LOVE DOLLS PARANOIA
心壊サミット06




「おはようございます、阿伏兎さん」

一晩経って劇的な変化があるわけもないだろうが。
どこまでも静かな…というよりは抑揚の無い様子で、そう告げては頭を下げた。

宇宙のど真ん中に居る彼らには、時間の感覚は割と曖昧だ。
だが、一応置かれた時計の示す時間は、早朝と呼べる時間である。

「…おはよう。早ェな」

まったく、この娘は不器用なまでに真面目なのか、ただ感覚がズレているだけなのか。
基本的にマイペースな上司とその秘書官を見慣れているせいかもしれないが。

「そう、ですか? 睡眠は4時間取れば事足ります。
 本日7時間の睡眠を取りましたので、寝過ごしたくらいかと」
「いや、まぁ間違ってねぇけどな…ロボットか、お前さんは」
「一応、生物です」
「………そこで真面目に返されても困るんだが」
「………申し訳ありません」

素直に謝ってから、ふとは不思議そうに首を傾げた。

「わたしに早いと仰いますが、阿伏兎さんは既に仕事をなさってますよね…?」
「俺も寝てて良いなら寝てるんだけどよ、昨日団ちょ、…っと、
 提督サマが秘書官殿を連れて行ったまま戻ってこなかっただろ?」
「はい」
「おかげで仕事が溜まってるんだわ」
「…それは、…ご苦労様です」

奴隷種族と揶揄され、自身もそれを認めてはいるがは案外、率直な物言いをする。
それは彼女の生来の性格であり、
落ち着き先がここでなければ生きていくのに苦労したに違いない。
恐らく、今の言葉はそんなの精一杯の気遣いが籠った一言だった。
その不器用な気遣いに、阿伏兎は苦笑を返す。

「お前さんの暴君主は今日は昼まで寝てるぞ、多分。
 主に倣って寝てろとは言わねぇが、楽にしてろ」
「はぁ…」

一瞬、困惑したような表情をして、は頷いた。

「…………」
「…………」

奇妙な間に、書類に向きかけた阿伏兎の意識は引き戻された。
視線を上げると、所在なさげに突っ立っているの姿。

「………なんで直立不動で突っ立ってるんだ?」
「………申し訳ありません。あの、何をしていいのかわからないのです。
 わたしは客人ではないのですから、働かせて頂かないと落ち着かなくて…」

殊勝な言葉である。
マイペースな上司とその秘書官に爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいに。

「…暴君夫婦に見習わせたいね、そりゃ」
「何かお仕事を頂けませんか。とりあえず、お昼時まででも」
「あー…」

何か仕事を、と言われても。
は春雨がいったいどういう組織なのか、恐らく半分も理解してはいない。
加えて、医学方面や余計な知識は叩き込まれているだろうが、それ以外となると怪しい。
いや、そもそも、秘書官の地位をお飾りにしない能力を持つの方が、規格外なのだ。

「…とりあえず、茶でも淹れてくれ」
「わかりました」

結局、下女同然の仕事しか思い浮かばなかった。
だがはそれに素直に応じ、執務室の隅に設けられた給仕用の簡易台所へと向かう。

何か珍しい物を見るような気持ちで、阿伏兎はそんな彼女を視線で追った。
給仕に慣れてはいないようだが、生来、器用なのだろう。
特に危なげなく給仕をこなす素直な姿に、微笑ましさすら覚えた。

「阿伏兎さん? どうかされましたか?」
「いや。…お前さんは素直だな」
「そうですか…?」

不思議そうに首を傾げる様子に笑いながら、阿伏兎は差し出された茶を受け取る。
それを一旦机上に置いてから、彼は処理の終わった書類を彼女に差し出した。

「そこにある箱に入れておいてくれ。処理済みって書いてあるだろ」
「あ、はい。この箱ですね」

そんな雑用を不満なくこなすの働きは、阿伏兎の仕事量を減らすことはなかったが。
だが和やかな気分のままに、時間は過ぎていく。


――そして、昼時を少し過ぎた頃。
さすがに、ふたりは困惑気味に顔を見合わせた。

「……起きてこねぇな」
「……起きていらっしゃいませんね」

いつもなら、空腹を訴えて起きてくる上司の姿はない。
仕事をしないのは常のことなのでもはや気にしないが、食事をとらないのは珍しい。

「…飯も食わねぇでいつまで寝てるんだか…」
「お食事は大切ですね。では、起こして参ります」
「は? いやいや、ちょっと待て」

当たり前のように言って部屋を出ようとするを、阿伏兎は引き止めた。
どうせ気紛れか何か、下らない理由でしかないのだ。わざわざ関わる必要はない。

「そこまで世話してやらなくて良いぞ?
 放っておけば適当に起きて適当に食うだろ。マイペースだからあいつら」
「ですがそれでは、立場有る方々の生活としては自堕落過ぎます」
「いや、いちいちごもっともなんだけどよ」

確かに、組織のトップとその秘書官が仕事もせずぐうたらしているのは、よろしくない。
よろしくはないが、今更でもある。

神威が書類仕事をしないのは団長になった当初からであったし、
それでも、が来てからは少しは生活態度は改善されているのである。
そのが一緒に居てなお、この状況だ。理由など聞かずともわかる。
…上司とその恋人の情事を覗き見る趣味はさらさらないし、むしろ関わりたくはない。

それが阿伏兎をはじめとするすべての船員の共通の認識である。
だがしかし、は真面目だった。

「いくら上司、主であっても、甘やかし過ぎは本人の為にも良くありません」

言い切って、は部屋を出て行った。
迷いのないその行動力に、阿伏兎は深くため息を吐き出す。
……素直で真面目なのは彼女の美点であり、最大の欠点だ。きっと。


+++


「…で、わざわざ起こしに来たと?」
「はい。時間感覚の薄い宇宙とは言え、あまりに自堕落が過ぎます」
「なんて言うか…ってメンドクサイ女だネ」
「それは、光栄です」
「褒めてないんだけど。…なんでそんな蔑んだ目で見るの?」
「…とりあえずお召し物はちゃんと着た方が良いですよ」

否定とも肯定とも取れる物言いで、は半眼で神威を見やる。
表面上すら、主を敬う気持ちは無いらしい。
いっそ清々しい程の不敬さに、神威は思わず笑う。
だがその反応は、余計にを呆れさせただけだった。

「阿伏兎さんは早朝からお仕事なさってますよ。
 上司である神威様がだらだらしてるのはどうなのですか」
「んー? は阿伏兎が気に入ったの? オッサン趣味?」
「…なんでそうなるんですか。
 話を逸らさないでください。あと服を着て下さい」
「人を露出狂みたいに言わないでよ」
「僭越ながら申し上げます。…鏡をご覧ください」
「真顔で酷い事言うね」

遠慮の欠片も無いを面白そうに見やると、神威は服の袖に腕を通した。
神威自身はあまり気にしていないようだが、一応、は彼と同世代の若い娘である。
その前で堂々と半裸で居られる精神構造は如何なものか。

は自分が所謂「普通の娘」ではない自覚があったが、
それでも神威がおかしいというか、あらゆるものに無頓着過ぎであることはわかる。

「まあいいや。ちょうどいい、部屋に食事の手配してよ」
「…お食事は、お部屋でとられるのですか?」
「普段は違うけど。がまだ動けないみたいだからさ」
「ご病気ですか。お怪我ですか」
「あはは、違う違う。ちょっと昨日頑張り過ぎただけ…痛っ」

笑いながら言いかけた神威の言葉は、後方から飛んできた何かによって遮られる。
床に落ちたものに、は視線を向けた。…本。結構厚めだ。

いかに頑丈な夜兎とは言え、これが後頭部に当たれば痛かろう。
は、躊躇いなく本を投げつけたであろう主へと、視線を移した。

「かーむーいー…ッ」
「あり? 動けるようになった?」
「やかましい。余計なこと言うな」

部屋の奥から、不機嫌そうな様子でが顔を出した。
疲労の色が見え隠れするその顔色から、体調はあまり良くないようだ。

「おはようございます、様。お加減が悪いのですか?」
「あー…うん、おはよう…大丈夫、心配しないで…」
「?」

疲れたように返して、パタパタとは手を振った。
首を傾げるに構わず、神威との会話は続く。

「食事どうする?」
「あー、聞こえてた。
 …あんたが食う量を運ぶのも片づけるのも大変だろ、食堂行くよ」
「それはいいけど、動けるの?」
「動きたくないからお前が運べ」
「……構わないけど……まだ機嫌悪いの?」
「悪くは無い。良くも無い」
「それ多分悪いと思う」
「うるさいさっさと運べ」
「はいはい」

横柄なの言葉に、神威はどこか楽しげだ。
このふたりの力関係はよくわからないな、とは目を眇めた。

「…………………………」

当たり前のようにを抱えて部屋から出てきた神威に、は微妙な表情をした。
そんな彼女の反応に、神威は笑いながら応える。

「いつものことだよ」
「…いつものこと、ですか」

…もう、自分の常識でこのふたりを推し量るのはやめよう。
一晩と半日でそう悟り、はため息を吐き出した。









To be continued?

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