「ー? いつまで寝てんの、起きないと悪戯するよ?」
「!!」
「っと、」
至近距離から聞こえた声に、反射的に足を突き出した。
…割と手加減なしで蹴飛ばしたのにあっさり止められるんだからホント、化け物だよなこいつ。
「…あのさ、咄嗟に攻撃するのやめてくれないかな。うっかり殺しちゃったらどうすんの」
「やめろよおっかねーな。そもそも攻撃されるようなことすんな!!」
起こしに来るなら来るで良いけど、普通に起こして欲しいもんだよ。
…あといい加減脚を離して欲しい。私も悪かったけど、中身が見える。
「まったく、足癖の悪い子だね。よく起き抜けに蹴り叩き込もうと思うよなァ」
「…咄嗟に出るなら蹴りだろ攻撃力は拳より高いんだから。離してよ」
「攻撃力高いから蹴りなの? ホント、君って俺向きの女だよね」
「何勝手なこと言ってんの。どうでもいいから脚離して出てけ、着替えられないだろうが」
「俺のことは気にしなくていいよ」
「私が気にするんだよ! いいから出てけ!!」
言わなきゃわからないってのはどうなんだ!
思い切り怒鳴り返して、私は力なくベッドに突っ伏した。
…なんで、朝っぱらからこんなに疲れなければいけないのだろうか。
――ここへ連れて来られて早二ヶ月。
だんだんと慣れてきている自分を心配しつつ、日課になりつつあるが神威と向かい合って食事をしていた。
今日は阿伏兎さんもいるが。珍しいな。
「……頼むから普通に起こすか、いっそ起こしに来ないで欲しい」
「じゃあ早く起きてよ。こっちは阿伏兎に叩き起こされてるのに」
「団長は仕事があるだろ、それでも遅いくらいだっての。さっさと食って仕事に勤しんでもらえませんかねー」
なんか阿伏兎さんっていつも忙しそうだけど、神威は暇そうだよな。
仕事仕事、って言ってるけどこいつらの仕事ってなんだろうか。海賊の仕事って想像もつかない。
「…しかし嬢ちゃんもこの環境下でよくぐっすり寝られるな。誘拐されてきた自覚あんのか?」
「バカヤロウ。体力は温存出来るときに温存しとかないと咄嗟に動けないだろ。
極度の面倒くさがりなさんの体力の無さを舐めんなよ」
「そこ胸張って言うこと?」
自分を理解してる、って大事なことだと思うのよ。
…いやまあ、確かに、もうちょっと危機感持った方がいいのかなと今朝はさすがに思ったけど。
「って変な子だよねぇ」
「神威くんに言われたくないなァ」
こいつにだけは変とか言われたくない。
そう言い返してからふと目を止めると、ものすごい勢いで消費されていく料理に思わず箸を置いた。
「…しかしよく食うなお前」
「そう?」
「夜兎ってなんでそんな大食いなの? 神威ほどじゃないけど、他のひともよく食うよね」
「んー…」
一瞬思案する顔をしてから、神威は阿伏兎さんの方に視線を向けた。
…あ、これは考えるの飽きたな。
「…あー。俺ら夜兎は身体能力が高い分、エネルギーの消費量が多い。
その補給として食事量が多くなるわけだが」
「…にしては神威と神楽は異様に食べる気がするんだが?」
「個人差はあると思うよ」
「つまりお前ら兄妹は燃費が悪いってことか」
「…あれ。なんだろ、褒められてないね?」
「うん、褒めてはいないね」
神楽の時も思ってたけど、料理の味とかわかるのかなと心配になる。
ほぼ流し込んでるだけだろあの食べ方。見た目細いのにどうなってんの。
「俺から見れば、はその量で足りるのかな、って思うけどね。
遠慮しないで食べて良いんだよ? せっかく肉付き良いのにダイエットとか良くないと思う」
「失礼だなお前。ダイエットじゃねーよ。
遠慮はしてないし量は足りてるし、そもそもここのごはんそんなに美味しくないし」
「さらっと言ったね」
「…というか! シェフを呼べ! 味付け濃いだけでなんも旨くねーぞ料理舐めんな!!」
そう。ずっと、気になってはいたのだ。
味付けが濃いだけで美味しくないここの料理…
――一応、料理を作る仕事をしていた身としては、許し難い。
なにより、少しの工夫で美味しくなる料理に対してこの雑さたるや…!
「…行っちゃったよ。すごいなあいつ。普通、誘拐されてきたらもっと大人しくしてるよね」
「その規格外の女さらってきたのはアンタだからな団長。厨房にまで文句つけに行くとかどうなんだあれ」
やかましい。せめて美味しいごはんくらい要求したって良いはずだ。
厨房の方を覗き込むと、なんか見覚えのある強面が数人いた。
…ん? 第七師団の団員のみなさまじゃないか?
「なんだ地球の嬢ちゃん、そんなに飯が口に合わなかったか!?」
「って団員の皆さんが作ってんの?! オイふざけんな料理人入れろ!!」
「勝手なこと言わんでくれよ…ここ移動艦でしかないんだから…」
「なに情けないこと言ってんの。よし、ちょっとそこ替われ」
「え!」
その辺に掛けられていた割烹着みたいなものを付けて、手を洗う。
ぐるりと厨房内を見回す。…まあ、男所帯の割には奇麗に使っている方か。
大きな冷蔵庫のを開け放つと、カットされた食材が並んでいた。
…ふむ。
「これで何作るの?」
「基本は焼いたり炒めたり煮込んだり…」
「…………適当な飯だなぁ」
「俺ら量食べるからな。特に団長」
「質より量ってか。さんはもっと美味しいご飯が食べたいです」
汁物ひとつとっても、もっとこう、出汁を取れば美味しくなるのに。
それこそだしの素とかでも良いんだよ。それで十分美味しくなるんだよ。
なんで行程ひとつ追加させることを惜しむかな。
「って料理出来るの」
「おい、なんだその意外そうな顔。
こちとら幕臣に女中として雇われてたくらい毎日飯作ってたんだよ」
…そういや新選組のみんな、ごはんちゃんと食べてるかなぁ…。
……………それ以前に万事屋のみんな、まともなごはん食べてるだろうか。心配。
「……放っておくと三食卵かけごはんとか……
育ち盛りの子供と体が資本の男があんな食生活って……」
「おーい、ー?」
「…ねぇ、神威…あんたの実家はいったいどういう環境だったの…?
神楽ちゃんはなんであんな食うのに好物が酢昆布とか卵かけご飯なの…?」
「いやそれは神楽の好みの問題だと思うんだけど。
…え、なに? ってあいつにごはん作ってやってたの?」
「そうだよ? 一緒に住んでたもん。言わなかったっけ」
言ったような気がするんだけど。
…まぁ、あれか。こいつ興味ないこと覚えなさそうだもんな。
「…ダシとか何で取ってんの?」
「ダシ? 調味料ならその棚だぞ」
「ここか」
指さされた棚に近づいてみるけど、当たり前といえば当たり前なんだが、見慣れた調味料はなかった。
辛うじて塩・胡椒・砂糖くらいはわかるが他はなんだろ、これ。
「…うーん…? ナニコレ。フリーズドライ食品??」
宇宙食的な…? いや、宇宙食必要ないよなこの世界。
なんか特殊な調味料なんだろうか…賞味期限長いとかそんな…?
……どっちにしろ知らないものを使うのは無理です。
「…これじゃダシ取れないな…。魚の干物とかない?」
「あったかなァ…」
「…じゃあ骨でもいいわ…魚でも肉でも…」
「ああ、それなら…」
説明を受けながら、使えそうなものを選別する。
さすがに貯蓄を好き勝手に使うのは申し訳ないのでやらないが、それでも簡単なものなら出来そうだ。
うん、料理するの久々で、ちょっと楽しくなってきた。
「なんか、楽しそうだね」
「あの嬢ちゃんの趣味が料理とは意外だったわ。
というか、笑った顔自体を初めて見たねぇ」
「…なんだ、結局ただの女か」
「団長? オイ?」
ん? なんか騒いでるな。
粗方の仕込みを終わらせ、さああとは煮込むだけとなったとき、厨房外の声が不意に気になった。
ひょいっと厨房から顔を覗かせると、阿伏兎さんしかいなくなってる。
「あれ? 阿伏兎さん、神威は?」
「いや、どっか行った」
「なんだそれ」
気紛れな猫みたいな奴だな。
見れば食事も途中だ。…あの神威が? なに、あいつでも具合悪くなったりするの?
「…しょうがないなァ…」
鍋を料理当番の団員さんに任せて、私は神威を探しに行くことにした。
――どうしてそうしようと思ったのか、後になってもわからないままに。
+++
「あ、やっぱりここにいた。
ちょっと、いきなりいなくなるってあんたどんだけ好き勝手なの?」
「……」
…なんで見つけちゃうかな。
ぼんやりと窓枠に座って外を眺めているところに、彼女は唐突に現れた。
危機感なんてまるでない、呑気なその物言いによくわからない苛立ちを覚える。
「なんで来たの」
「え? いや、ごはん出来たから?」
「俺、飯炊きやれとか言った?」
「言ってないよ。なに、あんたがやれって言ったことしかしちゃいけないわけ?」
不機嫌そうに目を細めて、じろりと睨めつけてくるその表情。
いつも通り。普段通りの彼女。さっきまでの、楽しそうに笑う顔なんて知らない。
「君さ、さらわれてきた自覚あるの」
「あるよ。でもあんたに従うかどうかは私が決める。
…なにいきなりイライラしてるわけ。意味わかんないんだけど」
怯えもしない。媚もしない。
それはいい。そこが良い、と思ったはずだ。
なのに、今は妙に苛立つ。
「…あー。もう。ホント、面倒くさい女だなァ」
口悪いし暴れるし、全然言うこと聞かないし。
…もう、いい。ただの女に用はない。
よくわからない苛立ちを抱かせるなら、この女は自分にとって有害なのだ。
だったら――殺してしまおう。何も、難しく考えることはない。
「は!?」
――避けた!?
多少手加減しているとは言え当てるつもりで放った蹴りを、スレスレとは言え避けた。
予想外の反応に一瞬動きを止める。
瞬間、体勢を立て直したは、勢いのままに蹴りを叩き込んできた。
「いてっ!?」
「危ねェな馬鹿兎!! あんたの蹴りが当たったら死んじゃうだろふざけんなよ!?」
「…え? あれ??」
「あんたがおかしいのは今に始まったことじゃないだろうけど、
遊び感覚で人に殺人級の攻撃を加えるんじゃありません!!」
人の上に片足乗せて、偉そうにふんぞり返る小柄な女。
普段通りの、悪戯を叱る剣幕と差のない、反応だった。
「…ええと」
「ごめんなさいは!?」
「ご、ごめんなさい…」
「よろしい」
勢いに飲まれて謝罪を口にすれば、満足そうに頷いて足を降ろされる。
軽く裾を払って整えて、当たり前のように差し出される、華奢な手。
「ほら、行くよ。あんた燃費悪いんだからちゃんと食べないと」
「う、ん…?」
「何変な顔してんの。…もう。先行ってるからね」
呆れたようにそう言って、そのまま何事もなかったかのように部屋を出て行った。
呆然とその背中を見送って、のろのろと緩慢な動きで座り直す。
「…嘘だろ」
――だって、殺す気だった。
確かに、どうせ反撃も出来ないだろうと油断はしていたが、それでも、あれはなんだ。
掠りもせずにこっちの蹴りを避け、勢いのままに蹴りを叩き込んでくるとか。
打撃の重さはさほどではないので「ちょっと痛い」程度だが、一瞬、反応出来なかった。
「…参ったな…予想以上だ」
先が気になって殺せない相手が、ふたりになった。
彼女自身は自分が何をしたのか理解していないようだが。
例え、自覚のある行動ではなかったとしても。咄嗟の行動にしては、あまりにも。
「あんな女、夜兎の中にだっていやしない。
思っていた以上に、レアものだったわけだ」
――あの女の中には、獣が居る。
あるいは、修羅か羅刹か。自分よりいくらか品は良いが、同種の臭いを感じる。
簡単には思い通りにならない、気高く美しい獣。
彼女がこの手に落ちる瞬間は、どれほどの甘美だろうか。
「…ははっ…どうしてくれんの、。本気になっちゃったよ」
第二ラウンド、開幕。
To be continued?
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