連休二日目。
買い物は昨日行ったので、やることが思いつかない。
なので私は、怠惰な時間を貪ろうと今日は引きこもる気満々だった。
…………が、しかし。
「…あのねぇ、ちゃん」
「はい?」
ソファに座らされた私の前には、銀さんと新八が同じように座っていた。
相変わらず銀さんは気怠そうで新八は地味だけど、ふたりとも心なしか表情が真剣だ。
「いやね、服装の趣味は人それぞれだし? ちゃんが何着てても銀さんは構わないよ。
むしろ銀さん的にはそーゆー格好キライじゃないけどね? どっちかって言うと好きだけどね?」
「じゃあ良いじゃないですか」
「良ければ何も言わねーっての」
何が悪いと言うのか。
私は自分の服装を見下ろした。
昨日買ってきた着物。今若い子に流行りの、膝丈の着物だ。
それの裾をちょっと切ってスカート状にして、下にスカートを穿いている。
動きやすくてとても楽です。
「ひとーつ。浴衣姿で部屋の中をウロつかなーい」
「んなこと言ったら旅館も泊まれませんけど」
浴衣は私の寝間着兼、部屋着です。
「ひとーつ。脚出して歩かなーい」
「若い娘が脚出さないでいつ出しますか」
若いうちに脚出さないで、いつ出すのか。
歳取ったら脚なんか出せないよ! 冷え性なら更にね!
「…いちいち反論すんなようるせーな! 自分が年頃の娘だってぇのを忘れんな!
新八がいっつも目のやり場に困ってんのがわかんねーのか!?」
「…でも銀さんもしょっちゅう目のやり場に困ってますよね」
「要らんツッコミ入れんじゃねーよ、駄メガネ」
「誰が駄メガネ!?」
新八が駄メガネなのは今更です。
そんな、年頃の娘を持つ親父じゃあるまいし…。
というか、そこまでミニスカート丈でもないぞ、これ。
「別に良いじゃないですかー。お通ちゃんだって脚出してんじゃん」
「お通ちゃんは下にちゃんと穿いてます!!」
「私が下着すら穿いてないみたいな言い方すんな!?
むしろガーター穿く方が卑猥な気がするんですけど」
目を眇めて言い返すと、「お通ちゃんは卑猥じゃありませんッ!!」と新八に怒鳴られた。
本当にさぁ、こいつさぁ…これだからアイドルオタクってのはよぅ。現実見ろや。
「…とりあえず脚隠せ、脚」
「えーーー…」
「いい加減銀さんの言うこと聞けよ。触んぞコラ」
「脚なら良いよ」
「マジでか」
「ちょっとちょっと話の趣旨変わってますよ!! 大幅に脱線してますよ!?」
うるさい黙れ駄メガネもとい新八。
がしがしと頭を掻きむしりながら、私は苛立ちを孕むため息を吐き出す。
「あ~~~、もうッ! あんたは私の親父ですかバカヤロー!」
「言うに事欠いて親父って何? せめて兄貴にしろよ」
「世の兄貴はもっと放任だよ! ちょっと出掛けてきます」
「えっ? ちょ、お前その格好で外出んの? 待てコラ! オイ、ッ!」
なんか銀さんが騒いでるけど、私は聞こえない振りをして外へ出た。
「と、まぁそんなことがあったんですよー。やってらんないですよねー」
「おー、そうかい。…言いたかねぇが、俺は万事屋に同意見だ」
行く場所なんぞそうそうあるわけでもなく。
私は、職場でもある真選組屯所に避難してきていた。
たまたまデスクワークのお仕事中の土方さんが居て、私はその横でゴロゴロしてるわけですが。
…愚痴に返された反応に、思わず目を眇めてしまった。
「なんですか。土方さんは銀さんの味方ですか。ふたりは想いの通じ合う間柄ですか。
喧嘩ばっかしてるように見えてなんですか、ツンデレですかコノヤロー」
「気色悪い言い掛かりつけてんじゃねぇ!! 鳥肌立ってきただろーが!!」
そう怒鳴り返して、バンッと思いっきり土方さんは机を叩いた。
だけど気怠いモードに入っている私は、別に土方さんの怒鳴り声なんて恐くありません。
「とにかく、だ。若い娘が脚出してんのは由々しき問題だろうが」
「古いですよ土方さん」
「うるせぇ。お前いったい何しに来た」
証印を置いて、新しい煙草を取り出した土方さんがジロリと私に軽く睨んだ。
私はいそいそと起き上がり、ちょこんとそこに座り直す。
「連休二日目って何して良いのかわかんないのでー、暇だったから」
「屯所に面白ェもんなんざ何もねーだろ。物好きな奴だな」
「とりあえず土方さんが面白いので良いんじゃないかな」
「どういう意味だよ」
「そういう意味ですヨ」
やっぱり銀さんと土方さんって似てるんだな、うん。
いや、土方さんの方が真面目な分、からかうと面白さ倍増だけど。
「チッ…こっちはお前に付き合って遊ぶ暇はねぇよ」
「書類関係の仕事はもう終わってますよねぇ」
かくんと首を傾げて訊ねると、土方さんはピタリと動きを止めた。
「…………」
「…………」
私と土方さんの間に、沈黙が流れる。
先にそれに耐えられなくなったのは、まぁ当然ながら土方さんの方だった。
「…これから道場で自己鍛錬なんだよ! いくらでも仕事はあんだよ俺ァ!」
「あー、そうですかー」
舌打ちして立ち上がった土方さんに、私はニヤリと口角を持ち上げて嗤った。
煙草つけてから道場行く奴なんかいませんよ。
まったく、面白い人だなぁ、土方さんって。
+++
「……オイ、お姫さんよ。なんだってこんなところまで付いて来るんだお前は」
木刀を握った土方さんが、顔を引きつらせながら私を振り返った。
それに対し、私はにっこりと微笑んで首を傾げてみる。
「暇だからです」
「俺はお前の娯楽か」
「違いますよ、娯楽用品です」
「分類道具かよ! 更に悪いじゃねーか!!」
怒鳴り返してから、土方さんは諦めたようにため息を吐いた。
なんだかんだで、顔に似合わず苦労人だよねぇこの人。
「ったく…わかった、とりあえず大人しく隅っこに居ろ」
「はぁーい」
間延びした返事を返して、私は道場の隅っこに腰を下ろした。
土方さんは木刀の素振りを始め、道場内は木刀が空を切る音だけに支配される。
…うーん…。
こうやって見てる分には、やっぱ土方さんって美形だよなぁ…。
「…なァ、」
「え? あ、はい?」
「他人の鍛錬なんざ眺めてても退屈だろうが。帰れよ」
「いやー? 結構面白いもんですヨ」
美形が武芸に励む姿ってのは、私にとっては美味しいことこの上ないですよ。
そんな心の声は抑えつつ、にこにこしながら応えた私の反応をどう受け取ったのか。
木刀を降ろして、土方さんはまじまじと私を見た。
「…そういやァ、お前も武道かじってるんだったな」
「はい? まぁ、一応…」
「得物は何だ? 刀か。槍か?」
「いや、薙刀ですけど」
「薙刀か…腕力の無い女が扱うにゃ、お誂え向きの得物だな」
勝手に納得したように頷いて、土方さんは道場の隅っこに置かれた箱を漁り始めた。
…何やってんの、あの人。
「…あのぅ。土方さん、何してんの?」
「ちょっと待ってろ。…お、あった」
そう言って土方さんが取り出したのは、刃を潰された薙刀。
ポイッと放られたそれをキャッチして、首を傾げる私に、土方さんは何でもないことのように言い放った。
「どうせ暇なんだろ。ひとりで木刀振り回しても退屈だ、お前ちょっと俺に付き合え」
「え。………ええええええっ!?」
ちょっと待って。
待って待って。
今、なんて言いやがりましたか。
「無理無理! 鬼のマヨ副長と手合わせとかマジ無理! 死ぬ!」
「マヨは余計だマヨは! 死にはしねぇよ、手加減はするし何より真剣じゃねぇ」
「バカ言うなァ! 銀さんなんか木刀で岩も機械も砕くよ、私の骨なんか一発だよ!?」
「いや、木刀であんな無茶すんのはお前のところの家主だけだ。安心しろ」
確かにそうだ。
…実際、あの木刀って何なんだろう。何でも斬るし何でも砕くけど。
「ええー…ホントにやるんですかぁ…?」
「折角動きやすい着物にしたんだろうが、暇人娘」
「失礼な!! 暇人とか言わないでください哀しくなるからッ」
どいつもこいつも遠慮ないな、ホントにさ!
舌打ちして、私は着物の袂をたくし上げる。
…薙刀握るのなんて、高校以来だよちくしょう。大丈夫かよ私。
「……」
小さく息を吐いてから、私は薙刀を構えた。
対峙する土方さんが、小さく息を漏らして目を眇める。
「――構えは悪くねぇな」
「型はまぁ、一通りこなしてますから」
「ふん。なるほど」
小さく嗤って、土方さんも木刀を構えた。
こうして真正面から、刀を構えた土方さんを見るのは初めてだが――…
「……」
…気圧されそう…。
やっぱり剣道とか薙刀とかは、大会なんかに出ると型にはまった奴が強い。
だけどそれは、あくまで『スポーツ』という域を超えていないからだ。
土方さんの構えは、およそ型にはまった美しさなんかない。
それで言うなら、新八の方が綺麗な型と言えるだろう。
だけどこの世界――真剣で斬り合うのが普通な世界。我流の方が強かったり、する。
もちろん、我流と喧嘩流は似ているようで全然違うから、線引きは難しいところだろうけれど…。
「…どうした、打って来ねぇならこっちからいくぞ」
「うわー。それって私が隙だらけってことですかねー」
挑発されて、打ち込みに行くのはどうかと思うけれど。
利き腕に力を込めて、タッと床を蹴り前に踏み出す。
大きくは振り上げない。私の技量じゃあ、大振りは返って隙を作る。
カッ、と高い音が響いた。
薙刀と木刀が衝突した音だ。
まな板を真っ二つに割るほどの腕力が付いた私でも、土方さんと真っ向から力比べをするのは不利。
薙刀の柄を回して、木刀の剣先を逸らして私は横に飛んだ。
「打ち込みも悪くねぇ。総悟の刀を止めたのもまぐれじゃなさそうだ。
…女じゃなけりゃ、うちの隊士にしても良かったかもしれねぇな」
「ご冗談。御免被りますっ」
「そう言うな。一応職場だろーが」
「嫌われ役なんざ死んでもごめんです」
「はッ。きっぱり言いやがる」
土方さんは軽く嗤って、木刀を振り上げた。
――来る。
咄嗟に薙刀の柄を反転させて、受けの姿勢をとる。
瞬間、下方から、柄に衝撃がはしった。
「――ッ!」
刃を潰した薙刀が、弾かれて私の背後に転がった。
うっわ…手がジンジンする。痺れてる。何も渾身の力で打ち払うことないでしょうに。
「…ま、お姫さんにゃ実戦経験なんざねぇわな」
「あー、はいはい。ご希望の添えなくて申しわけありませんネ」
「いや、思ったよりは良い腕だった。磨けば光るぞ」
「……」
誉められたんだろうか。
…いや、貶されるよりは良いんだけど。
…………でもだからって、腕っ節を誉められてもな。
「…土方さんが顔の割にモテない理由がなんとなくわかりました」
「どういう意味だコラ」
「わかんないって幸せですねぇ」
女を誉める時、普通、武芸の才を誉めるのはなしだろ。
そういう意味では、銀さんの方がまだそこのところはわかっているかもしれない。
……逆に、銀さんは本気で言ってんのか冗談なのか判断に困るけど。
「…おい、」
「なんですか」
「お前、俺に師事する気はねぇか」
「は…?」
唐突な申し出に、私は目を瞬いた。
それをどう解釈したのか、目の前にいる土方さんの表情は真剣だ。
「俺とて田舎道場の門下に過ぎねぇが、その分場数は踏んでる。お前にその気があれば、だが」
「………」
え、何、土方さんの弟子にならないかってこと?
……本当に剣術馬鹿だな、この人。
でも、認められると言うのは悪い気はしない。
私は居住まいを直し、じっと土方さんを見上げた。
「…土方さん」
「」
「………それって新手のプロポーズですか?」
「違うわ!!」
速攻で返ってきた反応に、思わず私は吹き出した。
「あはは、冗談ですー」
「お前な…俺は割と真面目に言ってるつもりなんだぞ…」
「そうみたいですねぇ」
本気で言ってるから、逆に質が悪いんですよ。
もー…この世界の奴等って、いちいち言動が恥ずかしいよぅ…。
「まッ、お互い暇な時間が重なったら稽古つけてくださいな」
「……おう」
どうにも釈然としない表情で、短い沈黙の後に土方さんはそんな返事を返した。
そんな、拗ねたような反応しなくても。子供じゃあるまいし。
「あー、運動したら喉渇きました! 土方さーん、お茶にしませんかー?」
「は? いや、俺は仕事が」
「休憩くらい取ったってバチ当たりませんよ。お茶煎れてあげますから、ほら遠慮しないでー」
「こら、引っ張るな! わかったからッ」
だいたい、ここは真選組の屯所ですよ。
お茶葉も湯飲みもお茶請けも屯所のものなんだから、土方さんが遠慮する事はないでしょう。
この後、仕事から帰ってきた近藤さんや総悟、山崎を交えてささやかなお茶会が行われた。
万事屋の面々と過ごすのとはまた違った、そんな休日に私の頬は自然と緩んでいた。
+++
「ただいまー」
「おかえりなさい、さ…ん…」
玄関で出迎えてくれた新八が、何故か私を見て硬直した。
そんな反応に首を傾げつつ居間兼事務所に入ると、そこで出迎えてくれたのは神楽だ。
「おかえりアル、」
「ただいま、神楽ちゃん」
相変わらず定春と仲良くじゃれていたらしい。
そんな微笑ましい神楽と定春の頭を撫でてやっていると、不意に後ろから肩を掴まれた。
「………ちゃん」
「あ。ただいま、銀さん」
振り返ると、私の肩を掴んでいたのは銀さんだ。
だけど、銀さんから「おかえり」の一言は無い。何故。
「………………お前、その格好何?」
「へ?」
格好?
言われて、私は自分の格好を見下ろす。
…あ。袂たくし上げたままだ。
「髪ぐちゃぐちゃだし、袂たくし上げてるし」
「あー…これはですねー…」
土方さんと手合わせして、お茶会してたらその話が出て。
じゃあ自分も、と総悟にとっ捕まったのが悪かった。あの後総悟とも手合わせさせられたのだ。
…当然、真選組一の剣豪に敵うわけもなく、ボロ負けしました。
それをどう説明しようかと考えあぐねいていると、ガシッと強い力で両肩を掴まれた。
「ぉわっ!?」
「おまっ…いくら銀さんに説教されたからって、反抗期ですかちょっと!?」
「はァ!? ちょっと銀さん何言ってんの!?」
「これだから今時の若い娘は!! どこで誰と何してたか言いなさい!」
銀さん、目が怖いです。
「い、いや…真選組屯所で土方さんと…」
「警察のくせに未成年者に何やってんだあのヤロー!!」
「おーい、銀さーん。何を勘違いしてるんだこの人」
落ち着いてください、と肩を叩くけど、銀さんは聞いてるのか聞いていないのか。
助けを求めて周囲を見回せば、いつの間にか部屋の隅に移動した新八と神楽と、ついでに定春の姿が。
「…新八ィ」
「…何、神楽ちゃん」
「……あのふたり、何してるアルか?」
「……うん。考えなくて良いんじゃないかな、アレは」
え。待って。無視か? 見なかったことにしようとしてんのか?
「…あ、酢昆布切れたアル」
「…買っておいでよ」
「…夕飯の買い出しもまだネ」
「…うん、じゃあ買い物行こうか」
オイオイオイ、ちょっと待ってよガキ共。
この状況下でさんを置いて出て行っちゃうのか。そうなのか。
薄情極まりないふたりに顔を引きつらせていると、銀さんがズイッと顔を近づけてきた。
ちょ、待って、近いから。もうスレスレだからこれ!
「…わかった。銀さんが着物買ってやる。だから脚出し禁止!」
「イヤですよ動きにくいじゃないですか」
「生脚出して外出んのやめろって言ってんの! 変なオッサンに声掛けられたらどうすんだよ!」
「そんな物好き居ませんよッ」
「わかんねーぞ、M属性のオッサンなんざ腐るほど居んだからよ」
「アホかァ!! 外見でSなんてわかるかい!」
「あ、自分で認めるんだソレ」
「うるせーっ!」
なんですかなんですかまったくもう!
心配されてるのか貶されてるのか、まったく判断つかないんですけど!!
「銀ちゃんはきっと、頑固オヤジタイプアル」
「自分はただれた恋愛しかしてなさそうだけどね」
「いくら心配性の過保護でも、あそこまでいくとウザイだけヨ。やっぱりは銀ちゃんにはあげられないネ」
「…あのさ。神楽ちゃんも充分過保護だよね、それ」
好き勝手言いながら、神楽と新八はさっさと買い物に出ていった。
目の前にいる銀さんは、私を解放する気はなさそうだし。
…なんでこう、日に日に疲労要素が増えていくんだろう。
「コラ、。聞いてんのか」
「あー、聞いて聞いてます」
こんな疲れる休日なんかあり得ないだろ。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。