殉血の枷
07.笑顔の代価




「この前会った時から、あんたと戦いたくてうずうずしてたんだ」
「おや残念だ。ここでどうしてももう一度会いたくて、とでも言っておけばそれっぽかったのに」
「そんな安い言葉で落ちるわけないくせに」

にこりとも笑わないで言われたセリフには、感情が無かった。
…なんとなくわかっちゃいたがこのガキ、…どこか、私に似ているのかもしれない。

「俺は今まで色んな奴とやり合ってきた。でも親父以上に強い奴とは未だに遭えない」
「…あんた…」
「鳳仙の旦那は隠居を決め込んで、全然相手してくれないしさ。
 まああのひと殺るのは後でもいいや。どうせ俺以外には旦那は殺せない」
「ははっ…強気だねぇ…」

その言葉で、理解する。
こいつは既に、夜兎の廃れた因習に魅入られているのだ。
――この、私と同じように。

――でもね、ようやく見つけたんだ。親父より強い奴」
「…それがこのだと?」
「そうだよ。――そして、俺以外で旦那を殺せる奴だ」
「………」

――ああ、こいつは生粋の獣だ。
どんな親から生まれたら、こんなガキが育つのか。
まあ私も、人のことは言えないが。


一瞬で眼前に迫ってきた拳を、袂でいなす。
速いが、直線だ。力任せな戦い方。
当たればとんでもなかろうが、なに、当たらなければなんてこともない。

「…素直な子は嫌いじゃねぇが、馬鹿は好かねぇよ」

長キセルで拳をいなして、返す刀の要領で手首を引っ掴む。
一瞬の隙も与えず、そのまままだ小柄な体を、座敷の畳に叩きつけた。
普通の童なら骨に罅のひとつも入るだろうが、こいつはせいぜい血が出る程度だろう。

「…軽い。軽いなぁ、小童。
 この程度で親父様を殺そうなんぞとのたまうたぁ、片腹痛いわ」

それでも立ち上がろうともがく気概は認めよう。
根性はある。負けん気も強い。だが真っ正直過ぎる。

――自惚れも大概にしろよ、小童。
 あんた如き仔兎が、この私に傷ひとつつけられるもんか」

まだ立ち上がろうとするから、簪を髪から引き抜いて手の甲と畳とを縫い付けてやった。
一瞬息を飲む気配はあったが、泣きも喚きもしない。

「確かにね、この齢でこの力量――あんたは優秀だ。
 あと5、6年もすりゃあ、あんたより強い奴を捜すのは難しくなるだろう。
 だがね、あんたは私にゃ勝てねぇよ。…意味がわかるか? あんたより強い奴なんざごまんといるんだ」

夜兎っていう種族は、色々厄介だ。
力が強い。頑丈。傷の治りが早い。そして、どこかで痛覚が麻痺している。
こいつはガキだが、戦闘能力においてはとんでもなく優秀だ。
並の夜兎では、こいつには敵うまい。怪我を厭わず向かってくる馬鹿者だ。
――きっと手足をもいでやっても、泣きも喚きもしないだろう。

「力量を計る目がありながら、なんで誰彼構わず喧嘩吹っかける。
 自分の力をあまり過信するな。――死に場所が欲しけりゃ、ひとりで首でも括りやがれ」

いったい、どんな経緯でこいつが春雨に入ったのかは、知らないが。
強い奴を求めて彷徨うその姿は、生き急いで死に場所を求めているようにも見える。
そんな思いで見下ろすが、対して、返された答えは歪な笑みと言葉だった。

「…大丈夫だよ。俺は強いから」

投げ返された血まみれの簪を受け取って、私は嗤う。
この吉原で、太夫に贈った最初の土産が血まみれの簪とは、上等じゃないか。
ならば極上の笑顔でもって、応えてやるのが花魁の意地だ。

――いい加減にしろよ、小童…あんまり聞き分けがねぇと、磨り潰すぞ?」
「そんな良い笑顔で言うセリフじゃないと思うんだけど」
「誰だって最期くらい、綺麗な顔拝みながら死にてぇもんだろ?
 この太夫の笑顔が冥土の土産なんて、豪勢だと思わねぇかい?」
「いや、別に死にたくはないよ? さらりとエグいこと言うね…」

笑いながら殺されちゃ敵わないね、と。
気軽に言いやがるので、鼻で笑ってやった。

「どうしようもねぇ馬鹿であれ、頭のネジが緩いガキであれ、
 客にゃ極楽を見せんのが花魁よ。それが死出の旅路なら、最上級の笑顔で送ってやるさ」
「…じゃ、あんたが殺気交じりに笑顔向けたら、相手死ぬの?」
「そう受け取ってもらってかまわねぇよ。
 代価に命懸ける程の甲斐性がなけりゃ、このは落とせねぇのさ」
「ははっ…あんたさ、」

13の子供が浮かべるにしては、歪な微笑。
その歪さと、飛び出してきた言葉とに、私は心底痛感する。

――俺が今まで会った中で、旦那の次に『夜兎らしい』」

互いに――血は、争えぬのだと。









To be continued?

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