「…あのさァ、神威くん…」
「うん? なに?」
何故か手を引かれて母船の牢屋内を歩かされている私は、無駄とわかりつつ口を開いた。
神威は相変わらず何も考えてなさそうな、能天気な返事を返してくる。腹立つなちくしょう。
「なんで牢屋に私を同行させたんだろうか」
「え? 特に理由はないけど。ただを見せびらかして歩いてただけ」
「なんでだよ!!」
いったい誰に何の目的で見せびらかされてるの私!?
気分的には珍獣扱いされてるようなもんなんですけど!!
「…嬢ちゃん、諦めろ。団長はこういう奴だ」
「…私まで諦めたらお終いな気もするんですけど」
上機嫌の神威には、そんな私達の声は聞こえないらしい。
なんで機嫌が良いのかも謎だけど、本当に、こいつの行動は謎だ…。
よくわからないが、とりあえず連れまわされるままに私は歩いていた。
逆らうのも面倒くさい。それに、春雨の母艦というものに多少の興味はあった。
だけど不意に神威が足を止めた牢の中。
壊れたように笑うその女を見た時、何か妙な胸騒ぎみたいなものを覚えたのだ。
後になって思えば。
それは、何かの前触れだったのかも、しれない。
「…華陀って春雨の師団長だったんだ。知らなかった」
「あり? 、知り合い?」
「知り合いっていうかうちの家主が真っ裸にされたというか」
「家主って、あの銀髪のお侍さん?」
「そう」
「…何やってんだお前さんの元家主は」
呆れたように言われて、まったくだと私は頷いた。
あの時はさすがに開いた口がふさがらなかったものです…蹴飛ばしたけどな。
「…嘆かわしいねェ」
牢に繋がれた華陀を見つめながら、阿伏兎さんが重く口を開いた。
いやにこう、何か情みたいなものが込められてるような気がするけど、この二人何かあるの?
「春雨第四師団団長と言えば、かつては宇宙に咲く一輪の花なんぞと呼ばれていたもんだが。
派閥争いで居場所を失い、組織の金持ち逃げしてどこに姿消しちまったのかと思ったら、まさかこんな姿でご帰還たぁね」
…確かに、私の記憶に残る彼女は綺麗な女性だった。
年齢不詳、謎の美女。〝孔雀姫・華陀〟。
あのナリで歌舞伎町の四天王を名乗るくらいだ、何かあるとは思ったがまさか春雨の幹部だったとは。
…しかし、美人もこうなると憐れだなぁ。てか春雨怖ェ。
「ホントだね。
まさか阿伏兎の好みがこういう女狐だったなんて」
「ぅえ。マジっすか阿伏兎さん。すげぇハイレベル」
「………………をい」
そうか、阿伏兎さんってこういうのが好みなのか…。
桂さんなんか人妻萌えだし、全蔵さんはブス専だし、趣味が普通でも本人変だったりするし、
なんかまともな奴いないのかねオッサン共には。
…若いからまともってわけでもないか。新八以外みんな基本ドSじゃね。何この世界キモチワルイ。
「…お前さんなんか女狐どころかこの凶暴な猪娘にご執心だろうがよ」
「誰が猪娘ですか!」
「何言ってんの阿伏兎。こんな女狐よりの方が何百倍も可愛いよ」
「やめてくんない恥ずかしいから!!」
「…照れてるの? は可愛いネ」
「だ、だから人の話聞けよあんたは!! 頭撫でんな!!」
怒鳴り返したけど、こいつやっぱ人の話聞いてない。
なんか満足そうな笑顔で頭を撫でられて、なんかもう、…殴りたい。今すぐ全力でこいつを殴り殺したい。
「…ガキにはわかるまい。世の中なんでも手の平サイズ、
コンパクト時代になっちまったがねェ、女だけは手に持て余すくらいが丁度いいんだ」
「DSくらい?」
「んにゃ、メガドライブくらいだ」
「メガドライブは手に余るってかむしろでかいよ阿伏兎さん。あと古い。多分若い子知らない」
「やかましい」
怒られました。
ええー。だってメガドライブって。
私だって名前は知ってるけど実物見たことないよ。
平成生まれだったら存在も知らないよたぶん。
「成程。道理で今迄捜し回っても見つからないワケだ。
なんせ阿伏兎お気に入りのメガドライブだもんね~」
神威の一言にぴくっと阿伏兎さんが反応した。
…え。なに。そういうこと?
「え。阿伏兎さんてそんなに情熱的なの。秘めた恋に命懸ける人なの」
「多分ムッツリだよ。もあんまり気を許さない方が良いよ?」
「いや、それをあんたに言われてもなぁ…」
「ちょっと待てガキども」
「でも残念ながら地球にも彼女の居場所はなかったみたいだよ。
博打が過ぎたね。…彼女も、お前も…」
「………オイ、妙な勘繰りは止めろ。
どっかのバカ団長じゃねーんだ、仕事にそんな私情持ち込んでたまるか」
「ハイハイ。
そろそろ行こうか、」
「ん? うん」
促されて、私は神威に手を引かれるまま歩き出す。
っていうかいつまで手を繋いで歩かなければならんのですか。何の羞恥プレイですか。
「そもそもコイツはツラも名前も変えて地球に逃げてたんだぞ、んなモンわかるワケ…」
「ハイハイ」
なんか一生懸命言い訳してるけど、聞いてあげないんだろうか。
笑顔でスルーし続ける神威を横目で見てみる。…なんか楽しそうなんですけどこのドS。
「まァいいさ。辰羅の連中のお得意の集団戦術とやらとやり合ってみたかったけど、
しょせんサシじゃ夜兎に遠く及ばない雑兵集団。勝敗結果は見えてるもんね」
「…阿伏兎さん、まだ何か言ってるけど。聞いてやらんの?」
「良いんじゃない? ホラ、俺はドSだから」
「ああ、そう…」
…カミングアウトされた。
自覚あるドSとか性質悪ィなァ…いや、私も人のこと言えないけどさ…。
「そんな事より、またアイツらに手柄とられちゃったね」
「あいつら?」
「そ。今回、あの女狐を狩って来た功労者さん。
…そろそろホントにお礼しにいかなきゃいけないかな」
そう答えた神威の表情から、笑みが消えた。
同時に、さっきすれ違った相手が足を止める。
神威の視線が、その相手に向けられた。
つられるように、私も視線を動かす。
「――――侍に」
そこに居た人物に、私は目を瞠った。
派手な女物の着物を着流し、左目を包帯で覆った若い男。
充分過ぎるほどに、見覚えがあった。
「…高杉…」
そういえば、と。
随分間抜けな気分を、味わっていた。
あの紅桜の事件の時に、高杉は言っていた。春雨と手を組んだと。
――嫌でも、思い知る。ここに居る以上、私は銀さん達とは相対する立場なのだ。
「……」
「どうしたの、。顔色悪いよ」
「…え」
顔を覗き込まれて、私はハッと我に返った。
思わず考え込んでいたらしい。らしくない。
「気に入らない奴でもいた? 殺してこようか?」
「なんでそうなんのよ!! 殺さんでいい!! …なんでもないよ」
怒鳴り返してから、小さく息を吐く。
「なんでもない」?
そんなわけあるか。なんで言わない。
こんなところに居たくない、地球に帰せと。
…どうして、初めの頃は散々言ってきたその言葉が、今、出てこなかった。
「…そうか。あいつ、と同郷か。地球が恋しい?」
「…うん、って言ったら帰してくれるわけ…?」
自嘲気味に笑いながら、そう言い返す。
頷くわけがない。この手が離されることはない。
そんなことは、もう、この半年でわかってる。
「里帰りくらいなら良いよ。俺のところに戻ってきてくれるならね」
「……………え?」
予想外の返事に、一瞬、私は唖然と神威を見つめ返した。
今、なんて言ったんだ。こいつは。
「地球に行って、知り合いに会って来ても良い。が欲しいものを、地球から取り寄せたって良い。
ずっと俺の隣にいてくれるなら、は好きにしてて良いよ。そのくらい自由な方がらしい」
そう言って笑って、神威は慣れた仕草で私の頭を撫でた。
初めは見よう見真似だったのか、力加減がおかしくて異様に痛かったので、蹴り飛ばした覚えがある。
こんな風に触れて来られなかったはず、だった。半年前は。
そこまで考えてて、愕然とする。なんで、こんなこと考えてるの私は。
「…なんで、そういうこと言うのよ」
「うん。俺はの怒ってる顔も困ってる顔も嫌いじゃないけど、悲しそうな顔は嫌い。辛そうな顔も嫌い」
茫然と見上げる私の頬に触れる指先が、どこか優しい。
なんでそう思うのか。数えきれないほどの生き物の命を奪い続けた、この血まみれの手を?
いっそ無表情に近いはずの貼り付けた笑顔は、そこにない。
じゃあ、今、こいつが浮かべている表情はなんなんだ。
「笑ってるの顔が、一番好きだ」
「……ッ!!」
すとん、と。
素直に落ちてきた言葉に、衝撃を受けた。
瞬間、バッと顔に血液が集中する。
「…あ、あんた、やっぱ、バカだ…ッ!!」
おかしい。絶対おかしい。
今の私は、変だ。
顔が火照る。動悸が激しい。
ナニコレ。なんなのこれ…!
「どうする、一度地球に戻る?」
「い…今は、いい…ッ」
「そう?」
なんで。どうして。ああ、もう、意味がわからない…!
視線を逸らした私を、神威は特にからかうでもなく、解放した。
「ああ、そうだ。俺、提督に呼ばれてるんだよ。
だからは先に戻ってて。母船の俺の部屋、場所わかる? そんなに遠くないけど」
「え? た、たぶんわかる、けど」
「…あれ。なんか不安だな。やっぱ送ろうか」
「いや大丈夫! ホントに!!」
ぶんぶんっ、と頭を左右に思いっきり振った。
ダメだ。何がダメかわからないけど、なんだかとってもダメだ。
今はこれ以上、こいつと一緒にいたらおかしくなる。
「わかったよ。じゃあ、…大人しく、良い子で待っててネ?」
「~~~~ッ!!」
視線を彷徨わせていた私の額に、掠めるように口づけを落として、神威はそのまま踵を返した。
「ま、…ッ」
咄嗟に呼び止めそうになって、ぐっと言葉を慌てて飲み込む。
なんで今、呼び止めようとした。ここはセクハラを訴えて怒鳴りつけるところじゃないか。
「…な、んなんだよ…あんたは…ッ」
一番わからないのは、私自身だ。
半年。場所が地球の万事屋から、宇宙の春雨に変わった。
…そんな、単純なことだったか?
違うだろ。私はさらわれてきたんだろ?
じゃあ、どうして――今、こんなにも不安定に揺れる。
「…勘弁しろよ。こんなの、私に似合わないだろーが…」
本当に、どうかしてる。
これじゃあ、まるで――恋でも、してるみたいじゃないか。
+++
「…意外だねぇ」
「なにが?」
「嬢ちゃんを地球に帰してやっても良い、って言ったろ」
「ああ、あれ…」
「どういう風の吹き回しだい団長さんよ?」
「別に? に言った通りの理由だけど」
からかうような阿伏兎の言葉に、神威はどこか淡々と答えた。
その反応に、違和感を覚えて阿伏兎は僅かに顔をしかめる。
「…あーあ。真綿で包んで追い詰めて、逃げ道塞いだつもりだったんだけどなぁ…」
じわじわと追い詰めて、逃げ道を塞いで。
それに気づいた時に、彼女がどう出るか。
それが楽しみだと言っていたはずが、その表情には喜悦はない。
「…捕まったのは、どっちだったんだろうね」
いったい、どういう意味だ。
それを聞くほど阿伏兎は野暮ではない。
だが、あまりにらしくない上司のセリフに一瞬、彼は言葉を失った。
「あー、アホ提督のとこに行くの面倒だなー。あの服堅苦しくて好きじゃないしさー」
「…数少ない仕事なんだから行って来いよ飯食うだけだろ…」
「あの顔見てても食欲半減だよ。
それに、なーんかキナ臭いんだよねぇ、あのアホ提督…」
「……おい、団長?」
「あっちの方の仕事は、にはバレないように片づけないとね。
でないとまた嫌われるだろうし。…あー、面倒くさいなぁ…」
お前も少し気を付けておいてよね、と。
一方的に言われて、思わず、阿伏兎は足を止めた。
「…おいおい、冗談だろ団長…」
春雨における第七師団は、『最強の武闘派集団』というだけの存在ではない。
組織内の掃除及び調整――つまり、不要となったモノを始末する役目も担う。
つまりは汚れ役だが、大概は「力を付け過ぎた者の粛清」であった為、その任務に神威が難色を示すことはなかった。
というより、特に何も考えてはいなかったはずだ。暴れられれば、それで満足なのだから。
そんな彼が発するには、あまりにも違和感のある一言ではないか。
…今の言葉は、つまり。
「…面倒くさいことになってきやがった」
予想以上に拗れ始めた事態を認識して、阿伏兎はため息を吐いた。
苦虫を噛み潰すように。
物語は常に予測不可能な方向へ動き出す。
To be continued?
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