「えー、みんなもう知ってると思うが。
先日、宇宙海賊〝春雨〟の一派と思われる船が沈没した」
そっと襖を開けると、近藤さんが珍しく真面目な顔をしていた。
…いや、この人は常に真面目か。真面目に馬鹿やるだけで。
「しかも聞いて驚けコノヤロー。なんと奴らを壊滅させたのはたったふたりの侍らしい…」
「…驚くどころか誰も聞いてねーな」
土方さんが呟いた通り、隊員のほとんどが話も聞かずに雑談していた。
その風景は、さながらだらけた高校生だ。しかも中弛みとか言われる2年生くらい。
「トシ」
「…」
近藤さんに促され、土方さんは無言で何かを構えた。
何かって言うかバズーカだけど。
そして、何の躊躇いも無くそれをぶっ放した。…隊員に向けて。
立ち上る爆煙に、私は小さく咳き込む。うぅ…とばっちりもいいところだよ…。
「えー、みんなもう知ってると思うが。
先日、宇宙海賊〝春雨〟の一派と思われる船が沈没した」
黒焦げになって正座している隊員に、近藤さんはさっきとまったく同じセリフを口にした。
「しかも聞いて驚けコノヤロー。なんと奴らを壊滅させたのはたったふたりの侍らしい…」
『えええええ!! マジすか!?』
「しらじらしい。もっとナチュラルにできねーのか」
「トシ、もういい。話が進まん」
ホントだよ。
わざわざ仕切り直さなくてもよかろうに。
「このふたりのうち一人は、攘夷党の桂だという情報が入っている。
まァ、こんな芸当ができるのは奴ぐらいしかいまい」
そしてもう片方はうちの家主ですが。
…さすがにそれは秘密だけど、なんか変な気分…。
「春雨の連中は大量の麻薬を江戸に持ち込み、売りさばいていた。
攘夷党じゃなくても連中を許せんのはわかる。だが問題はここからだ」
私は部屋に入り込んで、そっと襖を閉めた。
…しっかし、誰一人気づかないってどういうことさ。ホント駄目だ、このチンピラ警察。
「その麻薬の密売に、幕府の官僚が一枚かんでいたとの噂がある。
麻薬の売買を円滑に行えるよう、協力する代わりに利益の一部を海賊から受け取っていたというものだ」
あー、あのカエルかぁ。
今度は新選組がどんぱちやらかす番ですか。面倒くさいなぁ。なんでいっつもこういう場面に出くわすかね。
「真偽のほどは定かじゃないが、江戸に散らばる攘夷派浪士は噂を聞きつけ、
『奸賊討つべし』と暗殺を画策している。――オレ達の出番だ!!」
…よし、一区切り着いたな。
タイミングを見計らって、私はパンパンッと柏手を打った。
途端に、私の方へ注目が集まる。
「盛り上がってるトコ悪いんですけどー、お昼ご飯出来ましたよー?」
『はーーーーーーーーーい!』
元気な返事と共に、隊員の皆は先を競うようにして食堂へと駆け出して行った。
「……メシの方が大事か……」
頭を抱える土方さんに、私は曖昧に笑う。
……だって走って行った中に、近藤さんも居たんだもん。
「オイ、。総悟の野郎がどこ行ったか知らねぇか?」
「総悟ならあそこですよ、土方さん」
指で指し示した先に居るのは、惰眠を貪る総悟だった。
堂々過ぎて、逆に感心してしまう程のサボリっぷりである。…大物だよな、こいつ。
「こんの野郎は…」
感心する私とは裏腹に、土方さんは大層ご立腹です。
…まあ、無理もない。ただ寝てるだけならまだしも、最高にムカつくデザインのアイマスク付きなんだもん。
「寝てる時まで人をおちょくった顔しやがって。
オイ起きろ、コラ。警備中に惰眠を貪るたァ、どーゆー了見だ」
「なんだよ母ちゃん。今日は日曜だぜィ。ったく、おっちょこちょいなんだから~」
「今日は火曜だ!!」
相変わらず良いコンビです。どう見てもただの漫才だけど。
私は総悟の悪意あるボケと、土方さんの電光石火なツッコミに拍手を送ってみた。
…そしたら土方さんに睨まれました。酷い。
「てめー、こうしてる間にテロリストが乗り込んできたらどーすんだ? 仕事なめんなよ、コラ」
「俺がいつ仕事なめたってんです?」
怒りの形相で胸倉を掴み上げる土方さんに、しかし対する総悟は顔色ひとつ変えない。
かと思えば、大真面目な顔でとんでもないことを言いやがった。
「俺がなめてんのは土方さんだけでさァ」
「よーし!! 勝負だ、剣を抜けェェェェ!!」
あー土方さんも短気だなぁ。
総悟が飄々としているせいか、殺伐としないその雰囲気。
…ああ、さすがは銀魂。どうしようもないレベルで非現実的。今更か。
「…おふたりさーん?」
「「?」」
「うしろー」
頬杖をつきながらふたりの背後を指さすのと、近藤さんが喧嘩両成敗を行ったのはまったくの同時だった。
「「いっ」」
「仕事中に何遊んでんだァァァ!!」
さすが、腐ってもゴリラでも新選組局長。
…結果的に声量のせいでうるさいことこの上ないが。
「お前らは何か!? 修学旅行気分か!? 枕投げかコノヤロー!!…いっ」
「お前が一番うるさいわァァァ!!
ただでさえ気が立っているというのに!!」
「あ。スンマセン」
思いっきり近藤さんの頭を張り飛ばしたのは、カエルだった。
…いや、なんかもう見事にカエルだった。
なんかヌメヌメしてて気持ち悪いです服着る意味あんのか畜生にも劣るカエルのくせに。
そんな本心はおくびにも出さずに、私は不機嫌そうに立ち去っていくガマを見送る。
…ああ、やだやだ。私はは虫類と両生類は苦手なんだよ嫌いなものベスト3に入るねまったくもう。
「なんだィ、ありゃ。こっちは命懸けで身辺警護してやってるってのに」
「お前は寝てただろ」
もっともな土方さんのツッコミを、総悟は綺麗に無視した。
…やっぱ凄いな、あいつ。わかってても突っ込まずにはいられない土方さんもある意味凄いけど。
「幕府の高官だかなんだか知りやせんが、なんであんなガマ護らにゃイカンのですか?」
「総悟。俺達は幕府に拾われた身だぞ。幕府がなければ今の俺達はない」
今やガマ野郎が高官を名乗るような、宇宙人に乗っ取られた幕府だけどな。
熱く語る近藤さんに、私はそっとお茶を差し出す。
軽く礼を言ってから、近藤さんはお茶を飲み干した。実に律儀なひとだ。
でもまだ喋り足りないらしく、熱い語りは続く。
「恩に報い、忠義を尽くすは武士の本懐。真選組の剣は幕府を護るためにある」
「だって海賊とつるんでたかもしれん奴ですぜ。どうものれねーや。ねェ、土方さん?」
「俺はいつもノリノリだよ」
「似合わないセリフですねぇ」
「やかましーわ! …オイ、。お前は奥に引っ込んでろって言っただろうが」
「暇なんですよぅ」
…そう。なんで私がこんな場所でカエルの護衛に紛れ込んでいるかと言うと、…暇なのだ。
急遽舞い込んだこの仕事、本来なら女中に過ぎない私にはまったくの無関係だ。しかし。
私が稼がなければ、万事屋は飢え死にする。
そんなわけでお茶汲み係はこんな場所まで遠征してきた次第。
それを了承する私も私だろうが、受け入れる新選組も充分おかしい。
「しかしすみませんな、さん。こんな場所まで付いてきて頂いて」
「いえいえ、お気になさらずー」
「ですが禽夜様の近くには行かんでください。
とばっちりでさんに怪我でもさせたら、万事屋の連中に合わせる顔がありませんからな」
誰が好き好んで近づくか、あんなガマに。
「アレを見なせェ。みんなやる気なくしちまって。
山崎なんかミントンやってますぜ、ミントン」
「山崎ィィィ! てめっ、何やってんだコノヤロォォ!!」
「ギャアアアア!!」
…土方さん…ストレス溜まってんだろうなぁ。
上司は大らか、後輩は腹黒ドS、その上部下はミントンだ。
でもジミーは明らかにとばっちりじゃね?
可哀想に…まあ私は止めないが。
「総悟よォ、あんまりゴチャゴチャ考えるのは止めとけ」
折檻という名の虐待を眺めていた私と総悟は、近藤さんの言葉に視線を彼へ向ける。
「目の前で命狙われてる奴が居たら、いい奴だろーが悪い奴だろーが手ェ差し伸べる。
それが人間のあるべき姿ってもんだよ」
その言葉に、私と総悟は顔を見合わせた。
近藤さんの考えは実に理想的だ。そう在れたら、どんなに良いだろう。
だけど私は、そんなことを繰り返していれば自滅するだろうな、としか思えなかった。
綺麗に生きることが出来る人は、稀だと思う。
大小関わらず人は生きていく中で嘘を吐くし、偽善が当たり前だし、都合の悪いことには気づかなかった振りをする。
お人好しは常に損なのだ。…繰り返せば繰り返す程に。
「あ゛っ!! ちょっと! 勝手に出歩かないでください!!」
好き勝手に出歩く護衛対象に、近藤さんは慌てて駆け寄って行く。
その後ろ姿を見送りながら、総悟が小さく息を吐いた。
「はぁ~。底なしのお人好しだ、あの人ァ」
「でもそこが近藤さんの良いところでしょ?」
「まぁ、そうなんですがね。人が良いのも度が過ぎるとイラッとくるもんですぜ?」
「あー、わかるわかる。思わず横っ面を張り飛ばしたくなる感じ?」
「そうそう」
結構酷いことを言いながら、私達は苦笑しつつ立ち上がる。
ひとり忙しく立ち回る近藤さんを見てたら、まったり休憩も程々にしておこうかな、
…なんて殊勝なことを思ったわけだ。らしくない。
――瞬間、聞こえた微かな、音。
「局長ォォォ!!」
遅れて上がった悲鳴に、私はゆっくりと振り返る。
その間に、総悟が私の横を通り過ぎる。走って。
ようやく視線を向けた先には、苦悶の表情を浮かべて倒れた近藤さんと、彼を案じて駆け寄った隊員達。
「山崎!!」
土方さんの鋭い声が飛び、山崎が駆け出していく。
私は何か起こったのか理解出来ずに、その場に立ち尽くした。
「近藤さん!! しっかり」
「局長ォォ!!」
そんな声に、はっと我に返る。
…落ち着け、私。この世界は『物語』だ。これは、知っている話だろ…?
「フン。猿でも盾代わりにはなったようだな」
「……」
それが、自分の命を守った相手に言う言葉か。
とっさに刀に手を掛けた総悟を見ながら、私はいっそ斬り捨ててしまえば良いのにと、思った。
…そして、そんな自分に嫌な気分になる。
「!!」
「――止めておけ。瞳孔、開いてんぞ」
今にも抜刀しそうな総悟を止めたのは土方さんで、その周囲は冷えた空気を醸し出していた。
慣れないシリアス…というより殺伐とした雰囲気に、私は軽く息を吐いた。
少し、落ち着いた。
周囲が落ち着かないと、案外逆に落ち着くものだ。
隅に放っておかれてる急須と湯呑みを手に、私はその冷え冷えした空気のもとへと近寄る。
そして、湯呑みと急須の乗ったお盆を持ち上げた。
「…ええーい」
「アチーーーッ!?」
小さな掛け声と一緒に、私はガマの背後でお盆から手を離した。
お茶用の熱湯だ。当然、ガマは熱さにのたうち回る。
「きゃー、ごめんなさーい。お茶零しちゃいましたー」
「な、な、なにをするかッ!!」
怒鳴るガマに、私は小首を傾げる。
どうせ人型でもない天人に、私達の細かな表情などわかるまい。演技をする気にすらならなかった。
「ごめんなさい、ちゃんドジっ娘だから。てへ」
「…むむぅ…ッ…もういい! 割った食器は片づけておけ!」
「はぁい。……けっ、偉そうに。畜生以下のガマの分際で」
ほらな。やっぱりバレなかった。
演技派の我が親友殿ならもっと上手く立ち回るんだろうけど、ガマ相手ならこれで充分だろ。
「…さん」
「私が手ェ出す分には問題ナイでしょ。ねぇ、真選組副長さん?」
「……まぁ、な」
一瞬唖然として、だけど土方さんは小さく笑った。
それがどこか悪ガキみたいな笑みだったから、私もニヤリと悪い種類の笑みを返した。
「ドジな女中がすっ転んで、その先にたまたま護衛対象が居ただけだな」
「はい。それだけですヨ」
「…ははっ」
悪人みたいな笑い方をする私達を見て、思わずといった感じに総悟が笑う。それはもう楽しそうに。
「アンタやっぱ面白ェや、さん」
誉め言葉ととりましょう。私は爬虫類と変態と虫以外には寛大だ。
…でもある意味ドSって分類は変態か?
「さあさ、そんなことより早く誰か近藤さんを!
あとものすごく納得いかんけどガマは放っておいちゃダメなんじゃないの?」
私が努めて真面目になり過ぎない言い方で促すと、土方さんから隊員のみんなへ指示の声が飛ぶ。
忙しく立ち回る彼らの姿に、私はようやく詰めていた息を吐いた。
――私に『役割』なんて要らない。
だからそっとしておいて。
ただ、『物語』を『傍観者』として見られれば…それで良いのだから。
+++
「……あのさぁ、総悟くん」
「なんですかィ?」
火に薪をくべる総悟の隣にしゃがみ込みながら、私はかくんと首を傾げた。
「………魔女狩り?」
「なんですかィ、魔女狩りって」
読んで字の如くですが。
ああ、でも魔女狩りは一本の木に括り付けるんだったか?
どっちにしろ、ガマが火に掛けられている事実は変わらないが。
「何してんのォォォォォ!! お前ら!!」
「あー、土方さん」
「大丈夫大丈夫、死んでませんぜ」
慌てて駆けつけてきた土方さんに、私達は至極呑気な返事を返した。
確かにガマは死んでない。火に掛けられてはいるが。
「要は護ればいいんでしょ?
これで敵おびきだしてパパッと一掃。攻めの護りでさァ」
「貴様ァッ、こんなことしてタダですむと…もぺ!!」
がなるガマの口に、総悟は薪を押し込んだ。
燃やすためというよりは黙らせる為だろう。
…躊躇いも容赦もねぇな。相変わらずサドだ。
「土方さん。俺もアンタと同じでさァ」
「むが!」
「…おーい、総悟。それガマ死ぬぞー」
「今良いこと言うんですからさんは黙っててくだせェ」
いや、自分で言うなよそういうことを。
とは思ったものの、この後の展開を知る身としては邪魔するのもアレなので、一応口を噤んでおく。
「早い話、真選組にいるのは近藤さんが好きだからでしてねぇ。でも何分あの人ァ、人が良すぎらァ。
他人のイイところ見つけるのは得意だが、悪いところを見ようとしねェ」
それはそれで、凄い才能なんだろうけれど。
…いや、違うか。才能じゃない、嗅覚みたいなものだろう。
「俺や土方さんみてーな性悪がいて、それで丁度いいんですよ、真選組は」
「…フン」
素っ気ない反応だったけれど、土方さんも満更じゃなさそうだ。
男の友情ってのは
「あー、なんだか今夜は冷え込むな……」
わざとらしくそんなことを言いながら、土方さんは私達の方へ足を踏み出す。
「薪をもっと焚け、総悟」
「はいよっ!!」
なんだかんだで仲が良ろしいことで。
…やってることはカエルの丸焼きだけどな。
「総悟ー、土方さーん。カエルの肉は鶏肉と同じ味がするらしいよー?」
「むごォォォォォ」
私の言葉にガマはじたばたともがき、
総悟と土方さんはギギギ…とまるで油切れのロボットみたいな動きで振り返った。
「…常々思ってんだがな、。お前、たまに桁違いに残酷じゃねぇか?」
「え、そうですか?」
「さん。ガマなんざ食っちゃいけませんぜ、腹壊しちまう」
「ゲテモノ食いの趣味はないからそこら辺は大丈夫だよ」
「いや待て、そこじゃねぇだろ!!」
今日も土方さんのツッコミは絶好調です。
その間に薪を増やされたガマが喚き始める。
「もぐらっはめっそッ」
「何言ってんのかわかんねーですよ、ガマ野郎」
なんだよもぐらって。お前はカエルだろ。
喚くガマを眺めつつ、私はそろそろかな、とふと思う。
なんとなく記憶している漫画通りなら、そろそろ攘夷志士が…
「!!」
ガマの咥えた薪に、何かが掠った。
弾丸。…おいおい、攘夷志士なら刀使えや。それとも大時代的に火縄銃か?
「天誅ぅぅぅ!!」
「奸賊めェェ!! 成敗に参った!!」
門を破って、結構な数の人相の悪いのがぞろぞろと現れた。
…いやー、真選組も大層な悪人面ばっかだけど、こいつらも負けてないねぇ…。
この漫画、悪人面ばっかか? いやいや、そんなことない…よねぇ…? ちょっと自信無くなってきた。
「どけェ、幕府の犬ども。貴様らが如きにわか侍が、真の侍に勝てると思うてか!」
「おいでなすった」
「派手にいくとしよーや」
土方さんと総悟が、それぞれ刀を抜いた。
心なしか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「――まったく、喧嘩っ早い奴等よ」
「!」
そんな声に振り返れば、弾丸を受けて倒れたはずの近藤さんが立っていた。
片手に刀を携え、背後に真選組メンバーを従えて。
こういうワンシーンを見ると、この人が局長だという事実を認識します。…普段はあんなんだけど。
「トシと総悟に遅れをとるな!! バカガエルを護れェェェェ!!」
おお、始まった始まった。
巻き込まれちゃ堪らない、どこかに隠れておこう。
…と思った瞬間、にこやかな近藤さんにがしっと肩を掴まれた。何故。
「あ。さんは是非これを」
「は?」
差し出されたのは、掌に乗る程度の長さの筒。
…見た目ミニマムのくせに結構重い。
「…なんですかこの筒」
「そこの仕掛けを動かすと形になる仕込み薙刀です! 特注で作らせたんですよ!」
「………はい?」
確かに、ぽちっとボタンを押したらスパンッと柄が伸びて長刀の刃が飛び出してきた。
…いや、先に言えよ。今本気でビビったぞ私。
「そりゃ良いや。パッと見、武器にゃ見えませんぜ」
「良い護身道具じゃねぇか、。近藤さんに感謝しろよ」
「え。ちょ、ちょっと、待っ…」
「いくぞォォォ!!」
私の制止の声なぞ届かなかったのか、みんな攘夷志士の皆様へと駆けて行ってしまった。
…おおい、なんだこの展開
「…わ、私もですかー…?」
仕込み薙刀を握り締めながら力なく呟くと、総悟がこっちを振り返った。
そして、どこか悪ガキみたいな笑みを浮かべて、さも当然のように言ってくる。
「ここにはもう、あんたをただの飯炊きだと思ってる奴ぁいませんぜ。
隊士とも違いますがね。――さんは、真選組の『仲間』みたいなもんでしょうが」
「……」
…仲間、か。
なんだか胸の奥が重たくなるような錯覚を、覚えた。
それを振り払うように、私は手渡された武器を握り直す。
――これは『夢』だ。
なのにどうして、こんなにも――…
+++
「『おてがら真選組 攘夷浪士大量検挙。幕府要人犯罪シンジケートとの癒着に衝撃…』」
新聞を広げていた神楽が、読み上げた記事に顔をしかめた。
「……銀ちゃん」
「あー?」
「癒着って何?」
「……」
ああ、なるほど。言葉の意味がわからなかったのか。
だけど訊かれた銀さんは、一瞬考える素振りをしてから、顔にジャンプを乗せて沈黙した。
…非常にわかりやすい寝たフリです。
「オイ。とぼけてんじゃねーぞ、天然パーマ!」
「ハイハイ、神楽ちゃんも銀さんなんかに訊かない。この人、学無いんだから」
「…オイコラ。それはさすがに酷ェ言い草だろ、ちゃんよ」
俺だってガキの時にはちゃんと寺子屋通ってたのよ、なんて不満そうに言うけど。
……どうせずっと居眠りしてたんだろ。だって銀さんだもん。
「ん? …なぁ、」
「はい?」
「お前、新聞に載ってんぞ」
「はァ?」
神楽の読んでいた新聞を覗き込んだ銀さんが、私を手招きした。
同じように新聞を覗き込むと、いったいいつ撮ったのか問いただしたい写真が。
「………」
「コレ。沖田くんの横で薙刀ぶん回してんの、お前だろ」
「………………………嫌ダナ、銀サン。見間違イダヨ」
「ならなんで片言なんだよ」
「気ノセイアルヨ」
「、私の真似アルか? ダメネ、まだ口調が堅いアル!」
「ちげーだろ」
騒ぐ神楽の頭を軽く張り飛ばして、銀さんは深くため息を吐いた。
「お前ねぇ…あんま目立つことすんなっての。
縁談蹴って逃げて来た身だろうが、一応」
「えー」
「えー、じゃなくて。なんなのお前は」
だって縁談蹴って逃げたの、私じゃないし。
さすがに今それを言ってもややこしくなるだけだから言わないけど。
「そうでもなくても、お前一応『うちの子』なんだから。
…あんま妙なことに首突っ込んで、心配かけさせてくれんなよ」
「………」
――また、だ。
仲間だとか、うちの子だとか。
違和感を感じた。胸の奥が重い。
「あー、難しい話してたら頭が疲れたわ。甘いもんが食いたいなー」
「なんで私を見るんですか」
「何か作ってよ」
「えー! 嫌ですよ面倒くさい!」
奇妙な違和感を振り払うように、私はいつもの調子で言い返す。
その横で、神楽が勢い良く挙手した。
「ハイ! 私、ホットケーキ食べたいアル!」
「か、神楽ちゃん…あんたなんて安上がりな子…」
ホットケーキって。
いや、こっちは楽だから良いけどさ。
「なんでも良いから作ってー腹減ったー」
「ちょっと銀さんだらけ過ぎ! わかった、わかりました!
作ってあげるから駄々っ子みたいなことしないでキモい!」
「おまっ、言うに事欠いてキモいって!」
「おっさん一歩手前が可愛い仕草したってキモいもんはキモい」
「おいおい何言っちゃってんのちゃん。銀さんはまだまた若くてぴちぴちだぞコラ」
「もうその言い方自体が死語というかおっさんですよネ」
「ホントに可愛げねぇなこの小娘はァァァァァッ!!」
誰が小娘だ、誰が。
騒ぐ銀さんを適当にあしらって、私は居間を出た。
既に神楽も銀さんも、ホットケーキが食べられると信じて疑っていない。ので、作ってやらないと。
…気分は駄々っ子を持つ母親か、我が儘な犬の世話する飼い主だよ。
「…私は…」
台所へ辿り着いて、ふと無意識に呟いていた。
別に変わったところなんて何一つ無い、普通の台所。
ああ、なんてリアリティだ。
だけどこのリアリティは、私の想像力の賜物だ。そのはずだ。
そうじゃなかったら、この《世界》をどう説明したらいい。
「私は、楽しければ…それで良いのよ」
私は、この《世界》を楽しむ為にここにいる。
『夢』なのだから、多少の融通が利くのは当然だ。でも、
「ここにはもう、あんたをただの飯炊きだと思ってる奴ぁいませんぜ。
隊士とも違いますがね。――さんは、真選組の『仲間』みたいなもんでしょうが」
「そうでもなくても、お前一応『うちの子』なんだから。
…あんま妙なことに首突っ込んで、心配かけさせてくれんなよ」
総悟の、銀さんの言葉が、耳の奥から離れない。
胸がじくじくと痛む。
…違う。これは違う。
『夢』に痛覚や嗅覚があるのは、夢を見ている自分が、例えば「ナイフで指を切れば痛い」という認識があるからだ。
『夢』は想像力の具現。想像力が豊かであればあるだけ、リアルな夢を見る。それだけのこと。
――――それだけの、ことなのに。
壊れ始めていく世界認識。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。