殉血の枷
03.猩々緋




「…私が言うのもなんだけど…よく食うねぇ…」
「ん? そう?」

がっつくように食べ続けていた子供は、そう聞き返して首を傾げた。
客を取れない禿や新造が腹を空かせているのは、いつものことだが。

「姐さんに食わせて貰ってないのかい?」
「俺、姉はいないけど。妹ならいた」
「は? …ああ、来たばかりなのか…」

それならば、三浦屋で引き取るつもりだったのか?
まさかとは思うが…逃げてきた…わけはないか。

「…それならこんなとこで飯食ってたりしねぇか…」
「おねえさん、独り言多いね」
「放っとけ。
 …あんた、どこの見世の子だい? 名前は? なんで怪我してた?」
「いっぺんに聞かれても答えられないんだけど」

こ、このガキ…。
一瞬拳を握り締めたが、なんとか自分に言い聞かせる。
…落ち着け。相手は子供だ。私の拳で殴ったら頭蓋骨が陥没する。

「…わかったよ。まず名前を名乗りな」
「神威」

案外、素直だった。
カムイ――神威、か。大層な名前じゃないか。

「ご大層な名前だね。…で、なんで怪我してあそこに転がってた」
「あぁ…ジジイに殴られた」
「は? ジジイ?」
「さすがに俺でも、まだ鳳仙の旦那には勝てないや。傷一つつけられやしない」

おい…何言ってんだ、このガキ…。
夜王鳳仙――基本が単独行動の夜兎において、王と呼ばれる程の男。
夜兎の間じゃ、ガキだってその名の意味することを知っている。
その夜王に殴られた。しかも今の言い方、自分から喧嘩売ったのか。

「…お、…親父様に喧嘩売ったってのかい…?
 あんた、馬鹿か。いったい何が気に食わなかったんだか…」
「おねえさん、旦那の娘なの?」
「…遊女にとっちゃ、楼主は親父様さ。別に私が娘ってわけじゃない」
「そうなの? …だっておねえさん、夜兎だろ」

瞬間、その瞳に宿った鈍い光を、どう表現したら良いか。
獰猛な獣が、獲物を見つけたような――とでも、言えば妥当だろうか。

「それも、相当強い。…あんたと旦那が本気でやりあったら、多分両方死ぬだろ」
「……………」

恐らく、今、私の顔には表情というものが無くなっているだろう。
逃げる隙すら与えず、胸ぐらを掴んで引き倒した。
頭を強かに打ち付けたようだが、夜兎がその程度でそうこうなるわけもない。
畳に転がる簪を拾い上げ、喉元へ突きつける。

――言いな。あんた何者だい?」
「…もう名乗ったよ、おねえさん」
「名前なんざどうでも良い。
 …あんた、ただの子供じゃないね。この街に何しに来た」

簪を突きつけられて、へらへらしてる奴が普通の子供であるものか。
ましてや、夜王に喧嘩売ってこの程度の怪我? 有り得ない。
どこぞの見世の子か、引き取られてきたかと思っていたが、どうやら違う。
今は仔兎だが、こいつは――獣だ。
――始末するか? だが、この童に親父様と関わりがあるならまずい。足がつく。

! 起きてるかい!?」

不意に、慌てた女の声が静寂を破った。
襖の向こう。…遣り手婆か。タイミングの悪い。

「…遣り手かい。今取り込み中だ、後にしておくれ」
「それこそ後にしておくれよ! 鳳仙様がいらしてるんだから!!」
「は…?」

一瞬、理解が遅れる。
――今、なんと言った?

「何を騒いでおる」
「鳳仙様! 申し訳ありません、はまだ準備が…」
「良い」

襖を開ける音が、嫌に響く。
ゆっくりと、私は振り返った。

――壮健そうだな、よ。何年ぶりであろうか」
「…親父、様…」

自分を見下ろす、その男を前にして。
私は――思わず、手の中の簪を握る手に、力を込めた。









To be continued?

気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。