「…で? 仔兎は手前の親父より強い女に喧嘩売るのは、止めたのかい?」
「止めてないけど今は様子見」
「そうかい。期を見る目があってなによりだ。
私もさすがに、自分の座敷に死体は転がしたくないからねぇ」
「………俺が死ぬ前提か。ムカつくなぁ」
嫌そうに顔を顰めた神威に、私は低く笑う。
さすがにこいつ自身、力の差ってやつは思い知ったのだろう。
諦めてもいないようだが。…まったく、闘争心の塊みたいな奴だ。
「仕方ねぇだろ。私より弱いあんたが悪い」
「うるさいな。わかってるよ、この根性悪」
ムキになるあたりが、やっぱりガキだなぁと思う。
多少賢しいところはあるが、まだ微笑ましい範疇だろう。
暴言くらいは大目に見てやろうと笑うと、対して、不機嫌そうにしていた神威がぽつりと呟いた。
「…何も聞かないんだね」
「あん? 何をだい」
「…俺のこと。親のこととか、なんで旦那の弟子なのかとか?」
「訊いたら答えんのかい? 私ゃ答える気のねぇ奴に無理強いはしねぇよ。
だいたい、相手の過去だ素性だを根掘り葉掘り訊くのは野暮ってもんさ」
興味がない、というわけでもない。
神威の才能はどう考えても、努力だなんだで身につけられる範疇を超えている。
だとすれば、親が相応の名の知れた豪傑であることは想像に難くない。
親ではなく親父様に師事している理由も、まぁ気になると言えばなる。
だがここは常夜の街。出自に秘匿を抱える者も多く集う場所。
いちいち生まれだ事情だを気にしていては面倒だし、何よりそれを訊ねるのは野暮だろう。
地球――とりわけこの江戸ってところは、見栄を張るのが粋だというのだから助かる。
私自身もまた、出自に理由を抱える立場なのだから。
「…って変な奴だよね」
「あぁ? あんたにゃ言われたくねぇよ」
「誰よりも夜兎らしいのに、なんとなく夜兎っぽくない。
なんなのかな、あんたは。色々、わからないことが多過ぎる」
「…そりゃ、あんた。女は謎が多いほど良いって言うだろうが」
「なんで?」
「なんで、って…女のことは女しかわからねぇんだよ。
だから男にとっちゃ女は謎だらけっていうか」
「?」
「…………んな純粋な目で見るな。男の気持ちなんざわかるかい」
そういうものだと理解しているだけで、思考回路のメカニズムなぞ知るわけもない。
…そもそも、そういう話をする同世代の人間が周囲に居ないのも、こいつの場合問題だ。
「わかっちゃいたが…あんた、ガキだねぇ…」
「悪かったね年増」
「誰が年増だクソガキ。口だけは達者だね、少しはガキらしくしな」
ため息交じりに返して、私は腕を伸ばした。
ひょいっと猫の子を掴み上げるように襟首を掴んで引き寄せて、膝の上に頭を載せさせる。
一瞬きょとんとしてから、慌てて跳ね起きようとするので、片手で押さえつけてやった。
…ああ、なんだ。思っていたよりずっと小せぇな、こいつ。
「ちょ、何? こういうの要らないよ!」
「黙れ。天下の太夫の膝枕の何が不満だ贅沢者!」
「なんで俺が怒られんの!?」
まだ往生際の悪いことに暴れていたが、
片手で抑えつけられて逃げられない事実に、神威は諦めてため息を吐き出した。
大人しくなった神威の頭を撫でてやりながら、私はごく自然に、微笑う。
「…神威」
「何…」
「手前はまだガキなんだ。だったらそれを利用しな」
「は…?」
不貞腐れたようにしていた神威が、不思議そうに私を見上げてきた。
こうやってりゃ、ただのガキなんだが。
いや、実年齢より若干幼いのかもしれない。色々な面で。
「ガキで居られる時間ってのは、恐ろしく短ェんだ。
だからガキであるうちは、ガキであることを最大限利用して大人になりな」
「………」
「良いかい、神威。
刃物は研がにゃ切れねぇが…牙は研ぐもんじゃない。磨くもんだ」
「…は、」
どこか困惑したような色が、声音に混じる。
「鳳仙の旦那に似てるのに、まったく逆のことを言うんだね」
「………」
「…そんなこと言われたの、初めてだよ」
困惑を消せないその言葉に、私は苦笑しながら頭を撫でてやる。
柔らかな髪質は、手に馴染む。
子供扱いをしている自覚はあった。だがそれに対する神威の反応は、今日はやけに素直だ。
「気に入らないかい?」
「…ん、…いや…そうでも、ないかも」
「そうかい」
「…うん」
決して多くは、語らずに。
小さく頷いた神威に、それ以上の言葉を投げることもなく。
私はただ、年齢より少しばかり幼いその反応に、微笑ましさを覚えた。
――こいつは私とは違うのだと、思いたかっただけなのかもしれないけれど。
To be continued?
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