LOVE DOLLS PARANOIA
心壊サミット02 




――この部屋に居る時間が、やたらと長いのはなんでだろうか。
自室でもあるのだから当然なのだが、何か腑に落ちない気分では顔を顰めた。

「…なんでいつもこうなるかなー納得いかないなー…!」
「んー? なにが?」
「…………なんかしょっちゅうしてる気がする」
「ちゃんとの体力は考慮してるよ」
「そういう問題じゃないです」

素肌を這う指先の冷たさと、耳元で囁かれる声。
だが指先が冷たく感じるのは、自分の肌が火照っているせいだと認識している。
それが何か悔しくて、が憎まれ口を叩くのは常だ。
神威もそれを理解しているから、軽口のように無意味な言葉の応酬に応じる。

「…性欲は、男だけのものじゃないだろ?」
「…そういうことをこういう時に言うあんたが凄く嫌い」
「こういう時じゃなかったらいつ言うんだよ」
「一生言わなくて良い」
「それじゃ楽しみが減っちゃうだろ?
 の嫌がる顔、結構好きなんだから」
「そんな理由で嫌がらせするのはどうかと思う…」

嫌がる顔が好きだなどと、普通、睦言に交えて言うだろうか。
だがそんな言動にも慣れ始めている自分に、は他人事のように若干の心配を覚えた。

「…そういえば」
「うん?」
「…丸投げしちゃったけど、大丈夫かなぁ……」
「大丈夫じゃない? 阿伏兎だし」
「………まあ、そうなんだけどさ。
 あんたは本当に無責任な男だね……」
に対しては無責任じゃないでしょ?」

当たり前のように言われた言葉に、は嫌そうに顔を顰めた。

「………毎回無責任な気がしますけど」
「後始末全部俺にやらせてるくせに、よく言うなァ」
「仕方ないでしょ体動かないんだもの! 誰のせいだよ!!
 本当に色々考慮してくれないかなもう少しで良いから!!」

の言い分は、女の立場からすれば至極真っ当ではあるが。
神威との価値観はことその件に関しては大きく異なるため、いつも会話は平行線だ。

「またその話? 異種族間なんだから、そんな簡単に出来ないよ。
 そもそも、俺達夜兎って出生率凄く低いし」
「…そうなの?」
「そうだヨ。俺達から見たら、地球人の出生率は驚異的なくらい」
「そんな、犬猫みたいに言わないでよ…。
 地球人だからって、ぽこぽこ子供産むわけじゃないんだけど…」

いくらなんでも、本当に犬猫のようにはいかない。
どうやら夜兎に比べれば安定の出生率のようだが、それにしたってあんまりだ。

「犬猫扱いはしないけど、地球人のそういうところは肖りたいね?
 だから俺は種の存続の為にも、日夜子作りに励んでる、と」
「その言い方やめてくれませんかね!!」
「まあどっちかって言うと生でする方が気持ち良いからなんだけど」
「要らんことぶっちゃけた! 最低だ!!」

種の存続云々なぞ、さして神威に興味があるとは思えない。
…確実に後者の理由が本音だ、と。
あんまりにも率直なその物言いに、は頭痛を覚えた。

げんなりしているの様子に、何が楽しいのか神威は笑う。
赤み掛った黒髪を軽く梳き上げて、耳朶に掠めるような口づけを落とし、低く囁く。

「…だって気持ち良いでしょ?」
「うっ…そ、それは…知らないよ、もう…っ」
「素直じゃないなァ」

率直な物言いに反論を封じられたの髪に、神威は軽く口付ける。
愛おしげに柔らかく触れられる、じゃれ合いに近い愛撫。
激しく求められるよりむしろ、その方が恥ずかしく、体が疼くのを感じざるを得ない。
内心の動揺を悟られないようにと、はぎゅっと目を閉じた。

「素直じゃないも、可愛くて好きなんだけど。
 ……でも今回のは、さすがに傷ついたよ俺は」
「え…」

耳元で囁かれた言葉に、閉じたばかりの瞳を開く。
何を言い出すのだろうかと、は目を瞬かせた。

「…まぁ、嫉妬するは珍しいし、可愛かったけどさ。
 それでもあれはないよねぇ…『居る意味がない』『地球に戻る』?」
「うっ…だ、だからっ…それは…!」
「俺を怒らせて楽しかった?」
「楽しいわけないでしょ!! 手首折られるかと思った!!」
「さすがに折るつもりはなかったけど」

采女族の治癒能力によって、手首に付いた痕はもう視認出来ない。
だから、華奢な手首に舌を這わせる行為に、意味は無い。
無いはずなのだが、肌を這う舌の感触に、ぞくりと寒気に似た感覚がはしる。

「妬いてくれるのは嬉しいけど、もう少し俺を信じて欲しいね。
 何度も言ってるだろ? 傍に置きたいのも抱きたいのもだけだ、って」
「そ、れは…その、」
「二度と馬鹿なこと言わないように、お仕置きしないとね」
「は!?」

急に軽くなった口調と、とんでもない言葉には眼を瞠った。

「大丈夫だよ、痛めつけたりしないから。ちょっと待ってて」
「いや待ちたくないですけども!」

思わず跳ね起きたの頭を軽く撫でてから、神威は部屋の隅にある棚に向かう。
少し考えるような素振りをして、棚の上方にある箱から何かを取り出した。

「…これくらいならいけるかな」
「おおい、不安になるような独り言はやめてくれー…」

力なく抗議の声を上げてみるが、まったく気にされていない。
戻ってきた神威の手の中にあるそれを見て、は顔を顰めた。

「………その見るからに如何わしいアンプルはなんですか………」
「ん? 媚薬らしいよ」
「!!」

聞いた瞬間、は物凄い勢いで後ずさった。
しかし、それなりに広いとは言えベッドの上では限界がある。
結果的に強かに壁に頭を打ち付け、は痛みに蹲った。

「…わかりやすいほど過剰な反応だね。大丈夫?」
「いてて…び、媚薬ってあんた…ッ」
「あー、大丈夫大丈夫。コレ、地球産の合法ドラッグだから。
 理性飛ぶとか人格崩壊するとか、そういう怖い薬じゃないよ」
「あるの!? そういう薬があるの!? そんな二次元みたいな薬が存在するの!?」
「ん? あるけど、ソレは媚薬というより麻薬だね。依存性と後遺症残るやつ。
 理性飛ばすとか人格崩壊させるとか、そんなの何が面白いのかなぁ」
「そもそもなんでそんなもん持ってるの!!」

壁に張り付いたまま怒鳴り返すに、対する神威は笑顔だ。
手の中で小さなガラス製のアンプルを弄びながら、返事を返す。

「ああ、コレは吉原で扱ってるやつだから。
 違法な改造とかされてると色々面倒だからね、うちが管理してるんだよ」
「し、仕事してる…」
「そりゃするよ。一応」

一応なのか。
春雨という組織の暗部をまざまざと見せつけられた気分だった。
いや、そもそも大規模な犯罪組織なのだ、今更ではある。
今までその手の薬にお目に掛ったことがなかったが、出回り先が地球の吉原。
紛い物でもなんでもなく、効果のあるものなのだろうと、は顔を引きつらせた。

「この手の薬っていくつか種類はあるけど、天人向けのは強過ぎてには危ないからね。
 地球産ならちょっと強めでも安心でしょ? …希釈なしの原液で飲んでもらうけどね」
「そ、そういうのって、希釈しないで摂取しちゃいけないんじゃ…」
「死にはしないよ? 成分的に」
「こ、答えになってない…」

死ぬような成分が入っていれば「合法ドラッグ」などと言わないだろうが。
それでも「希釈なしの原液」というのは、何か嫌な予感しか煽らない表現だ。

「大丈夫だってば。コレ使って死んだ奴なんかいないから」
「し、死ななきゃ良いってもんじゃないです…やだ、飲みたくない…!」
「お願いしてるんじゃなくて、飲めって命令してるんだよ」

命令、という単語にの肩が僅かに震えた。
壁にへばりついたまま硬直していると、ギシ、とスプリングの軋む音に我に返る。

――これはお仕置きなんだから、の意見が通るわけないだろ?」
「う…」
「それとも無理矢理飲まされたい? …その方がお仕置きっぽいかな?」

目の前で、パキリと小さく音を立ててアンプルが開けられる。
無色透明の液体。薬のようには見えないそれに、視線が引き寄せられた。

「俺はどっちでも良いけど、どうしたい?」
「……自分で飲む……」
「うん。良い子だね」

差し出されたアンプルを恐る恐る受け取る。
色も無いが、匂いもしない。
ただの水なんじゃないだろうかと、錯覚してしまうほどに。

所謂プラシーボというやつで、担がれてるだけなんじゃないだろうか。
一瞬そう思ったが、そんな無意味なことを神威がするようにも思えない。

緊張で震える手で、アンプルを口元に運ぶ。
いつまでも躊躇していては、無理矢理飲まされるのは目に見えていた。
意を決して、中身を一気に煽る。
喉を滑り落ちていく液体は水のようにサラリとしていて、味すら無い。

「…味、しない…」
「味がしたらバレるでしょ」
「え。どういう用途なのコレ!?」
「飲食物に混ぜる」
「犯罪だよ!!」
「そりゃ、犯罪組織のトップだもの」
「…ホントだ」

そもそもレベルが違うので、その程度では犯罪とも言わないかもしれない。
この薬は吉原に出回るものだと聞いた。使うのは遊女だろう。
…客に使うわけではないだろうに、飲食物に混ぜる意図はいったいなんだろうか。

「…なんで飲食物に混ぜるの?」
「んー…慣れてない遊女が手っ取り早く客を満足させる為だったり、
 新造の水揚げ時に姉女郎が新造に盛ったりするらしいよ、一般的には」
「全然一般の世界じゃないんですが」
「吉原の一般常識ってことだよ。俺もそんなに詳しくないけどさ。
 というか、新造とか水揚げとか通じるんだ。って物知りだよね」
「…通じないと思って会話してたの…?」

確かに、知らない方が普通か。雑学レベルの知識で物知りかどうかは知らないが。
とりあえずなんとなくだが、飲食物に混ぜる意図はわかった。
前者は客にバレないように、後者は妹遊女にバレないように。
無色無味無臭の薬。なるほど、合理的。
だが一向に何の兆しも現れないので、は首を傾げた。

「言っておくけど、速攻効果が出るものじゃないからね、ソレ」
「え。な、何も言ってませんけど」
「不思議そうな顔してるから。即効性なんて便利な薬は無いよ。
 まあ、カプセル系よりは効き目早いとは思うけどね。
 個体差があっても30分以内には効果出るらしい。持続時間はどうなんだろ?」

…30分。薬の効果だと感じさせない程度の時間差だ。
わかっていて飲むならまだしも、思った以上に性質が悪い薬である。

「じゃあ、始めようか?」

壁に張り付いていた体を引き倒され、圧し掛かられた。
そこまでは普段と変わらないので、も無駄な抵抗はしない。
…しない、のだが。

「ちょっと大人しくしててね」
「え? …えぇ!?」

どこから持ってきたのか、腰紐のような布製の紐で両手首が拘束された。
さすがに予想外の展開に、は目を瞬かせる。

「な、なんで縛るの!?」
「手が使えないようにだヨ」
「だからなんで!?」
「自慰出来ないように」
「は!?」

さらりと言われた言葉の意味を一瞬理解出来ず、唖然と見つめ返した。
無抵抗に投げ出された素足を、指先が滑るように這う。
付け根を下着越しに撫で、反応を楽しむように神威は笑った。

「お仕置き、って言っただろ?
 今日はがねだるまで、――こっちには手、出さないから」
「んなっ…!?」

薬だ拘束だと、よくわからない行動が多かったが、
ようやくは、神威が自分に何をさせたいのかを理解する。

「当然、自分でするのも禁止。
 どこまで耐えられるかな? 楽しみだね」

青い瞳に濃い嗜虐の色を湛えて、実に楽しそうに嗤う相手を見上げて、
は、怒れば良いのか泣けば良いのか、本格的にわからなくなった。









To be continued?

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