殉血の枷
02.朝まだき




廓に居る間は帯を解かぬが信条。
真に惚れた男と一緒になる時、初めて帯を解く。
なれば太夫を強引に口説き落とそうなぞ、野暮のやることだ。

…とまあ、そんなロマンチストなのは、実際男だけだろう。
芸と手練手管。これで簡単に満足するのだから世話は無い。
おかげで本来なら体力使い果たしているはずのこの刻限に、こうしてまったりしてるわけだ。

「んー…まぁ、日が差さないこの街じゃあ、朝も夜もあったもんじゃないが」

まったく、外面ばかり絢爛で風情が無い。
これだけ日の光を浴びていないと、いざ浴びたら干からびそうだ。

「あー、お腹空いた…」

健康そのものだ。大いに結構。
寝ぼけ眼をこすりながら座敷に戻ろうとすると、不意に視界に何か映った。
黒い塊。ごみか?…いや、違うな。
野犬…のわけはないか。それにしちゃでかい。

「……」

そろそろと近づいてみて、流石に私は眼を瞠った。
…驚いた。子供だ。

「何してるんだい、あんた」
「……」

声を掛けてみるが、返事がない。
死体か? よく見れば全身傷だらけじゃないか。

「…新造が折檻でも受けたかね。…にしちゃあ、服装がねぇ…」

新造、にしては衣装が変だ。
三浦屋は江戸の古き良き伝統を重んじるとかで、洋装は着せない。

「どこか別の見世の子かね…」

死体、ではなさそうだ。辛うじて。
いったいどこの子供だと、横にころんと転がしてみる。
仰向けになったその子供を見て、別の意味でもう一度私は眼を瞠った。

「…これはまた…結構な上玉だね…」

うちの見世でも、これほどの器量良しな禿や新造は居ない。
透ける様な白い肌と、整った顔立ち。桃色と橙色を混ぜた様な、変わった色合いの髪。
地球人、じゃあなさそうだな―― としげしげ眺めていると、ふと気づく。
…ああ、そうか。この子は同族―― 夜兎の子なのだ。

「…親父様がどっかからか拾って来たかね…。
 おい、起きなんし。どこか痛むのかい?」
「…ぉ」
「お、喋った。なんだい?」

か細い声を拾って、私はその子供の口元に耳を寄せる。
よほど疲弊しているのか、掠れてほとんど声になってないじゃないか。

「…………おなか、空いた…………」
「はい?」

一瞬、耳を疑った。
…え。腹減ったって。…この傷で、第一声がそれか?

「…あー…残りもんで良いなら食わせてやるけど、良いかい?」
「食べる!!」

がばっと、子供は起き上がった。
おい、元気じゃねーか。さっきまでのはなんだったんだ。
綺麗な青い瞳の子供。だけど。
―― 随分と、暗い目をしている。歳はまだ、12,3くらいだろうに。

「…はいはい、食わせてやるよ。
 その前に怪我の治療もしてやろう。見ている方が気分が悪い」
「怪我? …大したことないよ、このくらいすぐ治る」
「わかってるよ。それでもだ。
 そんな血まみれ泥まみれの小汚い恰好で、この太夫の座敷に上がれると思いでないよ」

湯にでも放り込んでやりたいが、この刻限ではまだ湯張りは終わっていないだろう。
仕方がない、手水で拭いてやって、あとは治療だ。

「おねえさん、花魁なの?」
「他の何に見えるってんだい」
「いや、地味な格好してるから」
「阿呆か。朝っぱらからあんな派手な格好出来るかい、肩凝るわ。
 くだらないこと言ってないで、ついておいで」
「あ、うん。待って」

乱れた髪を手櫛で梳きながら私が歩き出すと、その子はすぐについて来た。
なんだか朝っぱらから、妙な拾い物をしてしまった。
…まあ、でかい犬猫だと思えば、大したことは無いか。


そう、思っていたのだ。
少なくとも、この時はまだ。









To be continued?

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