――江戸は吉原桃源郷。
地下に根を張る、常世の街。
男の極楽。女の苦界。
はてさて、それは真実だろうか。
いつの世でも、どんな場所でも、何一つ変わりゃしない。
男と女なんざ、所詮は騙し騙されの化かし合い。
男は見栄、女は意地。
どっちが勝っても残るのは――まあ、ひとつだろうね。
「花魁、よろしくお願いします」
「あいよ」
にこやかな笑顔で襖を開けてきたのは、この三浦屋の内儀。
私はこの三浦屋に身を置く遊女――花魁だ。
――花魁。吉原でも最高の美しさと芸を持つ者に与えられる称号。
その中でも最も秀でた花魁を、松の位、太夫と呼ぶ。
ただでさえ少ない格式高い見世に、ただ一人の存在。
今の吉原には、5人も居ないんじゃあないだろうか。
ここでの私の呼び名は、。太夫。
代々三浦屋の松の位に与えられる、名跡。
本名は捨てた。廓に入った時点で、生まれ持った名など無用の長物。
――そう、ここは吉原。
金をばら撒くが男の見栄ならば、頂点で咲き誇るが女の意地だ。
「おお、花魁道中かい。ありゃ三浦屋の太夫だな」
「さすがは番付で日輪と一、二を争う。美しい…」
「いやいや、芸では日輪より上だろう? なにせは帯を解かない花魁だ」
「最近じゃあ日輪はぱったりと道中張らなくなったからねぇ…次の番付はの圧勝じゃないか?」
――吉原でも指折りの老舗,三浦屋お職の花魁。
どんなお大尽にも帯を解かずして、太夫に登り詰めた女。
物珍しさでお大尽が列を成し、今ではこれだけ目立つ
「…日輪を押さえて一番になっちまったら、目立ってしょうがないよ」
「太夫は無欲ですねぇ。誰だって上にいきたいもんでしょうに」
「わっちゃそんなモンに興味はありんせん」
澄まして応えれば、肩貸しの男衆は可笑しそうに笑う。冗談と受け取ったのだろう。
確かに、番付二番までのし上がれたなら、見据えるは一番。
だがどれほど美しかろうが秀でていようが、女郎は女郎。
そんな格付けには興味はない。三浦屋お職の証である、の名ですらも。
透き通るように白き肌?
そんなものは持って生まれた当たり前のもの。
飲みっぷりが素晴らしい? 美味そうに料理を食す?
それのどこが特別だ。
芸が素晴らしい?
そんなものは、体力が続けばどうとでもなる。
通常三年掛る外八文字を一年掛らず取得?
外八文字が辛いのは、纏う衣装の重さと鉄下駄のせいだ。
重みに耐えられるのであれば、さして取得に時間など不要。
――私を、何者だとお思いか?
この身に流れるは、太陽に忌み嫌われし獣の血。
小さくか弱き様を演じる、月恋う獣。
常世の街を支配する、夜の王の娘。
――血を誇り、血に殉ずる宇宙最強の傭兵部族、〝夜兎〟。
それが江戸は吉原桃源郷が花魁、太夫の正体だった。
To be continued?
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