急遽整えられた座敷。
急ごしらえではあったが姿を整え、私はその男と向き合っていた。
「…この刻限に、先触れも無しに来られては困りんす。親父様。
お呼び立て頂けば、わっちの方からそちらに参りんしたものを」
「なに、天下の太夫を呼びつけたとあっては良からぬ噂も立とう。
個人的な頼みがあって来たのでな。…が、どうやら不肖の弟子が厄介になっていたようだが」
「…………弟子、でございんすか」
ちらりと視線を向けると、まだ膳のものをがっついている神威の姿が見える。
…いつまで食ってるつもりだ。いくら夜兎が大食いとはいえ…燃費が悪いんじゃないか、あの子。
「まったく、どこに行ったかと思えば…太夫の座敷に上がり込んでいるとはな。
神威、飯は後にしろ。どうせお前のことだ、に挨拶のひとつもまともにしていないのだろう?」
「挨拶? 名前なら名乗りましたよ」
それだけ返してまた食事に戻ろうとするのを、さすがに親父様が止めた。
だが私としては、こんな子供に挨拶されてもどうしようもない。
そのまま放っておいても良いと思うのが、本音なのだが。
「若いぬしにはまだ理解出来ぬだろうが、この女は億の金をも動かす吉原随一の名妓よ。
気に入らぬ客は袖にし、どんな上客にも帯を解かぬ。そのの座敷に上がったのだ、礼儀があろう」
「ふぅん…ここってややこしいところですネ」
面倒臭そうに膳を置いてから、神威は私の方へ向き直った。
居住まいを直し、軽く会釈をしてから口を開く。
「――改めまして。春雨が第七師団所属、神威と申します。
吉原桃源郷が評判の傾城、太夫にお会い出来て光栄です。噂に違わぬ美しさですね」
「………どうも」
子供らしくもない、しかも胡散臭い口上だった。
…そもそも、常套句を口にしただけじゃないか。なんだ、この茶番は。
「…と、これでどうでしょう、旦那?」
「最後のそれが無ければ満点だったろうな」
「……………親父様。それ以前の問題でありんす」
茶番に突き合わせられるこちらの身になって欲しい。
――しかし、春雨第七師団とは…仔兎かと思ったが、よほど将来を有望視されているのだろう。
この親父様が、弟子を取ったことにも驚いたが、特別に目を掛けているというのも驚きだ。
「……で、親父様。個人的な頼みとはなんでありんしょうか」
「ん? ああ、そうだな。この不肖の弟子についてなのだが」
「……わっちのような遊女風情に、何が出来るかわかりんせんが」
「ぬしでなければ頼めぬことよ。
これは今13なのだが、既に春雨の第七師団で力を振るっている。すぐに団長にのし上がれよう」
「…それはまた。親父様に目を掛けて頂けるとは、将来有望な新人でありんすね」
「我ら夜兎の古き風習に則れば、あと2年で成人。
そこでだ、よ。こやつの成人通過儀礼の筆下ろし、ぬしに頼みたい」
「は、」
さらりと言われた、とんでもない台詞。
返す言葉を忘れて、私は唖然と親父様を見つめ返していた。
To be continued?
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