殉血の枷
12.似て非なる




「…だぁから、」

呆れてため息を吐きながら、私は直線で繰り出される拳を避けた。

「自分より格上相手に、直線はやめろって言ってるだろうが!」

返す刀の要領で、避けた腕を掴んで地に叩き付ける。
結構良い音がした。…ま、土なら怪我はしないだろう。

「~~~っ、…痛いなぁ、もう」
「何回言っても人の言うこと聞かねぇあんたが悪い」

怨みがましい視線は、構わず一蹴する。
教えを請う立場のくせに、こいつは人の言うことなんざ聞いちゃいないのだ。
典型的野外実践型。…動物かこいつは。

「あんただって、そう長いことここに居るわけにゃいかないだろ?
 短い期間で私の闘い方を盗みてぇなら、私の言うこと聞いて考えな」
「…だいじょーぶだよ、どうせ春雨の上の連中は、
 旦那のご機嫌取りの道具くらいにしか俺のこと見てないから」
「………」
「その分自由で俺は楽だけど。
 …ま、度が過ぎるようならそのうち、全部殺しちゃうけどね」
「あー…」

切れ過ぎる刃は嫌われる、が私達夜兎の常だが。
その刃共からまで腫れもの扱いとは、こいつの特殊性がわかるってもんだ。

「…しかし、親父様のご機嫌取りとはまた…」

えらい勘違いである。
…完全に勘違いとも言いにくいが。

「確かに旦那には気に入られてはいるみたいだけどさ。
 上に期待されてるようなもんじゃないんだけどね、俺は」
「あんたも大変だねぇ」
「そーだネ。でも大変なのはの方じゃないの?」
「ん? あんたみたいなガキ押し付けられて?」
「失礼だね。そうじゃなくて、こそ旦那の『お気に入り』だろ?」

他意などないのだろう。
当たり前のことを言うように軽く言われた言葉に、思わず口を噤む。

の水揚げ、旦那なんだって?
 元々は旦那のとこの引っ込みだったのに、三浦屋に移されたのは――

――多分、いま。
私は、能面のような表情になっているんだろう。
次に言われる言葉の予想はついていたし、それは事実なのだから。

――旦那が、あんたを抱くためだろ?」
「……………ンな話、誰に聞いた」
「三浦屋のおねーさん達に聞いた」
「…ったく、ガキに何吹き込んでんだか。
 あんたも、くだらねぇ知識ばっか詰め込むんじゃねぇよ。頭悪ィんだから」

軽く頭を小突いてやったが、神威は話をやめる気はないらしい。

がどんな上客にも帯を解かないのは、
 旦那の命令なんじゃないか――って、みんな思ってるみたいだよ?」
「なんでだよ…。せめて操を立ててる良い人が居て、とか綺麗な話にして欲しいね」
「あはは、それはっぽくない。誰かを一途に恋い慕う女じゃないだろ、は」
「なんでガキにまで、そんなこと言われにゃいかんのかね…」

まあ、確かに…私に色恋沙汰は似合わないが。
吉原に於いては、惚れるも地獄、惚れられるも地獄だ。
この街で割り切って生きている私が、わざわざそんな面倒を背負い込むわけもない。

「実際のところ、どうなの?」
「…そこまで大事にされてんなら、あんたの筆おろしなんてさせられると思うかい?」
「あー、そっか。…あれ、そういうのなんて言うんだっけ…穴兄弟?」
「誰だこのバカにくだらない事教えた阿呆は!!」

言葉の下品さからして、男衆か…! ろくなことしねぇな。
まったく、面白がって好き勝手な話を吹き込んでいるに違いない。

深くため息を吐き出して、私は軽く頭を振った。
神威が変な言葉を覚えるのはまあ、どうでも良い…。

「…神威。あの人には、」

呟くように返した自分の声音が、思っていた以上に固く冷たい。

「…大事なもんなんざ、この世にありゃしねぇよ」

――冷めきった己の声に、私は、自分で驚いていた。









To be continued?

気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。