楽しそうに笑う不二に、気を削がれたのか菊丸はがっくりと肩を落とした。
一枚も二枚も、不二の方が上手だ。
「僕は純粋に興味があるだけなんだから、茶化さないの」
「…野生の勘というやつか…」
「せめて直感と言って欲しいなぁ」
笑顔で怒れる不二も凄いが、平気で不二相手にそんなことを言える乾も凄い。
「不二が興味を持つってことは、魔術系だろう?」
「さぁ、どうかな?」
「相変わらず食えない奴だ」
いや、おまえひとのこと言えないし。
菊丸はこっそり思ったが、敢えて口に出すのはやめた。…先ほどの二の舞は後免である。
「白状しちゃえば、確かに乾の言った通りなんだけどね。
…稀少な逸材かもしれないよ、彼女」
そう言うと、首に掛けた青い宝玉を指で軽く弾く。
不二の持つそれは、魔力に反応する『媒体』だ。
「…さすが」
「…《人界の魔王》…」
ぼそりと呟かれた、物騒な通り名。
「……その呼び方やめてよ」
言われた不二は、嫌そうに顔をしかめた。
「…りょーまー」
「気が散るから向こう行ってて」
…取り付く島もないとはこのことだ。
あの日以来、リョーマはこうして、一心不乱に一人稽古に打ち込んでいる。
決して言葉にはしないが、相当ショックだったのかもしれない。
「…負けたことなさそうだもんなァ…」
実力に裏付けられた自信があるからこそ、
リョーマにとって「負けること」は経験したことのない事態なのかもしれない。
…もっとも、リョーマはに慰めも理解も求めちゃいないわけだが。
「…わたし買い出し行ってくるよ。何か必要なもの、ある?」
「ない」
「あ、そう…」
素っけない一言に溜め息をつきつつ、は擦り寄ってきたカルピンの頭を撫でる。
「…じゃ、行ってくるねーカルピン~」
「…待って。カルピン連れてってよ、暇そうにしてるから」
わたしの存在は愛猫より軽いのか。
はすっかり脱力した。だが言った手前やっぱり行かないとも言えない。
「……はーい。おいで、カルピン」
「ほぁらっ」
ぽてんっと、カルピンがに飛びつく。
相変わらず人懐こい。そう思いながら、はカルピンを抱き上げた。
「…ホント、王子様は傍若無人よねぇ?」
「ホァラ?」
くりんっとした瞳が、不思議そうに見上げてくる。
……わたし、猫相手に何言ってるんだろう。
なんだか情けなく思いつつ、はカルピンを伴って宿をあとにした。
+++
カルピンを抱えながら、は市街を歩いていた。
もちろん、機嫌は最高に悪い。
「…いくらなんでも、扱いに差があり過ぎると思うのよね。
あんたもそう思うでしょ、カルピン?」
「ホァラ?」
「…あんたはやっぱり、ご主人の味方なわけ?」
「ホァラ~」
「どっちよぅ。まぁ、カルピンは可愛いからなんでも許すけどねッ」
「ホァラ~!」
の言葉がわかるのか、カルピンはに擦り寄ってくる。
人懐こい猫だ。
はそう思うのだが、どうもリョーマの反応を見ると普段はそうでもないらしい。
「人懐こいわよねー?」
「ホァラ?」
「むしろリョーマの方が懐かないわよ…あの猫科め…」
言っていて腹が立ってきたのか、の表情はますます不機嫌になっていった。
眉間に皺を寄せ、口を尖らせる。
「だいたいね、あいつはわたしが《マスター》だって忘れてるのよ」
「ほぁら…」
「あんたもそう思う? あいつホントに何様のつもり…わふっ」
言いかけた瞬間、は何かにぶつかって立ち止まった。
慌てて顔を上げると、目の前に人影を認めて顔色を変える。
「おっと…駄目だよ、余所見しながら歩いちゃ」
「あ…ご、ごめんなさいッ」
目の前に現れた青年に、は慌てて頭を下げた。
柔らかな微笑を湛えた、どこか中性的な青年。
「可愛い猫だね」
「…えッ。ね、猫だってわかるんですか!?」
「ん? うん。ちょっとたぬきみたいだけどね」
「あ、ですよね。わたしも最初、たぬきかと思っ…って、ごめんなさい初対面で…」
苦笑を返し、はカルピンを抱え直した。
小さく身じろぎをして、カルピンがにすり寄る。
じーっと自分を見つめてくるカルピンに、青年は小さく微笑んだ。
「…その子は、召喚獣?」
「え?」
「――君は、召喚士(サモナー)だよね?」
「…ッ!!」
言われた瞬間、は驚愕に目を見開き、反射的に後ろに引いた。
逃げの体勢に入ったの腕を、青年は素早く掴んで引き留める。
「ひゃっ…」
「…逃げなくてもいい。何もしないから。
どうして院生がこんなところにいるかは知らないけれど…」
穏やかに微笑んで、彼はスッとの腕を離す。
そして、とんでもない一言を口にした。
「ねぇ。騎士団の入団試験、受けてみる気はない?」
「…え?」
きょとん、と目を瞠るに、青年は穏やかな微笑を崩さない。
底の見えない微笑みに、は戸惑いのあまり腕を解いた。カルピンがぽてんっと転がり落ちる。
「魔術方面に特化した騎士が欲しいんだ。性別は問わない」
「あ、あの…」
「もちろん、特別扱いは出来ないから…実力は示してもらわないといけないけれどね」
「…ええと?」
「あ、ごめん。自己紹介がまだだったね。
――僕は青騎士団第一部隊副隊長,不二周助。お見知り置きを?」
「…騎士団の…部隊長クラス…!」
先ほどから驚きっぱなしのに、背年――不二は、軽く小首を傾げた。
崩れない微笑は、部隊長クラスの余裕の現れか。
納得して、は足下に寄ってきたカルピンを抱き直した。
「理由は知らないけど、召喚士院生が院を離れるにはそれなりの訳があるはず。
だけど、基本的に召喚(サモン)は門外不出の術…おいそれとは使えないよね?」
「…それは、まぁ」
「だとしたら、騎士団に所属するといいよ。君は傭兵ってガラじゃなさそうだし」
つまり、食い扶持の話か。
なるほど、理に適った勧誘だと、も思う。
――だが、しかし。
「…あの、不二さん? 確かにわたしは召喚士で、院生です。訳あってこの街に来ました。
でも、そこまで見抜いていて…何故、理由を聞かないんですか? その上騎士団に入れなんて」
「言っただろう? ――魔術方面に特化した騎士が欲しい、って」
「…それなら、魔術院生に声を掛けるべきです」
「青騎士団が欲しいのは魔術師ではないよ」
小さく笑うと、不二はの腕の中でじーっと見上げてくるカルピンの頭を撫でた。
対するカルピンは、どこか居心地悪そうに身動きする。
「おや…嫌われたかな?」
「あ。いえ…この子、飼い主以外にはあんまり懐かないみたいなので…」
「ご主人様を守ってるんだね。優秀だな」
「あー…いえ…その、」
カルピンのご主人は、わたしじゃないんだけど。
言う必要もないことだが、は曖昧に笑うしかない。
「よく考えてみて。もちろん、決定権は君にあるんだから」
「は…い」
「それじゃあ…パートナーくんによろしく」
「えッ?!」
慌てて視線を戻すと、不二の背中は既に遠くにある。
なんて自然な身のこなしだろうか、そんな感心する気持ちはあるが…、
「…ねぇ、カルピン」
「ホァラ?」
小さく見える後ろ姿を見つめながら、は口を開く。
カルピンがゆらりと視線を上げた。
「……わたし、リョーマのこと…あのひとに言ったっけ?」
「…ほぁら~…」
「…言ってないよね…なんで?」
唖然と呟いたが、ふと我に返って歩き出したのは、それから数秒後のことだった。
+++
一方、その頃――
「…ふぅ…」
ぶんっと大きく木刀を振ると、リョーマは小さく息を吐く。
前髪を伝って落ちる汗を拭い、木の幹に背中を預けた。
「…やっぱ、相手いないと練習になんないや。でも居た方がマシだったかな」
言ってから、ふと思う。
…なんで、あんなのでも居た方がいいと思うわけ?
「…アホくさ…腕前もわからない奴に、何期待してるんだか。
俺もいい加減、ヤキが回ったかな…ホント、調子狂うよ」
大きく頭を振ると、両手で自分の頬を張る。
気合いを入れ直し、リョーマは木刀を構え直した。
「さてと…」
「おい」
「ん?」
呼び止められて、リョーマは構えたまま振り返る。
そこには、大柄な男が立っていた。
「おまえだろ? 手塚団長に挑んだ強者、ってよ」
「…アンタ、誰?」
「ん? おお、悪ィ悪ィ」
人好きのする笑顔で手を振り、男はリョーマに歩み寄る。
「青騎士団第四部隊副隊長、桃城武。よろしく!」
「…はぁ…どーも…」
「で、そっちは?」
「は?」
「名前だよ、な・ま・え。こっちだけ名乗るのはフェアじゃねぇだろ?」
「…勝手に名乗ったくせに…」
小さく息を吐くと、リョーマはキッと桃城を見上げた。
強気な鋭い視線に、面白そうに笑う。ますます、リョーマは眼尻を吊り上げた。
「越前リョーマ。…ねぇ、俺、見下ろされるの好きじゃないんだよね」
「そりゃ仕方ねぇよ、おまえ小さいんだからよ。…いやしかし、予想以上に小せぇなァ」
「…うるさいな、余計なお世話だよ」
嫌そうにそう返し、リョーマは場所を変えようと桃城に背を向けた。
「まぁ待て待て!」
「…なに?まだなにか用?」
「まだもなにも本題に入ってねーっての!
ったく生意気な…」
わざとらしくため息をついてから、桃城は気を取り直したように笑う。
色々な意味で、リョーマとは対照的な男だ。
「団長に挑んだくらいだ、腕に覚えがあんだろ?」
「……」
「で、見たとこ練習相手もいないようだし」
「………」
「俺と手合わせしてみねぇか?」
「…どこから答えればいいわけ?」
「は?」
ゆるりと見上げながら言われた言葉に、意図がわからず桃城は聞き返した。
きょとんと見返してくる彼に対し、リョーマは挑発的に嗤う。
「腕に覚えはあるし、確かに練習相手もいないよ。
暇だし相手するのは別に良いけど、結局何が言いたいわけ?」
好戦的な、野生の獣めいた瞳が、心なしか生き生きと輝く。
言葉とは裏腹に、突然現れた対戦相手に喜んでいるようだ。
「観察されるのも好きじゃないんだよね」
「…生意気だなぁ、おまえ…」
「それはどーも。答えを聞いてないよ?」
「ははッ」
豪快に笑うと、桃城は木刀を取り出した。
彼の本来の武器は、長身を活かしたハルバート。
しかし、騎士とは言えど任務以外での街中での抜刀は許されない。
それでも不測の事態に備え、持ち歩く武器がある。桃城にとってはそれが、たまたま木刀だったに過ぎない。
しかし、今はそれが好都合だった。
「――簡単だ。出る杭は早めに打っておかないとな?」
「ナルホド」
スッと、リョーマも右手に持った木刀の剣先を桃城に向けた。
そして、あの独特の微笑を浮かべる。
「いーよ。やろうか」
猫を思わせるアーモンド色の瞳に浮かぶ、明らかな喜色。
闘うことを楽しむ者の目。
相当、鬱憤が溜まっていたらしい。がこの場にいれば、そう評しただろう。
「いいねぇ。話のわかる奴は好きだぜ?」
「それはどーも。…無駄話してないでさっさとやらない?
連れが帰ってくると面倒なんだよね、うるさいから」
「ほー? その歳でいっちょまえに女かよ? 隅に置けないねぇ」
「…まぁ、生物学上は一応女かな」
少し考えてから、リョーマは難しい表情でそう言った。
…が聞いていたら、憤慨ものの一言である。
「それじゃあ、彼女に格好悪い所は見せらんねぇよなァ。
よし、早めに終わらせてやるよ」
「ふぅん? …負けてくれんの?」
「冗談!」
「そうこなくっちゃね!」
瞬間、ふたりは同時に駆け出す。
スピードで言うなら、リョーマの方が上。
しかし体格差からして、腕力もリーチも桃城が数段上だ。
木刀が打ち合う、乾いた重い音が響く。
打ち合っては離れ、追いつき、また打ち合って離れる。
スタミナに関して言うならば、リョーマも決して負けてはいない。
数度に渡る打ち合いの後、ふたりは大きく後方に飛んだ。
互いに、攻撃範囲外だ。
「なかなかやるじゃねぇか!」
「アンタもね」
「…生意気な」
笑みを引きつらせつつ、桃城は冷静にリョーマの太刀筋を分析する。
スピードと、小さな体を最大限に使う妙技。
まず、懐に入られたら危険だ。
しかし武器のリーチを考えれば、懐に飛び込んでくる可能性は低い。
「…となると…走り抜きざまに振るか、真上から振り下ろすか、か」
「……ねぇ、観察終わった? そろそろ決めない?」
どこまでも、リョーマの表情は余裕だ。
一見すれば変化の見えない表情だが、喜色を湛えた瞳は笑っている。
「…へッ。いいぜ、終わらせようか」
「行くよ――ッ」
「来いッ」
タンッと勢い良くリョーマは地を蹴る。
桃城は真正面で両手を添え、木刀を構えた。
一撃を凌ぎ、返す刀で反撃するつもりだろう。
しかし、走りながら、リョーマは軽く唇の端を持ち上げて嗤う。
「――High speed movement!!」
「なッ…!?」
声高に宣言された力有る言葉。
魔術の発動の、濃厚な気配。
凛とした瞳の中に浮かぶ、複雑な構成の魔法陣。
ほんの僅かな空気のぶれと共に、リョーマの走る速度は加速する。
格段に上がったスピードに桃城が目を瞠るのと、リョーマが眼前に迫るのはほぼ同時だった。
瞬時に左手に持ち帰られた木刀が、大きく振り上げられる――――
+++
「ただいまー」
「ホァラ~」
仲良く声を揃えて帰宅したひとりと一匹に、出迎えたリョーマは軽く眉根を寄せた。
「………遅い」
「先に「おかえり」くらい言いなさいよ」
まったく可愛くないわねー、と。
はわざわざカルピン相手に言いながら、荷物と一緒にカルピンを床に降ろす。
降ろされたカルピンは、てててっと小さな足音を立てて主のもとへ駆け寄った。
「ほぁらっ」
「ご機嫌だね、カルピン。何かあったの?」
「みゃっ。ホァラ~!」
「…ふぅん?」
「って、あんた言葉わかるのかよ」
なんとなくわかったつもりになっていると違い、リョーマは本当に会話しているように見える。
それがあまりにも不思議な光景なので、は突っ込まずにはいられなかった。
「わかるよ。当たり前でしょ?」
「いや、普通はわからない…」
「だって会話してたじゃん」
「わたしはわかったつもりになってるだけだって!」
「そうなの? …なってたけどね、会話に」
「え?」
聞き返すには答えず、リョーマはすり寄ってくるカルピンの頭を撫でた。
居心地良さそうにごろごろと喉を鳴らす仕草は、召喚獣などとは思えない。
「リョーマ?」
「なに?」
「いや、なに?じゃなくて…」
「言いたいことあるなら、言えば?」
「…やっぱいい」
「あっそ」
素っ気なく返すと、再び視線は外された。
…なんだか、前にもこんな会話があった気がする。
「…ねぇ、リョーマ?」
「ん?」
「あのね。…わたしもさ、入団試験試合出ようと思うんだ」
「ふぅん? 良いんじゃない、別に?」
それだけかよ。
別になにを期待していたわけでもないが、はムッと顔をしかめた。
だがそこで軽く頭を振って、自分に言い聞かせる。
…いや、落ち着け、落ち着くんだ。こいつはそういう奴じゃないか。
「…と、言うわけで」
「何が?」
「何が、じゃないわよ。入団試験試合の話」
「だから、それが何」
…ああ、もう。この男はとぼけやがって。
我慢の限界だ。むしろ耐えられない。
バンッと、はテーブルに両手を叩きつけた。
少し痛い。しかしそんなことは、この際どうでも良い。
「もうッ! わかってて言ってる?!
入団試験試合は二人一組のチーム戦なんでしょ。ひとりじゃ参加出来ないじゃないッ」
「…で?」
「だーかーらッ! パートナーが必要でしょッ! わたしと組んでもらうわよ?」
当然でしょ、とが言うと、リョーマは顔色ひとつ変えず即答した。
「やだ。なんで俺が」
「即答かよ! あんた、事態を理解してるわけ?
じゃあ他にいるっての? ここにはあんたのお友達なんていないでしょーがッ」
「友達とパートナーは無関係だと思うけど?」
「人の揚げ足を取るなーッ!!」
怒鳴るを見て、リョーマは軽く笑った。
本人にはそのつもりもないのだろうが、鼻で笑われたような気分になる。
「冗談。いいけどね、別に。どーせおまえしかいないし」
「……あんたってホントに、いちいち一言多いわね」
「それはどーも。…じゃ、行こうか」
そう言うと、リョーマは椅子から立ち上がった。
立てかけてあった木刀を手に取り、の隣を横切ってドアに手を掛ける。
「…は? こんな時間にどこ行くの?」
「寝ぼけてんの? …特訓に決まってんじゃん」
「え…」
特訓。
意味:特に厳しく訓練すること。また、その訓練。(辞書より)
………特訓?
不思議そうに目を瞬かせるに、リョーマはあの独特の微笑を返す。
軽く肩に木刀を引っかけ、足下にまとわりつくカルピンを抱き上げた。
「足引っ張られちゃ堪ったもんじゃないからね。…少しは動けるようになってもらうよ」
「なッ…何様だあんたはッ!?」
「流に言えば、〝王子様〟なんじゃない?」
「なんッ…ちょ…ッ…聞いてたの!?」
「聞こえただけ。カルピン相手に変な会話してないでよね、恥ずかしいから」
「リョーマッ!」
「ハイハイ。ほら、行くよ?」
怒鳴るを促し、リョーマは木刀を持っていない手――右手を、差し出す。
そのらしくない仕草に唖然とするに、リョーマは再度言った。
「早く。寝る時間無くなってもいいならいいけど?」
「うッ。それは嫌。行きます行きますッ」
慌てて、しかしどこか気恥ずかしさを覚えつつ、はリョーマの手を取った。
+++
と別れた後、所用を済ませた不二は市街を歩いていた。
騎士団の鎧を外した彼を、青騎士団の部隊長クラスなどと思う者は滅多にいない。
どちらかと言えば、魔術を生業とした存在に映るだろう。
不二の持つ雰囲気は、戦士特有の荒々しさや威圧感ではない。
魔術師特有の、ミステリアスなものが強いのだ。
「…あ」
不意に見慣れた後ろ姿を見つけ、不二は静かに歩み寄る。
そして、静かだがよく通る声で呼び止めた。
「――桃」
「不二先輩!?」
呼ばれた男――桃城は、相当驚いて振り返った。
軽く手を振って微笑む不二の姿を見ているうち、大きく息をつく。
「どっから出てくるんですか先輩…」
「ひとをボウフラみたいに言わないでくれるかな?
たまたまだよ。桃の爆発ヘアーは目立つからね」
「…爆発はしてないっす、先輩…」
どちらかと言えば、爆発というよりはツンツンである。
不二にとっては、たぶんどちらでも同じなのだろうが。
「噂の彼の顔でも見てきた、って感じだね」
「さすが、不二先輩。隠し事は出来ないっすね」
「無茶するね。手塚に知られたら訓練所周り20周だよ?」
「ははっ…内緒にしててくださいよ~」
「どうしようかなぁ」
くすくす、と。
楽しそうに笑ってから、スッと流すように視線を戻す。
鋭いわけではないが、柔和な微笑とはまた違う、独特の笑み。
「でも、残念だったね。右足の怪我が完治していれば続けられたんじゃない?」
なんでそこまで知ってるかねぇ。
本当に隠し事が出来ないな、と。桃城は曖昧に笑った。
いや、さすがは《人界の魔王》、青騎士団の魔術専門。隠し事など出来やしない。
「いや…あいつ、気付いてたっすよ。最初から」
「へぇ?」
「部隊長クラスの騎士相手に、利き腕とは逆でやるとはハンデのつもりかい…恐いねぇ…」
「そう言う割には、楽しそうだね」
「あ、わかります?」
満面の笑顔で返すと、桃城は手に持った木刀で軽く肩を叩いた。
その、あまりに楽しそうな様子に、不二もまた笑みで返した。
「そういや先輩はどこに行ってたんですか?」
「うん? ちょっと市街でスカウト」
「は?」
「ねぇ、桃」
聞き返す桃城には答えず、不二は不意に視線を別の方向へ向ける。
それは、偶然か、それとも必然か――リョーマとが宿泊している宿の方向。
「今年の新入団者、期待出来そうだよ?」
ゆっくりと切れ長の瞳を開き、不二はその方向を見つめる。
僅かに、その口元に浮かぶ笑み。
《人界の魔王》。その通り名で呼ばれる彼は、何かを肌で感じ取る。
〝 この国に災いと、それを払う者が現れる〟
さて、彼らはそのどちらだろうね、と。
不二は小さく呟いた。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。