――理不尽だ。どうして私が、こんなに不機嫌にならなきゃいけないのか。
荒い足取りで廊下を歩きながら、は怒りを抑えるように拳を握り締める。
衝動的に壁でも殴ろうものなら、確実に破壊出来る確信が彼女にはあった。
「…なんで私がこんなにイライラさせられなきゃいけないのよ」
原因はわかっているのだが、それを認めるのが癪で余計に苛立つ。
自身に自惚れていた自覚は無かったのだが、とても不本意ながら、
認識を改める必要があるかもしれない…と、思う。
――認めるのは非常に癪だが、これは、嫉妬という感情だ。
は自分が所謂、男ウケの良い『可愛い女』ではないことを自覚している。
散々言われるが、『性格悪い』という評価は正当だ。
男はみんな馬鹿だと思っている。計算ずくの仕草や言葉に簡単に左右される愚か者。
だから一般的な男にはウケが悪い。確かにそうだ。
一目惚れ以外で男に言い寄られたことはほとんどない。そして一目惚れは信じない。
我ながら可愛げの欠片もない女だわ、と。
ため息交じりに呟けば、脳裏に先ほどの光景が浮かぶ。
――どこか儚い、可憐な雰囲気の美女。
庇護欲を掻き立てるような、理想的な『か弱い女』。
自分とは真逆の女に神威が声を掛け、艦に残すと決めた。
それが引っ掛かって、は苛立ちを隠せないでいる。
…「愛されている」という、傲り。
それが案外強かったという事実に、は余計に苛立った。
神威に対して、というよりは自分自身に対して。
八つ当たりで発散するのは、褒められたことではない。
しかもやり方が女らしくない、暴力的なものだ。
元々、この世界の人間ではないは、この世界の常識的な地球人とは違う。
夜兎には劣るとは言え、無意識の制御が外れれば拳で机も両断するし壁も壊す。
その無意識の制御すら出来ないほどに動揺しているという事実。それが一番、我慢ならない。
「はぁ…いっそ艦降りようかな…」
完全に逃げの思考である。
降りてどうするのか、などと深くは考えていない言葉だった。
「あー…今の私、すっごいウザい…」
「――、何してるの?」
「ひゃぁっ?!」
いきなり背後から声を掛けられ、まったく周囲を気にしていなかったは跳ね上がった。
聞き慣れたその声に振り返れば、先程の女を連れた神威が視界に入り、反射的に顔を顰める。
「………」
「?」
一瞬、目の前が赤く染まる錯覚を覚えた。
これが頭に血が上る、と言う状態だろうか、と。
一部分だけ冷めた頭が、他人事のように思う。
「…私、この艦降りるわ」
「は?」
「他にお気に入りが見つかったんだから、私がここに居る意味ないでしょ。
地球に戻るわ。…ああ、見送りは結構よ。そんなに暇じゃないでしょう?」
「、何言ってるの?」
踵を返したの腕を、神威は強く掴む。
ぎし、と僅かに骨の軋む感覚に、は顔を顰めた。
「…痛いでしょ。離しなさいよ」
「今なんて言ったの。ここに居る意味がない? 地球に戻る?
ナニソレ。…本気で言ってるの?」
「…………そうよ」
「そんなの許さないよ?」
「私の居場所は私が決める。あんたの許可なんか要らない」
「………」
目を合わせずに言われた言葉に、一瞬、神威の表情が消えた。
湧き上がるのは、怒りというより暴悪な、殺気にも近い黒い感情。
ダンッ、と。
大きな音を立てて、の体は壁に縫い付けられた。
強かに頭を打ち付け、一瞬、くらりと視界が歪む。
「…痛…ッ」
「――は自由にしていて良い。その方がらしい。
どんな我が儘も聞いてあげる。だけど――俺から離れることだけは、許さない」
強く掴まれた手首の骨が、ぎしりと悲鳴を上げる。
このまま折られるのではないかと、さすがのもぞっと総毛立った。
「手足に鎖繋いで、どこかに閉じ込めておけば良いの?
俺以外の誰の目にも触れない場所で。…そうしたら、俺だけを見る?」
「か、神威…?」
「…いっそ、壊して人形みたいにしちゃった方が良いのかな」
「か…む、い」
「そうすればは俺だけを見て、俺の声だけを聴いて、俺の傍に、ずっと居てくれる…?」
愛憎入り混じる、という感情を、形として目の当たりにしたのは初めてだった。
が神威と一緒に居た時間は、決して短くは無い。
それでもこれほどの暗く歪な、殺意にも近い感情を向けられたのは初めてだ。
――否。それはただ、気づかなかっただけで。
ずっと、そこに在った感情なのかもしれない。
握られた手首の痛みも忘れて、は硬直した。
魅入られたように、暗く獰猛な感情を映す青い瞳を見つめながら。
狂気を孕むその沈黙に、瞬きひとつ出来なくなったとは対照的に。
完全に傍観者と化していたが、おずおずと口を挟んだ。
「…あの、ごめんなさい。
わたしはいつまで見ていればいいのでしょうか」
「……………あのさ、。空気読んでくれないかな。
俺、今すっごく機嫌悪いんだけど。殺されたいの?」
「もちろん死にたくないです。
ですがどうやら奥様は誤解されてるみたいなので、誤解を解いた方が良いかと」
「誤解?」
不可解そうに問い返し、神威は握り締めていたの手首を解放する。
思わず安堵の息を吐くに、は変わらない表情のまま歩み寄った。
「あの、奥様」
「…へ? え? 私!?」
「わたしは本日から、奥様にお仕えすることになりました。
ですからわたしは、神威様の妾ではありません。誤解です」
「…………はい?」
きょとん、と目を瞬かせ、はを見てから、神威へと視線を戻した。
茫然と自分を見上げるに、神威も困惑したように首を傾げる。
「…なに、…もしかして妬いたの…?」
「な!? ち、違っ…違うから! そんなんじゃない!!」
一気に真っ赤に染まった頬で言っても、説得力はない。
わかりやすいその反応に、神威は思わず笑う。
「ふぅん…そっか、妬いたんだ」
「だっ、だからっ…違…ッ」
心なしか嬉しそうな神威に、は必死に言い返そうとする。
するのだが、言葉がまともに言葉に成っていない。
狼狽えるの頭を、神威が宥めるように撫でる。
その仕草は酷く優しく――先程、手首を折ろうとした手と同じに思えない。
「………」
よくあの狂気じみた愛憎の応酬の後にあんなこと出来るな、と。
内心呆れて良いのか戦けば良いのかわからず、
は自分の主となる二人を眺めながら、こっそりとため息を吐き出した。
To be continued?
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