――この部屋に居る時間が、やたらと長いのはなんでだろうか。
自室でもあるのだから当然なのだが、何か腑に落ちない気分では顔を顰めた。
「…なんでいつもこうなるかなー納得いかないなー…!」
「んー? なにが?」
「…………なんかしょっちゅうしてる気がする」
「ちゃんとの体力は考慮してるよ」
「そういう問題じゃないです」
素肌を這う指先の冷たさと、耳元で囁かれる声。
だが指先が冷たく感じるのは、自分の肌が火照っているせいだと認識している。
それが何か悔しくて、が憎まれ口を叩くのは常だ。
神威もそれを理解しているから、軽口のように無意味な言葉の応酬に応じる。
「…性欲は、男だけのものじゃないだろ?」
「…そういうことをこういう時に言うあんたが凄く嫌い」
「こういう時じゃなかったらいつ言うんだよ」
「一生言わなくて良い」
「それじゃ楽しみが減っちゃうだろ?
の嫌がる顔、結構好きなんだから」
「そんな理由で嫌がらせするのはどうかと思う…」
嫌がる顔が好きだなどと、普通、睦言に交えて言うだろうか。
だがそんな言動にも慣れ始めている自分に、は他人事のように若干の心配を覚えた。
「…そういえば」
「うん?」
「…丸投げしちゃったけど、大丈夫かなぁ……」
「大丈夫じゃない? 阿伏兎だし」
「………まあ、そうなんだけどさ。
あんたは本当に無責任な男だね……」
「に対しては無責任じゃないでしょ?」
当たり前のように言われた言葉に、は嫌そうに顔を顰めた。
「………毎回無責任な気がしますけど」
「後始末全部俺にやらせてるくせに、よく言うなァ」
「仕方ないでしょ体動かないんだもの! 誰のせいだよ!!
本当に色々考慮してくれないかなもう少しで良いから!!」
の言い分は、女の立場からすれば至極真っ当ではあるが。
神威との価値観はことその件に関しては大きく異なるため、いつも会話は平行線だ。
「またその話? 異種族間なんだから、そんな簡単に出来ないよ。
そもそも、俺達夜兎って出生率凄く低いし」
「…そうなの?」
「そうだヨ。俺達から見たら、地球人の出生率は驚異的なくらい」
「そんな、犬猫みたいに言わないでよ…。
地球人だからって、ぽこぽこ子供産むわけじゃないんだけど…」
いくらなんでも、本当に犬猫のようにはいかない。
どうやら夜兎に比べれば安定の出生率のようだが、それにしたってあんまりだ。
「犬猫扱いはしないけど、地球人のそういうところは肖りたいね?
だから俺は種の存続の為にも、日夜子作りに励んでる、と」
「その言い方やめてくれませんかね!!」
「まあどっちかって言うと生でする方が気持ち良いからなんだけど」
「要らんことぶっちゃけた! 最低だ!!」
種の存続云々なぞ、さして神威に興味があるとは思えない。
…確実に後者の理由が本音だ、と。
あんまりにも率直なその物言いに、は頭痛を覚えた。
げんなりしているの様子に、何が楽しいのか神威は笑う。
赤み掛った黒髪を軽く梳き上げて、耳朶に掠めるような口づけを落とし、低く囁く。
「…だって気持ち良いでしょ?」
「うっ…そ、それは…知らないよ、もう…っ」
「素直じゃないなァ」
率直な物言いに反論を封じられたの髪に、神威は軽く口付ける。
愛おしげに柔らかく触れられる、じゃれ合いに近い愛撫。
激しく求められるよりむしろ、その方が恥ずかしく、体が疼くのを感じざるを得ない。
内心の動揺を悟られないようにと、はぎゅっと目を閉じた。
「素直じゃないも、可愛くて好きなんだけど。
……でも今回のは、さすがに傷ついたよ俺は」
「え…」
耳元で囁かれた言葉に、閉じたばかりの瞳を開く。
何を言い出すのだろうかと、は目を瞬かせた。
「…まぁ、嫉妬するは珍しいし、可愛かったけどさ。
それでもあれはないよねぇ…『居る意味がない』『地球に戻る』?」
「うっ…だ、だからっ…それは…!」
「俺を怒らせて楽しかった?」
「楽しいわけないでしょ!! 手首折られるかと思った!!」
「さすがに折るつもりはなかったけど」
采女族の治癒能力によって、手首に付いた痕はもう視認出来ない。
だから、華奢な手首に舌を這わせる行為に、意味は無い。
無いはずなのだが、肌を這う舌の感触に、ぞくりと寒気に似た感覚がはしる。
「妬いてくれるのは嬉しいけど、もう少し俺を信じて欲しいね。
何度も言ってるだろ? 傍に置きたいのも抱きたいのもだけだ、って」
「そ、れは…その、」
「二度と馬鹿なこと言わないように、お仕置きしないとね」
「は!?」
急に軽くなった口調と、とんでもない言葉には眼を瞠った。
「大丈夫だよ、痛めつけたりしないから。ちょっと待ってて」
「いや待ちたくないですけども!」
思わず跳ね起きたの頭を軽く撫でてから、神威は部屋の隅にある棚に向かう。
少し考えるような素振りをして、棚の上方にある箱から何かを取り出した。
「…これくらいならいけるかな」
「おおい、不安になるような独り言はやめてくれー…」
力なく抗議の声を上げてみるが、まったく気にされていない。
戻ってきた神威の手の中にあるそれを見て、は顔を顰めた。
「………その見るからに如何わしいアンプルはなんですか………」
「ん? 媚薬らしいよ」
「!!」
聞いた瞬間、は物凄い勢いで後ずさった。
しかし、それなりに広いとは言えベッドの上では限界がある。
結果的に強かに壁に頭を打ち付け、は痛みに蹲った。
「…わかりやすいほど過剰な反応だね。大丈夫?」
「いてて…び、媚薬ってあんた…ッ」
「あー、大丈夫大丈夫。コレ、地球産の合法ドラッグだから。
理性飛ぶとか人格崩壊するとか、そういう怖い薬じゃないよ」
「あるの!? そういう薬があるの!? そんな二次元みたいな薬が存在するの!?」
「ん? あるけど、ソレは媚薬というより麻薬だね。依存性と後遺症残るやつ。
理性飛ばすとか人格崩壊させるとか、そんなの何が面白いのかなぁ」
「そもそもなんでそんなもん持ってるの!!」
壁に張り付いたまま怒鳴り返すに、対する神威は笑顔だ。
手の中で小さなガラス製のアンプルを弄びながら、返事を返す。
「ああ、コレは吉原で扱ってるやつだから。
違法な改造とかされてると色々面倒だからね、うちが管理してるんだよ」
「し、仕事してる…」
「そりゃするよ。一応」
一応なのか。
春雨という組織の暗部をまざまざと見せつけられた気分だった。
いや、そもそも大規模な犯罪組織なのだ、今更ではある。
今までその手の薬にお目に掛ったことがなかったが、出回り先が地球の吉原。
紛い物でもなんでもなく、効果のあるものなのだろうと、は顔を引きつらせた。
「この手の薬っていくつか種類はあるけど、天人向けのは強過ぎてには危ないからね。
地球産ならちょっと強めでも安心でしょ? …希釈なしの原液で飲んでもらうけどね」
「そ、そういうのって、希釈しないで摂取しちゃいけないんじゃ…」
「死にはしないよ? 成分的に」
「こ、答えになってない…」
死ぬような成分が入っていれば「合法ドラッグ」などと言わないだろうが。
それでも「希釈なしの原液」というのは、何か嫌な予感しか煽らない表現だ。
「大丈夫だってば。コレ使って死んだ奴なんかいないから」
「し、死ななきゃ良いってもんじゃないです…やだ、飲みたくない…!」
「お願いしてるんじゃなくて、飲めって命令してるんだよ」
命令、という単語にの肩が僅かに震えた。
壁にへばりついたまま硬直していると、ギシ、とスプリングの軋む音に我に返る。
「――これはお仕置きなんだから、の意見が通るわけないだろ?」
「う…」
「それとも無理矢理飲まされたい? …その方がお仕置きっぽいかな?」
目の前で、パキリと小さく音を立ててアンプルが開けられる。
無色透明の液体。薬のようには見えないそれに、視線が引き寄せられた。
「俺はどっちでも良いけど、どうしたい?」
「……自分で飲む……」
「うん。良い子だね」
差し出されたアンプルを恐る恐る受け取る。
色も無いが、匂いもしない。
ただの水なんじゃないだろうかと、錯覚してしまうほどに。
所謂プラシーボというやつで、担がれてるだけなんじゃないだろうか。
一瞬そう思ったが、そんな無意味なことを神威がするようにも思えない。
緊張で震える手で、アンプルを口元に運ぶ。
いつまでも躊躇していては、無理矢理飲まされるのは目に見えていた。
意を決して、中身を一気に煽る。
喉を滑り落ちていく液体は水のようにサラリとしていて、味すら無い。
「…味、しない…」
「味がしたらバレるでしょ」
「え。どういう用途なのコレ!?」
「飲食物に混ぜる」
「犯罪だよ!!」
「そりゃ、犯罪組織のトップだもの」
「…ホントだ」
そもそもレベルが違うので、その程度では犯罪とも言わないかもしれない。
この薬は吉原に出回るものだと聞いた。使うのは遊女だろう。
…客に使うわけではないだろうに、飲食物に混ぜる意図はいったいなんだろうか。
「…なんで飲食物に混ぜるの?」
「んー…慣れてない遊女が手っ取り早く客を満足させる為だったり、
新造の水揚げ時に姉女郎が新造に盛ったりするらしいよ、一般的には」
「全然一般の世界じゃないんですが」
「吉原の一般常識ってことだよ。俺もそんなに詳しくないけどさ。
というか、新造とか水揚げとか通じるんだ。って物知りだよね」
「…通じないと思って会話してたの…?」
確かに、知らない方が普通か。雑学レベルの知識で物知りかどうかは知らないが。
とりあえずなんとなくだが、飲食物に混ぜる意図はわかった。
前者は客にバレないように、後者は妹遊女にバレないように。
無色無味無臭の薬。なるほど、合理的。
だが一向に何の兆しも現れないので、は首を傾げた。
「言っておくけど、速攻効果が出るものじゃないからね、ソレ」
「え。な、何も言ってませんけど」
「不思議そうな顔してるから。即効性なんて便利な薬は無いよ。
まあ、カプセル系よりは効き目早いとは思うけどね。
個体差があっても30分以内には効果出るらしい。持続時間はどうなんだろ?」
…30分。薬の効果だと感じさせない程度の時間差だ。
わかっていて飲むならまだしも、思った以上に性質が悪い薬である。
「じゃあ、始めようか?」
壁に張り付いていた体を引き倒され、圧し掛かられた。
そこまでは普段と変わらないので、も無駄な抵抗はしない。
…しない、のだが。
「ちょっと大人しくしててね」
「え? …えぇ!?」
どこから持ってきたのか、腰紐のような布製の紐で両手首が拘束された。
さすがに予想外の展開に、は目を瞬かせる。
「な、なんで縛るの!?」
「手が使えないようにだヨ」
「だからなんで!?」
「自慰出来ないように」
「は!?」
さらりと言われた言葉の意味を一瞬理解出来ず、唖然と見つめ返した。
無抵抗に投げ出された素足を、指先が滑るように這う。
付け根を下着越しに撫で、反応を楽しむように神威は笑った。
「お仕置き、って言っただろ?
今日はがねだるまで、――こっちには手、出さないから」
「んなっ…!?」
薬だ拘束だと、よくわからない行動が多かったが、
ようやくは、神威が自分に何をさせたいのかを理解する。
「当然、自分でするのも禁止。
どこまで耐えられるかな? 楽しみだね」
青い瞳に濃い嗜虐の色を湛えて、実に楽しそうに嗤う相手を見上げて、
は、怒れば良いのか泣けば良いのか、本格的にわからなくなった。
To be continued?
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