LOVE DOLLS PARANOIA
口舌エゴイズム03




――理不尽だ。どうして私が、こんなに不機嫌にならなきゃいけないのか。

荒い足取りで廊下を歩きながら、は怒りを抑えるように拳を握り締める。
衝動的に壁でも殴ろうものなら、確実に破壊出来る確信が彼女にはあった。

「…なんで私がこんなにイライラさせられなきゃいけないのよ」

原因はわかっているのだが、それを認めるのが癪で余計に苛立つ。
自身に自惚れていた自覚は無かったのだが、とても不本意ながら、
認識を改める必要があるかもしれない…と、思う。

――認めるのは非常に癪だが、これは、嫉妬という感情だ。

は自分が所謂、男ウケの良い『可愛い女』ではないことを自覚している。
散々言われるが、『性格悪い』という評価は正当だ。
男はみんな馬鹿だと思っている。計算ずくの仕草や言葉に簡単に左右される愚か者。
だから一般的な男にはウケが悪い。確かにそうだ。
一目惚れ以外で男に言い寄られたことはほとんどない。そして一目惚れは信じない。

我ながら可愛げの欠片もない女だわ、と。
ため息交じりに呟けば、脳裏に先ほどの光景が浮かぶ。

――どこか儚い、可憐な雰囲気の美女。
庇護欲を掻き立てるような、理想的な『か弱い女』。
自分とは真逆の女に神威が声を掛け、艦に残すと決めた。
それが引っ掛かって、は苛立ちを隠せないでいる。

…「愛されている」という、傲り。
それが案外強かったという事実に、は余計に苛立った。
神威に対して、というよりは自分自身に対して。

八つ当たりで発散するのは、褒められたことではない。
しかもやり方が女らしくない、暴力的なものだ。
元々、この世界の人間ではないは、この世界の常識的な地球人とは違う。
夜兎には劣るとは言え、無意識の制御が外れれば拳で机も両断するし壁も壊す。
その無意識の制御すら出来ないほどに動揺しているという事実。それが一番、我慢ならない。

「はぁ…いっそ艦降りようかな…」

完全に逃げの思考である。
降りてどうするのか、などと深くは考えていない言葉だった。

「あー…今の私、すっごいウザい…」
――、何してるの?」
「ひゃぁっ?!」

いきなり背後から声を掛けられ、まったく周囲を気にしていなかったは跳ね上がった。
聞き慣れたその声に振り返れば、先程の女を連れた神威が視界に入り、反射的に顔を顰める。

「………」
?」

一瞬、目の前が赤く染まる錯覚を覚えた。
これが頭に血が上る、と言う状態だろうか、と。
一部分だけ冷めた頭が、他人事のように思う。

「…私、この艦降りるわ」
「は?」
「他にお気に入りが見つかったんだから、私がここに居る意味ないでしょ。
 地球に戻るわ。…ああ、見送りは結構よ。そんなに暇じゃないでしょう?」
、何言ってるの?」

踵を返したの腕を、神威は強く掴む。
ぎし、と僅かに骨の軋む感覚に、は顔を顰めた。

「…痛いでしょ。離しなさいよ」
「今なんて言ったの。ここに居る意味がない? 地球に戻る?
 ナニソレ。…本気で言ってるの?」
「…………そうよ」
「そんなの許さないよ?」
「私の居場所は私が決める。あんたの許可なんか要らない」
「………」

目を合わせずに言われた言葉に、一瞬、神威の表情が消えた。
湧き上がるのは、怒りというより暴悪な、殺気にも近い黒い感情。

ダンッ、と。
大きな音を立てて、の体は壁に縫い付けられた。
強かに頭を打ち付け、一瞬、くらりと視界が歪む。

「…痛…ッ」
――は自由にしていて良い。その方がらしい。
 どんな我が儘も聞いてあげる。だけど――俺から離れることだけは、許さない」

強く掴まれた手首の骨が、ぎしりと悲鳴を上げる。
このまま折られるのではないかと、さすがのもぞっと総毛立った。

「手足に鎖繋いで、どこかに閉じ込めておけば良いの?
 俺以外の誰の目にも触れない場所で。…そうしたら、俺だけを見る?」
「か、神威…?」
「…いっそ、壊して人形みたいにしちゃった方が良いのかな」
「か…む、い」
「そうすればは俺だけを見て、俺の声だけを聴いて、俺の傍に、ずっと居てくれる…?」

愛憎入り混じる、という感情を、形として目の当たりにしたのは初めてだった。
が神威と一緒に居た時間は、決して短くは無い。
それでもこれほどの暗く歪な、殺意にも近い感情を向けられたのは初めてだ。
――否。それはただ、気づかなかっただけで。
ずっと、そこに在った感情なのかもしれない。

握られた手首の痛みも忘れて、は硬直した。
魅入られたように、暗く獰猛な感情を映す青い瞳を見つめながら。

狂気を孕むその沈黙に、瞬きひとつ出来なくなったとは対照的に。
完全に傍観者と化していたが、おずおずと口を挟んだ。

「…あの、ごめんなさい。
 わたしはいつまで見ていればいいのでしょうか」
「……………あのさ、。空気読んでくれないかな。
 俺、今すっごく機嫌悪いんだけど。殺されたいの?」
「もちろん死にたくないです。
 ですがどうやら奥様は誤解されてるみたいなので、誤解を解いた方が良いかと」
「誤解?」

不可解そうに問い返し、神威は握り締めていたの手首を解放する。
思わず安堵の息を吐くに、は変わらない表情のまま歩み寄った。

「あの、奥様」
「…へ? え? 私!?」
「わたしは本日から、奥様にお仕えすることになりました。
 ですからわたしは、神威様の妾ではありません。誤解です」
「…………はい?」

きょとん、と目を瞬かせ、を見てから、神威へと視線を戻した。
茫然と自分を見上げるに、神威も困惑したように首を傾げる。

「…なに、…もしかして妬いたの…?」
「な!? ち、違っ…違うから! そんなんじゃない!!」

一気に真っ赤に染まった頬で言っても、説得力はない。
わかりやすいその反応に、神威は思わず笑う。

「ふぅん…そっか、妬いたんだ」
「だっ、だからっ…違…ッ」

心なしか嬉しそうな神威に、は必死に言い返そうとする。
するのだが、言葉がまともに言葉に成っていない。
狼狽えるの頭を、神威が宥めるように撫でる。
その仕草は酷く優しく――先程、手首を折ろうとした手と同じに思えない。

「………」

よくあの狂気じみた愛憎の応酬の後にあんなこと出来るな、と。
内心呆れて良いのか戦けば良いのかわからず、
は自分の主となる二人を眺めながら、こっそりとため息を吐き出した。










To be continued?

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