「~♪」
「どうしたんですか、さん。機嫌良いですね」
鼻歌を歌いながら部屋の掃除をしていた私は、そう聞かれて新八を振り返った。
ようやく怪我が治ったと思ったら、さっそくここで掃除やらさてるんだから可哀想な子です。本当に。
「あ、わかる?」
「そりゃあ…。何があったんですか?」
「うふふー! 初任給が出たんだよ!」
そう返して、私はこれ以上はないほど上機嫌に微笑んだ。
「あ、昨日が給料日だったんですね。今日はお買い物ですか?」
「そうそう! せっかく連休貰ったしね、ちょっと着物とか買おうかなーって」
「そうですね、さんはお登勢さんから頂いた着物しか持ってませんし…」
「うんにゃ、真選組の制服があるよ」
「それは普段着じゃないでしょ!」
速攻でツッコミが来ました。
確かに、あの制服を着て外を歩き回る勇気はないな。目立つし。
お登勢さんから頂いた着物も良い品なんだけど、しかし私も女の子。
たまにはおしゃれくらいしたいわけです。せっかく初任給出たんだし。
「じゃあ悪いけど、後は新八に任せて良いかな?」
「はい、大丈夫ですよ。楽しんできてくださいね」
「ありがと。あ、神楽ちゃん」
「何アルか?」
ソファの上でごろごろしていた神楽が、きょとんとしながら顔を上げた。
その手にメモとお金を渡して、私は口を開く。
「このメモに書いてあるもの買って来ておいてね。
余ったお金で好きなもの買ってきて良いから」
「了解ネ! 任せるヨロシ」
子供はお駄賃が出ると、ちゃんとおつかいしてくれるもんです。
この様子なら問題なさそうだ。で、最後は…
「じゃ、行こうか銀さん」
「はい?」
神楽と同じようにソファに転がっていた銀さんの腕を、私は有無を言わせず掴んだ。
掴まれた銀さんは、嫌そうな表情をする。失礼な。
「…え、何。お前、銀さんにもおつかいさせんの?」
「使い込まれるからそんなことお願いしません」
「オイコラ。銀さんを何だと思ってんのちゃんは」
ダメな大人以外のなんでもないだろう。
さすがに言ってしまうと可哀想なので、私は逆に微笑んでやった。
「良いから、さっさといらっしゃい荷物持ち」
「荷物持ちィ!?」
銀さんを無理矢理立ち上がらせて、私は新八と神楽の方を振り返った。
一応、銀さんは『万事屋銀ちゃん』の店主。従業員に断りは入れねばなるまい。
「銀さん連れてっても問題無いでしょ?」
「全然無いですね」
「むしろ家でごろごろしてるより健康的アル」
「お前らなぁ!!」
薄情にもあっさり返された言葉に、銀さんは顔を引きつらせた。
もちろん、わたしはそんな答えが戻ってくるであろうことは予想済みだ。
「銀さん、さんに迷惑かけないでくださいね」
「をイカガワシイ場所に連れ込んだら私の傘が火を噴くアルヨ」
「現在進行形で迷惑かけられてんの俺! 俺の方だから!!」
「はいはい、ちょっと銀さんお黙んなさい。それじゃ、行ってきまーす」
そんな感じに、私の休日は始まったのだ。
+++
「…あり得ねぇよ。なんでこんな良い天気に荷物持ちだよ」
「こんな良い天気に家でごろごろする方があり得ねぇよ」
商店街を歩きながら、まだぶつくさと文句を言っている銀さんに一応突っ込んでおいた。
今日は雲一つない晴天。こんな日に家でごろごろしながらジャンプを読み耽るなんて豪語同断。
…あれだけぐうたらに過ごしてて、なんで銀さんって強いんだ? 隠れてトレーニングしてんのか?
「つーか、なんで俺? 新八でも神楽でも良いじゃん」
「えー。ダメだよ、銀さんじゃないと」
「だーかーらー…」
どうにも納得がいかないらしい銀さんに、私は笑顔で口を開いた。
「うっぜぇナンパヤロー避けですヨ」
「…包み隠さず本音言い過ぎだろ」
「だっていちいち追い払うの面倒なんだもん。…ダメ?」
「………」
私が軽く小首を傾げながら見上げると、一瞬沈黙してから、銀さんは深々と息を吐いた。
「…ったく、女ってのはよォ。
こう言うときばっかり男を使うのが上手いんだから、やってらんねーよ」
気怠げに言いながら、銀さんは歩き出す。
思わずその背を見送ってしまった私に気付き、銀さんは足を止めて振り返った。
「で。どこ行きてぇんだよ」
「……」
ゆっくりと瞬きをして、私は言われた言葉の意味を理解する。
ああもう、なんだかんだ言って良い人だよね、このひと。
「まず着物買いに行くー!」
「あー、はいはい。女の買い物の基本だねー」
「いやー、銀さんの着こなしがさー。動きやすそうで良いなぁって。洋服売ってる店もあんの?」
「お。このファッションセンスがわかるのか。さすがちゃん」
「ファッションセンスっていうか、着物の裾はヒラヒラしてて動きにくいんだもん」
「…捲るな、頼むから」
ひらひらする裾を持ち上げると、ペチッと裾を持ち上げた手を叩かれた。
地味に痛いです。何するんだこの天パ。
「別に脚くらい減らないですよ」
「減らなくても見せるもんじゃねーの。恥じらい持てや」
「失礼な! 人を恥知らずみたいに!!」
「はい、大声出さない」
「もがっ」
怒鳴った瞬間、無造作に口を塞がれた。
って、ちょ、鼻まで塞がれてるんですけど! 呼吸出来ませんけど!?
「おや。旦那とさんじゃねぇですかィ」
「ん?」
聞き慣れた声に視線を向ければ、私服姿の総悟が立っていた。
あ、私服姿見るの初めてだ。
「沖田くんじゃないの。何、非番?」
「ええ。まァ、やることもねーんで町中ブラついてたんですがね。
…ところで旦那。さんが酸欠で顔が真っ赤になってますぜ」
「あれ? あ、悪ィ」
「ぷはっ」
ようやく解放されて、私は必死に酸素を吸い込んだ。
し、死ぬかと、思った…割と本気で…。
「殺す気かこの天パァァァァァァァッ!?」
「天パ関係ねーだろ!」
「相変わらず仲が良いですね。今日はデートですかィ?」
相変わらず何を考えてるかよくわからない表情で、総悟がそんなことを言ってきた。
「…総悟…あんた、またそんなこと言ってんの?」
「オフに男女が連れ立って外出なんざ、デート以外のなんだって言うんですかィ」
「別にデートでもなんでもないよ。荷物持ちとナンパ避け」
「身も蓋も無ぇこと言うなコラ。ったく、無理矢理連れ出しておいてそれかよ」
無理矢理って。
どうせやることもなく家でごろごろしてたくせに、なんて言い草だ。
ムッと顔をしかめる私と、気怠げな銀さんを交互に見て、総悟はかくんと首を傾げた。
「じゃあ俺がお供しやしょーか」
「へ?」
「要は荷物持ちとナンパ避けが居れば良いんでしょう?
旦那は忙しいようですし、俺なら今日一日暇ですぜ」
そう言いながら、総悟はちらりと銀さんの方を見る。
…なんか楽しそうに見えるんだけど。何考えてるんだ、こいつ。
「んー…まぁ、別に総悟でも良いけど。なんなら三人で行」
「…ガキの面倒ふたりもみれっかよ。しかも面子的にいつもの倍は疲れそーじゃねぇか」
「わわっ?!」
唐突に、銀さんが私の襟首を掴んで歩き出した。
半ば引きずられながら見上げると、銀さんは相変わらず気怠げな表情。
…え。何、なんで引っ張られてんの私。
「俺ァ、買い物終わった後ににパフェ奢って貰うんだよ。
ある意味依頼だ、依頼。受けた依頼はしっかりこなすのが俺のモットーだ」
「え? あれ? パフェ奢るなんて言ったっけ!?」
「今決めたんですー」
「ナニソレ!?」
勝手に決めるのはどうかと思います!
一瞬言葉を失った私に構わず、顔だけ振り返った銀さんは総悟に向かって手を振った。
「つーわけで、お前は休日を有意義に過ごしナサイ」
「ちょっと銀さん引っ張るのやめてよー!?」
っていうかさ! せめて腕とか別の場所があるだろ! なんで襟首だよ!!
容赦なく引っ張っていく銀さんにぎゃいぎゃい文句を言う私の耳に、その言葉が届いたのはある意味偶然だ。
「ふぅん…? 旦那も満更じゃねェってことですかィ」
意味深な笑みと共に呟かれたその言葉。
…好き勝手なことを言ってないで、助けて欲しいです。本当に。
+++
「結局奢らされてるし。なんかおかしくないですか?」
「正当な報酬だろーが。
むしろ安いくらいでしょ、パフェ一個で銀さんが荷物持ちとボディガードよ?」
「安いけど納得いかんです」
粗方の買い物が終わった後、私と銀さんはファミレスに居た。
当然、銀さんが勝手に決めた「パフェを奢る」という約束を完遂中です。
結局、あの後銀さんは最後まで私の買い物に付き合った。
そして当然、荷物のほとんどは銀さんが抱えて歩いている。
色々文句を言う癖に、つき合いが良いのかなんなのか…あの時、絶対総悟に押しつけて逃げると思ったのに。
「別に、そんな気怠いなら総悟に押しつけて帰れば良かったのに」
「………」
「らしくないですよ」
「気紛れだよ、気紛れ。たまには女の買い物に付き合ってみようかと思っただけ」
「ふぅん?」
「それにホラ、一応ちゃんはうちの子だし、変な着物着てたら家主として恥ずかしいからね」
「喧嘩売ってんのかこのヤロー」
私がそんな、見るに耐えないような恥ずかしい格好をするわけないでしょうが!
貧しくてもおしゃれはしますよ、これでも年頃の女の子なんだからさ!
「別に良いだろ、無事に買い物は終わったんだし」
「そーですけど。…なぁんだ、てっきり妬いたのかと思いました」
「ぶふっ」
冗談で言った瞬間、銀さんは口にスプーンを含んだまま吹き出した。
咳き込む銀さんを眺めつつ、私はきょとんと目を瞠る。
「…え。ちょっとなんですかその反応?」
「げほげほっ…気管に生クリームが入っただろーが何しやがんだ!」
「いや、私は何もしてませんけど。え、何? 銀さん本気?」
「………ンなワケねーだろっ」
顔をしかめながら、銀さんはぐしゃぐしゃと自分の髪を掻きむしった。
そして、わざとらしくため息を吐いた。
「ったく…ちょっと可愛い顔してるからって自惚れ過ぎだぞ、このサド娘」
「うわー、銀さんに可愛いとか言われたー」
「…何その微妙な笑顔。ムカつくんですけど」
「だって純粋な誉め言葉に聞こえないんですもん」
だって銀さんだよ? 銀さんがだよ?
私の外見を誉めるとかあり得ない。今更過ぎだ。
「…もう金輪際、間違ってもお前を可愛いとか言わねーわ」
「あはは、そうしてください。らしくなさ過ぎて居心地悪いです」
軽く笑い飛ばしてから、私は注文した紅茶を一口啜る。
だけどふと思いついて、私は口を開いた。
「銀さん」
「ぁんだよ」
「今日はありがとうございました。また今度の買い物の時も、ナンパ避けしてくれます?」
「……パフェにケーキも付けてくれるんなら、付き合ってやっても良いぜ」
おいおい、パフェにケーキなんて胸焼け起こしますよ。
だけど銀さんらしい反応に、私は思わず微笑った。
「…さて、と。そろそろ帰るか。…」
「はい?」
空になったグラスを置いて、銀さんが席を立った。
その際に名前を呼ばれて視線を上げると、横をすり抜け様に私の肩に手を置く。
「お前、笑ってると可愛いな」
「な、」
耳元で笑いを含む声音で囁かれた言葉に、思わず硬直した。
いきなり何言ってんの、この人。
「~~~ッ! ちょっと銀さん!?」
「お勘定よろしくー。先に外出てるわ」
「銀さんッッ!!」
私の怒鳴り声に振り返らず、銀さんは荷物を抱えて店を出ていった。
慌てて追いかけようと席を立ったけれど、なんだか気力が萎えてもう一度座り直す。
「な、なんなんだ…あの人…ッ」
くしゃりと前髪を掻きむしって、私はそう呟いた。
うわー…これ、耳まで赤くなってないか、私…。
なんだか、この間もこんなことがあったような気がする。
…なんで私が、銀さん相手にこんな思いをしなきゃならないんですか?
私だけがこんな思いをするのは納得がいかない。
To be continued?
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