LOVE DOLLS PARANOIA
口舌エゴイズム01




――執務室はその日、非常に空気が悪かった。
机に向かって黙々と書類を片づけ続ける、険しい表情の秘書官のせいで。

「………………」

艶やかな美貌を険しい表情に塗り替えて、淡々と、少し乱暴に書類を片づける若い女。
天人のみで構成される春雨において、同盟を結ぶ鬼兵隊以外では唯一の地球人。
そして、構成員の1割にも満たない「女」という存在。更には提督専属秘書官。
海賊船で平然としているばかりか、第七師団を恫喝ひとつで黙らせるような女であり、
頭も切れて腕っ節も強い。
更にはあの神威が仕事時以外は片時も手放さない、という寵愛ぶりである為、
実質、艦のno.2と言われていたりする。

つまり、ある意味彼女は「爆弾」なのである。
彼女に何かあれば、確実に彼ら春雨構成員の首が飛ぶ。
そして彼女自身もまた、「逆らっては寿命が縮む」と陰で言われていたりする。

さて、そんな彼女が不機嫌である。
理由は実は、その場にいた全員が知っていた。

「…あ、あのぅ…姐さん…」
――あぁ?」
「……なんでもありません」

美しい顔に似合わない、鋭い眼光で睨みつけられ、声をかけた団員は引き下がった。
歴戦の夜兎を一睨みで黙らせるってどうなんだ、と阿伏兎はため息を吐く。

「…嬢ちゃんや。
 仕事が捗るのはオッサンも嬉しいが、その刺々しい空気はなんとかしてくれ」
「何言っちゃってんの阿伏兎さん。さんはいつでも温厚だ」
「どこがだ。…団員が怯えてるからやめてくれ、ホントに」
「私は何もしてません。ええ、私は、何も」

区切るよう「私は」という部分を強調させて、はますます目つきを悪くさせた。
…もはや、疑いようもないほどの不機嫌さである。

――ことの発端は数日前に遡る。
新提督である神威の元に「貢ぎ物」として贈られてきた中に、20人程の若い娘達が居た。
用途は至極単純、どうぞ妾として愛でてやってください、というやつだ。
所謂、枕接待である。
しかし神威には既にお気に入りの「女」がおり、その寵愛は誰の目からも明らかだった。
もともと、大して女に興味を持たなかった男である。
それが仕事時以外は――最近は仕事中でもだが――片時も手放さず、
自分の傍に置いているのだから、その深い寵愛ぶりは疑いようもない。
なので、贈られてきた女達を「不要」とし、処遇の一切をに任せたというのも、
周囲は納得していた。
画して女達は地球の吉原へ送られることとなり、その件は先刻片付いたのだが。
――いざ吉原へとなった時、神威はひとりの娘に声を掛けた。

人形のようなその娘は、治癒能力を有する天人,采女族の女。
容姿は美しいが、奴隷種族などと揶揄される弱小一族の、最たる非力な女。
弱々しい、可憐な美しさは一般的な男の好むところだろうが――
どう贔屓目に見ても、神威の趣味ではないはずである。
とはあらゆる意味で真逆のその娘を、神威は艦に残した。
そして、そのままどこかへ連れて行ってしまったのである。
で、無意識に不機嫌となって周囲に八つ当たる、だけが残されたわけだ。
…周囲からしてみれば、迷惑極まりない。

「…書類は」
「いや、あとは団長のサインが必要な書類しか」

阿伏兎が答えた瞬間、バンッ、と高い音が上がる。
遅れて、が使う執務用の机が真っ二つになった。
破壊者は当然、不機嫌そうに目を眇める秘書官以外にいない。

「………なんつった?」
「………いや。書類仕事はもうないです」
「そーですか」

…不機嫌などという可愛いレベルではない。
か弱いはずの地球人の、しかも艶やかな美女によるまさかの机破壊に、
歴戦の夜兎達は顔を引き攣らせた。
美人を怒らせると怖いとはよく言うが、さすがは恫喝ひとつで第七師団を黙らせ、
あまつさえ神威を相手に罵詈雑言のみならず手足が出る猛女、威圧感が違う。

「………机、片付けておいて」
「イ、イエス・マム!」

反射的に応えた団員を横目に、は立ち上がった。

「…ど、どこ行くんですかい、秘書官殿…」
「どこでも良いでしょう?」
「いや、あの、勝手にどこか行かれると困」
「あ?」
「…いや、いいです」

歴戦の夜兎ともあろう男が、小娘に言い負かされるのもどうなのか。
彼女に思いっきり閉められたドアは、蝶番が外れて無残な姿になっていた。

「おいおい勘弁してくれよ…なんだってあんな意味わかんねぇ行動したかなぁ団長は!」
「…というか、ホントに姐さんは地球人なんですか?
 地球人って殴っただけで机真っ二つに出来ましたっけ…」
「…あの嬢ちゃんは特別性だ」

机の残骸を片付ける部下に応えてから、阿伏兎は深いため息を吐き出す。
元々素直ではない女だが、発散の仕方が酷過ぎる。
夜兎より劣るとは言え、混血くらいの力は持っている「特別性」の彼女が暴れては、
被害は増す一方だ。

「しかし結構意外ですね」
「ん?」
「姐さんですよ。妬いたりするんですね…普段は団長のこと、適当にあしらってるのに」
「…あー」

端から見たらそう見えるよな、と。
阿伏兎は内心思ったが、口にはしなかった。

「しかし団長はなんだって、あの采女族の女を艦に残したんですかねぇ…
 団長の好みには思えませんよ、ああいう女」
「だろうな」
「やっぱ治癒能力ですかね…でも団長が怪我を顧みるとも思えないですし」
「そうなんだよな……ん? 怪我?」

ふと引っ掛かりを覚えて、阿伏兎は言葉を止めた。

「…もしかして、」
「何か心当たりが?」
「あー…多分な」
「?」
「…まあ、つまりは…結局、団長は嬢ちゃんを溺愛してるってことだ」

面倒臭ェ奴らだよまったく、と。
阿伏兎は疲れたようにため息を吐き出した。









To be continued?

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