轟音を立てて、執務室の扉が蹴破られた。
一瞬固まってから、ゆっくりと阿伏兎は視線を扉の方へ向ける。
そこに立っていたのは、小柄な女だ。

「………あのはた迷惑な馬鹿兎はどこだ。隠すとこの扉と同じ目に遭うぞ」
「…えーと」

ドスの利いた声で告げるその表情、その威圧感は、小柄な体躯を感じさせない。
薙刀を肩に担いで、扉だった残骸を蹴飛ばしたその様は鬼か悪魔か。
…確かに口も性格も悪く気性も荒い女ではあるが、普段はここまでではない。

「…オイ、団長。嬢ちゃんが修羅か羅刹のようだぞ。
なにやったらあそこまで怒らせられるんだ」
「あ。なんでバラすの阿伏兎」
「あの扉と同じ目に遭いたくないからだ。見ろ、あの拉げた扉を」
「えー」

標的を発見して、その修羅か羅刹の如き怒りを撒き散らしている破壊の権化は、ギッと視線を向けた。
その目のまま、口元だけは優しげに微笑んで何故かついでのようにバキバキと指を鳴らす。

「……神威くん見ーつけた」
「うん。、笑顔が怖い」
「あはは、誰のせいだろう」
「俺かな」
「自覚があってなによりだ。じゃあ――

先ほど蹴飛ばしたばかりの扉だった残骸を、は片手で掴んだ。
あれ結構重いはずだけどな、と阿伏兎は思いはしたが口に出すほど愚かではない。

――大人しくそこへ直れぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

なんで俺を巻き込むんだ、とため息を吐きながら阿伏兎はそっとその場を離脱する。
――真っすぐに、扉の残骸がぶん投げられたからだ。



File03 略奪鬼ごっこ




執務室を散々破壊して、舞台は艦内へと移る。
第七師団の面々は驚くわけでも止めに入るわけでもなく、自分に害が及ばないように避けて通っていた。
――彼女がここに来て半年。すっかり日常化している激しい鬼ごっこに、周囲はすっかり慣れ切っていた。



「こンの馬鹿兎がぁぁぁぁッ!! いい加減にしろテメェ!!」
「あははッ!! たった半年で俺の動きについてくるとか、は凄いね! 化け物みたいだよ?」
「テメェに言われたかないわ化け兎!!」
「心なしか初めて会った時より口悪くなってない?」
「怒ると口調粗くなんのよお姫様育ちじゃないんでね!! ってか逃げんな待てコラ!!」
「いやいや、に追いかけられると心が弾むよ。恋だねぇ」
「アホかぁぁぁぁぁぁっ!?」

激しい鬼ごっこである。
小柄で美しい容姿をした娘が、怒鳴りながら艦内を走る。
それに追いかけられているのは、彼女と同じか少しばかり年下の男。

言わずもがな、春雨最強の武闘派集団,第七師団の若き団長である神威。
そして、そんな彼に「嫁」としてさらわれてきた地球人の娘,である。

宇宙海賊の幹部に結婚を強要され、無理矢理連れさらわれてきた娘。
普通に考えれば、部屋の隅で震えて泣いているくらいが関の山、悪くすればあの血の気の多い神威に殺されているところ。
しかしどうして、このという地球人の娘は普通じゃなかった。

通常の地球人より強い部類なのか、華奢な体躯に似合わない力で、当の神威相手に殴るわ蹴るわの抵抗を見せたのである。
しかも、楚々とした美しい顔立ちにまったく似合わない、酷い口の悪さで罵倒しながらだ。
それを見た時、阿伏兎は「ああ、このお嬢ちゃん死ぬな」と思ったのだが。

「……下手な部下よか長生きしてるからねぇ…世の中わからんもんだよ」

今こうして、彼女が神威を相手に艦内を破壊しながら派手な痴話喧嘩を展開しているのは、必然なのかなんなのか。
気まぐれで連れてきたはずの女に反撃され、そのあまりの予想外さに神威が『本気』になったのである。
女も酒も自分の渇きを潤さない――などとのたまった同じ口で、凶暴な獣みたいな女を口説いてるのだから世話はない。

自身にも卓越した戦闘の資質があったのだろうが、だからって半年で夜兎である神威と真っ向から喧嘩するのもどうだ。
だが身体能力は低い地球人と侮っていた娘が、予想以上の強さを発揮したことに神威は歓喜した。
よって、ますます執着が強くなり、今に至る。
…笑えない喜劇のようだ。

「………………じゃれるなら外でやって欲しいんだがね、おふたりさんよ。
 なんでこうも毎回毎回仕事増やしにくるかね…俺に恨みでもあるのかよ…」

破壊されていく艦内を横目に、阿伏兎は盛大にため息を吐き出した。
そんな彼に、から逃げ回りながら神威は息ひとつ乱さず、言い返す。

「それはが、なぜか阿伏兎のところにいっつもいるからだよ。
 俺のところには自分から遊びに来ないのに、この扱いの差はなんだろうね? 、まさかオッサン好きなの」
「オッサンて。いやオッサンだけどよ。あと今回は団長が俺のところに隠れてたからだろ」
「なんでよ! オッサンなんて範囲外だよ、イケメンが好きだよ!!」
「オッサン全否定ですか。泣いていいか」

薙刀をぶん回しながら、神威を追いかけるが怒鳴り返してきた言葉に、阿伏兎はちょっぴり傷ついた。
そりゃあ、こいつらから見ればオッサンだろうけどな…と黄昏ながら。

「じゃあ、ちょうどいいじゃん。俺はイケメンだよ?」
「自分で言った!? あんたは顔良くても性格ダメじゃん!!」
「それ、も同じじゃん」
「なんだとこのガキ」

いつものパターンである。
もしかして、似た者同士なのだろうか。

「…あーもー、痴話喧嘩は余所でやってくれよ仕事片付かねぇよ勘弁してくれ…」
「誰と誰が痴話喧嘩!?」
「俺とでしょ?」
「嬉しそうに言うな違うから!!」
「あーあー、わかったわかった。今度は何やらかしたんだ団長さんよ」
「無防備にが昼寝してたから、ちょっと服脱がそうとしただけだよ」
「平然と言うなそれは犯罪だ馬鹿兎ーーーーっ!!」

怒鳴って、は薙刀を投げつけてきた。
躊躇いも遠慮も一切ない所作である。
それを神威はあっさり片手で叩き落とすが、瞬間、は間合いを詰めて彼の懐に飛び込んできた。

「!!」

さすがに驚く神威を横目に、阿伏兎も妙な気分になる。

「…おいおい。化け物かこの娘。なんつー良い動きしやがるよ…」

どっかの戦闘種族の血でも混ざってるんじゃないのかと、疑わざるを得ない。
だがてっきり殴りかかるのかと思いきや、彼女は神威の両頬を摘まんで引っ張った。

「てめ、その綺麗な顔傷物にすんぞ犯罪者!!」
「あはは、の方がチンピラみたいだよ痛いから顔引っ張らないで?」
「その笑顔が腹立つのよああもうマジウザい殺したい!!」
「そんなこと言われても笑顔は俺の標準装備だからなぁ」


……
………なんだろうか。そこはかとなく微笑ましい光景に見えてしまうのは。

「…おいおい…なんか嬢ちゃんだんだん荒んできてねぇか?」
「この劣悪な環境下で清らかでいられたらさん聖人君子だよ!」
は最初から清らかじゃないよ」
「よーし、神威。歯ァ食いしばれ」

笑顔で拳を握りしめたの様子に、阿伏兎は呆れたように目を眇め、ため息を吐く。
今日だけで何度目だろうか。これはきっと、何年分かの幸せが逃げていっているに違いない。

「…ちょっと阿伏兎さん? その呆れかえったようなため息は何」
「呆れてんだよ。嬢ちゃん、あんたホントに地球人か?
 俺ぁ今までいろんな種族見てきたが、うちの団長を怒鳴ったり殴ったり蹴ったり顔引っ張ったりする女は生まれて初めて見るわ」
「神楽もやってたじゃないの」
「アレは良いんだ、妹だからな。血縁者は女に含めねぇだろ、というよりそもそもあのお嬢ちゃん夜兎だろ」

そもそも、比較対照がおかしい。
観点がズレているのか、あるいはそもそも感性が変なのか。

「…なんつーか、嬢ちゃんは『悪人にさらわれてきた薄幸美人』ってキャラじゃねーな。
 どこの世界に、自分をさらった男相手に殴る・蹴る・罵るの反撃をする女がいるよ。おかしいだろ」
「失礼な!! …っていうか、最近こいつ、殴っても蹴ってもへらへらしててマジキモいんですけど」
「おいおい、嬢ちゃんが蹴り過ぎて頭馬鹿になったんじゃねぇだろうな。勘弁してくれよ、ただでさえ緩いのに」
「…ふたりとも俺をなんだと思ってるわけ?」
「え? 馬鹿だろ?」
「うん? 変態でしょ?」
「何そのびっくりした顔。こっちがびっくりだよ。そろそろ原作無視するのやめようか」

一瞬嫌そうに顔をしかめてから、神威はこれ見よがしなため息を吐いた。

「…だいたい、も酷いと思うんだ」
「何がだ。言いがかり付けんな」
「俺は何か月我慢すれば良いの?」
「だから何がだ。私と会話してくれないかな神威くん」
「おかしいよね! 半年も経つのに一回もヤラせないってどういうことかな!」

いきなり、何を言い出すのか。
一瞬完全に硬直していたの顔が、バッと朱に染まった。

「は…はぁ!? 駄々っ子みたいな口調で何言いやがりますか!?」
「駄々っ子でもなんでも良いけど、この治まりの利かない感情はどう処理すれば良いわけ!?」
「それは感情じゃなくてただの性欲だよ! 適当にその辺の惑星に降りてプロに処理してもらってこい!」
「は? 何言ってんの? 以外は嫌だよ気持ち悪い!」
「き、気持ち悪いって…あんた今までそうやってきたんでしょー!?」
「そうだけど、もうじゃないと無理。じゃなきゃ嫌だ!!」
「な、な、何言いやがりますかわけわかりません!!」

いや、それ充分過ぎるほどわかってるだろ。
あからさまに反応しておいて何を言うのか、とふたりのやりとりを傍観していた阿伏兎は苦笑した。

「…酷いなぁ、は。半年もずっと好きだって言ってるのに」
「受け取った覚えはないし! あんたが言うと胡散臭いし!!」
「ツンデレはデレてこそのツンだって聞いたよ」
「誰だこのバカに変な知識植えつけた奴は!!」
「地球から取り寄せた本に書いてあった」
「そんなもん読んじゃいけません! 今すぐ捨ててきなさい!!」

必死に早口で捲し立てるの様子に、神威はどこか満足そうに笑う。
慌て過ぎて無防備になった彼女の手を引いて抱き寄せ、まるで睦言のように囁く。

「じゃあ、が色々教えてよ。実地で」
「…私が教えられるようなことは無いよ神威くん。手を離そうね」
「そうだネ。は経験なさそうだし、もしあったら殺すから。相手を」
「おいおいおい! それは笑顔で言うことじゃないだろ今更かもしれないけどね!?
 っていうかなんで経験なさそうとか思ったんだ怒らないから言ってごらん」
「容姿が優れてて性格の悪い女は、普通の男は寄り付かないって本で読んだから」
「悪かったなコノヤロウ! てか、あんたいったい何の本読んでんの!? むしろ本とか読むの!?」
「…、いくらなんでも俺のこと馬鹿にし過ぎじゃない…?
 俺だって一応春雨の師団長なんかやってるんだよ? それなりの知識ぐらい雑多に持ってるんだけど?」
「くだらない知識は持ってそうだな、って思ってる」
「本当に素直だよね、は。悪い意味で。その性格の悪さが好きなんだけど」
「…あんた趣味悪い」
「まさか惚れた女にソレを言われるとは思ってなかった」

よくよく自分を理解してるよね、と。
まったく悪気のない笑顔で言われて、が拳を繰り出したのは言うまでもない。



飽きもせずに再び始まった(若干一方的な)口論に、黙々と書類を片づけていた阿伏兎は苦笑した。
やれ、あの戦闘狂相手に自分から喧嘩を吹っ掛ける女なぞ、後にも先にもあの、ただ一人だろう。

「…嬢ちゃんのはあれだな。だんだん過剰な照れ隠しになってんな。
 めんどくせぇから、さっさとくっついちまえば良いのに…」

半年もあんな馬鹿なやりとり繰り返していれば、お互い情も沸くというものだ。
が口で言うように神威を嫌っていないのは明白だし、だからこそ神威もちょっかいをかけるのをやめないのだが。

「略奪から始まる恋、とは。また規格外な」

それすらも、この規格外なふたりには似合いのような気もするが。
…始まりが始まりのせいか、はたまた性格のせいか、あるいは両方か。
このまま延々とこんな状態が続くのも、あまり好ましくはない。互いに、だ。

「…何かでっかいきっかけでもないかね、こいつらくっつくにはもうそれしかねぇよ」

再び艦内を破壊し始めたふたりを眺めながら、阿伏兎は本日何度目かの溜息を吐き出した。






これが彼らの日常です。



To be continued?

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