殉血の枷
10.膝枕




「…で? 仔兎は手前の親父より強い女に喧嘩売るのは、止めたのかい?」
「止めてないけど今は様子見」
「そうかい。期を見る目があってなによりだ。
 私もさすがに、自分の座敷に死体は転がしたくないからねぇ」
「………俺が死ぬ前提か。ムカつくなぁ」

嫌そうに顔を顰めた神威に、私は低く笑う。
さすがにこいつ自身、力の差ってやつは思い知ったのだろう。
諦めてもいないようだが。…まったく、闘争心の塊みたいな奴だ。

「仕方ねぇだろ。私より弱いあんたが悪い」
「うるさいな。わかってるよ、この根性悪」

ムキになるあたりが、やっぱりガキだなぁと思う。
多少賢しいところはあるが、まだ微笑ましい範疇だろう。
暴言くらいは大目に見てやろうと笑うと、対して、不機嫌そうにしていた神威がぽつりと呟いた。

「…何も聞かないんだね」
「あん? 何をだい」
「…俺のこと。親のこととか、なんで旦那の弟子なのかとか?」
「訊いたら答えんのかい? 私ゃ答える気のねぇ奴に無理強いはしねぇよ。
 だいたい、相手の過去だ素性だを根掘り葉掘り訊くのは野暮ってもんさ」

興味がない、というわけでもない。
神威の才能はどう考えても、努力だなんだで身につけられる範疇を超えている。
だとすれば、親が相応の名の知れた豪傑であることは想像に難くない。
親ではなく親父様に師事している理由も、まぁ気になると言えばなる。

だがここは常夜の街。出自に秘匿を抱える者も多く集う場所。
いちいち生まれだ事情だを気にしていては面倒だし、何よりそれを訊ねるのは野暮だろう。
地球――とりわけこの江戸ってところは、見栄を張るのが粋だというのだから助かる。
私自身もまた、出自に理由を抱える立場なのだから。

「…って変な奴だよね」
「あぁ? あんたにゃ言われたくねぇよ」
「誰よりも夜兎らしいのに、なんとなく夜兎っぽくない。
 なんなのかな、あんたは。色々、わからないことが多過ぎる」
「…そりゃ、あんた。女は謎が多いほど良いって言うだろうが」
「なんで?」
「なんで、って…女のことは女しかわからねぇんだよ。
 だから男にとっちゃ女は謎だらけっていうか」
「?」
「…………んな純粋な目で見るな。男の気持ちなんざわかるかい」

そういうものだと理解しているだけで、思考回路のメカニズムなぞ知るわけもない。
…そもそも、そういう話をする同世代の人間が周囲に居ないのも、こいつの場合問題だ。

「わかっちゃいたが…あんた、ガキだねぇ…」
「悪かったね年増」
「誰が年増だクソガキ。口だけは達者だね、少しはガキらしくしな」

ため息交じりに返して、私は腕を伸ばした。
ひょいっと猫の子を掴み上げるように襟首を掴んで引き寄せて、膝の上に頭を載せさせる。
一瞬きょとんとしてから、慌てて跳ね起きようとするので、片手で押さえつけてやった。
…ああ、なんだ。思っていたよりずっと小せぇな、こいつ。

「ちょ、何? こういうの要らないよ!」
「黙れ。天下の太夫の膝枕の何が不満だ贅沢者!」
「なんで俺が怒られんの!?」

まだ往生際の悪いことに暴れていたが、
片手で抑えつけられて逃げられない事実に、神威は諦めてため息を吐き出した。
大人しくなった神威の頭を撫でてやりながら、私はごく自然に、微笑う。

「…神威」
「何…」
「手前はまだガキなんだ。だったらそれを利用しな」
「は…?」

不貞腐れたようにしていた神威が、不思議そうに私を見上げてきた。
こうやってりゃ、ただのガキなんだが。
いや、実年齢より若干幼いのかもしれない。色々な面で。

「ガキで居られる時間ってのは、恐ろしく短ェんだ。
 だからガキであるうちは、ガキであることを最大限利用して大人になりな」
「………」
「良いかい、神威。
 刃物は研がにゃ切れねぇが…牙は研ぐもんじゃない。磨くもんだ」
「…は、」

どこか困惑したような色が、声音に混じる。

「鳳仙の旦那に似てるのに、まったく逆のことを言うんだね」
「………」
「…そんなこと言われたの、初めてだよ」

困惑を消せないその言葉に、私は苦笑しながら頭を撫でてやる。
柔らかな髪質は、手に馴染む。
子供扱いをしている自覚はあった。だがそれに対する神威の反応は、今日はやけに素直だ。

「気に入らないかい?」
「…ん、…いや…そうでも、ないかも」
「そうかい」
「…うん」

決して多くは、語らずに。
小さく頷いた神威に、それ以上の言葉を投げることもなく。
私はただ、年齢より少しばかり幼いその反応に、微笑ましさを覚えた。
――こいつは私とは違うのだと、思いたかっただけなのかもしれないけれど。









To be continued?

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