思わず、何度も瞬きしてしまった。
このジジイ、涼しい顔で何を言いやがった?
15で成人とか成人通過儀礼とか、いったいいつの時代の話をしてる。
ましてや、それを、よりによって私に、手伝えだと?
「………………何の冗談でございんしょうか」
「冗談などではないぞ。言ったであろう、ぬしにしか頼めぬと」
「………………そもそも、この童…男でありんすか」
「まずそこか。確かにこの年頃では区別がつきにくいかもしれんが」
「いえ、もうそこはどうでも良いでありんす。
…………何故わっちが、この童の筆下ろしをしなければいけないのでありんしょう」
吉原桃源郷が随一の名妓、大見世,三浦屋の松の位の花魁…太夫だぞ?
その肩書を鼻に掛けて偉ぶるつもりは毛頭無いが、それにしたってその申し出はどうだ。
息子やら孫やらに良い縁談を、と張り切る好々爺みたいなタイプならまだしも。
…そんな殊勝な生き物ではないだろうが、クソジジイ。
よほど嫌そうな顔でもしていたのか、私を見て親父様は低く笑った。
当事者の神威は…まだ食ってやがる。なんなの、あのガキ。
「無論、他の女でも構わぬぞ。なんならぬしの抱える新造の水揚げとしても良い。
――が。恐らくその娘、死ぬであろうな?」
「……」
「ぬしも純血の夜兎ならば理解出来よう。
力の加減がわからぬ若い夜兎の相手は、同じ夜兎でなくば務まらぬ」
――その言葉の意味が分からない程、私は愚かではない。
そもそも、この吉原に私以外の女の夜兎は居ない。
それはそうだろう。ここは地球。本来、私達夜兎が収まるには余りにも小さな惑星。
強者の居ないこの惑星に住まう夜兎などいないし、そもそも、純血の女夜兎は今や希少。
幸いにも地球人と夜兎は身体的に近しい生物であり、子を成せることまではわかっている。
だが――それは、相手を気遣う余裕があってこそ。何故なら夜兎は…
「特にこの神威は、能力は一級品だが少々性格に難がある。
よ。ぬしなれば、この暴れ者を押さえ込むのもわけはなかろう?」
「――……」
――夜兎は、やはり、『化け物』なのだ。
やろうと思えば、この指だけでも他種族を殺せるほどに。
「二年も経てば、こやつも第七師団の団長となっていよう。
太夫の客としては申し分無い。ぬしの面子も保たれるはず」
この親父様は、よほど夜兎の因習をこのガキに実践させたいらしい。
――古臭い人だとは、昔から知っていた。
だからこそ興味もないくせに、薦められるまま女を娶り、子を儲けたのだろう。
生まれたのが娘と知るや、見向きもしなかったが。
そして今、この童――神威に、夜兎の因習を引き継がせるに相応しいと判断した。
そこに師匠としての情などというものは存在していない。
…ああ、変わらないな、この人は。だからこそ。
――だからこそ私は、この男をこの手で殺さねばならないのだ。
「……ようございんす。それが楼主の頼みとあらば、お引き受けしんしょう。
ですがこの、一夜とは言え命ぜられるままに帯を解いたとあれば、名が廃ろうというもの」
「ふむ。確かに、ぬしの馴染みも良い気はせぬだろうな」
「ここは常世の街。男の極楽、女の苦界、吉原桃源郷。
頂点で咲き誇る女のこの意地、踏み込みたくば男の意地をお見せくんなまし」
「ほう?」
面白そうに目を細める親父様を見据えながら、私はきっぱりと言い返した。
「この童。…どれほどの器なのか、見極めさせて頂きたく思いんす。
――2年後、わっちが帯を解くに相応しいか否か…否やと出ればこの話、お断りしんす」
To be continued?
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