鬼が振り返った時
02.邂逅




――一瞬。本当に一瞬だった。
自分もそれなりに出来る方ではあると自負していたが、
目の前の男を見た後では、思い上がりも甚だしい。

その男が握る得物の銘は、何も名工が造りし一本、などではない。
私の目から見て、少なくとも名刀と謳われるような輝きはない。
そして男もまた、特別美しい容姿というわけでもなく、刀を振るう姿が洗練されているわけでもない。
道場剣術のような美しさはない。様々な流派の色は見えるが、ひとつに定まらない。
数多の剣技と見えてきた――我流の剣。

だが、何故だろうか。
目を引く。魂を引き寄せられる。
意識を向けずには、いられない存在感。

何故、だろうか。
銀色の髪を除けば、どこにでも居そうな男。
なのに私は、この男を『鬼』だと思った。
真っ白な――鬼に、見えた。

「………」

立ち上がることすら忘れて、私は男を見上げる。
一瞬でも目を離したら消えるのではないか、と。
そんな思いに駆られながら。

「…おい。これ、殺ったのお前か」
「え…?」
「ここに転がってる死体の作成者はお前か、って聞いてんだ」

感情の見えない、抑揚に掛けた声だった。
…死体、とは。志士崩れの盗賊のそれだろう。
言葉を交わせる存在だと再認識して、ようやく私は我に返った。
土を払って立ち上がり、口を開く。

「…そうだが。仲間だったか?」
「いや…まあ、そうとも言うか。
 別の土地から来た奴らだった。…迷惑掛けたみてぇだな」
「………」

…なるほど、元仲間というのが正しいか。
つまりはこの男、本物の攘夷志士なのだ。

「…元仲間の尻拭いに来たか。少し遅かったな。
 助けてくれたことには、礼を言う。…あまりこの辺りをうろつかない方が良い」
――待て」

強く腕を掴まれ、私は足を止めた。

「そっちに行くな」
「理由は」
「お前に敵意が無くても、…死ぬぞ」
「……」

怪我人でも居るのだろうか。
…この男が、ひとりでこんな場所に来たのを考えれば、あり得ない話ではない。

――怪我人か」
「……」

無言は、肯定と取れる。
この男は、馬鹿なのか。それとも人が好いのか。
幕府に突き出せば多少の金は手に出来ようが、それも面倒だ。
…攘夷志士も好かないが、幕府はそれ以上に好かない。

「…ここからだいたい西の方角に、小屋が一件ある。
 古いが、何十年も管理されていない古寺よりはましだと思うぞ」
「は…?」
「不衛生な場所での怪我人の療養は、助かる命も無駄にするぞ」
「何言ってんだ、お前…」

男の困惑したような言葉に、私は笑いたくなった。
ああ、本当に。何を言っているのだろう、私は。
攘夷志士なぞに構っていては、幕府から目を付けられても文句は言えない。
助けを請われたわけでもない。なのに何故、関わろうとしているのか。

「…攘夷志士、なんてものを匿うつもりは毛頭ない。
 だが医学に携わる者として、怪我人は放置出来ない。治ったら出ていけよ」
「お前、医者なのか」
「そこまで大層なものでもないさ。…どうする?」
「……」

警戒の色を滲ませつつも、男は私の腕を放そうとはしない。
いい加減、躯の中央での問答は切り上げたいのだが。

「…お前、名前は」
「名前聞いてどうすんだ。それで信用出来るのか?
 ああ、あんたにゃこう言った方が良いか。――久坂。元長州藩医,久坂家の末子だ」









To be continued?

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