――一瞬。本当に一瞬だった。
自分もそれなりに出来る方ではあると自負していたが、
目の前の男を見た後では、思い上がりも甚だしい。
その男が握る得物の銘は、何も名工が造りし一本、などではない。
私の目から見て、少なくとも名刀と謳われるような輝きはない。
そして男もまた、特別美しい容姿というわけでもなく、刀を振るう姿が洗練されているわけでもない。
道場剣術のような美しさはない。様々な流派の色は見えるが、ひとつに定まらない。
数多の剣技と見えてきた――我流の剣。
だが、何故だろうか。
目を引く。魂を引き寄せられる。
意識を向けずには、いられない存在感。
何故、だろうか。
銀色の髪を除けば、どこにでも居そうな男。
なのに私は、この男を『鬼』だと思った。
真っ白な――鬼に、見えた。
「………」
立ち上がることすら忘れて、私は男を見上げる。
一瞬でも目を離したら消えるのではないか、と。
そんな思いに駆られながら。
「…おい。これ、殺ったのお前か」
「え…?」
「ここに転がってる死体の作成者はお前か、って聞いてんだ」
感情の見えない、抑揚に掛けた声だった。
…死体、とは。志士崩れの盗賊のそれだろう。
言葉を交わせる存在だと再認識して、ようやく私は我に返った。
土を払って立ち上がり、口を開く。
「…そうだが。仲間だったか?」
「いや…まあ、そうとも言うか。
別の土地から来た奴らだった。…迷惑掛けたみてぇだな」
「………」
…なるほど、元仲間というのが正しいか。
つまりはこの男、本物の攘夷志士なのだ。
「…元仲間の尻拭いに来たか。少し遅かったな。
助けてくれたことには、礼を言う。…あまりこの辺りをうろつかない方が良い」
「――待て」
強く腕を掴まれ、私は足を止めた。
「そっちに行くな」
「理由は」
「お前に敵意が無くても、…死ぬぞ」
「……」
怪我人でも居るのだろうか。
…この男が、ひとりでこんな場所に来たのを考えれば、あり得ない話ではない。
「――怪我人か」
「……」
無言は、肯定と取れる。
この男は、馬鹿なのか。それとも人が好いのか。
幕府に突き出せば多少の金は手に出来ようが、それも面倒だ。
…攘夷志士も好かないが、幕府はそれ以上に好かない。
「…ここからだいたい西の方角に、小屋が一件ある。
古いが、何十年も管理されていない古寺よりはましだと思うぞ」
「は…?」
「不衛生な場所での怪我人の療養は、助かる命も無駄にするぞ」
「何言ってんだ、お前…」
男の困惑したような言葉に、私は笑いたくなった。
ああ、本当に。何を言っているのだろう、私は。
攘夷志士なぞに構っていては、幕府から目を付けられても文句は言えない。
助けを請われたわけでもない。なのに何故、関わろうとしているのか。
「…攘夷志士、なんてものを匿うつもりは毛頭ない。
だが医学に携わる者として、怪我人は放置出来ない。治ったら出ていけよ」
「お前、医者なのか」
「そこまで大層なものでもないさ。…どうする?」
「……」
警戒の色を滲ませつつも、男は私の腕を放そうとはしない。
いい加減、躯の中央での問答は切り上げたいのだが。
「…お前、名前は」
「名前聞いてどうすんだ。それで信用出来るのか?
ああ、あんたにゃこう言った方が良いか。――久坂。元長州藩医,久坂家の末子だ」
To be continued?
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