「と、いうわけだから。阿伏兎、あとよろしく」
「ちょっと待て」
笑顔で言われた言葉は、許容するにはあんまりだった。
どこか機嫌の良い神威と、彼に担がれて来た。
その後ろを少し離れて付いてきた、色素の薄い髪と瞳の娘。
なんとなく事態を把握した阿伏兎だったが、それはそれだ。
拾った犬猫の世話を押し付けるような発言の対象は、年若い娘である。
この年下の上司が奔放で我が儘なのは通常運転だが、冗談ではない。
「嬢ちゃんの機嫌が直ったのは良い。が、なんでまた仕事増やすんだアンタは!」
「別に女の世話くらい良いだろ? 大人しいから楽だよ多分」
「犬猫じゃねぇんだぞ、そんな簡単にいくか」
「俺の世話より楽だろ?」
「比較対象が悪過ぎるわッ」
怒鳴る阿伏兎を横目に眺めながら、ようやく降ろしてもらったはソファに凭れ掛かる。
そして、気怠げに神威を見上げながらため息を吐いた。
「自覚がある発言だよねぇ、ソレ…」
「まあ、俺の世話はがしてくれるし」
「いやいや、世話焼かれないようになってよ」
「えー。に世話焼かれたいよ」
「ちょ、世話ってそっち!? だから人前で変なとこ触らないで…っ」
ソファの上でじゃれ合うふたりに、阿伏兎は思わず顔を顰めて頭を抱えた。
日常茶飯事とはいえ、日々エスカレートしているようにも思う。
勝手にやってくれとも思うが、今日はそういうわけもいかない。
この色ボケ夫婦に不慣れな、第三者が居るのだから。
「…おい、そういうことは部屋でやってくれ。慣れてない奴が居るんだからよ」
「いえ、充分理解したので平気です。廊下のど真ん中よりマシかと思います」
「……………この短時間で理解されるってどうなんだ。廊下で何してたんだか」
の視線が居た堪れなさそうに泳いだのを見て、ある程度予想はつくが。
呆れたようにため息を吐く阿伏兎に、おずおずとは口を開いた。
「…あの…御手を煩わせて申し訳ありません。
どこで寝泊まりするか教えて頂ければ、あとは自分でなんとかしますから」
「いやいや、ちょっと待てお嬢さん。アンタここがどういう場所かわかってるのか?
さすがにアンタみたいな若い娘さんを、この艦内で放置出来ないだろ」
基本的に、海賊などという呼び名を持つ春雨という組織は、大半が男で構成されている。
かつての第四師団団長――華陀のような女は、とても稀な存在だった。
女だけで構成される師団も無くは無いが、彼女達は原則、定時連絡以外で母艦に近づかない。
神威のように地位のある者であれば、女を囲っている者もいるだろう。
だがそれ以外、となると整備士から料理人に至るまで、すべて男なのである。
下女のような者は存在しない。風紀上の問題だった。
とて神威が提督となる前は、ひとりで母艦をうろつくことなど出来なかったくらいである。
そんな環境下に、この見るからにか弱い、しかし見目の良い若い娘を放り出したらどうなるか。
貧困な想像力であっても、簡単に予想がつく。
「私は『嬢ちゃん』では『お嬢さん』なんだ」
「阿伏兎の趣味ってよくわからないネ」
「女狐タイプが好きなんじゃないのかね?」
「狸でも良いんじゃないの? 腹の中身見せない辺りが共通点」
「あー」
「違ェよ! 余計な茶々入れんな馬鹿夫婦!」
いつの間にか仲良く事の成り行きを観察していた二人を、阿伏兎は怒鳴りつけた。
別々にしておけば不機嫌になるし、一緒にしておけば余計なことしかしない。
…実に、面倒な二人。確実に似た者同士だろう、これは。
「…で。真面目な話、どうする気だ団長?」
「ん?」
「嬢ちゃんみてェに腕っ節が強いならまだしも…
狼の群に羊を投げ込むようなもんだろうが、これ」
「過保護だなァ。異種族の女相手にどうしたの、らしくないね」
「…それをアンタが言うか?」
地球人であるに対する神威の寵愛ぶりは、見ていて時に怖いくらいだ。
よくもまぁこのか弱いはずの女は、それを平然と受け入れられるな、と感心する程に。
「夜兎でもない嬢ちゃんに、専用の傘まで作らせたアンタに言われたくねーよ。
職人のじーさん泣いてたぞ。勝手がわからない、って」
「だって薙刀だけじゃ危ないだろ。
何の為に秘書官に武器の携帯義務付けたと思ってんの?」
「過保護行き過ぎてただの職権乱用じゃねーか」
「私の話は良いから。今はの話でしょうが。
そもそも、実戦任務に私を同行させてる本人が過保護ってふざけんなだよ」
「の戦い方が無茶苦茶過ぎるから、こっちは心配してるんだよ」
「そうは言うけど、あんただって平然と人に「後ろ任せた」とか言うじゃん」
「だって、強いし。
基礎スペックが地球人じゃないよね、は。実際なんなの?」
「地球人だよ」
「半分夜兎なんじゃないの?」
「いや純血だって」
また、話が脱線した。
馬鹿な会話に花を咲かせる暴君夫婦を眺めながら、は軽く首を傾げる。
「…わたしも、戦えるようになるべきなのでしょうか?」
「いや、あの嬢ちゃんは規格外だから参考にしなくて良い」
「ああ、には何も期待してないよ?
だいたい弱小種族の、しかも愛玩奴隷の教育しか受けてない女に何が出来るの」
僅かに、の表情が動く。
その表情変化を、神威は嗤いながら眺め、笑顔のままで言い放った。
「お前はただ、もしもの時に治癒能力が使える状態ならそれで良い」
「………」
蔑みとも違うが、明らかに馬鹿にされている。
徐々に険しくなっていくの表情見て、はため息を吐く。
そして、傍らの神威を無言で蹴飛ばした。
「…神威、それ差別用語。笑顔で使う言葉と違う」
「痛いよ、。なんで蹴るの?」
「悪い事したからお仕置きです」
「…は最近足癖が悪いなぁ、っと」
「きゃあああっ!? ちょっ、やだ! 何すんの!!」
いきなり、足首を掴まれて転がされたが悲鳴を上げた。
そんな彼女に圧し掛かりながら、神威は胡散臭い程に優しく微笑む。
「お仕置き、かなぁ?」
「私何も悪い事してないし!」
「俺を足蹴にしたじゃない。足癖の悪い子はお仕置きでしょ」
「お仕置きにかこつけたセクハラだよこれは!
脚抱えるのやめてよ、中見えるじゃないのバカッ」
「こんな裾の短い服着てるが悪いんだよ。
いくら動きやすいからって短過ぎだろ、何考えてんの」
「人を露出狂みたいに言わないでくれませんかね!」
「太腿の半分以上出てるんだから露出過多だよ。下に何か穿けば?」
「何かって何よ」
「…え、なんだろ。ガーター?」
「ガーターは下着だと思う。逆に卑猥だと思うんだけどどうなの」
「あれ。じゃあどうしよう」
「ホットパンツ?」
「うーん…下着よりはマシかなぁ…?
でもあんま露出度は変わらないし脱がしにくそう」
「脱がすの前提ですか! って、あんたどこに手ェ入れてんの!!」
発情期の動物か、お前らは。
そんな言葉が浮かんだが、阿伏兎はなんとか口に出すのは思い留まる。
「だから部屋でやってくれそういうのは!」
「…神威様は他人に見られると興奮する性癖なのですね。
とりあえず見ていれば良いのでしょうか。それとも何か言うべきですか?」
「アンタも真顔で何言ってんだ!」
「申し訳ありません。ここは照れた方が良かったでしょうか…」
本気で言っていたらしい。
悩むように考え込むの様子は、おちょくるような演技ではない。
「そういう意味じゃねーよ。…なんだ、アンタ結構胆座ってんな…」
「そうでしょうか?」
そう不思議そうに問い返す、色素の薄い瞳。
胆が据わっているというより、ズレた天然かもしれない、と。
新たに増えた頭痛の種に、阿伏兎は本日何度目かの深いため息を吐き出した。
To be continued?
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