「…私が言うのもなんだけど…よく食うねぇ…」
「ん? そう?」
がっつくように食べ続けていた子供は、そう聞き返して首を傾げた。
客を取れない禿や新造が腹を空かせているのは、いつものことだが。
「姐さんに食わせて貰ってないのかい?」
「俺、姉はいないけど。妹ならいた」
「は? …ああ、来たばかりなのか…」
それならば、三浦屋で引き取るつもりだったのか?
まさかとは思うが…逃げてきた…わけはないか。
「…それならこんなとこで飯食ってたりしねぇか…」
「おねえさん、独り言多いね」
「放っとけ。
…あんた、どこの見世の子だい? 名前は? なんで怪我してた?」
「いっぺんに聞かれても答えられないんだけど」
こ、このガキ…。
一瞬拳を握り締めたが、なんとか自分に言い聞かせる。
…落ち着け。相手は子供だ。私の拳で殴ったら頭蓋骨が陥没する。
「…わかったよ。まず名前を名乗りな」
「神威」
案外、素直だった。
カムイ――神威、か。大層な名前じゃないか。
「ご大層な名前だね。…で、なんで怪我してあそこに転がってた」
「あぁ…ジジイに殴られた」
「は? ジジイ?」
「さすがに俺でも、まだ鳳仙の旦那には勝てないや。傷一つつけられやしない」
おい…何言ってんだ、このガキ…。
夜王鳳仙――基本が単独行動の夜兎において、王と呼ばれる程の男。
夜兎の間じゃ、ガキだってその名の意味することを知っている。
その夜王に殴られた。しかも今の言い方、自分から喧嘩売ったのか。
「…お、…親父様に喧嘩売ったってのかい…?
あんた、馬鹿か。いったい何が気に食わなかったんだか…」
「おねえさん、旦那の娘なの?」
「…遊女にとっちゃ、楼主は親父様さ。別に私が娘ってわけじゃない」
「そうなの? …だっておねえさん、夜兎だろ」
瞬間、その瞳に宿った鈍い光を、どう表現したら良いか。
獰猛な獣が、獲物を見つけたような――とでも、言えば妥当だろうか。
「それも、相当強い。…あんたと旦那が本気でやりあったら、多分両方死ぬだろ」
「……………」
恐らく、今、私の顔には表情というものが無くなっているだろう。
逃げる隙すら与えず、胸ぐらを掴んで引き倒した。
頭を強かに打ち付けたようだが、夜兎がその程度でそうこうなるわけもない。
畳に転がる簪を拾い上げ、喉元へ突きつける。
「――言いな。あんた何者だい?」
「…もう名乗ったよ、おねえさん」
「名前なんざどうでも良い。
…あんた、ただの子供じゃないね。この街に何しに来た」
簪を突きつけられて、へらへらしてる奴が普通の子供であるものか。
ましてや、夜王に喧嘩売ってこの程度の怪我? 有り得ない。
どこぞの見世の子か、引き取られてきたかと思っていたが、どうやら違う。
今は仔兎だが、こいつは――獣だ。
――始末するか? だが、この童に親父様と関わりがあるならまずい。足がつく。
「! 起きてるかい!?」
不意に、慌てた女の声が静寂を破った。
襖の向こう。…遣り手婆か。タイミングの悪い。
「…遣り手かい。今取り込み中だ、後にしておくれ」
「それこそ後にしておくれよ! 鳳仙様がいらしてるんだから!!」
「は…?」
一瞬、理解が遅れる。
――今、なんと言った?
「何を騒いでおる」
「鳳仙様! 申し訳ありません、はまだ準備が…」
「良い」
襖を開ける音が、嫌に響く。
ゆっくりと、私は振り返った。
「――壮健そうだな、よ。何年ぶりであろうか」
「…親父、様…」
自分を見下ろす、その男を前にして。
私は――思わず、手の中の簪を握る手に、力を込めた。
To be continued?
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