殉血の枷
04.因習




急遽整えられた座敷。
急ごしらえではあったが姿を整え、私はその男と向き合っていた。

「…この刻限に、先触れも無しに来られては困りんす。親父様。
 お呼び立て頂けば、わっちの方からそちらに参りんしたものを」
「なに、天下の太夫を呼びつけたとあっては良からぬ噂も立とう。
 個人的な頼みがあって来たのでな。…が、どうやら不肖の弟子が厄介になっていたようだが」
「…………弟子、でございんすか」

ちらりと視線を向けると、まだ膳のものをがっついている神威の姿が見える。
…いつまで食ってるつもりだ。いくら夜兎が大食いとはいえ…燃費が悪いんじゃないか、あの子。

「まったく、どこに行ったかと思えば…太夫の座敷に上がり込んでいるとはな。
 神威、飯は後にしろ。どうせお前のことだ、に挨拶のひとつもまともにしていないのだろう?」
「挨拶? 名前なら名乗りましたよ」

それだけ返してまた食事に戻ろうとするのを、さすがに親父様が止めた。
だが私としては、こんな子供に挨拶されてもどうしようもない。
そのまま放っておいても良いと思うのが、本音なのだが。

「若いぬしにはまだ理解出来ぬだろうが、この女は億の金をも動かす吉原随一の名妓よ。
 気に入らぬ客は袖にし、どんな上客にも帯を解かぬ。そのの座敷に上がったのだ、礼儀があろう」
「ふぅん…ここってややこしいところですネ」

面倒臭そうに膳を置いてから、神威は私の方へ向き直った。
居住まいを直し、軽く会釈をしてから口を開く。

――改めまして。春雨が第七師団所属、神威と申します。
 吉原桃源郷が評判の傾城、太夫にお会い出来て光栄です。噂に違わぬ美しさですね」
「………どうも」

子供らしくもない、しかも胡散臭い口上だった。
…そもそも、常套句を口にしただけじゃないか。なんだ、この茶番は。

「…と、これでどうでしょう、旦那?」
「最後のそれが無ければ満点だったろうな」
「……………親父様。それ以前の問題でありんす」

茶番に突き合わせられるこちらの身になって欲しい。
――しかし、春雨第七師団とは…仔兎かと思ったが、よほど将来を有望視されているのだろう。
この親父様が、弟子を取ったことにも驚いたが、特別に目を掛けているというのも驚きだ。

「……で、親父様。個人的な頼みとはなんでありんしょうか」
「ん? ああ、そうだな。この不肖の弟子についてなのだが」
「……わっちのような遊女風情に、何が出来るかわかりんせんが」
「ぬしでなければ頼めぬことよ。
 これは今13なのだが、既に春雨の第七師団で力を振るっている。すぐに団長にのし上がれよう」
「…それはまた。親父様に目を掛けて頂けるとは、将来有望な新人でありんすね」
「我ら夜兎の古き風習に則れば、あと2年で成人。
 そこでだ、よ。こやつの成人通過儀礼の筆下ろし、ぬしに頼みたい」
「は、」

さらりと言われた、とんでもない台詞。
返す言葉を忘れて、私は唖然と親父様を見つめ返していた。









To be continued?

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