殉血の枷
05.妓の意地




思わず、何度も瞬きしてしまった。
このジジイ、涼しい顔で何を言いやがった?
15で成人とか成人通過儀礼とか、いったいいつの時代の話をしてる。
ましてや、それを、よりによって私に、手伝えだと?

「………………何の冗談でございんしょうか」
「冗談などではないぞ。言ったであろう、ぬしにしか頼めぬと」
「………………そもそも、この童…男でありんすか」
「まずそこか。確かにこの年頃では区別がつきにくいかもしれんが」
「いえ、もうそこはどうでも良いでありんす。
 …………何故わっちが、この童の筆下ろしをしなければいけないのでありんしょう」

吉原桃源郷が随一の名妓、大見世,三浦屋の松の位の花魁…太夫だぞ?
その肩書を鼻に掛けて偉ぶるつもりは毛頭無いが、それにしたってその申し出はどうだ。
息子やら孫やらに良い縁談を、と張り切る好々爺みたいなタイプならまだしも。
…そんな殊勝な生き物ではないだろうが、クソジジイ。

よほど嫌そうな顔でもしていたのか、私を見て親父様は低く笑った。
当事者の神威は…まだ食ってやがる。なんなの、あのガキ。

「無論、他の女でも構わぬぞ。なんならぬしの抱える新造の水揚げとしても良い。
 ――が。恐らくその娘、死ぬであろうな?」
「……」
「ぬしも純血の夜兎ならば理解出来よう。
 力の加減がわからぬ若い夜兎の相手は、同じ夜兎でなくば務まらぬ」

――その言葉の意味が分からない程、私は愚かではない。
そもそも、この吉原に私以外の女の夜兎は居ない。
それはそうだろう。ここは地球。本来、私達夜兎が収まるには余りにも小さな惑星。
強者の居ないこの惑星に住まう夜兎などいないし、そもそも、純血の女夜兎は今や希少。
幸いにも地球人と夜兎は身体的に近しい生物であり、子を成せることまではわかっている。
だが――それは、相手を気遣う余裕があってこそ。何故なら夜兎は…

「特にこの神威は、能力は一級品だが少々性格に難がある。
 よ。ぬしなれば、この暴れ者を押さえ込むのもわけはなかろう?」
――……」

――夜兎は、やはり、『化け物』なのだ。
やろうと思えば、この指だけでも他種族を殺せるほどに。

「二年も経てば、こやつも第七師団の団長となっていよう。
 太夫の客としては申し分無い。ぬしの面子も保たれるはず」

この親父様は、よほど夜兎の因習をこのガキに実践させたいらしい。
――古臭い人だとは、昔から知っていた。
だからこそ興味もないくせに、薦められるまま女を娶り、子を儲けたのだろう。
生まれたのが娘と知るや、見向きもしなかったが。

そして今、この童――神威に、夜兎の因習を引き継がせるに相応しいと判断した。
そこに師匠としての情などというものは存在していない。
…ああ、変わらないな、この人は。だからこそ。

――だからこそ私は、この男をこの手で殺さねばならないのだ。

「……ようございんす。それが楼主の頼みとあらば、お引き受けしんしょう。
 ですがこの、一夜とは言え命ぜられるままに帯を解いたとあれば、名が廃ろうというもの」
「ふむ。確かに、ぬしの馴染みも良い気はせぬだろうな」
「ここは常世の街。男の極楽、女の苦界、吉原桃源郷。
 頂点で咲き誇る女のこの意地、踏み込みたくば男の意地をお見せくんなまし」
「ほう?」

面白そうに目を細める親父様を見据えながら、私はきっぱりと言い返した。

「この童。…どれほどの器なのか、見極めさせて頂きたく思いんす。
 ――2年後、わっちが帯を解くに相応しいか否か…否やと出ればこの話、お断りしんす」









To be continued?

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