――侍の国。
この国がそう呼ばれていたのは、もう十年以上昔の話になるだろうか。
江戸では廃刀令なぞが発令されたそうだが、まだ抵抗を続ける攘夷志士は多いと聞く。
なんでも幕府の中枢には、既に天人共が根を張っていると言う話だ。
こうなることは、最初に天人が江戸に攻め込んで来た時点でわかりきっていたことだろう。
それをずるずると、抗いたいのか抗いたくないのかわからない、あいまいな態度を取り続けた。
その結果が今日のこの、飢餓と貧困の状況。
将軍の御膝下である江戸市中は、天人がもたらした技術で大層潤っているらしい。
つまりこの辺境地の荒れ果てた状況は、幕府が攘夷志士を二重の意味で放置した結果と言える。
――さて、この物言わぬ躯達は、本人達が言うように攘夷がしたかったのだろうか?
貧困に苦しむ庶民を襲い、盗賊行為を繰り返すような輩が攘夷とは笑わせる。
おまけに小娘ひとりに、二十余名が躯を荒れ地に晒すとは、同情しても良いレベルだ。
「こんな薄汚い連中の身ぐるみ剥いだ程度じゃあ、懐も暖まらねぇが。
…まあ、近隣の村々に被害が出ることもちったぁ減るだろうよ」
どこか冷めた気分で呟いて、血脂の付いた槍を大きく振る。
びしゃりと水音を立てて、剥き出しの土に血飛沫が飛んだ。
だが、その程度で刃に付着した血脂がすべて取れるわけもない。
…暴れ過ぎたか。そろそろこの槍も替え時かもしれない。
だが廃刀令が発令された今では、刃の交換は相当困難かもしれないが。
そもそも、こんなもん持ち歩いてりゃ、攘夷志士として捕縛されても文句は言えないか。
鍬とか鋤にでも武器を変えようかね、などと冗談めかして笑う。
躯の前で独り言など言っていては、怪しいことこの上無い。
そろそろ引き上げようかと、踵を返した瞬間。
――パキリと枝を踏む音を遠くに聞いて、槍を構え振り返る。
「――……」
討ち損じたか。いや、それはない。
仲間か? 村の人間であればさしたる問題はないが…
油断なく構えたまま、見据える向こう。
足音を隠しもしない、だが足運びで武芸者であるとわかる。
よほど腕に自信があるのか。それともただの馬鹿か。
緊張に、冷たい汗が流れる。
――ただの馬鹿では無いだろう。威圧感…そんなものを感じるのだから。
逸る動悸を無視して、息を詰める。
がさり、と草木を押しのけて現れたその姿に、思わず息を飲んだ。
白銀の髪と、白い着物。
深い色の瞳は、強く鈍い光。
その姿は、ヒトと言うよりは――――
「…鬼…」
無意識にか、呟いていた。
それほどまでに、目の前に現れた男は異質だったのだ。
真白の鬼が、ゆっくりと得物を引き抜く。
目に痛いほどの白刃。
この距離、相手の得物、自分の得物。
間合いで考えれば、勝負は五分、いや、私の方が優勢。
だというのに、瞬間、悟った。
――この男には勝てない、と。
魅入られたように、私は白刃を振り上げた真白の鬼を見つめていた。
「――伏せろ」
「え」
「伏せろ、邪魔だ!」
怒鳴りつけて、男は私の頭を掴んで地面に押し倒した。
強かに顔を打ち付け、その痛みに我に返る。
慌てて跳ね起き、顔を上げた。
瞬間、視界に映るのは切り捨てられた志士崩れの盗賊と、
――それを切り捨てた、真白の鬼。
「……」
私はこの瞬間、鬼に魅入られたのだろう。
立ち上がることすら忘れて、ただ、私は見つめていた。
無感動に相手を切り捨てた、その横顔を。
――――やるせなさを押し殺したような、その目を。
To be continued?
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