――正直、渡りに船というか、助かったと思った。
吉原に来てから、すぐに親父様に目を掛けられて引っ込み、新造、そして花魁となった私は、
三浦屋のお職という立場を抜きにしても、少しばかり他と扱われ方が違う。
常夜の街,吉原桃源郷の主は楼主,夜王鳳仙だ。
その楼主が揚げたのだから、もう今夜は客の相手はしなくて済む。
代わりに座敷には躾の行き届いていない仔兎が居るが、まぁそれは大した問題ではない。
…しかしだ。お職の花魁ともなれば昼も夜も満員御礼状態は常ではあるが…
「…………最近、妙に忙しいぞ。どういうことだ」
「そんなの俺が知るわけないでしょ。開口一番がそれってどうなの」
襖を開けて低く呟くと、若干呆れたように神威はそう返してきた。
まだ13歳のこいつは酒は飲まない為、禿達と一緒になって食事に勤しんでいたようだ。
…なんだか、すっかり私の禿達が手懐けられてしまってるんだが。なんでだ。
「そよぎ、かさね。お前達は上がりなんし。もう眠かろう」
「あい、花魁」
「…乙葉はどうした?」
本来、花魁が座敷を掛け持ちしている場合、花魁不在の間に客の相手をするのは新造の役目だ。
神威は普通の「客」とは違うが、一応形式上、名代として乙葉を立てたはずだが。
「乙葉ならあそこで潰れてるけど」
「は?」
明らかに酔った風で畳に転がる妹女郎に、思わず頭を抱えてしまった。
確かに気楽に相手しとけとは言ったが、いくらなんでも、これはないだろう…!!
「酒は要らないから好きに呑んで良いよ、って言ったらこうなった」
「…………」
…頭が痛い。
深く息を吐いてから、私は転がっている乙葉を掴み上げた。
「何やってんだい乙葉! 客より先に酔い潰れる奴があるかッ!! これ、起きなんし!」
「はひっ?! あ、あれ、姐さん…? もう朝でありんすか?」
「寝ぼけてんじゃないよ。
酒に弱いならがばがば呑むんじゃないと、何度言わせる気なんだいお前は!」
実は乙葉が酒に酔って潰れたのは、これが初めてではない。
弱いくせに酒が好き、というどうしようもない困った妓。
その隙の多さが可愛らしいと言えばそうなのかもしれないが、客の前でやられては恥だ。
「…ああ、もう良い。説教は明日じゃ。お前はもう上がりなんし。
かさね、そよぎ! 乙葉を引きずって行ってやんな!」
「「あい!」」
元気の良いふたりの禿に引っ張られて、危なっかしい足取りで乙葉はふらふら歩き出す。
………ありゃ明日は二日酔いだな。ほぼ半日は使いものにならん。
「……はぁ……」
「お疲れ様。別に乙葉が居ても居なくてもどうでも良かったんだけど、俺」
「…そういうわけにいくかい。
そりゃあんたは別に良いだろうが、他の客の前でやられたら大事だ」
「俺はどうでも良いって言ってるよねソレ」
真実、どうでも良いだろう。
廓遊びに来たわけでもないこいつにとっては、新造の粗相なぞ大したことではない。
…いや、むしろ面白がっているのだろうか。
「まったく…」
「…随分機嫌悪いみたいだね。妹に当たって少しは気が晴れた?」
「………………当たっちゃいねぇよ。人聞きの悪いこと言うな。
ここ最近妙に忙しくてね…多少、疲れてるだけさ」
「お職の花魁サマは、気に入らない客は袖にするんじゃないの?」
不思議そうに首を傾げる神威の問いに、私は小さく息を吐き出した。
確かに私は「選べる側」の妓だが、何もかもすべて選べるわけでもない。
「いくらお職でも初会は袖に出来ねぇんだよ。
昼見世だけで初会が十数件もありゃさすがに疲れるっての」
「はいはい、お疲れ様です。その愚痴を客に言うかな、普通」
「媚売る必要のない相手を客とは言わん」
「いっそ清々しいほど俺を客扱いしないよねは。別に良いけど」
それこそ、笑いながら言うのだから、お互い様だろう。
単に親父様に言われるままに遊びに来たガキと、それを客扱いしない同族の女。
まったく、太夫の座敷だってのに色気の無い話だ。
…もっとも、こっちは気が楽で良いけれど。
To be continued?
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