「…あの馬鹿夫婦は放っておこう、もういい…。
まずはアンタだな。部屋は余ってるから問題ないか…」
「あの、様のお部屋の側にしてください。すぐお世話出来るように」
「………多分それは、色々後悔すると思うんだが」
「?」
不思議そうに首を傾げたの反応に、阿伏兎は思わずソファでじゃれているふたりを見る。
「…追々わかる。あとは、その恰好か」
「これですか? …確かに、下女の服装としては些か動きにくいかもしれません」
そう答えた彼女の服装は、派手ではないが地味でもない、それなりに上質な絹で誂えた衣装。
送り先が神威であった為に忘れがちだが、貢物として送られて来たのだから、
身につけているものも鑑賞に値する上物であるのは当然だろう。
そしてそれらは彼女を商品として飾り付けるものであり、確実に普段着ではない。
「下女云々置いておいても、動きにくいだろ。
そのヒラヒラした服はさすがに着替えさせねぇとな…」
「いきなり脱がすの?」
「阿伏兎さんのえっち」
「違うわ! ああ、もう、お前らホントに黙っててくれねーか!
というか、いっそのことさっさと部屋戻れ鬱陶しい!!」
またいつの間にか余計な茶々を入れてきたふたりを、反射的に阿伏兎は怒鳴り付ける。
対して、怒鳴られた方は楽しそうに笑った。
「ハイハイ、邪魔して悪かったよ。
じゃあお言葉に甘えて戻ろうかな。行くよ、」
「え。ホントに丸投げ?」
「うん。…ああ、? 襲われそうになったら逃げておいで」
「……………は、い?」
さすがに、の動きが固まった。
伺うように自分を見上げてくると、笑顔の上司とを交互に見遣り、
阿伏兎は頭痛を抑えるように頭を抱えた。
「………アンタと一緒にすんな。襲わねーよ」
「酷い言われようだなぁ。俺だって以外は襲わないよ」
「いや、私も襲われたくはないんですが。なんで普通にそれを言うのかな」
不満の声を上げるの頭を軽く撫でてから立ち上がると、神威は彼女の腰に腕を回した。
そしてそのまま、肩に担ぎ上げられる。
「って! だからどうして抱え上げんの!?
ちゃんと自分の足で歩くから! なに、あんた私が逃げると思ってんの!?」
「思ってないよー、今更が俺から逃げる理由無いし。
抱えてるのはホラ、単に触り心地が良いな、って思って」
「触り心地ってあんた何言ってんの」
「って肉付き良いよね」
「太ってるって言いたいのか!!」
「ううん、エロいって言ってる」
「余計なこと言わないで!!」
そんなことを言われて、大人しく抱えられるままでいるわけもない。
だが神威も慣れているので、暴れるに手を焼く気配もなく、そのまま連れて行ってしまった。
後に残された阿伏兎とは、思わず互いに顔を見合わせる。
「………」
「…アンタも大変だな。あんな主で」
「…まあ、面倒くさいだけで悪い主でもないかもしれませんから」
「………面倒くさい時点でダメなんじゃねーか?」
「………殴られたり犯されたりしないだけマシではないでしょうか」
「………………擦れたこと言わんでくれねぇか」
「…申し訳ありません」
もはや口癖と化している謝罪を口にしてから、は少し考えるようにして口を開く。
「…実際、残れと言われた時には、そうなるんだろうかと思ったんです。
そしてその後、部下の方に下げ渡されるのかしら、と」
「下げ渡されるって」
「よほど采女族が珍しかったのだろうと思いまして、普通に納得してました。
若くて美しい奥様がいらっしゃるのですから、その場限りの興味でしょう、と」
淡々と喋るの言葉は確かに擦れてはいるが、まったく見当違いの見解ではない。
権力者が珍しいものに興味を持つのは当然で、だからこそ貢物と称し珍品が届けられる。
その『珍品』として送られて来ただ。自分の価値をよく理解しているのだろう。
そもそもにおいて、神威が権力者としては珍しいタイプなのである。
「…まあ、神威様にとってはわたしは魅力がまったく無いそうですが…。
あの方は、よほど様が大切なのですね。――狂気的なまでに」
「…………」
狂気的。間違いではない。
だが自分に向けられたわけでもないその感情に対する、の反応は少し不可解だ。
嫌悪と羨望の入り混じった、奇妙な感情。
その瞳に孕ませた感情は変わらない表情より雄弁に、そして複雑に彼女の心情を物語る。
「…あのよ、お嬢さん…」
「阿伏兎様。わたしは神威様に隷属する身です。
神威様の側近であるあなたが、わたしをそのように呼ぶ必要はありません」
「は?」
「…え、と」
訝しげに首を傾げられ、は少しばかり困ったように視線を彷徨わせた。
そして、困惑気味に呟く。
「…名前で。…呼んでください。落ち着きません」
「あ、ああ。…、だったか」
「はい、阿伏兎様」
「…あー…なんだ、…俺も様なんて付けて呼ばれるような育ちじゃねぇよ?」
「…では、…あの…阿伏兎…さん?」
「ああ、その方が良い」
「…はい…」
何か、妙な空気だった。
いい歳の男と若い娘の会話にしては、事務的なものであるはずなのにテンポも悪い。
「…わたし、夜兎の方はみんな神威様みたいなのかと思ってました」
「あれを基準にされると、さすがに困るんだが」
「はい、…阿伏兎さんは、わたしにも、優しいですね」
「………」
そう呟くように言ったが、初めてはにかむように微笑った。
ほぼ無表情だった娘の表情変化に、阿伏兎は何を返せば良いのか、一瞬わからなくなる。
ようやく出てきた言葉は、当たり障りの無い事務的なものだった。
「…お前さんの部屋を用意しよう。ついてきてくれ」
「はい」
素直に従うの様子は、好ましい。
状況に流されるだけの女ではなく、自分の置かれた状況に順応しようとするその姿勢は、
本人は無意識なのだろうが相当肝が据わっている。
「…まあ、今後色々大変だと思うが、頑張れ」
「はい。ありがとうございます、…阿伏兎さん」
まあ、この娘ならこの艦でもなんとかやっていけるだろう、と。
そう思いながら、阿伏兎は激励の意味を込めての頭を軽く撫でてやった。
To be continued?
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