殉血の枷
09.馴染み




――正直、渡りに船というか、助かったと思った。
吉原に来てから、すぐに親父様に目を掛けられて引っ込み、新造、そして花魁となった私は、
三浦屋のお職という立場を抜きにしても、少しばかり他と扱われ方が違う。

常夜の街,吉原桃源郷の主は楼主,夜王鳳仙だ。
その楼主が揚げたのだから、もう今夜は客の相手はしなくて済む。
代わりに座敷には躾の行き届いていない仔兎が居るが、まぁそれは大した問題ではない。
…しかしだ。お職の花魁ともなれば昼も夜も満員御礼状態は常ではあるが…

「…………最近、妙に忙しいぞ。どういうことだ」
「そんなの俺が知るわけないでしょ。開口一番がそれってどうなの」

襖を開けて低く呟くと、若干呆れたように神威はそう返してきた。
まだ13歳のこいつは酒は飲まない為、禿達と一緒になって食事に勤しんでいたようだ。
…なんだか、すっかり私の禿達が手懐けられてしまってるんだが。なんでだ。

「そよぎ、かさね。お前達は上がりなんし。もう眠かろう」
「あい、花魁」
「…乙葉はどうした?」

本来、花魁が座敷を掛け持ちしている場合、花魁不在の間に客の相手をするのは新造の役目だ。
神威は普通の「客」とは違うが、一応形式上、名代として乙葉を立てたはずだが。

「乙葉ならあそこで潰れてるけど」
「は?」

明らかに酔った風で畳に転がる妹女郎に、思わず頭を抱えてしまった。
確かに気楽に相手しとけとは言ったが、いくらなんでも、これはないだろう…!!

「酒は要らないから好きに呑んで良いよ、って言ったらこうなった」
「…………」

…頭が痛い。
深く息を吐いてから、私は転がっている乙葉を掴み上げた。

「何やってんだい乙葉! 客より先に酔い潰れる奴があるかッ!! これ、起きなんし!」
「はひっ?! あ、あれ、姐さん…? もう朝でありんすか?」
「寝ぼけてんじゃないよ。
 酒に弱いならがばがば呑むんじゃないと、何度言わせる気なんだいお前は!」

実は乙葉が酒に酔って潰れたのは、これが初めてではない。
弱いくせに酒が好き、というどうしようもない困った妓。
その隙の多さが可愛らしいと言えばそうなのかもしれないが、客の前でやられては恥だ。

「…ああ、もう良い。説教は明日じゃ。お前はもう上がりなんし。
 かさね、そよぎ! 乙葉を引きずって行ってやんな!」
「「あい!」」

元気の良いふたりの禿に引っ張られて、危なっかしい足取りで乙葉はふらふら歩き出す。
………ありゃ明日は二日酔いだな。ほぼ半日は使いものにならん。

「……はぁ……」
「お疲れ様。別に乙葉が居ても居なくてもどうでも良かったんだけど、俺」
「…そういうわけにいくかい。
 そりゃあんたは別に良いだろうが、他の客の前でやられたら大事だ」
「俺はどうでも良いって言ってるよねソレ」

真実、どうでも良いだろう。
廓遊びに来たわけでもないこいつにとっては、新造の粗相なぞ大したことではない。
…いや、むしろ面白がっているのだろうか。

「まったく…」
「…随分機嫌悪いみたいだね。妹に当たって少しは気が晴れた?」
「………………当たっちゃいねぇよ。人聞きの悪いこと言うな。
 ここ最近妙に忙しくてね…多少、疲れてるだけさ」
「お職の花魁サマは、気に入らない客は袖にするんじゃないの?」

不思議そうに首を傾げる神威の問いに、私は小さく息を吐き出した。
確かに私は「選べる側」の妓だが、何もかもすべて選べるわけでもない。

「いくらお職でも初会は袖に出来ねぇんだよ。
 昼見世だけで初会が十数件もありゃさすがに疲れるっての」
「はいはい、お疲れ様です。その愚痴を客に言うかな、普通」
「媚売る必要のない相手を客とは言わん」
「いっそ清々しいほど俺を客扱いしないよねは。別に良いけど」

それこそ、笑いながら言うのだから、お互い様だろう。
単に親父様に言われるままに遊びに来たガキと、それを客扱いしない同族の女。
まったく、太夫の座敷だってのに色気の無い話だ。
…もっとも、こっちは気が楽で良いけれど。









To be continued?

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