「たーだいまー…あー、疲れた」
病院で肩の傷を治療し、とりあえず仕事を終わらせてきた銀時は玄関をくぐる。
しかし、そこで奇妙な違和感に襲われた。
…この時間なら、夕飯の匂いが漂ってくるはず。しかしそんな形跡はない。
「おかえりなさい、銀さん」
「おかえりアル、銀ちゃん」
出迎えたのは新八と神楽で、やはり違和感があった。…ひとり足りない。
首を傾げ、銀時は不在のひとりがどこに行ったのか訊こうと口を開きかけるが、それより先に、
「さんは?」
「は?」
「は? 何、お前ら声揃えて。…え? ならとっくに帰ったろ?」
声を揃えて言われた言葉は、銀時がたった今訊こうとしたことだった。
そう。万事屋の家事を一手に引き受けるが、いない。
「帰ってないから聞いてるんですよ」
「銀ちゃんに弁当を届けに行ってから帰ってきてないネ」
「帰ってない…?」
就職活動がどうこう言っていたが、もうあれから結構時間が経っている。
は自由奔放だが、家事を引き受ける人間として、こんな時間まで帰らないような人間ではない。
「いやいや、そんな馬鹿な。だって今何時だよ。
飯時まであいつが帰ってこないなんてあり得ねーって」
「じゃあ…」
いったいどこに、と。
新八が言うより先に、神楽が大声を上げた。
「は美人だから悪い奴らに誘拐されたアル!!」
「「は!?」」
「間違いないネ! 江戸に来日した香港マフィアのボスに一目惚れされて、誘拐されたアル!」
「…神楽ちゃん。それ、さっき観てたドラマの内容だよね」
暇さえあればドラマを見ている神楽は、度々その内容と現実がごちゃ混ぜになる時がある。
しかしマフィア云々は置いておくにしても、誘拐はあり得ない話ではない。
「どうしましょうか、銀さん…」
「…まー、あいつもガキじゃねぇし…」
放っておけば帰って来るだろ、と。
言いかけて、銀時はふと口を噤んだ。
「…でも飯が無いのは困るな」
「困るネ」
「……………たまにはあんたらが作ったらどうですか」
呆れたように新八が返すと、ふたりはとんでもないと言わんばかりに怒鳴り返す。
「嫌アル! 私、のご飯が食べたいネ!!」
「同じ食材を使ってもなァ、俺や神楽が作るのとが作るのじゃあ出来上がるもんが違うんだぞ!」
「それは胸張って言うことじゃないですよね」
まったく、自分のことしか考えてないんだこの人達。と。
深々とため息を吐く新八に、銀時と神楽は顔を見合わせた。
「…探しに行ってみるか」
「そうですね、心配だし…」
「誘拐アル。絶対そうヨ、は美人で料理も上手いアル」
「もしかしたらSM倶楽部に無理やり入れられたのかもしれねーな、あいつ天性のサド娘だし」
「あんたらホントに心配してんですか」
これ、さんが聞いたら怒るだろうなぁ、と。
そう考え、いっそ告げ口してやろうかと思う新八だった。
「…トシ」
「なんだ」
「なんでうちに女性が居るのかな」
「…総悟に聞いてくれ、総悟に」
…こっちが聞きたいよ、と。
思いはしたけれど、敢えて口には出さなかった。
私は近藤さんの前に引き出され、その両脇には土方さんと沖田、山崎。
……うわー。これは喜んで良いのか怒って良いのかわかんない状態だなぁ。
「件の姫さんでさァ。覚えてないんですかィ、お二方」
「覚えちゃいるが…オイ、今は手出し出来ねぇって言ってなかったか」
「うっかり見つけちまったんで、任意同行していただきやした」
…任意同行。
刀突きつけて脅すのは、任意同行とは言わないのではなかろうか。
呆れてものも言えない私を見て、ふと近藤さんが首を傾げた。
「ん? んー…?
あれ? お嬢さん、確かあの時お妙さんと一緒にいた…」
「です。改めてこんにちは、ゴリ…じゃなかった近藤さん」
「今ゴリラって言おうとした? 今ゴリラって言おうとしたよね」
うっかりゴリラって言いそうになっちゃった。
だってゴリラ的要素強過ぎるんだもの。仕方ないよ。他意はないよ。
「…山崎」
「はい。…本名は藤原蝶子。幕臣,藤原道三の一の姫です。
藤原の名が権威を奮っていたのはもう何百年も前ですが、商いで貴族の地位を買い戻したとか」
土方さんに促された山崎が、片手に持った資料を読み上げる。
…いやあの、本名もなんですけど。それ別人ですけど。
「一の姫には、徳川御三家のひとつ、一橋家への輿入れが決まっていたそうですね」
「身分が多少低くても、娘を名家に嫁がせりゃ自分の地位も安泰、か。
強欲貴族の考えそうなことじゃねーか。で? あんたは結婚嫌って逃げてきたのか」
「………………」
…いや、これさ、どう答えるべき?
これはなんですか、家出娘を親元に帰らせようとかそういうことですか。
…いやいや、私は蝶子さんじゃないから。家出娘じゃないから。
「別にあんたの家出理由なんざ、興味ねーんですけどねェ。
…一番重要な質問をさせていただきますぜ、蝶子姫」
「……あのぅ。って呼んでもらえない? 私は姫でもなんでもないから」
そう言った私の言葉をどう解釈したのか、一瞬瞬きしてから、彼は小さく頷いた。
「…こりゃあ失礼致しやした。では、さん――あんた、桂と関わりがあるんですかィ?」
「は…桂さん…??」
ゆっくりと、私は瞬きした。
そして、一生懸命、言われた言葉を反芻して意味を推し量る。
「えー…それってつまり私が攘夷派じゃないかって疑い掛かってるってことー!?」
「平たく言やァ、そうですねェ」
「冗談でしょ。なんでそんな面倒くさいことしなきゃなんないの?」
「だってあんた、池田屋に居たじゃないですかィ。しかも桂たちと一緒に」
仕方ないじゃん。銀さんが桂さんの知り合いなんだもの。
…とはさすがに言えず、ただ私は目を眇めて言い返す。
「そりゃあんたらみたいなガラの悪い黒服が現れりゃとりあえず逃げるだろ」
「なんだとコラ」
「ま、まぁ落ち着け総悟! トシ! 証拠も無いのにご婦人に尋問など!」
「まったくですもっと言ってやってくださいゴリラさん」
「いや、ゴリラじゃないですから!」
おお、失礼つい本音が。
私を庇う近藤さんとは裏腹に、土方さんは至極面倒くさそうだった。
「なに、身元は割れてんだ。やましいことがなけりゃ、そう答えりゃ良い」
「…はッ。じゃ、「私は攘夷に関わっていません、桂さんなんて知りません」って言えば良いですか。
それで納得するなら、証拠不十分の現状で任意同行なんざ求めるわけねーだろ、馬鹿にしてんのか」
「………」
鼻で笑う私をしばらく見つめていた土方さんは、不意に隅っこに控えている山崎に向き直った。
「…オイ、山崎。これは本当に貴族の姫さんなのか。下手な町娘よか口が悪ィぞ」
「ま、間違いはないはずです! ほら、写真ともそっくり瓜二つですよ!!」
そう言って彼が取り出した、一枚の写真。
上質の着物を纏った若い娘さんの写真だけど、これがまた、本当に私にそっくりだった。
…これは、親が間違ってもおかしくないかも、しれない。
「…まぁ、確かに…双子でもここまで似ちゃいねぇだろーが…」
「…マジでか。凄い、私がいる」
「………オイ山崎ィ! この娘、頭弱いのかァ!」
「しつれーですよマヨ副長」
「誰がマヨ副長だ! マヨネーズ馬鹿にすんな!」
「そっちかよ」
どっちかって言うと、マヨの部分が貶し言葉だと思うんだけど。
…やっぱり銀さんと土方さんって似てる気がします、根本が。
「と、とにかくだな! 攘夷派との関わりは不明だが、彼女は違うと言っている!」
「あのなぁ、近藤さん…本人の証言なんざ、証拠にもなりゃしねぇだろーが」
「彼女は貴族の姫様だぞ! 過激派で知られる桂の仲間のはずがないだろう!」
「そーですよね! さすがは局長さんです、近藤さん素敵!!」
そう言って、私はガシッと近藤さんの手を握った。
途端に近藤さんは動きを止め、次の瞬間、バッと土方さんを振り返る。
「…トシィィィィッ! は、初めて女性に素敵って言われたよ俺!!」
「ンなことで喜ばんでください。…だからあんたはモテねぇんだよ」
「なんてこと言うの!? え、今のちょっと酷くない!? ねぇどう思いますさん!?」
「ええ、酷いですね! 自分だって独り身のくせにね!」
「なんで知ってんだよオイィィィィ!?」
知ってるもんは知ってるんです。
にっこりと微笑んで、私は言い返した。
「うちにも土方さんのよーに、顔は良いのにてんでモテない馬鹿がいますので」
「オイ。それは俺がモテないって言いたいのか。俺が馬鹿だって言いたいのか。どっちだ」
「どっちもです」
「無駄に爽やかな笑顔で言うんじゃねェェェェッ!!」
真顔で言うよりマシだと思うけどなぁ。
そんなことを言い合っていると、背後で盛大なため息が聞こえた。
「ンな馬鹿な会話してる場合じゃあないでしょうが」
「!!」
え。これ――殺気!?
ピリピリと伝わってくる空気に、私は咄嗟に、近藤さんの腰の得物を勝手に引き抜いた。
近藤さんや土方さんが何か言ってるけど、ほとんど私の耳に届かない。
――キィンッ、と高く響く剣戟の音に掻き消されて。
「…重…ッ」
「――思った通りですねぇ」
なんでもないことのように刀を抜き、私に向かって振り下ろしてきたのだ。
犬は犬でも狂犬だよ。怖いよこいつ。
腕の骨がギシギシいってる。結構な強さで打ち込まれた。
…現実だったら斬られてたな、と思った瞬間、胃の奥が冷えるような感覚に陥る。
「総悟ォォォォッ!! おまっ、ご婦人相手に何やってんのォォォォッ!?」
「ただのご婦人が、加減してるとは言え俺の刀を受け止められるワケがねェ。
確実に武道の心得があるたァ思ってましたがね。ここまでとは、嬉しい誤算でさァ」
「…オイオイ…なんつー危険な賭けに出やがるんですかこのガキ…」
間違ってたら死んでたわよ、私。
これが現実じゃなくて良かった、とは言え腹が立つことに変わりはない。
オイオイ、なんの冗談ですかこれは。ふざけんなよ。
「…いーからッ…この物騒なオモチャ仕舞いな! 一般人に刀向けるなんざ、侍のすることか!!」
怒鳴り返して、私は思いっきり腕を振り上げた。
彼はすぐに刀を引き、立ち上がった私をじっと見据える。
「親の出世の道具にされるだけの、箱入り娘とは思えねェ。あんたいったい何者ですかィ」
「善良な一般市民でか弱い女の子ですよッ」
「…どこら辺がか弱いんだ」
「やかましーです!」
要らん土方さんの突っ込みに即効で言い返す。
まったく。まったく! 私はか弱い普通の女の子ですよ! ただのいたいけな女子大生ですよ!
「女だてらにその肝の据わった態度、おまけに武道の心得も有る…。
あんたの親父は元は商人。攘夷派と繋がっててもおかしくはねェ…あんた、桂の女なんじゃねぇですかィ?」
「……………」
…オイオイ蝶子さんよ。あんたのせいで私、何回迷惑被ったら良いんですか。
桂さんの女? ふざけんなよ。
仕事熱心なのは良いけどね、そこに私を巻き込まないで欲しい。
「…あのさぁ。何かを『やった』ってことの証明をするのは結構簡単なんだけど、
何かを『やってない』ってことを証明すんのはむずかしーのよ。なに、わかってて言ってる?」
握っていた刀を放り棄てた。
髪を結い上げる簪を抜き、それも刀と同じように畳の上に投げ捨てる。
「…おい。お前、いったい何を」
「ましてや、私は確かに多少の武道は囓ってますけどね。
あんたらにゃわかるでしょ、私のは所詮は道場武芸。プロとやり合うような腕なんざどこにもない」
私の薙刀は、学生のスポーツだ。
確かに親類に道場持ちがいて、小さい頃から薙刀握ってるさ。
だけどそれは、あくまで『スポーツ』。誰かを傷つけるために振るったことは、一度だってない。
「常に刀ぶん回してるくせに、そんなこともわからないのか。
それともなに、言いがかりつけてるだけ? 性質の悪い警察も居たもんだね」
正面を見据えたまま、私は帯を解いた。
着物ってのは面倒なもので、普段着用でも3枚は着なきゃいけない。
しかし逆に、構造は単純だ。帯を解けばあっさりとそれは肩口を滑り落ちていく。
「…って! 待て! 何やってんだ!?」
「よく見ておけ、論より証拠だ」
江戸っ子に比べて現代っ子の羞恥心の薄さが、ある意味心強い。
下着着てるから良いじゃない、くらいの気持ちで、私は着物を脱ぎ捨てた。
こんなご時世だ、お妙もそうだけど、女だてらに剣を握る女には大小かかわらず傷がある。
だけど現代っ子でスポーツ武芸しか知らない私に、そんなものがあるわけも、ない。
「女の名誉と誇りに賭けて。私は誰かのモノになったことはないし、人を傷つける為に武器を持ったこともない。
…さァ、これであんた達の望む答えが出てこなかったらどうしてくれる? 訴えて良い?」
完全に私の勢いに呑まれたのか、彼らは目を瞠って硬直していた。
下着も水着も似たようなものだから、私はさして気にしないけれど。
…相手にとってはそうでもないらしい。
「女をナメんじゃねーぞ、コラ」
そう言い放って、私はにやりと口角を持ち上げて、嗤う。
その瞬間だった。
廊下の向こう側が、なにやら騒がしい。
何かをなぎ倒すような音や無骨な悲鳴、怒号が響き渡る。
…え? 何??
「ちょ、なんだお前ら!?」
「おい、こいつ…白髪の侍って…まさか局長を倒した侍!?」
「誰が白髪だ銀髪と言え!!」
…え。
待って、ちょっと待って。
銀髪って。侍って。…まさか。
思わず目を白黒させる私から、ようやく視線を逸らすことが出来た土方さん達が、
「何事だ!?」と怒鳴りながら襖に手を掛けた――と思った瞬間、襖は蹴破られた。
「さん! ここですか!?」
「、無事アルか!?」
「ってかなんでお前こんなとこに居…」
部屋に飛び込んできたのは、万事屋の面々。
新八は何故かお通ちゃん親衛隊の隊服を纏い、神楽は傘を構え、銀さんも木刀片手に握っていて。
「…みんな?」
首を傾げる私を見て、三人は硬直した。
さっきまでの土方さん達のように。
「「「…おまえらうちの(さん)に何やってんだァァァァァっ!!?」」」
短い沈黙の後、そう怒鳴って三人は部屋になだれ込んできた。
…当然、乱闘になりました。
あーあ…折角穏便に済ませようと思ってたのに…。
+++
「本っっ当に申しわけないッ!」
畳の目で額が擦り切れるんじゃないかという勢いで、近藤さんが土下座していた。
その前に居るのは私で、その右には銀さん、左には新八、後ろには神楽が陣取っている。
で、なんで銀さん達がここにいるのかというと。
夕飯時になっても帰ってこない私を心配して、方々探し回ったらしい。
そこで目撃情報が入り、私らしい若い娘が真選組に連れて行かれたと聞いてすっ飛んで来たんだとか。
そこであんな光景を目撃してしまった為、我を忘れて大乱闘…と。愛されてるね、私。
「…あー、良いです良いです。勝手に脱いだの私です、見られて減るもんじゃないし下着付けてるし」
「いやしかし! 嫁入り前の娘さんにあのような屈辱を!」
「だから良いですって、もう。局長ともあろう人が、そう簡単に小娘に頭下げないでください。
まぁ、馬鹿野郎共の誤解を解くためだけに晒すにゃ惜しいですが」
「…思いっきり根に持ってんじゃねーか」
ぼそりと呟いた土方さんの一言はスルーします。
どっちが悪いかよく考えてみろっていうんですよ、まったく。
「で。結局嫌疑は晴れたんですか」
「…まずどう頑張っても、お前が戦場に立てるほど場数踏んでねぇってことはわかった」
「そりゃそうでしょ。もしそうなら、刀傷のひとつやふたつ、体になきゃおかしいですからね。
桂さんの女、って疑惑も晴れてるでしょ? 男がいる女は、他の男に肌晒したりしません」
「…だからって、その証明の為に脱ぐ奴がいるか?」
「脱げと言われる前に脱いだだけですが何か」
だいたい、あんな問答に意味なんて無いのだ。
私が桂さんの仲間だという証拠も無ければ、逆に仲間ではないという証拠も無い。
互いに証拠を持たずに問答したところで、平行線を辿るのは目に見えていた。
「さん! 誤解しないで頂きたい、真選組はご婦人にそのような無礼は!」
「既に近しい無礼を働きやがったガキがここにいますが」
「総悟ォォォッ! 謝るんだ! 今すぐさんに頭を下げなさい!! さぁ早く!!」
バンバンッと床を叩く近藤さんに、言われた当人は酷く緩慢な動きで私の方に向き直る。
「へいへい。すいませんでした」
「…殴って良いかクソガキ。せめて頭下げろ」
「未来の副長たる者、そう簡単に女子供に頭を下げるわけにはいかねぇんでさァ」
「オイ。どさくさに紛れて何言ってんだ総悟」
…反省してんのか、してないのか。
まぁ、別に期待してないから良いけど。
「…ったく、ヅラのせいでとんだとばっちりだぜ。
オイ、もう良いだろ。うちはメシもまだなんだよ。帰るぞ、」
「あ、うん」
「待て!」
立ち上がった銀さんに手を引かれて私も立ち上がると、近藤さんに呼び止められた。
面倒くさそうに、銀さんは顔をしかめる。
「なんだよまだなんかあるのかよ。責任取るとか勘弁しろよ、こいつはうちの大事な飯炊きだぞ」
「オイコラ。私の価値は炊事だけですかちょっと」
いや、ここで「万事屋の人間だ」なんて言われたら恥ずかしさのあまり笑い出すところだけど。
でもだからって、飯炊きって。女中さんは私は。
「いや、そうではない! この非礼、是非詫びをさせて欲しい!!」
「じゃ腹切るか」
「銀さん。冗談言って良い人とダメな人がいるから」
近藤さんなら本気で腹切りかねない。
「…あのですね、近藤さん。
むしろ謝るべきなのはそこのサドガキとマヨ副長であって、あなたじゃないですから」
「いいや! 部下の非礼は俺の責任です!」
「困ったなァ…」
頭を抱えてから、ふと思いつく。
あ、そうか。そうだ、いいこと思いついた。
「だったら酢昆布一年分用意するアル」
「神楽ちゃんの要求通してどうすんの」
私が口を開くより先に、神楽が妙な要求を突きつける。
酢昆布一年分て。
「酢昆布か! よし、山崎! 駄菓子屋で買い占めろ!」
「近藤さん落ち着いて。酢昆布そんなにいらないから。でも一応一箱お願いします」
ちゃっかり要求してから、私は小さく咳払いをする。
注目が私に集まる中、にっこりと微笑んで口を開いた。
「…じゃあ、仕事紹介してください」
『は?』
全員の声が綺麗にハモった。
そこまで一心同体にならんで結構です。
「真選組の紹介なら安心でしょ? あ、時給高めでイケメンパラダイスな職場希望でーす」
「…あのねぇちゃん…お前仕事ナメ過ぎだよ?」
そう言いながらため息を吐き、銀さんが私の頭を軽く叩いた。
いやいや、案外あるかもしれないじゃないか。言うだけならタダだし?
「それならさん。うちで働いてもらうってのはどうだろうか」
「へ?」
「近藤さん、何言い出すんだ!?」
思いがけない申し出に、私は目を瞠った。
だけど驚いたのは私だけではなく、近藤さん以外の全員と言ってもいいだろう。
「先日、女中のお玉さんが結婚するってことで辞めてしまってな。
聞けばさんは、万事屋の家事の一切を請け負っているとか。丁度良いとは思いませんか」
「さっきの今でよく雇おうなんて思うな、あんた…」
「ま、良いんじゃねぇですかィ? 隊士にするわけじゃなし」
「当たり前だ。女の隊士なんざ有り得ねぇ」
っていうか隊士だったら絶対なりませんから。
…でもそうか…女中さんか…職場としては悪くない。
お詫びにという提案なんだから、そう厳しい条件はないはずだ。何より、下手な接客業なんかより絶対良い。
「オイオイオイ、ふざけんなよ?」
「そうアル」
「そうですよ! さんにあんな失礼なことをしておいて、」
「がここで女中なんてやり始めたら、俺らのメシはどうなるんだよ」
「のご飯が食べられないなんて、世界が滅ぶも同じネ!」
「あんたら自分の都合ばっかだなオイィィィィィ!?」
…うん、まぁ、期待してないから。
だいたい、私が万事屋に厄介になる時だって、条件は家事の一切を請け負うことだった。
一応、この一ヶ月余りの恩はある。銀さん達との約束は護らなければいけない。
でも万事屋には金が無い。死活問題レベルに。
「…幕臣だし、給料は良いはずよね。しかもイケメンパラダイス」
「もしもし、さん?」
「…近藤さん。勝手で申し訳ないんですけど、条件をいくつか。
ここでご飯を作るのは昼と夜だけ、さらに交代制で隊士の人達に手伝ってもらう。それでどうかしら」
答えた私に、新八が心配そうに顔をしかめた。
「良いんですか、さん?」
「うん。なんて言ったってイケメンパラダイス」
「あんたさっきからそればっかだなオイ。イケメンが居りゃ良いんですか」
「時給も高くないとダメ」
「変なトコだけ現実的!?」
当たり前です。良い男はあくまでオプション、働くことの第一条件はお金だ。
「よし! その条件で是非! で、時給なんですがね…」
そう言いながら、近藤さんは電卓を片手に私を手招きした。
遠慮なく電卓を覗き込み、弾き出された数値に思わず目を瞠る。
「え、マジでそんなに貰えんの。これは手を抜けないわね…」
「さらに今なら制服も作りますよ!」
「ホントに!? 職場に着ていく服っていつも困るんだよねー、助かるわー」
「さん、色や形のご希望はありますか。
俺としては真選組の隊服に合わせた型が良いかと思うんですがね!」
「あー、良いですね! 格好良く可愛く動きやすい形でお願いします!」
ああでもないこうでもない、と私と近藤さんは制服の話で盛り上がる。
「…なんか大事になってねーか?」
「そりゃ、むっさい男所帯に女が入るんでさァ、近藤さんじゃなくても舞い上がりますぜ」
「…頭痛の種が増えやがったぜ…」
失礼な。
本気で頭を抱えるなんて失礼もいいところだ。よし、マヨネーズ捨ててやる。
「交通費出ますか、交通費。出ないなら銀さんのバイクで送って」
「オイオイ、俺ァお前のアッシーですか」
「ううん、下僕だよ?」
「…え、待って。何そのびっくりした顔。おかしくね?」
「うん、冗談」
「今目が本気だったぞ、目が」
気のせいです。
嫌だなぁ、最近すっかり銀さんが卑屈ですよ。
「なんなら毎日送り迎えもしますよ、山崎が」
「え、俺ッスか局長!?」
「えー徒歩なら要らないー」
「徒歩決め付け!?」
「だってジミーが車持ってるとは思えない」
「だからジミーって誰!?」
未だに自分のことだと思ってないんだ…。
良いじゃん、ジミー。なんか可愛くて。地味に可愛いじゃない、ジミーって愛称。
「パトカーで来られたらそれこそ迷惑ですー。よし、じゃあ銀さんバイクで決定ね」
「ちゃーん、君はもうちょっと銀さんに優しくなるべきだと思いまーす」
「充分優しいですー」
「どこがだ!?」
下らない言い合いは止まる事を知らず、だんだんとその内容は最初の趣旨からは外れていく。
そしてこの日は、真選組で夕飯を食べることになった。
当然、私が作らされたわけだけど…。
結論から言おう。
万事屋と真選組、本っ当に仲悪いです。
いや、多分一部が。
なんだかんだで、収まるべき時は何もしなくても収まるものです。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。