「…ダメだ、頭の中身の整理が出来ない」
無機質な天井を見上げながら、呟いた。
神威が提督とやらにお呼ばれして、1時間近く経っただろうか。
他に行き場所も無いので、言われた通りに神威の部屋に戻ってきて、色々考えてみた。
こうやって考えてみると、ひとりになる時間は、実はそう多くない。
その事実にすら、愕然としてしまった。
この世界に来て結構経つ。自分が順応性豊かなのは、ある程度自覚はあった。
だけど、でも、なんで誘拐された先の生活に順応してるんだ?
「……てか、あいつはホントに私が好きなのか? 私はあいつをなんだと思ってんだ??」
答えなんて出て来やしない。
自分のことなのに。
「…もー…誰でも良いから助けて銀さーん…」
この世界に来たばかりの頃に言ったセリフを、まったく違う気持ちで呟く。
…まあ、こんなことで助けろって言われても困るだろうな、銀さんも。
あー、どうしてるかな万事屋のみんな。
私のこと心配してるかしら。心配してなかったら泣くぞ。
銀さんはちゃんと仕事してるかな。
新八はキレの良い突っ込み入れてるかな。
神楽は定春と仲良くじゃれてるかな。
神楽ちゃん、このままだと私はあなたのお姉ちゃんにされそうです。
…
……
………おい、ちょっと待て。今の思考回路おかしいぞ。
「…違う違う間違いです深刻なエラーですバグです誰か修正パッチ作成してください」
「ねぇ、なんでベッドの上で独り言言ってるの? 誘ってるの?」
「ンなわきゃねー…って、へ…?」
いきなり真上から声を掛けられ、視線を向けた先には端正な顔があった。
物凄い至近距離に。
「ッッ!! ぎゃああああああああッ!?」
反射的に、悲鳴を上げたのは言うまでもない。
「…久々に悲鳴上げられたよ。…俺、何かした?」
「いや、あれは悲鳴上げるだろうよ。ちょいと過剰反応ではあったが」
「いきなり入ってきていきなりなんですかあんたはッ!!」
「そんなこと言われても、ここ俺の部屋だし」
それはそうなのだが。
あー、びっくりした…。
身を起こして、軽く頭を振る。
いかんいかん。もの考えるのはめんどい、頭が腐る。
「…早かったね」
「まー、ゴハン食べてきただけだからネ」
「お前仕事ナメてんのか。…その恰好何??」
「ん? 団長服。似合う?」
「…似合わなくはないけど、なんか偉そうで微妙」
「その感想が微妙過ぎるんだけど」
だって、なぁ…。
そういう動きにくそうな服、好き好んで着るとは思えないし。
見慣れないせいか、違和感あるし。
「普段の方が良い」
「……」
きょとんと目を瞠る神威の反応を見て、私は今の自分の発言がおかしいことに気づいた。
いや、何言ってんだろ私。そしてその反応はなんだコノヤロ。
「…あの、さ。、今日はなんか変だ。具合悪いの?」
「………………別に。変なのは認めるけど」
「…調子狂うなぁ、もう…」
うるさい。
私の方が調子狂ってる。
「…おい、そこ。変な青春ごっこはやめろ。鳥肌立ってきた」
「誰が青春ごっこ!?」
「鳥肌ってどういう意味かな阿伏兎」
「そのまんまの意味だっつーの、似合わないことやってんな。
それに、団長はこれからお仕事だろーが。着替えてさっさと行きやがれ」
仕事。今からか。
第七師団は特性上、交渉とかには向いてないので、戦闘が予測される任務が主らしい。
ということは、これからどこかに戦いに行くわけか。ご愁傷様です…いや、むしろ喜んでるのかね。
「これから? コキ使われてるねぇ」
「そうだよ。だから労わって?」
「やなこった」
「あはは。うん、いつものに戻ったネ」
そう言ってまた頭を撫でてくるので、戻りかけたのに調子がまた狂う。
…わかっててやってんのかな。いや、そんなわけないよな。
「おい、団長。嬢ちゃんはどうする。これからドンパチやらかす艦にはさすがに乗せられねーぞ」
「仕方ないから、この部屋に居てもらうよ。出来れば母艦からは離したかったけどね」
「??」
何か、妙だなと思った。
いつもの「お仕事」ではないのだろうか。
お前らそんなに情報タダ漏れで良いのかよ、と普段は呆れるくらい普通に任務内容とか話すくせに。
――今日は随分と、歯切れが悪い。
「」
「なに?」
「俺たちが戻って来るまでの間、この部屋から出ちゃダメだよ。
誰かが来ても、それが俺か阿伏兎以外なら開けちゃダメだ。良い子で待っていられるよね」
「なにを、始める気なの?」
「…は敏いネ。たまにそういうところが厄介で殺したくなる」
真顔で言われると怖いんだが。
本気で言ってるのか冗談で言ってるのか、判別に困る。
…いや、本気っぽいな。8割くらい。
「とりあえず今はさ、いつもの我が儘だと思って言うこと聞いてよ」
「…………」
なんだろう。
妙に、胸の奥がざわめく。
虫の知らせ? 第六感?
なんでそんなもんが反応するのかわからないけど、でも、何か嫌な予感がした。
「…ねぇ、神威」
「うん?」
「私が今、あんたに向かって「いってらっしゃい」って言うのは…やっぱり、オカシイ?」
「………………」
何言ってるんだ、私は。
言ってから思ったけど、目の前の男の反応に驚いて言葉が出てこなかった。
一瞬。本当に、一瞬だ。錯覚だったのかもしれない。
このバカが、この狂った兎が、――泣きそうに見えたなんて。
「…そうだね。「悪党に連れ攫われて来たお姫様」が言うのは、オカシイよ」
「…だよね。忘れて」
「うん。忘れる。…じゃあ、良い子で待っててね、囚われのお姫サマ」
「二度と戻って来んな」
「ハイハイ」
笑いながら部屋を出て行った神威の背を見送って、思わず、ぐっと胸の前で両手を握り締めた。
なんだろう。どうして、あんなことを言ったんだろう。
神威がどこで何やろうと関係ないし、どうせ返り血まみれで帰ってくるだけだし、別に私が心配してやる義理はないし。
…なのにどうして、こんなに落ち着かないんだろうか。
「――なぁ、嬢ちゃん」
「…なんですか。阿伏兎さんも仕事でしょ、さっさと行きやがれですよ」
「まぁ、そう言うな。オッサンの独り言を聞いてくれよ」
なんだか真面目な声で言われて、私はのろのろと視線を上げた。
「俺は団長がもっと小せぇ頃からあいつを見てるから、まァなんとなくわかるんだがよ。
――ありゃあ、嬢ちゃんに対して相当本気だ。敏い嬢ちゃんは気づいてるだろうが」
「……………」
「半年前の『気紛れ』とは、もう明らかに違う。わかってるんだろ」
「…だったらどうしましたか」
「俺から見りゃ、嬢ちゃんも半年前とは態度が違う」
「………………」
違う、と。
はっきり言われて、反論出来なかった。
…なんでだ。今だって私は、万事屋に戻りたいのに。
銀さん達とバカやって、真選組でご飯作って、時々事件に巻き込まれて。
それで良かった。劇的な非日常なんて要らなかった。宇宙のド真ん中で海賊なんてやりたくない。
――なのに、どうして反論の言葉が浮かばないんだろう。
「これはオッサンからの勝手なお願いなんだがね。
つまらん意地の張り合いはやめといちゃくれねーか。――でないとあの馬鹿、死ぬぞ」
「死ぬって…」
「護るもんを見つけた男は、強くなるか弱くなるかの両極端だがな。
――護るもんを見失った男は、ただ自滅するだけだ」
がつん、と。
頭を殴られたような衝撃が、はしった。
…だって、それ、誰の話だよ。
護るものってなに。あいつにそんなもん、端からあるわけない。
「…あ、…阿伏兎さん、頭沸きましたか…?
神威に、あの戦闘狂にそんなもの無い。ましてそんな、女が理由で身を持ち崩すとか、…あはは…」
「声乾いてるぜ。大丈夫か?」
「…色んな意味で衝撃的過ぎました。やめてくださいよ、今更悪役から善玉にジョブチェンジ目論んでますか?
いやいや、あれは高杉と一緒ですって、生涯悪役、ホラピッタリ。血で戦う獣、大いに結構じゃないデスカ」
「いや、意味わかんねーんだが」
こっちだって意味わかんねーですよ。
なんなの。何の話がしたいのこの人。
これ以上考えさせるな。許容量超えて頭が腐る。
「…俺ぁ、別に一族存続の為に純血の女夜兎を娶れとか、あの団長サマに言う気は端から無いし、
そもそも団長が嫁さん貰って家庭作るとか全く想像出来なくて今も戸惑ってるくらいなんだが」
やめろ。余計な情報を入れるな。
考えたくない。面倒事はごめんだ。
理解なんてしたくない。…戻れなくなってしまう。だから。
「もしそんな奇跡が万が一起こって、そン時団長の隣にいるのが嬢ちゃんなら、なんかしっくりくるんだよ」
「……私は、ただの地球人の小娘ですよ。そんなもん、第二の夜王サマの嫁にして何か得があるとは思えませんが」
「ただの小娘が、あの団長相手に怒鳴ったり蹴ったり対等に口利いたりするかよ。
嬢ちゃんなら荒れくれ者揃いの第七師団でも、立派に姐さんが務まると思うがねぇ」
「…第七師団は極道モンですか? 洒落になんねーよ…」
「俺ァ、まだあの人に死んで欲しくねぇんだよ。
だがお守りはいい加減疲れたからな、代わりにあの馬鹿の手綱握ってくれる奴を探してるとこだ」
「…誰が、そんな…面倒な役、引き受けるもんですか」
「つれないねぇ。検討くらいしてくれよ」
引きつった笑顔で言い返すの精一杯の私に、何を思ったのか。
笑いながら、からかうようにそう話を締め括った阿伏兎さんに、私はわざとらしいため息を吐き出した。
「…もう良いです。阿伏兎さんはさっさと仕事行きやがれ」
「はいはい。まったく、うちのガキ共は手が掛ることで」
いいから、さっさと行け!!
心の中で悪態をついてから、一人残された私はベッドの上で膝を抱えた。
「…「うちのガキ共」って、なんだよ」
なんなの、「うちの」って。
私は万事屋銀ちゃんの居候で、真選組の女中さんなの。春雨第七師団になんか所属してない。
…してないのに。
「…どうすれば良いのか、わかんないよ。…ねえ、助けてよ…銀さん…」
こんな時だけ頼るなよ、と。
叱られるだろうか。それとも助けてくれるだろうか。
――いいや、もう。それも叶わない。
だって、あの時…地球に戻ることを、私は拒んでしまった。
「…性格悪くて、面倒くさがりで、我が儘で自分の好きなことしかしたくない、自己中心で。
真面目な奴をからかうのが好きなドSで、器用貧乏で二次元オタで、…それが私なんだよ、だから」
力無くベッドに倒れこんで、呟く。
「…こんな私は、嫌だ」
それ以上に。
そんな言葉を吐き出す自分に、嫌気が差した。
+++
――この感情に名前を付けるとするなら、なんと付けるのが妥当だろうか。
血に従って殺し、
本能のままに動き、
魂に抗って嗤う。
その道に残るものなど何もない。
すべてを踏みつけ、壊し、侵し、喰らい尽くして、ただひとり荒野に立つように。
その道を後悔したことはないし、これからもすることはない。
――愚かと嗤うものがいるなら、最上級の『笑顔』を以て応えよう。
それこそが、夜闇に生きる兎の『常識』。
それを「間違っている」などと断罪出来る者などいない。
夜兎に生まれた者は、遅かれ早かれ『衝動』に呑まれる。
何に向けられるかは個体差があるようだが、『破壊』の衝動であることだけは、間違いない。
自らの持って生まれた『血』に抗うなど、愚かな行為。
だから血の命ずるままに生き、本能の赴くままに闘い、求めた。
だが時にそれをも凌駕する、『護る強さ』というものに興味を惹かれた。
豊潤な資源を有する辺境惑星の蛮族。その中で夜兎に劣らぬ『修羅』を身の内に飼う獣――『侍』。
彼らの『強さ』が何なのか――なんとなく、それがわかるのではないかと思って気に入った女を連れ帰ってみた。
脆弱な肉体しか持たない地球人の女。
自分より相手が格上であったとしても、決して屈せずに噛みつく、美しい獣。
彼女を通してわかったことがあったのか、それは今はよくわからなかったが。
――何か、今まで持ち得なかった『感情』が、『衝動』が、じわりと滲むようにゆっくりとこの身を侵している。
それこそが『侍』という『修羅』が強く在れる理由に繋がる何かなのか。
今日は、それを見極める良い機会でもあった。
「――やっ、…また会ったね」
ゆっくりと振り返ったその男は、酷く落ち着いていた。
これは、自分の状況くらい把握しているんだろうなとは、思ったが一応言っておく。
「単刀直入で悪いんだけど、どのタイミングで言ってもきっと驚くから言うよ。
――死んでもらうよ」
「………。
別に驚きゃしねーよ。…最初に会った時から、ツラにそう書いてあったぜ」
ああ、やっぱり。
――そう、様々な意味を込めて頷いた。
この男からは狂気の匂いもするが、同時に、あの男と同じ匂いも微かに感じる。
あの男を、自ら鎖に繋がれた獣と称するならば。
――この男は、引き千切った鎖を身に絡めたまま暴れる獣、と称すれば良いだろうか。
「流石に察しがいいや。
実は以前、侍って奴をこの目にしてから、こうしてやり合いたくてウズウズしてたんだ。
なんでだろう。微かだけど、あんたからはあの男と同じ匂いがしたのさ」
「奇遇だな。俺もその白髪のバカ侍を殺したくてウズウズしてんだ」
「………」
どこか似た雰囲気があるとは思ったが、知り合いか。
――案外、宇宙とは狭いらしい。
「察しが良いというより、超能力でも使ってるみたいだね。
その左目に秘密でもあるのかな」
「フン」
『神威!!』
静かな殺気がピリピリと肌を焦がす中、聞き覚えのある声と複数の足音が響く。
矢を番えた一団を率いて、勾狼が現れたのだ。
空気を汚すような無遠慮な所作に、苛立ちを覚える。
「――邪魔はするなと言ったはずだよね」
『……邪魔なんざしねーよ』
その言葉と、ほぼ同時に。
ドン…ッ、と衝撃が、背にはしった。
足元に、赤い血溜まりがぽつぽつと増えていく。
「あり?」
痛みというよりは、衝撃。
じくりと、熱が背を中心として広がる。
ひりつくような、肉を焼くような、感覚。
――毒。
なるほど…ハメられたのは、こっちの方だったわけか。
『神威…俺達が殺りにきたのは、てめーだ』
勝ち誇ったような勾狼の声。
いつの間に現れたのは、アホ提督が満足そうな顔をして現れた。
『今までよく働いてくれた、神威。
だがな、貴様等夜兎の血は危険すぎる。組織において貴様等の存在は軋轢しか生まん』
――なるほど、こいつも類に漏れず夜兎の血を恐れたか。
『斬れすぎる刃は嫌われるのだ、神威よ』
「こいつぁまいったね、アホ提督に一本とられるたァ」
いつかはこうなるかと思っていたが、さすがに今回は予想外だったなァ。
折角、こんな宇宙のド真ん中で『侍』とやり合えると思ったのに、これはついてない。
「バカはてめーの代わりに俺が殺っといてやらァ。だから安心して死んでいきな」
混濁する意識の中で、ふと。
何も知らず部屋に居るはずの、の姿が脳裏を過る。
彼女は第七師団の団員でこそないが、自分の『所有物』だ。
そんな彼女は、どう『処理』されるのか。
そう考えると、ざわつく様に身の内に湧き上がる、この不快な『感情』はなんだろう。
――あの時、地球に帰してしまえば良かった。
無意識にそう考えた瞬間、その思考の滑稽さに自嘲する。
真綿で包んでじわじわと追い詰めて、逃げ道を塞いで。
成す術もなく、この手に落ちるあの美しい獣を夢想して、その瞬間を愉しみにしていたはずだったのに。
――――囚われたのは、はたしてどちらだったのだろうか。
+++
私は自分が性格悪いのは知ってるが。
…実は運も物凄く悪いんじゃないかなと、思った。
この時、艦内で何が起こってるかも知らずに思考の波に埋没していた私は、
それでもさすがに異常事態が発生していることに気づいた。これで気づかなかったらただのバカだ。
無残にぶち破られたドアと、居並ぶ強面の獣面宇宙人共を見渡して、苦い気分を味わう。
こっちに来てから、何故かドンパチに巻き込まれてばかりだから、なんかこういう事態に慣れてしまいました。
……とか言ったら、おとーさんとおかーさんは泣きますかネ。
そもそも、男の家に居候してたり男所帯に勤めに出たり、
果ては悪党の幹部に嫁として誘拐されましたなんて事態、言ったらうちの親は卒倒するだろう。
「…こっちが開ける前に相手が勝手に入ってきた場合は、どう対処すべきだろうか」
ここは第七師団の団長である神威の私室だ。
そこに断わりもなしに、この人数で押し入ってきたということは。
――何かあったな。それも、キナ臭い何かが。
「…あの馬鹿、何やったんだ」
今回は、出かける際の様子がおかしかった。
神威だけならいざ知らず、阿伏兎さんもだ。
――思考の波に埋もれて、気づくのが遅れた。問い詰めるべきだったのに。
「…どちらさま? 犬面に知り合いはいませんが」
『知る必要はない。お前は人質なのだからな』
「…誰に対する?」
『決まっているだろう?』
意外と、犬面でも表情豊かですね。
悪役丸出しのその笑みに、私はぐっと奥歯を噛み締める。
…ああ、嫌だ嫌だ。
結局いつも、面倒事に巻き込まれるんだ。
『――春雨第七師団団長,神威に対する人質だ』
事件は頼んでもいないのにやってくる。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。