「ま…魔族の…なんだって?」

その場を凍りつかせるには充分過ぎる一言に、が返せたのはなんとも間抜けな質問だった。
それを受けた相手は、軽く唇の端を持ち上げて嗤う。
バカにしたような、からかいを含む声音だった。

「頭だけじゃなく耳も悪いの? 魔族の王子だって言ってんじゃん」
「ッ!!」
「俺を喚び出すような物好きがいるなんてね。
 まァ、実力は認めてあげなくもないよ。――アンタが俺の《マスター》でしょ?」

強い力を有すると一目でわかる、強気な瞳。
――マズイ。大変なものを喚び出してしまった。
もちろん、そんなことを思っても後の祭りである。

「…えーと…ごめんなさい、間違えました。お帰り下さい」
「やだ」
「…ですよねー…」
「当然だね」

ならば実力行使しかない。
さっさとご退去願わないと、こちらの身が危ういのだ。
――こんな高位の魔族、《従者(スクワイヤ)》として扱えるわけがない!

「…巡れ廻る神威の弓手…我が手によって渡りし異界の者よ…」

右手に魔力を集中させる。
並の魔物ならば一撃で屠ることが出来るだけの力。
相手は魔物が束になっても敵わない、純正の魔族。
でも、喚び出したばかりの今ならなんとかなる!…はず!

「へぇ…」

相対する魔族の少年の表情は、余裕の笑みだった。



File01 最悪のパートナー




「…面白いじゃん。やってみなよ」

面白がるように目を眇めると、少年はスッ…と右手を持ち上げる。
指先に集まる魔力。
――たった一瞬で、の数倍の魔力がその指先に集まっている。
なんて集中力だろう。
だが――には、喚び出してしまった責任がある。負けるわけにはいかない。

「…我が名、《異界に愛されし娘》。汝を喚びし、」
――伏せて」
「…え?」
「伏せろよ鈍くさいなッ」

そう怒鳴ると、右手を前に突き出したまま、左手での頭を下に押し付けた。
予想外の事態に軽くよろける。
衝撃音が響いたのは、ほぼ同時だった。

「え…?」

恐る恐る視線を向けると、あらぬ方向へ着弾した魔力の爪痕。
――周囲に展開した、青い光。

「…へぇ…アンタ、それなりに実力あるんだね。
 ――魔族召喚して殺されそうになるくらいには、さ」
「!?」
「アンタに消えて欲しいってさ。
 確かに、召喚者を消すのが一番…手っ取り早いから、ねッ」

軽く物を投げるようなモーション。
高い爆音を立てて、石畳が破壊される。

「きゃあッ!?」

爆風に煽られ、の肩口までの髪が肌を叩く。意外と痛い。
もう一度目を開ければ、そこは滅茶苦茶に破壊された儀式の間。
瓦礫に埋もれるように倒れる、少数先鋭の召喚士達。
ぱっと見、死んでいる者はいないようだが…

そこで、は思い出したように自分の斜め後ろに立つ少年を見上げる。
爆風に煽られた髪を軽く掻き上げ、冷めた視線を倒れ伏す召喚士達に注ぐ、魔力の宰を。

「ほーんと、手応えのない奴等。…まァ、いいか。まずはコイツらから…ッ!」
「待てバカやめれーッ!」

慌てて、は魔力を思いっきり溜めた少年の右腕を掴んだ。
そして、力を込めて自分の方へ引っ張る。
少年は腕力はさほどではないのか、それとも構えてなかったからなのか、案外あっさりと引っ張れた。

「痛ッ!? ちょっ…なにすんの!?」
「やかましいバカ王子!
 あんた、わたしを大量殺戮のお尋ね者にする気!? 一旦逃げるのよッ」

そう怒鳴りつけて、は後方へ何かを投げつけた。
…爆音と共に煙が立ち上る。

「…アンタさ、召喚士でしょ…なに、煙幕って」
「屍同然に倒れてるヤツら相手になんて、魔力が惜しい!」
「……あ、そう」

呆れたように溜め息をつくと、少年は引きずられていた腕を逆に引いた。
今度は、が腕を引かれる形になる。

「…行き先」
「え?」
「行き先、思い浮かべて。移動するよ」
「へ? あ、うん??」
「…早く。まだ召喚士、残ってるんでしょ。…死にたいの?」
「は、はいッ」

冗談じゃない。こんなところで死んで堪るか!
しかも同僚に殺されるなんて、大召喚士だった父親の名に泥を塗ることになる。
…いや、もしかしたら、もう塗っているような気もしなくはないけれど。

「…わたしの家ッ! 一旦そこへ…っ」
――了解。掴まって、飛ばすよ」
「と、飛ばす?」

飛ばすって何?! 何をどうやって!?
いや、むしろ何が!?

狼狽えるにはお構いなし。
少年はを抱え込むようにして、小さく呟いた。

――High speed movement…」

…って。
ちょっと待て! 高速移動《ヘイスト》か!?

声にならない悲鳴が、の口から上がりかけた。
身体能力を飛躍させる魔術は、基本となる身体能力によって効果の具合が変わる。
高速移動《ヘイスト》――は、脚に相当の負荷をかける。

とて、田舎育ちの召喚士だ。
もちろん体力や脚力に自信はある。あるのだが。

「…無理ッ、わたしじゃ耐えられないソレッ! あんた魔族じゃないのッ」

魔族の身体能力は人間より遙かに上だ。
どう足掻いても人間でしかないが、魔族の身体能力飛躍魔術に耐えきれるわけがない。

「今更だよね」
「鬼! 悪魔! ヒトデナシーーーーッ!!」
「ソレ、俺達的には誉め言葉」
「こ、この…ッ」
「…黙ってないと舌噛むよ」
「ぅぐッ」

慌てて自分の口を塞ぐに、少年は笑う。
バカにするような、面白がるような色を含む口調と、――表情。

「バーカ」
「なにッ!?」
「…安心しなよ。アンタ、運ばれるだけで走らなくていいから」
「え?」
「掴まってて。あと喋らないで。死体を運ぶなんてバカらしいからね」

それだけ言うと、少年は視線をから外す。
喋るなと言われた以上、は何も言えない。




後方に追ってくる、同僚――否、元同僚今追っ手の声を聞きながら。
これからどうなるのかなァ…などと、は呑気に考えていた。


+++


「入って。気休め程度だけど結界を張るわ。少しの間なら目くらましになるでしょ」

少年が家の中に入ったのを確認すると、は鋭く印を切った。
簡単な魔術だ。だがその分、効果は遣い手の魔力に依存する。

「…わたしの魔力でも…保って1日くらいかな…」
「…ねぇ」

壁に背を預けて立つ少年が、不意に溜め息混じりに口を開いた。
どこか呆れたような口調で、だ。

「アンタ、バカなの? それとも単なるお人好し?」
「は…?」
「警戒心なさ過ぎ。確かにアンタにとっては、召喚したモノなんだろうけど…」

そう言いながら、ゆっくりとした所作で少年はの眼前まで歩み寄る。
ただ強い輝きを持つ、アーモンド色の瞳と視線が絡まった。

――俺は魔族だよ?
 契約なしに野放しにするなんて、アンタ相当間抜けだよね」
「ッ!!」

言われて、は反射的に身構え、右手を突き出した。瞬時に詠唱に入る。

「遅いよ」

たった一言言い捨てると、少年は突き出されたの腕を掴んだ。
そして、詠唱を中断させる為か、空いた片手で口を塞ぐ。

「ッ」
「実力はあるのに、まだまだだね。
 アンタ、もっと他人を疑うこと覚えた方が良いよ。…もう遅いけど」

場違いなほど軽い調子でそう言うと、口を塞いでいた手が、今度は眼前にかざされる。

あ、マズイ。逃げられない。
これは死ぬかなァ。…死ぬよなァ、絶対。

目の前の端正な顔を見つめながら、は呑気にそんなことを思った。

「アンタ、良い奴みたいだから可哀想な気もするけど…
 これも《法則》だからさ、悪く思わないでね」

また無茶なことを言う。
死んだら化けて出てやろう。
そんなことを思いながら、は正面から少年を見つめる。

「…じゃ、バイバイ。
 アンタの魔力は俺が活用してあげるからさ、心配しないでよ」

かざされた手が、額に触れた瞬間――
何かが、弾けた。

「ッて!?」
「いッ…たぁ…!」

痛みを感じて、反射的に身を引いたのは、互いにほぼ同時だった。
は額を、少年は手を、それぞれ押さえて、唖然と目の前の相手を見る。

「なに、今の…弾かれた? たかが人間の結界に…?」
「うぅ…なんでデコピン…」
「バカじゃないの。そんなことする理由がないだろ。…どこまで抜けてるわけ」
「そ、それもそっか…あー、びっくりした…」
「……」

安堵の息を吐くを、少年はじっと見つめる。
その視線に気付いてが口を開くより先に、少年がの肩を掴む。

「……ちょっと、いい?」
「え?」
「…額、見せて」
「え、なんで」
「いいからッ」
「ちょっ…無理に引っ張らないでよ!」
「…ッ!!」

いきなり前髪を軽く掻き上げられたが抗議するより先に、少年は手を離した。
の抗議の声も耳に入っていないのか、唖然と――というより彼女の額を、見る。

「……うそ」
「へ?」
「この《印》…いや、まさかそんなはずは…、
 ――扉よ開け、《異界》の魔よ、我が元へ…」
「ちょっと、変な魔術使わないでよ」

一応言ってみたが、少年は詠唱を終えても微動だにしない。
ただ、唖然とを見ているだけだ。

「……」
「…ねぇ。何がしたいの?」
「…………」
「おーい?」
「~~~ッ!!」

声にならない声を上げると、少年はグイッと強引にの腕を掴んだ。
目を白黒させるに向かって、眦を吊り上げた少年は怒鳴る。

「ちょっと…ッ…なに、なんで魔力が制限されてるわけ!?」
「わ、わたしが知るわけないじゃない!」
「しかも、おまけにこの体ッ…――なんで子供の体!?」
「わたしが喚んだ時は既にその姿だったわよーぅ!!」

怒鳴られて、は慌てて言い返す。
むしろ今の今まで、少年は自分の姿に何の疑問も持っていなかったのだ。
…誰が、本来の姿と違うなどと思うだろうか。初対面なのに。

「どうりで視界が低いとは思ったけど…」
「いや、それはもっと早く気付けよ」

思わず突っ込んでしまった。しかし少年はまともに聞いていない。
大仰にため息をつくと、少年は頭を抱えるようにしてその場に座り込んだ。
思わず、といった所作だ。相当参っているらしい。

「…やられた…」
「え…う…?」
「アンタ、魔力バランス最悪…ッ」
「な、なによ!? あんたにそんなこと言われる筋合いは…ッ」

理不尽な物言いにが怒鳴り返すと、少年はジロリと不機嫌そうに見上げてきた。
目を据わらせてを睨みながら、ため息混じりに吐き出す。

「あるね。アンタのせいで被害に遭ってる」
「はァ!?」

被害。被害ときたかこのガキは。
殺されかけたのはである。
被害者と言うなら、間違いなくの方だ。

……理不尽な。
そんな思いを込めて視線を送れば、座り込んでいた少年はいきなり立ち上がった。
軽くこめかみの辺りを片手で押さえながら、不機嫌全開の口調で少年は口を開く。

「本来、俺達魔族の持つ魔力は自家生産。
 つまり、人間と違って、なにもしなくたって魔力切れになることなんてない」
「なに、いきなり」
「それがどういう仕組みかはわかるよね?
 《自然界》には力が満ちてるから、呼吸するのと同じように魔力が供給出来る」
「ええと…人間と魔族の、魔術系統の違いよね? 人間は睡眠や食事で賄うけど」
「まァ、集中力で限界は左右されるけどね…とりあえずそういうこと。そこまではいい?」
「うん。で?」
「問題はここから。
 …直球で言うと、今の俺には、その法則が当てはまらない」

真顔で言われた一言に。
今度こそ、は固まった。

「…………は?」
「だから。――自家生産、不可」
「…………へ?」
「何度も言わせないでくれる?
 魔力を自然界から供給出来なくなったの。アンタのせいで」

は言われた言葉を整理し、考える。
そしてしばらくして、軽く混乱していた思考回路が正常化した。
途端、事態を理解したは悲鳴に近い声を上げる。

「なッ…なんでーーーッ!?」
「俺が知るわけないだろ。とにかく、俺の魔力の大半がアンタに流れちゃってんの。
 わかる? 魔力の共有関係って奴。…普通、こういう契約はしないんだけど…」
「だ、だってわたし、まだあんたの名前も知らないのよ? 契約した覚えはな」
「わかってるよ。俺だって、何が楽しくてアンタみたいなちんちくりんと契約しなきゃいけないわけ」
「って誰がちんちくりんだこのチビ王子ッ!?」
「な…ッ…誰がチビ…!」
「あんたよ、あんた! なによ、わたしよりちっちゃいくせに偉そうに!」
「バカ言わないでよ、本当ならアンタより多分年上だし、背も高いんだからね!」
「知らないもん、わたしが見たのは、このちっこいあんただけだもん」
「こ、この…ッ」

怒っている顔は子供そのものだな、とは思う。
…なんだかんだ言って、少なくとも、と同じくらいの歳なんじゃないだろうか。

なんだか微笑ましい気分になって、は思わず笑った。
それに毒気を抜かれたように、少年は小さく息を吐く。

「…わかったよ」
「へ?」

何の脈略もない流れに、はきょとんと首を傾げる。
くしゃりと自分の髪を掻き上げ、さも仕方ないと言わんばかりの口調で、少年は言う。

「契約。してあげるよ」
「え。…ええッ?!」

悲鳴に近い叫び声を上げるをうるさそうに見やると、少年は大仰にため息をついた。
そのわざとらしい態度に、一瞬、はムカッときたがなんとか耐える。

「仕方ないでしょ?
 俺はアンタと契約しないと魔力が使えない。アンタは俺がいないと、追っ手から殺される」
「あう…生々しい表現は好きじゃないデス…」
「そう。でも事実だしね」

確かにそうだ。そうなのだが。
遠慮も何もない言葉の応酬に、の語気からだんだんと力が削がれていく。
これも、この魔族の策略なのだろうか。だとしたらとんでもなく頭のキレる奴かもしれない。

「そ、そうかもしれないけど…魔族と契約なんて無理…!」
「勝手に呼び出しておいてソレ? 狡くない?」
「ず、狡い!?」

飛び出してきた予想外の単語に、は思わず語気の勢いを下げてしまった。
からかうような笑みを含んだ口調と表情とで、少年はちらりとに意味深な視線を送る。

「アンタ、俺の《マスター》でしょ? …責任取ってよね」

責任。
責任ってなんだ。
喚び出したことへの責任? 確かにそれはあるかもしれない。
でも。
でも、ですよ。

殺されかけて、その上脅されて契約迫られて。なのに責任取るのはこっちか?!

…などと言える気力が、今のにあるわけがなかった。
なにせ一度は諦めてしまった命だ。この際どうにでもなれという心境にもなる。

~~~ッ…わかった、わかったわよ! 契約でもなんでもしてやるわッ」
「言ったね? 撤回なしだよ」
「女に二言はないッ! どうせこれ以上事態が悪くなるわけないしッ。
 ――汝、異界《カ=リメア》より来し者よ。我にその真名を預けよ!」

法則に則った契約の一節。
怒鳴りつけるように吐き出したその言葉に、少年は軽く笑って応えた。

――越前リョーマ。アンタは?」
「…
「そう。、ね」

反射的に返したの言葉を受け取って、少年――リョーマは、その名前を反芻する。
そのまま、スッと自然な動作での右手を取った。
そして、なんの躊躇いもなく指先に軽く口付ける。

「ッ!?」

――まるで儀式であるかのように。
いや、それは正しく、彼には《儀式》だったのかもしれない。

――なら、。契約が生きる限り、俺はアンタの剣になる。
 …代わりに、アンタの持つすべては俺のモノだよ」
「…え?」

いきなり現実に引き戻されたような錯覚。
きょとんとするに、リョーマは笑った。…ただし、ニヤリと唇の端を持ち上げて。

「安いもんでしょ?」
「や…ッ」

言われた言葉を、一拍遅れで理解したが顔色を変える。
つまり、それは。
にとっては、ハイリスクローリターンな関係じゃないだろうか。

「安くない! 絶対ソレ安くないーーーッ!!」
「自分の身ひとつで賄えるなら、安いと思うけどね。
 この契約のリスクは、術者のアンタが一番良くわかってるでしょ?」
「リスク高過ぎだッ」
「別に取って食うわけじゃないし、いいじゃない」
「食われて堪るかーッ」

酸欠になるんじゃないかと思うほど一息に怒鳴ると、は大きく肩で息をつく。
リョーマは自分より少しだけ背の高いの頭に手を伸ばし、子供をあやすように軽く撫でた。

「安心しなよ、アンタ不味そうだからいらないし」

よく考えなくても失礼な一言である。
食べるって食用かよ。
いや、魔族が人間を食べるなんて迷信だし事例もない。
そこまで冷静になると、ふつふつと怒りが沸き上がってくる。

「…それはそれで複雑!」
「なに、食べて欲しいの?」
「結構ですッ! 髪の毛一本やるもんかっ」
「賢明だね」

軽く頷いてから、リョーマは顔をしかめた。
一瞬考え込むように視線を彷徨わせてから、を見る。

「…そうだね、俺の《マスター》になるなら…、
 ――その抜けてるところとお人好しなところ、少し直してもらわないと」
「誰が抜けてるのよ失礼ねッ?!」
「自覚無いんだ? …あんまり世話焼かせないでよね、《マスター》?」
「世話してくれなくて結構! 自分の世話は自分で出来ますッ」
「こっちもそう願いたいね。…まァ、不本意だけど…」

余計な一言を付け加えてから、リョーマはスッと手を差し出してきた。
握手を求められているのがなんとなくわかって、反射的に手を握る。
それを確認すると、リョーマは軽く笑った。

「ヨロシク、相棒?」
「……こちらこそ」

成り行きで契約してしまった、最強と呼べる《従者(スクワイヤ)》。
顔良し。頭良し。魔力高し。身体能力高し。
ある意味、魔族であることさえ隠し通せば、強力な味方なのだけれど。

性格、ホントに最悪。
…絶対、コイツ、扱いづらい。

不遜な微笑を湛えたリョーマに、はそう思わずにはいられなかった。









To be continued?

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