「この前会った時から、あんたと戦いたくてうずうずしてたんだ」
「おや残念だ。ここでどうしてももう一度会いたくて、とでも言っておけばそれっぽかったのに」
「そんな安い言葉で落ちるわけないくせに」
にこりとも笑わないで言われたセリフには、感情が無かった。
…なんとなくわかっちゃいたがこのガキ、…どこか、私に似ているのかもしれない。
「俺は今まで色んな奴とやり合ってきた。でも親父以上に強い奴とは未だに遭えない」
「…あんた…」
「鳳仙の旦那は隠居を決め込んで、全然相手してくれないしさ。
まああのひと殺るのは後でもいいや。どうせ俺以外には旦那は殺せない」
「ははっ…強気だねぇ…」
その言葉で、理解する。
こいつは既に、夜兎の廃れた因習に魅入られているのだ。
――この、私と同じように。
「――でもね、ようやく見つけたんだ。親父より強い奴」
「…それがこのだと?」
「そうだよ。――そして、俺以外で旦那を殺せる奴だ」
「………」
――ああ、こいつは生粋の獣だ。
どんな親から生まれたら、こんなガキが育つのか。
まあ私も、人のことは言えないが。
一瞬で眼前に迫ってきた拳を、袂でいなす。
速いが、直線だ。力任せな戦い方。
当たればとんでもなかろうが、なに、当たらなければなんてこともない。
「…素直な子は嫌いじゃねぇが、馬鹿は好かねぇよ」
長キセルで拳をいなして、返す刀の要領で手首を引っ掴む。
一瞬の隙も与えず、そのまままだ小柄な体を、座敷の畳に叩きつけた。
普通の童なら骨に罅のひとつも入るだろうが、こいつはせいぜい血が出る程度だろう。
「…軽い。軽いなぁ、小童。
この程度で親父様を殺そうなんぞとのたまうたぁ、片腹痛いわ」
それでも立ち上がろうともがく気概は認めよう。
根性はある。負けん気も強い。だが真っ正直過ぎる。
「――自惚れも大概にしろよ、小童。
あんた如き仔兎が、この私に傷ひとつつけられるもんか」
まだ立ち上がろうとするから、簪を髪から引き抜いて手の甲と畳とを縫い付けてやった。
一瞬息を飲む気配はあったが、泣きも喚きもしない。
「確かにね、この齢でこの力量――あんたは優秀だ。
あと5、6年もすりゃあ、あんたより強い奴を捜すのは難しくなるだろう。
だがね、あんたは私にゃ勝てねぇよ。…意味がわかるか? あんたより強い奴なんざごまんといるんだ」
夜兎っていう種族は、色々厄介だ。
力が強い。頑丈。傷の治りが早い。そして、どこかで痛覚が麻痺している。
こいつはガキだが、戦闘能力においてはとんでもなく優秀だ。
並の夜兎では、こいつには敵うまい。怪我を厭わず向かってくる馬鹿者だ。
――きっと手足をもいでやっても、泣きも喚きもしないだろう。
「力量を計る目がありながら、なんで誰彼構わず喧嘩吹っかける。
自分の力をあまり過信するな。――死に場所が欲しけりゃ、ひとりで首でも括りやがれ」
いったい、どんな経緯でこいつが春雨に入ったのかは、知らないが。
強い奴を求めて彷徨うその姿は、生き急いで死に場所を求めているようにも見える。
そんな思いで見下ろすが、対して、返された答えは歪な笑みと言葉だった。
「…大丈夫だよ。俺は強いから」
投げ返された血まみれの簪を受け取って、私は嗤う。
この吉原で、太夫に贈った最初の土産が血まみれの簪とは、上等じゃないか。
ならば極上の笑顔でもって、応えてやるのが花魁の意地だ。
「――いい加減にしろよ、小童…あんまり聞き分けがねぇと、磨り潰すぞ?」
「そんな良い笑顔で言うセリフじゃないと思うんだけど」
「誰だって最期くらい、綺麗な顔拝みながら死にてぇもんだろ?
この太夫の笑顔が冥土の土産なんて、豪勢だと思わねぇかい?」
「いや、別に死にたくはないよ? さらりとエグいこと言うね…」
笑いながら殺されちゃ敵わないね、と。
気軽に言いやがるので、鼻で笑ってやった。
「どうしようもねぇ馬鹿であれ、頭のネジが緩いガキであれ、
客にゃ極楽を見せんのが花魁よ。それが死出の旅路なら、最上級の笑顔で送ってやるさ」
「…じゃ、あんたが殺気交じりに笑顔向けたら、相手死ぬの?」
「そう受け取ってもらってかまわねぇよ。
代価に命懸ける程の甲斐性がなけりゃ、このは落とせねぇのさ」
「ははっ…あんたさ、」
13の子供が浮かべるにしては、歪な微笑。
その歪さと、飛び出してきた言葉とに、私は心底痛感する。
「――俺が今まで会った中で、旦那の次に『夜兎らしい』」
互いに――血は、争えぬのだと。
To be continued?
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