平和な日常と言うものは、人間の持つ第六感を鈍らせるらしい。
この日の始まりも常と変わらず、いつも通りの平凡な日常が始まるはずだった。
そう思って疑いもしなかったので、私は数時間後にこれを後悔することになる。
が、それはこの段階では思いもしないことだ。
「おはよう、新八」
「おはようございます、さん。…あの、」
「何?」
朝食の片づけをしていた私は、朝も早くから出勤してきた新八に視線を移す。
新八は不思議そうに首を傾げて、きょろきょろと部屋を見回していた。
「銀さんは…?」
「あー…あそこあそこ」
私が指さすと、新八は素直にそっちの方へ視線を向けた。
そこには、真っ青な顔色で床に転がっている銀さんの姿がある。
「……銀さん何してんですか」
「あ゛~~~…」
「放っといて良いよ、それただの二日酔いだから」
「は?」
顔を引きつらせた新八の肩を、私は宥めるようにぽん、と叩いた。
そして、ぐったりと床に転がる銀さんの横に膝を着く。
「散々呑んで帰ってきて、迎え酒なんてするからそうなるんですよ」
「…なんでそれに付き合ったは平気なワケ…? あれ結構強かったろ…」
「さァ? 銀さんより酒が強いだけじゃないですかねぇ」
昨夜、呑みに出た銀さんが持ち帰った酒。
銀さんが絡んで来るから付き合ったけど、あれは結構アルコール度数が高かったらしい。
結果、充分酔っ払っていた銀さんはこの状態だ。
「いやー…銀さんだってそんなに弱くないよ~…?
…むしろさぁ…女の子が酒強いのって、ちょっとアレだよね…」
「アレってなんだ言ってみろこの酔っ払い」
「いだだだだッ! やめてマジで具合悪いから! 抵抗出来ないからー…ッ」
立ち上がって思いっきり踏みつけると、か細い悲鳴が上がった。
…あらら。これは相当酷い二日酔いらしいですよ。
「…なんですか張り合いのない」
「…あのね、ちゃん…具合悪いときくらい優しくしてちょーだいよ…」
「はぁ…何して欲しいんですか?」
「…そうだなー…まず膝枕とか」
「死ね」
即答で返して、私は再度銀さんを踏みつけた。
当然、腹を。踵で抉るように。
「いだだだだッ!? ちょ、待っ、マジで死ぬっ」
「何やってんですかあんたらは!!」
慌てた新八によって私は後ろに引っ張られ、銀さんの上から脚を退けた。
蹲る銀さんを介抱しながら、新八がため息混じりに呟く。
「まったく…今日は久々に仕事が入っているってのに…!」
…あー、昨日そんな話してたっけなぁ…。
今日は非番じゃないんだ。
ちゃんと仕事があったんだよ。
真選組女中という、大変お給料的にも美味しいお仕事が。
それがなんで、こんなことになってるんだ。誰か30字以内で説明しろ。
「…いや、今までも二日三日家を空けることはあったんだがね。さすがに一週間となると…」
立派なお屋敷の中。
恰幅の良いおじさんが、酷く情けない小さな眉を三角形に寄せてため息を吐いた。
…ああ、これ知ってる。なんとかって宇宙海賊のあれだ。
ヤバイ、池田屋事件の時の比じゃないよ、我が儘聞いてやらないで大人しく仕事に行けば良かった。
「……」
「しっかりしてくださいよ。だからあんま飲むなって言ったんスよ」
「おっさ…じゃない、お客さんの話を聞け、あんた達」
始終ぼーっとしている銀さんと、それの世話を焼く新八に私は投げやりにそう告げる。
銀さんが使い物にならないから一緒に来てくれと泣きつかれて、仏心なんか出すんじゃなかった。
…もう絶対コレ巻き込まれるよ。かなり危険な事件に巻き込まれちゃうよ。嫌だなぁ、帰りたいなぁ…!
「…連絡は一切無いし、友達に聞いても誰も何も知らんときた。
親の私が言うのもなんだがキレイな娘だから、何かよからぬことに巻き込まれているのではないかと…」
そう言いながらおっさんが差し出した、一枚の写真。
……なんか腹立つくらい得意げな笑顔の、小麦色したハム娘が映っていた。
「…あー。実にキレイな小麦色ですね」
「そーっスねェ、なにか…こう、巨大な…
ハムをつくる機械とかに巻き込まれている可能性がありますね」
「いや…そーゆんじゃなくてなんか事件とかに巻き込まれてんじゃないかと…」
「事件? あー、ハム事件とか?」
「違うよ銀さん。小麦色ハム事件だよ。ハムが小麦色に焼かれるんだよ」
「オイ。たいがいにしろよ。せっかく仕事、パーにするつもりか」
表情ひとつ変えず、新八が低い声でそう言い放った。
咳払いをして居住まいを直し、新八はおっさんに向き直った。
「でもホント、コレ僕らでいいんですかね? 警察に相談したほうがいいんじゃないですか」
「そんな大事にはできん。我が家は幕府開府以来、徳川家に仕えてきた由緒正しい家柄。
娘が夜な夜な遊び歩いているなどと知れたら、一族の恥だ。なんとか内密のうちに連れ帰ってほしい」
神妙な口調でおっさんが言った瞬間、庭から竹が石を打つ音が静かに響いた。
+++
「あーーー? 知らねーよ、こんな女」
店のマスターである鳥頭の天人が、神楽から差し出された写真を見て唸った。
あれを女と認識出来る辺り、天人とは言え凄いと思う。ハムじゃないか。
「この店によく遊びに来てたゆーてたヨ」
「んなこと言われてもよォ、嬢ちゃん。地球人の顔なんて見分けつかねーんだよ…名前とかは?」
「えーと…ハ…ハム子…」
何がどう間違ったらハム子になりますか。
…あ。でも『公子』を縦書きにすればハム子だよな。ちょっと納得。
「ウソつくんじゃねェ! 明らかに今つけたろ!!
そんな投げやりな名前つける親がいるか!!」
「忘れたけどなんかそんなん」
「オイぃぃぃ!! ホントに捜す気あんのかァ!?」
鳥頭の天人とそんな中身のない会話をしている神楽を見やり、新八がため息を吐いた。
そして、ぐったりと椅子に座り込んでいる銀さんの方に視線を向ける。
「銀さん…神楽ちゃんに任せてたら永遠に仕事終わりませんよ。
さんにまで仕事休ませて、こんなところまで連れて来ておいて…」
「あー、もういいんだよ。どーせどっかの男の家にでも転がり込んでんだろ、あのバカ娘…」
あのハムにか。ハム子に男がいるってか。
…………あ。そう言やどうしようもない彼氏が居たような気がする。いや、気付かなかったことにしよう。
「アホらしくてやってられるかよ。ハム買って帰りゃあのオッさんもごまかせるだろ。なぁ」
「ごまかせるわけねーだろ! アンタらどれだけハムでひっぱるつもりだ!!」
「そうだよ、せめてハムになる前のブタさんじゃないと」
「ブタでもダメに決まってんだろーが! 何悪ノリしてんスかさんまで!?」
いや、だってアニメの方では子豚と娘の区別ついてなかったもん、あのおっさん。
まさかそんなことを言うわけにはいかないので、「まぁまぁ落ち着け水でも飲め」と私は新八を宥める。
そんなことをしてると、隣でぐったりしていた銀さんが急にもたれ掛かってきた。
「…あ~、もうダメ…ホント、ダメだこれ…」
「安心しろー、もとから銀さんの頭はダメだ」
「人が弱ってるときにサドっぷり発揮しなくて良いからー…」
「ちょっと重いんですけど銀さん。っていうか酒臭い」
「…もうちょっと銀さんに優しくしても良いんじゃないかなぁ、ちゃんよ~…」
「いや、これ下手するとセクハラだから。ホントやめてくださいマジで」
どこの酔っ払いオヤジだ、あんたは。
手の平を銀さんの額に押し当てて戻しながら、私は小さく息を吐いた。
気分は酔っ払いに絡まれる飲み屋のお姉さんだよ、まったく…。
「…ちゃんが冷たい…」
「いつも私はこんなんです。銀さんの方が変だよ、顔でも洗ってきなさい」
即答で返すと、不意に銀さんはふらりと立ち上がった。
そしてそのまま、ふらつきながら歩き出す。
「ワリーけど二日酔いで調子ワリーんだよ。適当にやっといて新ちゃん」
「ちょっ、銀さん!!」
慌てて立ち上がった新八は、たまたま通路を歩いていた誰かとぶつかった。
「あ、スンマセン」
「…小僧。どこに目ェつけて歩いてんだ」
振り返った新八にそう告げたのは、変な色の肌をした男。
天人だった。インテリヤクザみたいな風体だけど。
スッと、そのヤクザ天人は新八に手を伸ばす。
ビクッと肩を震わせた新八の、その肩に付いたゴミをその男は摘み上げた。
「肩にゴミなんぞ乗せてよく恥ずかしげもなく歩けるな。少しは身だしなみに気を配りやがれ…」
それだけ言うと、その男は何も無かったかのように静かに立ち去っていく。
あの風体…間違いない。宇宙海賊なんとかの、首領だ。
「……」
「なんだ、あの人…」
「新八~!」
呆然と男を見送る新八に、神楽が間延びした声を掛けた。
振り返ると、神楽がハム子…もとい公子に負けず劣らずのハム男を手で示す。
「もうめんどくさいからこれでごまかすことにしたヨ」
「どいつもこいつも仕事をなんだと思ってんだコンチクショー!」
…大変だなぁ、ツッコミ役も。
そんなことを他人事のように思いながら、私はふたりのやりとりを眺める。
「大体これでごまかせるわけないだろ。ハム子じゃなくてハム男じゃねーか!」
「ハムなんかどれ食ったって同じじゃねーかクソが」
「何? 反抗期!?」
舌打ちする神楽に、新八が説教モードに突入しかけた。
その瞬間、ほったらかしにされていたハム男がその場に倒れ込む。
「!」
「ハム男ォォォォ!!」
…いや、ハム男って名前じゃないだろ…。
しかしこれ、実際に見ると…どう見ても酔っ払いの反応じゃないな。
「ハム男、あんなに飲むからヨ!」
「! コイツ…酔っ払ってるんじゃない…」
「あー、もういいからいいから。あと俺やるからお客さんはあっちいってて」
さっきのマスターが、そう言いながら近づいて来た。
そのまま、倒れ込んだハム男の腕を掴んで、重たそうに引きずる。
「…ったく。しょーがねーな、どいつもこいつもシャブシャブシャブシャブ」
「シャブ?」
「この辺でなァ、最近新種のクスリが出回ってんの。
なんか相当ヤバイやつらしーから、お客さんたちも気をつけなよ!」
クスリ…麻薬、か。
確か名前は…《転生郷》。あ、意外と覚えてるもんだなこういうの。
「…クスリ…ねぇ…」
「さん?」
神妙な表情で私の方を見る新八に、私は小さく頷く。
そして、顔を上げて、鳥頭の天人マスターに向かって口を開いた。
「マスタァ! モスコミュールひとつー!」
「飲むのかァァァァァッ!!」
速攻で怒鳴られた。
そんな新八の反応に、私はわざとらしく溜め息を吐く。
「何言ってんの。こんな店に来て酒飲まないで帰るなんて失礼だ」
「ええええ!? さんそんなキャラーーーー!?」
「そんなキャラですヨ」
「待ってください、さん確か未成年じゃあ!?」
「あー?」
おいおい、なんですかこの優等生メガネめが。
「19も20も大差無ェ」
「駄目な大人の見本みたいなこと言わないで下さい!!」
「ぁんだと駄メガネ。メガネ割るぞ」
「山折りの方がより屈辱的ネ」
「よーし、採用」
「何その理不尽さ!?」
騒ぐ新八から、神楽がメガネを奪い取った。
ぎゃいぎゃい騒ぎ始めたふたりを眺めながら、私は考える。
…さて。どうやってこの後の事態を回避しよう?
+++
「遅いな、銀さん」
散々騒いだ後。
待てども待てども戻って来ない銀さんを心配してか、新八が呟いた。
私はちびちびと酒を呑み、神楽は何故か靴を脱いで椅子に正座している。
「きっとまた大の方だよ」
「女の人がそういうことを真顔で言わないでください夢が壊れるからッ!!
……どうも嫌な感じがするんだ、この店…早く出た方が良いよ」
「私捜してくるヨ」
仕方なさそうに言って、神楽が靴を履き直しながら立ち上がった。
瞬間、彼女の頬に突きつけられたのは――拳銃だ。
「!!」
「てめーらか。コソコソ嗅ぎ回ってる奴らってのは」
目を瞠る私達の前に、天人の集団が現れた。
全員が武装している。明らかにガラは悪い…しまった、逃げる機会を逃した。
「なっ…なんだアンタら!」
「とぼけんじゃねーよ。最近ずーっと俺達のこと嗅ぎ回ってたじゃねーか。ん?」
眦を吊り上げる新八に、表情ひとつ変えずに拳銃を持った天人がそう告げる。
…この嗅ぎ回ってる連中ってのは、桂さん達攘夷志士だよな…またですか。池田屋の時と一緒じゃないか。
「そんなに知りたきゃ教えてやるよ。宇宙海賊〝春雨〟の恐ろしさをな!」
そう言って、ズラリと居並ぶ天人達が一斉に拳銃を抜いた。
リーダー格らしい奴が拳銃を持つのとは逆の手に持っているのは…白い粉。《転生郷》とみて間違いない。
「………あちゃー…早く帰れば良かった」
「、退がるアル」
「うん…」
私を背後に庇うように、神楽と新八が前に出る。
だけど多勢に無勢。しかも相手は、汚い手をいくらでも使う、凶暴凶悪の犯罪者共だ。
加えて、ここに銀さんはいない。今頃銀さんも、奴らに取り囲まれている頃だろう…。
……割と本気でピンチかもしれない、コレ。
ああ、馬鹿だ。知ってたくせに巻き込まれるなんて!
To be continued?
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