――執務室はその日、非常に空気が悪かった。
机に向かって黙々と書類を片づけ続ける、険しい表情の秘書官のせいで。
「………………」
艶やかな美貌を険しい表情に塗り替えて、淡々と、少し乱暴に書類を片づける若い女。
天人のみで構成される春雨において、同盟を結ぶ鬼兵隊以外では唯一の地球人。
そして、構成員の1割にも満たない「女」という存在。更には提督専属秘書官。
海賊船で平然としているばかりか、第七師団を恫喝ひとつで黙らせるような女であり、
頭も切れて腕っ節も強い。
更にはあの神威が仕事時以外は片時も手放さない、という寵愛ぶりである為、
実質、艦のno.2と言われていたりする。
つまり、ある意味彼女は「爆弾」なのである。
彼女に何かあれば、確実に彼ら春雨構成員の首が飛ぶ。
そして彼女自身もまた、「逆らっては寿命が縮む」と陰で言われていたりする。
さて、そんな彼女が不機嫌である。
理由は実は、その場にいた全員が知っていた。
「…あ、あのぅ…姐さん…」
「――あぁ?」
「……なんでもありません」
美しい顔に似合わない、鋭い眼光で睨みつけられ、声をかけた団員は引き下がった。
歴戦の夜兎を一睨みで黙らせるってどうなんだ、と阿伏兎はため息を吐く。
「…嬢ちゃんや。
仕事が捗るのはオッサンも嬉しいが、その刺々しい空気はなんとかしてくれ」
「何言っちゃってんの阿伏兎さん。さんはいつでも温厚だ」
「どこがだ。…団員が怯えてるからやめてくれ、ホントに」
「私は何もしてません。ええ、私は、何も」
区切るよう「私は」という部分を強調させて、はますます目つきを悪くさせた。
…もはや、疑いようもないほどの不機嫌さである。
――ことの発端は数日前に遡る。
新提督である神威の元に「貢ぎ物」として贈られてきた中に、20人程の若い娘達が居た。
用途は至極単純、どうぞ妾として愛でてやってください、というやつだ。
所謂、枕接待である。
しかし神威には既にお気に入りの「女」がおり、その寵愛は誰の目からも明らかだった。
もともと、大して女に興味を持たなかった男である。
それが仕事時以外は――最近は仕事中でもだが――片時も手放さず、
自分の傍に置いているのだから、その深い寵愛ぶりは疑いようもない。
なので、贈られてきた女達を「不要」とし、処遇の一切をに任せたというのも、
周囲は納得していた。
画して女達は地球の吉原へ送られることとなり、その件は先刻片付いたのだが。
――いざ吉原へとなった時、神威はひとりの娘に声を掛けた。
人形のようなその娘は、治癒能力を有する天人,采女族の女。
容姿は美しいが、奴隷種族などと揶揄される弱小一族の、最たる非力な女。
弱々しい、可憐な美しさは一般的な男の好むところだろうが――
どう贔屓目に見ても、神威の趣味ではないはずである。
とはあらゆる意味で真逆のその娘を、神威は艦に残した。
そして、そのままどこかへ連れて行ってしまったのである。
で、無意識に不機嫌となって周囲に八つ当たる、だけが残されたわけだ。
…周囲からしてみれば、迷惑極まりない。
「…書類は」
「いや、あとは団長のサインが必要な書類しか」
阿伏兎が答えた瞬間、バンッ、と高い音が上がる。
遅れて、が使う執務用の机が真っ二つになった。
破壊者は当然、不機嫌そうに目を眇める秘書官以外にいない。
「………なんつった?」
「………いや。書類仕事はもうないです」
「そーですか」
…不機嫌などという可愛いレベルではない。
か弱いはずの地球人の、しかも艶やかな美女によるまさかの机破壊に、
歴戦の夜兎達は顔を引き攣らせた。
美人を怒らせると怖いとはよく言うが、さすがは恫喝ひとつで第七師団を黙らせ、
あまつさえ神威を相手に罵詈雑言のみならず手足が出る猛女、威圧感が違う。
「………机、片付けておいて」
「イ、イエス・マム!」
反射的に応えた団員を横目に、は立ち上がった。
「…ど、どこ行くんですかい、秘書官殿…」
「どこでも良いでしょう?」
「いや、あの、勝手にどこか行かれると困」
「あ?」
「…いや、いいです」
歴戦の夜兎ともあろう男が、小娘に言い負かされるのもどうなのか。
彼女に思いっきり閉められたドアは、蝶番が外れて無残な姿になっていた。
「おいおい勘弁してくれよ…なんだってあんな意味わかんねぇ行動したかなぁ団長は!」
「…というか、ホントに姐さんは地球人なんですか?
地球人って殴っただけで机真っ二つに出来ましたっけ…」
「…あの嬢ちゃんは特別性だ」
机の残骸を片付ける部下に応えてから、阿伏兎は深いため息を吐き出す。
元々素直ではない女だが、発散の仕方が酷過ぎる。
夜兎より劣るとは言え、混血くらいの力は持っている「特別性」の彼女が暴れては、
被害は増す一方だ。
「しかし結構意外ですね」
「ん?」
「姐さんですよ。妬いたりするんですね…普段は団長のこと、適当にあしらってるのに」
「…あー」
端から見たらそう見えるよな、と。
阿伏兎は内心思ったが、口にはしなかった。
「しかし団長はなんだって、あの采女族の女を艦に残したんですかねぇ…
団長の好みには思えませんよ、ああいう女」
「だろうな」
「やっぱ治癒能力ですかね…でも団長が怪我を顧みるとも思えないですし」
「そうなんだよな……ん? 怪我?」
ふと引っ掛かりを覚えて、阿伏兎は言葉を止めた。
「…もしかして、」
「何か心当たりが?」
「あー…多分な」
「?」
「…まあ、つまりは…結局、団長は嬢ちゃんを溺愛してるってことだ」
面倒臭ェ奴らだよまったく、と。
阿伏兎は疲れたようにため息を吐き出した。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。