高く売れる商品というのは、なんだろうか。
ひとつは「常に使うもの」。
ただし高く、となるなら摩耗しないものに限る。
もうひとつは「見目の良いもの」。
大抵の人間は醜いものより美しいものを好む。
最後は「珍しいもの」。
これに大金を叩くのは金持ちだ。そして自尊心が高い。
わたしが育ったのは、所謂「妓楼」だった。
芸を売る、色を売る女達の単なる斡旋所、ではない。
客は各惑星の上客のみ。
大金を積んだだけでは、敷居を跨ぐことさえ許されない場所。
売り物は一夜の夢――だがそれは、表層上のものに過ぎなかった。
裏の顔は、単純に言えば人身売買の組織、だろうか。
…裏の顔と言っても、客はみんな知っていて来るのだが。
その中でも、「采女族の女」として商品になる娘は「特別」だった。
色素の薄い瞳と髪。
人形のような「完璧」な美貌。
傷を癒す白い指先と、病を癒す朱い血。
そのすべてを兼ね備えるのであれば、混血でも商品価値がある。
とはいえ――采女の女は、他種族の男との間に子は成せないのだが。
その「価値」を誇ることが、わたし達の「常識」だった。
采女族以外の女達は、そんな「価値」ある「商品」に羨望し、その踏み台となることを誇りとした。
歪でおかしな「環境」。
だけどそう考えるわたしの方が――あの場所では異質だったのだ。
誰にも執着しないし、されない。
それは皆の共有財産。
まるで天女か女神か、そんな扱い。
誰も違和感を感じない中で、何故、わたしは違和感を感じていたのだろうか。
それは今でもわからず、わたしは、大切に大切に育てられ、この歳まで生きてきた。
「白い髪に朱い瞳――は純血の中でも、采女の特性が色濃く出たね」
「治癒能力も血の濃さも一級品、おまけにこの顔立ちだろ?
あんたは幸せな子だよ、。きっと良いご主人に宛がわれるさ」
口々に賞賛され、まるで自分のことのように誇らしげに語る、姐達の言葉。
観賞用の人形としての生が果たして「幸せ」なのかと、訊くことすら憚られた。
そんな歪な感情を持て余したまま、表情だけは人形のように、わたしはただ生きた。
買い手がついて、その送り先が悪名高い宇宙海賊「春雨」の新しい提督だと聞いて、
まぁそんなもんかと思った。別に感動もなければ、嫌悪も無く。
同じように各組織から送られてきたであろう娘達の中に入って、思う。
…ああ、ほら、所詮外に出れば「その他大勢」のひとりじゃないか。
様々な種族の、見目麗しい女達を見回しながら、無感動に目を細めた。
「ねぇねぇ、あんたさ、その髪と目って自前?」
「…え。はい…?」
話しかけてきたのは、派手な美貌の女。歳はわたしと同じくらいだろうか。
身体に宝石を埋め込まれたその女は、妙に「女臭さ」の目立つ女だ。
「《采女》の完璧な《白子》なんて初めて見たわ。私も珍しい方だけど、あんたも相当ね」
「…あなた、は…《玉石》の…《玉娘》?」
「あら、奴隷娘のくせに博識」
「…あなたも似たようなものでしょう」
「まぁね。なぁんだ、人形みたいかと思ったら、結構いい性格じゃない」
「…はぁ…」
――宝石を体内に持って生まれる天人《玉石》。
その中でも、複数の宝石を持って生まれた女を《玉娘》と呼ぶ。
わたしのような白髪と赤目を持つ采女の娘――《白子》と同じくらい、希少価値の「奴隷」。
初めて見るのは、お互い様だった。
わたし達以外にも、あちこちに希少価値の高い種族の女達が居る。
…いくら規模の大きい組織とは言え…宇宙海賊の提督に、これだけの貢物。
――いったい、何者なのだろう。わたしの送り先は。
「なんでも、相当若い男らしいわよ」
「は…?」
「鈍い娘ね。私達の送り先の相手よ。
まだ20歳前の、若い男らしいのよ。つい数日前に提督になったばかりの」
「…はぁ」
「自分の送り先でしょ、興味ないの?」
「…あんまり」
「張り合いの無い娘ね」
「…張り合う必要が、ありますか…?」
「あるでしょ。気に入られなかったら意味ないじゃないの」
「……」
何を当たり前のことを、と。
心底不思議そうに言われて、わたしは目を瞬かせた。
「所詮、奴隷ですよ」
「あんた、馬鹿? ただの奴隷で終わりたくないから、妾の座を競い合うんじゃないの」
「…そんなもの、わたしは要らないです」
「欲が無いのね。まぁ、あんたの意思はあんまり関係ないけど」
「?」
「あんたにその気が無くても、ここに集められた女の中では、
私とあんたが一、二を争う容姿だと思う。種族の価値の高さもね」
そう言って笑う彼女に、わたしは首を傾げた。
そういう、ものだろうか。わからない。
もともと競争心なるものは持ち合わせていない。
送り先の相手に、興味も湧かない。
相手が若かろうが老人だろうが、男だろうが女だろうが、どうでもいい。
別に、必要とされたいとも思わない。
だってわたしは、わたし達は――「普通」ではないのだから。
.
.
.
――で。何故、こうなったんだろう。不思議だ。
目の前のふたりをぼんやりと眺めながら、わたしは首を傾げた。
わたしの目の前にいるのは、一幅の絵のように美しい容姿の男女。
男は、戦闘種族〝夜兎〟の純血で、宇宙海賊《春雨》の現提督。
そして女の方は、地球人。
提督専属秘書という肩書を持つ、この組織の女主――提督夫人である。
このふたりが、わたしの所謂「ご主人様」だった。
当初の想像とはかけ離れた形で、わたしはここにいた。
宇宙海賊「春雨」の、母艦に。
立場はもはや「奴隷」ではなく、提督専属秘書官である女性の「下女」として。
更には、「医療員」という立場すらも与えられて。
…いったい、何があったら人生、こんな方向に転がっていけるのか。
「って小食だね。そんな量で足りるの?」
「……反論しますが、神威様は食べ過ぎです」
「うん。神威、夜兎の旺盛な食欲と他の種族を一緒にしちゃダメだと思う」
「それにしたって、は食が細いと思うんけど」
そんなことはない。
…ないはずだが、反応を見る限り、小食らしい。
「まぁ、確かに。…遠慮しなくて良いんだよ?」
「いえ、そのようなことは。…普通、だと思うのですが…
…そもそも、奴隷のわたしと主が同じ食卓で食事をとるのは、どうなのでしょうか」
「いや別に上司と部下程度であって主と奴隷じゃないからね!
、その自分を卑下してるのか天然ボケなのかわからない言動、やめようよ…」
「はぁ…どちらでもないんですが…」
普通ではない自覚は確かにあったが、そう育てられたのだから仕方ない。
そういう意味においては、様は正常だ。
ただし、こういう意味でも神威様はおかしい。
「やっぱって面白いよね。変な子」
「神威様には言われたくありません」
「なんで俺にだけ反抗的かなお前は」
「…気のせいです」
「今の間が本音だろ。と阿伏兎には懐いてるのにねぇ」
「では敢えて進言致します。――自分の胸に手を当ててよく考えろ、です」
…どう考えても、神威様に懐くような人間がいるとは思えない。
偉そう、というより、なんか意味不明に怖いし。
言動とか行動が色々矛盾してたり、異常だったりするし。
時々うざいし。
………様は、どうしてこんな人と結婚されたんですか。政略結婚ですか。
「いや、政略結婚じゃないけども。そもそも結婚してないし…
っていうか、…多分無意識だと思うけど、全部声に出てるよ…」
「え」
半笑いで言われて、思わず口元を手で覆った。
…しまった。「時々うざい」は言い過ぎた。
普通なら、奴隷娘にそんなことを言われたら、怒るだろう。
最悪、殺されても立場上文句は言えない。
なのだが、わたしの「ご主人様」達はそういう意味では「普通」ではない。
「うん、やっぱ面白い。ほどじゃないけど」
「私はそんなに面白いか」
「面白いよ?」
「即答かよ。…褒められてる気がしないなぁ」
「褒めてるんだけどなぁ。ああ、褒められ慣れしちゃったのか」
「…あんたの「褒める」は普通の「褒める」と違うじゃん…
…と、いうか…私、あんたに限らず…腕っ節以外をまともに褒められたことねーよ…」
「おかしいなぁ。確かに地球人の女にしちゃ強いけど、はこんなに可愛いのにね」
「ぅ…っ」
「性格も口もついでに運も相当悪いけど」
「否定出来ないけど台無しだよ馬鹿!!」
…
……
………あれ。スルーされた上になんでこの人達普通にいちゃついてるの?
「ん? 何、。変な顔して」
「…変な顔で申し訳ありません」
「その返し方はさすがに予想外だよ。
ああ、そうか。寂しいんだ? 阿伏兎で良ければ好きにして良いよ」
「……………だから、どうして、そうなるのですか」
このひとはどうしてこう、わたしを阿伏兎さんに宛がおうとするのだろうか。
…上司が腹心の部下に女を与える――というならわかるが、そういうのとも少し違う。
「阿伏兎のお気に入りのメガドライブはもう壊れて使い物にならないからさ、
が新しいPS3になってあげたらどうかな?って思っただけ」
「…………メガドライブ? PS3?」
何の話ですか、それ。
「神威、それ絶対通じてない。なんで女をゲーム機に例えるかな」
「はなんだろうね。ワンダースワン? PCエンジン?」
「古っ!? しかもドマイナー! なんでそうなった!!」
「希少価値モノ」
「………………」
「ってさぁ、照れると固まるよね。可愛いなぁ」
「~~~ッ!! うるせーよ馬鹿兎ッ!!」
…
……
………あれ。またこうなった。
「…もう、好きにしていたら良いと思います」
「仄かに呆れが見えるんだけど!」
「誤解です、様」
仄かに、ではなく盛大に、が正しいです。
結局のところ、この人は神威様には甘いし、逆も然りだ。
…なんだろう、なにか、こう…もやもやする。
「おいおい、そこの馬鹿夫婦。
何騒いでるんだ、廊下まで筒抜けだぞ」
ひとり、もやもや感を抱えて首を傾げていると、聞こえた声に思わず反応してしまった。
呆れたように言いながら近づいてきたのは、呆れ顔の阿伏兎さんだ。
「あ。噂をすれば」
「なんだよ」
「阿伏兎。そろそろメガドライブは忘れてPS3にすれば?」
「は? 何の話してんだ?」
「だから女狐は忘れてさ、…熱ッ!?」
反射的に、お茶の入ったカップを振り被っていた。
熱めのお茶を思いっきり頭から被った神威様から、若干怒りのオーラが立ち上る。
だけどこれ以上の怒りを既に見ているので、そこまで怖くないのが自分でも不思議だ。
「……………あのさ、。本格的に反抗期? さすがにお茶は熱いよ」
「申し訳ありません、神威様。手が滑りました」
「あはは、はうっかりさんだね」
「神威様のお口程ではありません」
「…。なんで俺はこんなにに嫌われてれるんだろ?」
「あんたが苛めるからでしょ。ほら、頭拭きなさい」
そう言ってどこから取り出したのか、様はタオルを差し出す。
それを微妙な気分で眺めていると、軽くぽんと、大きな手に頭を撫でられた。
「団長に茶ァぶっかけるとは、お前さんも案外胆が据わってんな」
「いいえ、そんなことは。手が滑っただけです」
「そういうことにしとくか。なぁ、団長?」
「…ハイハイ、それでいーよ。
にはそれなりに価値があるし、そこそこ気に入ってるから殺さないであげる」
「ありがとうございます。自業自得ですけど」
「余計な一言機能が付いてるね、は」
…まぁ、確かに。人間としても奴隷としても、わたしは欠陥品なのだろう。
送り先がここでなければ。
提督が神威様でなければ。
神威様の隣に、様と阿伏兎さんが居なければ。
わたしは、こんな風に生きていけなかったのかも、しれない。
そんなことを思える程度には、
わたしはここでの生活を、気に入っているのだろう。
To be continued?
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