ぎしりと、軋むような音が響く。
後ろ手に縛られている体勢では、僅かな身動きでも体が軋む。
身動きしなければ良いのだろうが、それは無理な話だった。
「…っ、…ぁ…」
熱い舌先が首筋から耳朶へと這う感触に、嫌でも意識を向けさせられる。
華奢な体躯の割には質量のある胸への愛撫は、衣服越しであるせいかやや手つきが荒い。
それでも普段なら、愛撫などとは呼べないような刺激だ。
だというのに、――いや、逆にもどかしい故にか。
体の奥からじわじわとくる疼きに、は無意識に強く手を握り締めた。
「…っ…脱がさないの?」
「脱がして欲しいの?」
「…質問に質問で返すのは感心しません」
「ハイハイ。
だってほら、別に脱がさなくても出来るしね? 俺は楽しいし?」
「…………それを普通、本人に言うか?」
「それに、直接触るより焦らされてる感じがしない?」
「悪趣味っ」
「そうかなぁ? んー…でもやっぱり下着は邪魔かな」
薄い衣服越しに背筋を撫でられ、ぞわりと肌が泡立つ。
元々感じやすい性質ではあるが、それにしてもこんな僅かな刺激で反応するのはおかしい。
これは所謂媚薬の効果なのだろうか、それともただのプラシーボ効果なのか。
別の方向へ思考を逸らそうと必死になっていたは、ふと感じた違和感に顔を顰めた。
「…?」
胸を押さえる拘束感が、無い。
いや、正しくは無いわけではなく緩んだ、というべきだろうか。
「…神威?」
「ん?」
「は、外した?」
「うん」
何を、とも訊かずにあっさり頷かれて、一瞬、は軽い頭痛を覚えた。
思考を逸らそうと必死になっていたせいで、気づかなかったのは自身だが。
それにしたって、衣服の上から下着のホックを外すってどういう手際の良さだ。
「…無駄に器用なことすんな! なにその手際の良さ!?
中途半端なことするくらいならさっさと脱がせば良いでしょ!!」
「の潔いとこって美点だけど、こういう時は可愛くないよ?」
「かっ、…可愛くなくて、良いから…ぁ…ッ」
撫でるように胸の上を滑る指先に、言い返す声が上擦る。
反射的に身を捩って逃げようと藻掻くが、あっさり片手で押さえつけられた。
「服着たままは逆に恥ずかしい?」
「う、るさ…ッ」
弄ばれる羞恥よりは、むしろこのもどかしさをどうにかして欲しい。
そう考えてしまった自身の思考の方に、は動揺した。
そんな彼女の動揺に気づいているのかいないのか、対する神威の口調はどこまでも軽い。
「まあ、先に縛っちゃったから脱がすのメンドクサイだけなんだけどね」
「そんな理由!? あんたさっきから深く考えないで行動してない!?」
「深く考えながらするようなことじゃないでしょ、こういうの」
からかうように言われて、ぐっとは言葉に詰まった。
確かに、本能を剥き出しにせざるを得ないこの行為の中で、思考は邪魔なだけだ。
「それとも、はいちいち難しい事考えてるの?」
「し、してない、けど…っ」
「だったらメンドクサイこと言ってないで、普段通りにしてれば良いじゃない」
「これ、全然普段通りじゃないでしょうが…っ」
「そうだね、お仕置きだからね?
でもさ…、こういうの嫌いじゃないでしょ?」
「は…っ?」
「俺に好き勝手されるの、嫌いじゃないでしょ?
腕だってそんなにきつく縛ってないし、脚は自由だし。本気で嫌だったら抵抗出来るでしょ」
剥き出しの素脚を撫で上げられて、意識せず体が跳ねる。
言葉も出ないを見下ろしながら、白い太腿に軽く口付け、神威は口角を持ち上げて嗤った。
「ホラ、嫌なら蹴飛ばしてみたら? 足癖の悪いお姫サマ?」
「ぁ…ぅ、」
「抵抗出来ない状態にされても、それでも抵抗しようとするのがだろ?
屈辱だと少しでも思うなら、どんな手段を使っても抵抗する。それがの本質だ」
「い…言い切るのは、どうなのよ…」
ようやく返された言葉自体は強気だが、微かに掠れた声音は艶を含む。
それが自分でもわかったのか、は悔しげに唇を噛んだ。
「じゃあ、俺に好きにされて抵抗しないのはなんで?
嫌じゃないからだよね。俺がを傷つけないって知ってるから。違うの?」
「そ、れは…ッ」
「ああ、あと俺が好きだから? 嫉妬して腹いせに机破壊するくらいだもんね?」
「!!」
さらりと軽く言われた言葉に、は大きく目を瞠った。
何度か唇を空回りさせて、耳まで赤く染めながら、ようやく怒鳴り返す。
若干、動揺を示すように声は上擦っていたが。
「…………………ふ、ふざけんなバカ!!」
「ハイハイ。健気だなぁ…口では文句ばっかり言うけど」
「うるさいよバカ!!」
「支配されたいのは女の性みたいなもんだから、何も恥ずかしくないよ?
まあ、それでも支配され切らないのがの魅力だけどね」
「うるさいので黙って下さいホント黙れむしろ死ねーっ」
「口が悪いのは治らないなー」
何故それを、嬉しそうに言うのだろうか。
罵詈雑言を吐こうが、暴れようが嬉しそうに笑う。
かと言って、逆に従順に従ってみせても、それはそれで喜ぶだろう。
思えば、神威がに対して怒りの感情を見せたのは、離れようとした時だけだ。
神威は最大限にを甘やかしているし、甘えてもいるのだろう。
それを考えると、どうにもは、神威に対して甘くなってしまう。
…大抵、後で後悔するが。
「…………」
「あれ? 大人しくなったね。どうしたの?」
「……なんでこんなことされてんのにあんたを嫌いになれないんだろーかと、
自分の将来とかあれこれ色々と心配になってきたところだよ……」
「なんだ、そんなこと?
悩むだけ無意味だよ。がどんな答えを出しても、結果は変わらない」
「ん…っ」
細い首筋触れるだけの口付けを落としながら、指先は彷徨うように布越しに体の上を這い回る。
緩く弧を描く様に胸を揉み上げる手の力は、やや強い。
媚薬のせいか、余計に過敏になっている先端を指で強く擦りつけられ、
は上がりかけた声を、唇を噛んで必死に噛み殺す。
だが硬く尖った先端に歯を立てられ、痛みにびくりと肩が跳ね上がった。
「や…ぁ…ッ、痛い…ッ」
「布越しでも痛いか。敏感過ぎるのも考えものだよねぇ」
勝手なことを言う。
涙目で、は悪びれもしない神威を睨めつけた。
「ホ、ホントに好き勝手だなこのやろう…ッ」
「の反応が楽しくてつい」
「ついじゃないっ! 痛いのはやだ…ッ」
抗議の声を封じるように、唇を塞がれる。
声を、呼吸を奪う、深い口付け。
唾液を絡め合う淫靡な水音に、はきつく目を閉じた。
「…で、なんだっけ。結果の話?」
「……その話、まだ続くの……?」
「まぁ簡単な話だよ、俺はを手放す気は毛頭ないからさ」
褥に散らばる赤み掛った黒髪を一房手に取り、恭しく口付けて、
慈愛と加虐という、真逆の色を複雑に孕んだ微笑を浮かべながら、神威は囁いた。
「…俺以外のことを考えられなくなるくらいに、
優しく苛めて――一生、飼い殺してあげるよ」
To be continued?
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