廓に居る間は帯を解かぬが信条。
真に惚れた男と一緒になる時、初めて帯を解く。
なれば太夫を強引に口説き落とそうなぞ、野暮のやることだ。
…とまあ、そんなロマンチストなのは、実際男だけだろう。
芸と手練手管。これで簡単に満足するのだから世話は無い。
おかげで本来なら体力使い果たしているはずのこの刻限に、こうしてまったりしてるわけだ。
「んー…まぁ、日が差さないこの街じゃあ、朝も夜もあったもんじゃないが」
まったく、外面ばかり絢爛で風情が無い。
これだけ日の光を浴びていないと、いざ浴びたら干からびそうだ。
「あー、お腹空いた…」
健康そのものだ。大いに結構。
寝ぼけ眼をこすりながら座敷に戻ろうとすると、不意に視界に何か映った。
黒い塊。ごみか?…いや、違うな。
野犬…のわけはないか。それにしちゃでかい。
「……」
そろそろと近づいてみて、流石に私は眼を瞠った。
…驚いた。子供だ。
「何してるんだい、あんた」
「……」
声を掛けてみるが、返事がない。
死体か? よく見れば全身傷だらけじゃないか。
「…新造が折檻でも受けたかね。…にしちゃあ、服装がねぇ…」
新造、にしては衣装が変だ。
三浦屋は江戸の古き良き伝統を重んじるとかで、洋装は着せない。
「どこか別の見世の子かね…」
死体、ではなさそうだ。辛うじて。
いったいどこの子供だと、横にころんと転がしてみる。
仰向けになったその子供を見て、別の意味でもう一度私は眼を瞠った。
「…これはまた…結構な上玉だね…」
うちの見世でも、これほどの器量良しな禿や新造は居ない。
透ける様な白い肌と、整った顔立ち。桃色と橙色を混ぜた様な、変わった色合いの髪。
地球人、じゃあなさそうだな――
としげしげ眺めていると、ふと気づく。
…ああ、そうか。この子は同族――
夜兎の子なのだ。
「…親父様がどっかからか拾って来たかね…。
おい、起きなんし。どこか痛むのかい?」
「…ぉ」
「お、喋った。なんだい?」
か細い声を拾って、私はその子供の口元に耳を寄せる。
よほど疲弊しているのか、掠れてほとんど声になってないじゃないか。
「…………おなか、空いた…………」
「はい?」
一瞬、耳を疑った。
…え。腹減ったって。…この傷で、第一声がそれか?
「…あー…残りもんで良いなら食わせてやるけど、良いかい?」
「食べる!!」
がばっと、子供は起き上がった。
おい、元気じゃねーか。さっきまでのはなんだったんだ。
綺麗な青い瞳の子供。だけど。
――
随分と、暗い目をしている。歳はまだ、12,3くらいだろうに。
「…はいはい、食わせてやるよ。
その前に怪我の治療もしてやろう。見ている方が気分が悪い」
「怪我? …大したことないよ、このくらいすぐ治る」
「わかってるよ。それでもだ。
そんな血まみれ泥まみれの小汚い恰好で、この太夫の座敷に上がれると思いでないよ」
湯にでも放り込んでやりたいが、この刻限ではまだ湯張りは終わっていないだろう。
仕方がない、手水で拭いてやって、あとは治療だ。
「おねえさん、花魁なの?」
「他の何に見えるってんだい」
「いや、地味な格好してるから」
「阿呆か。朝っぱらからあんな派手な格好出来るかい、肩凝るわ。
くだらないこと言ってないで、ついておいで」
「あ、うん。待って」
乱れた髪を手櫛で梳きながら私が歩き出すと、その子はすぐについて来た。
なんだか朝っぱらから、妙な拾い物をしてしまった。
…まあ、でかい犬猫だと思えば、大したことは無いか。
そう、思っていたのだ。
少なくとも、この時はまだ。
To be continued?
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