「――愛だァ? 夢だァ?
若い時分に必要なのは、そんな甘っちょろいもんじゃねーよ」
珍しく真剣な様子で語り出した銀さんを横目に、私はため息を吐いた。
ああ、また始まったよ。
そんな言葉を胸中で呟きつつ、私は見舞いに持ってきたリンゴの皮むきをする。
「そう…カルシウムだ。カルシウムとっときゃ全てうまくいくんだよ」
「あんた全然うまくいってないじゃないですか。人生的な何かが」
「黙ってろやちゃん。
…受験戦争、親との確執、気になるあの娘。とりあえずカルシウムとっときゃ全てうまくいく…」
いちご牛乳じゃあ、満足なカルシウム摂取は出来ません。
どっちかっていうと、糖の方が多いから。その飲料。
「いくわけねーだろ!! 幾らカルシウムとったってなァ、車にはねられりゃ骨も折れるわ!!」
そりゃまぁ、そうだよな。それが常識ってもんだよな。
ギブスを巻かれた足を吊っている新八を見てから、私は銀さんに視線を移す。
…一緒に車に跳ねられたはずなのに、無傷でピンピンしてる銀さんを。
「俺もはねられたけどピンピンしてんじゃねーか。毎日コイツ飲んでるおかげだよ」
「いちご牛乳しか飲めないくせにエラそーなんだよ!」
「んだとコラァァ! コーヒー牛乳も飲めるぞ!!」
「胸張って言うことじゃねーですよ」
普通の牛乳を飲め、普通の牛乳を。
怒鳴り合うふたりを横目に、私と神楽は小さくため息を吐いた。
「…神楽ちゃん。リンゴ食べる?」
「食べるアル」
「やかましーわ!!」
うわ、嫌なタイミングだなオイ。
騒ぐ銀さんと新八に我慢が限界に達したのか、看護婦さんが大声で怒鳴った。
その大声も充分患者さんに迷惑だと思います。
「他の患者さんに迷惑なんだよ!
今まさにデッドオアアライブをさまよう患者さんだっていんだよボケが!!」
「あ…スンマセン」
ガタイの良い看護婦さんに怒鳴られ、一応銀さんは謝罪の言葉を口にした。
看護婦さんが引っ込むと、ベッドの上の新八に耳打ちする。
「オイオイ、エライのと相部屋だな」
「えぇ、もう長くはないらしいですよ。僕が来てからずっとあの調子なんです」
「そのわりには家族が誰も来てねーな」
「あの歳までずっと独り者だったらしいですよ。相当な遊び人だったって噂です」
意識がないのか、その爺さんは静かに目を閉じていた。
まさしくご臨終一歩手前。確かに、この状態で誰も見舞いに来ていないのは、可哀想だなぁ…。
「まっ、人間死ぬ時ゃ独りさ。
そろそろいくわ。万事屋の仕事もあることだし」
そう言って、銀さんが立ち上がった瞬間だった。
「万事屋ァァァァァ!!」
「ぎゃあああ!!」
悲鳴に近い声を上げながら、爺さんが跳ね起きた。
仰け反る看護婦さんに構わず、その爺さんは勢いのままにベッドを降りる。
「「!!」」
ぎょっと目を瞠る銀さんと新八に、爺さんはよろよろと歩み寄ってきた。
後一歩で死にそうな顔色で。
「今…万事屋って…言ったな…それ何? なんでも…して…くれんの?」
「いや…なんでもって言っても死者の蘇生は無理よ!! ちょ、こっち来んな!! のわァァァ!!」
悲鳴を上げる銀さんの眼前に、銀色の輝くそれが突きつけられた。
そんなに大層な品ではないだろう、だけど長い年月を大切に扱われてきたであろう、一本のかんざしだ。
「?」
「コ…コレ。コイツの持ち主捜してくれんか?」
差し出されたかんざしが、シャランと小さく音を立てた。
「団子屋『かんざし』? そんなもん知らねーな」
団子屋のおじさんは、しきりに首を傾げていた。
どうにも、この辺りは昔から団子屋が多いらしい。
一応思い出そうとしているようだが、無駄に終わるだろうことはよく知っている。
「昔この辺にあったってきいたぜ」
「ダメだ、俺ァ三日以上前のことは思い出せねェ。それよりよォ、銀時。お前、たまったツケ払ってけよ」
前回は団子と甘酒で、その前は…と。
延々とたまったツケを羅列し始めたおじさんの言葉を遮って、再び銀さんが口を開く。
「その『かんざし』で奉公してた綾乃って娘を捜してんだ。
娘つっても五十年も前の話だから、今はバーサンだろーけどな」
「ダメだ、俺ァ四十以上の女には興味ねーから。それよりよォ、銀時。お前、たまったツケ払ってけよ」
おじさんは何年分かのツケをつらつらと語り出した。
もはや団子屋『かんざし』の情報など聴ける見込みもない。
「…銀さん。何年分ためてんの、ツケ」
「忘れた」
「ダメな大人」
「ちゃんよォ。大人ってのは嫌な事を忘れていって、人生を送るもんだぜ?」
「銀さんは大事なことも忘れてるじゃないですか」
コレも踏み倒す気でしょう、と。
目で言った瞬間、無言で応えた銀さんに、私は定春の背に乗せられた。
そのまま疾走させられるハメになり、
「ああ、やっぱりこうなるのか」と溜め息を吐いたのは、結構仕方ないことだと思う
+++
手掛かりを失った私達は、最後の手段に出た。
神楽が、預かってきたかんざしを定春の前に差し出す。定春は鼻をひくひくさせて、その匂いを嗅いでいた。
「オーイ、さすがに無理だろコレ。五十年もたってんだ、匂いなんか残ってるかよ」
かんざしの匂いを辿って、定春がてふてふと歩き出す。
犬の使い方としては間違いじゃあないけど、確かに無謀極まりない作戦だ。
…これで解決しちゃうんだけどね、実際は。
「わからないアルヨ。綾乃さん、もしかして体臭キツかったかもしれないアル」
「バカ。別嬪さんってのは理屈抜きでいい匂いがするものなの」
「そうアルか。だからもいい匂いがするアルネ」
「は? なにそれ」
「甘い匂いがするアル」
そう言いながら、神楽が私の腰に抱きついてきた。
何、甘い匂いって。
「何、ちゃん。銀さんに内緒で甘い物食ってんの? 出しなさい」
「食ってません」
「普通の人間は甘い匂いなんてしないよー? 怒らないから出しなさい」
「だから無いってば」
しつこく詰め寄ってくる銀さんに、私は何も持っていない手をひらひらと振って見せた。
っていうか、なんでこの人目がこんな真剣なんだ。どれだけ甘い物好きなのよ。
「やっぱりから甘い匂いがするアルヨ。けどお菓子の匂いじゃないネ」
「んー?」
「ちょ、銀さん何すんですか!?」
いきなり銀さんが顔を近づけて来た。
首筋に息が掛かるほどの距離で、銀さんが不意に口を開く。
「あー、なるほど。糖の匂いじゃねーわ。シャンプーか何か?」
「~~~ッ!!」
「ん? どしたのちゃん」
「……銀さんがモテない理由がよーーーくわかったわッ!! 良いから離れろーっ!」
「どさくさに紛れてひでーこと言ってない?」
額に手のひらを押しつけて、私は慌てて銀さんを押し戻す。
近いんだよ! なんでそんなくっついて来るんだよ! わけがわからない!
「やっぱり別嬪さんはいい匂いがするアルネ。が体現してるなら間違いないヨ」
「いや…でも別嬪のくせに体臭きついってのも、完璧な女より逆になんかこう燃えるものが…」
いい加減マニアック過ぎるわ。
どっと疲れて、思わず私は電柱に頭を預けてため息を吐いた。
「ん? …オイ定春! お前家戻って来てんじゃねーか!! 散歩気分かバカヤロー!!」
気が付くと、目の前には『スナックお登勢』の看板。
そして定春は、たしたしっとお登勢さんのお店の戸を叩いていた。
「オイ、まさか…」
顔色を悪くする銀さんの目の前で、店の戸が開いた。
「なんだよ。家賃払いに来たのかィ」
そこから顔を出したのは、煙草を吹かすお登勢さんだ。
スナックは夜の仕事。この時間はまだ眠いのか、少し不機嫌そうな表情で。
「お前、こちとら夜の蝶だからよォ。昼間は活動停止してるっつったろ、来るなら夜来いボケ」
気怠げに告げられた言葉に、私達は顔を見合わせる。
もう一度お登勢さんを見た銀さんが、現実逃避するような棒読みで呟いた。
「……いやいや。これはないよな」
「ナイナイ」
「綾乃ってツラじゃねーもんな」
「「アハハハハハ」」
…コレ、一緒に笑った方が良いのか?
お登勢さんが件の『綾乃さん』だと知っている私は、曖昧に笑ってお登勢さんに視線を戻した。
「なんで私の本名しってんだィ?」
お登勢さんが不思議そうに言った瞬間。
…空気が凍りつく音が、確かに聞こえた。
「ウソつくんじゃねェェェ、ババァ!!
おめーが綾乃なわけねーだろ! 百歩譲っても上に『宇宙戦艦』がつくよ!」
「オイぃぃぃ!! メカ扱いかァァァ!!」
…宇宙戦艦アヤノ…。
なんか一昔前のアニメっぽいな!
思わず吹き出した私だったけれど、幸いお登勢さんには気付かなかったようだ。
「お登勢ってのは夜の名…いわば源氏名よ。本名は寺田綾乃っていうんだィ」
紫煙を吐きながらお登勢さんが言うと、銀さんは神楽と顔を見合わせた。
そして、心底嫌そうに溜め息を吐く。
「…なんかやる気なくなっちゃったな、オイ」
「なに嫌そーな顔してんだコラァァァ!!」
あー、そりゃ怒りますよねぇ。
眦を吊り上げたお登勢さんが怒鳴ると同時に、店の電話が鳴り響く。
小さく舌打ちして、お登勢さんは電話を取った。
「ハイ、スナックお登勢…なに? いるよ、銀時なら」
スッと、お登勢さんが受話器を銀さんに差し出した。
首を傾げる銀さんに、お登勢さんはどこか困惑したように言う。
「新八から電話」
「なによ」
「なんかジーさんがもうヤバイとか言ってるけど」
その一言に、私達は表情を強張らせた。
タイムリミットは来た。もう猶予はないだろう。
「…神楽ちゃん」
「なにアルか?」
「定春って何人くらいなら乗れるかな」
「「……」」
私と神楽は、しばし無言で見つめ合う。
私の意図を察してか、神楽は小さく頷いた。
「りょーかいネ、。銀ちゃんもババアも定春に乗るヨロシ」
「は?」
「なんだい、いきなり」
「良いから乗るアル」
有無を言わせず、神楽はふたりを引っ掴んで定春の背に乗せた。
いくら定春でも、この人数は大丈夫なのか不安だけど。…まぁ、なんとかなるだろう。
「話は道すがらしますよ。…お登勢さん、このかんざしに見覚えあります?」
「…かんざし…」
私が差し出したかんざしを、お登勢さんは受け取ってまじまじと見下ろす。
…覚えて、いたんだろうか。
どこか懐かしむようなその表情に、私はふとそんなことを思った。
「…まぁ、死にかけのジーさんだ。本物かどうかなんてわかんねーよな」
「コラコラ銀さん、失礼だからソレ」
ホントにさぁ、いつも思うけど主人公のセリフじゃないよね、色々。
呆れつつも、私もみんなと同じように定春の上によじ登った。
「…よーし。頼むぞ、定春。病室までな」
「ワン!」
銀さんに頭を撫でられ、定春が元気良く返事を返した。
+++
「ギャアアアアアア!!」
窓ガラスを突き破って現れた、巨大犬に乗った私達に、医者と看護婦が悲鳴を上げた。
…病院の防音加工されたガラスを突き破るのも凄いけど。
あの、これ、やり過ぎじゃないですか。後で請求とかきませんか。
「…やり過ぎじゃね? やっぱこれやり過ぎじゃね?」
「今更アル。コレはの案ネ」
「いや、私の案か? コレ…」
原作にこのシーンがある以上、私が言い出さなくても誰かが言い出したと思うんだけど。
…あれ?余計なこと言わなきゃ良かったのか??
「おい、じーさん」
定春の背から降り立った銀さんが、まさにデッドオアアライブを彷徨う爺さんに呼びかけた。
その後ろから、頭にかんざしを挿したお登勢さんが進み出る。
「連れてきてやったぞ」
「いっ!? お登勢さん!?」
新八、驚き過ぎ。
顔を引きつらせてお登勢さんと爺さんを交互に見る新八は、怪我のせいかツッコミが甘いと思います。
「先生ェェェっ、意識が…!!」
「オイ、きーてんのかジーさん」
「ちょっ、何やってんの君ィィィ!!」
医者と看護婦を押し退け、爺さんの横に立った銀さんは、気怠げに言って爺さんの頭を張り飛ばした。
だけど、爺さんが見ているのは銀さんではない。
「かんざしはキッチリ返したからな…見えるか、ジーさん?」
爺さんの目に映っているのは、銀さんの横に立つ、かんざしを挿したお登勢さんだ。
はたして、何十年も昔に会ったきりの人間を判別できるのかどうか、私にも疑問だけど…。
「…綾乃さん」
――ああ、わかるんだ。
一目見るなり、何の躊躇いもなく名前を呼んだ爺さんの表情は、嬉しそうだった。
「アンタやっぱ…かんざし、よく似合うなァ…」
目に涙を溜めながら呟かれた言葉。
それを受けて、お登勢さんもまた、どこか優しい微笑を浮かべていた。
「ありがとう」
そっと爺さんの手を握り、お登勢さんが穏やかに告げた。
それをとても嬉しそうに聞きながら、安堵した表情で爺さんは目を閉じる。
静寂に支配された病室で、心拍停止を告げる機械音だけが、鳴り響いていた。
+++
帰り道。
日の暮れかけた空を見ながら、私達は並んで歩いていた。
どこかこの面子には似合わない、湿っぽい空気が混じっていて、なんだか不思議だ。
そんな空気の中、不意に銀さんが口を開いた。
「…バーさんよォ。アンタ、ひょっとして覚えてたってことはねーよな?」
「さあね」
そう答えたお登勢さんの髪で、少し古ぼけた――それでいてよく手入れされていたかんざしが、シャランと鳴る。
「さてと…団子でも食べにいくとするかィ」
「ん…ああ」
振り返ったお登勢さんを見て、銀さんが変な表情で自分の目を擦った。
何度も瞬きを繰り返す銀さんに、私と神楽は首を傾げる。
「どうしたの、銀さん」
「いや…なんか幻覚見えちまった」
「薬に手ェ出したアルか! そんな子に育てた覚えないネ! 私哀しいヨ…!」
「ちげーし。そもそも育てられた覚えねーし」
定春の背に乗って、芝居掛かった口調で泣き真似を始める神楽の頭を、銀さんはスパンッと張り飛ばした。
蹲る神楽のことは気にも留めず、銀さんは相変わらず気怠げな口調で言った。
「気のせいだ、気のせい。団子食いに行くぞー」
「えーさっき団子食ったじゃないですかー」
「だったらクリームあんみつでも食っておけ」
「甘いもんばっかじゃねーですか」
「いーんだよ」
良かないですよー、と。
言いかけた私は、次に飛び出してきた言葉に見事に硬直した。
「甘くねぇもんはお前が作ってくれっから、わざわざ食いに行く必要ねーだろ」
「…………」
思わず足を止めた私に、銀さんは訝しげに首を傾げた。
いやいや、驚くのはこっちの方ですよ銀さんってば。
「…銀さんって」
「あん?」
「やる気なさそーな顔で恥ずかしいこと簡単に言うよね」
「やる気なさそうは余計なんですけど。…何、ちゃん。照れてんの?」
「誰がだ。蹴倒すぞ天パヤロー」
「…てめーはホントに言葉が凶器だなサド娘」
即答で返せば、心底嫌そうに言い返された。
だってそんな、銀さんが変なこと言うからじゃないですか。なんで私がそんな顔されるんだ。
「たまにはしおらしくだなァ、可愛い言葉のひとつでも吐いてみろや」
「ひゃぁッ」
気怠げな調子のまま、いきなり肩を抱かれて引き寄せられた。
顔近ッ! 近いから!! なんでそんな距離詰めてくんのこの人!?
「あー…そーゆー声も出せんのね」
「なっ、そっ、なに…ッ」
落ち着け、落ち着け私! しっかりしろ!
相手は銀さんだぞ、いくら顔が近いからって、肩抱かれてるからって何を焦る必要がありますか!
「おーい、耳まで赤いぞどうしたー?」
「う、うっせー! 触んなァ!!」
「ナニソレ。地味に傷付くんですけど」
地味でも派手でもなんでも良いから離れろ頼むから!!
自分で自覚しているより混乱している私が騒ぐと、前方を歩く神楽とお登勢さんが振り返った。
「…銀ちゃんがにセクハラしてるアル」
「…だからお前がそんな若い娘の面倒見ようなんざ間違ってんだよ、銀時」
「好き勝手言ってんじゃねーよオメーら!!」
呆れたような目で見るふたりに、銀さんはそう怒鳴り返して私から離れた。
ようやく解放された私のことは気にせず、銀さんはため息混じりに呟く。
「ったくよー。どいつもこいつも俺をなんだと思ってんのかねー」
そんなことを言いながら、私を置いて歩いていく銀さん。
その後ろ姿を見送り、私は深く息を吐いた。
「…それはこっちのセリフだ、銀さんのバカヤロー…」
変に肩に力入っちゃった、とか。
夏でもないのに妙に暑いとか。
そんなの全部、ただの錯覚だ。絶対。
この世界は『現実』ではなく『虚像』だから、これは全て『錯覚』なのだ。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。