「ちょっと銀さん! 新八!! いきなり飛び出したら危ないからッ」
公園を囲む塀を飛び越えていったふたりを追いかけ、私は声の限り怒鳴った。
だけどふたりは私の声など聞こえていないのか、定春に追われるままに道路に飛び出して行く。
「だから危ないって!! ………あ」
甲高い急ブレーキの音と共に、ふたりの体が宙を舞った。
…いや、あり得ねぇだろ。普通死ぬよあれ。
銀さんってば頭からいってんのに、血も出てないよ。
「……やっぱこの世界、変だ」
目の前の異常な光景に、わたしは深く息を吐いた。
「じぃィィィィィ!! なんということををを!!」
銀さん達を追って飛び出して来た私には気付いていないのか、バカ王子…もといハタ皇子が叫ぶ。
彼らの車の前には、気を失って道路に転がっている人間ふたりと犬が一匹。
「落ち着きなされ皇子!! とりあえず私めがタイムマシンを探してくるので!」
「じぃぃぃぃぃぃ!! お前が落ち着けェェ!!」
いきなりトランクを開けて入ろうとする爺さんに、皇子が激しいツッコミを入れた。
…いや、それより救急車呼べよ。
「ん? こっ…これは。なんということだ!!」
急に、定春を見た皇子が大声を上げた。
定春って、一見デカイだけの犬だけど、実体は…なんだっけ。ああ、神子?
とにかく、特別な生物であることに変わりはない。
「どうされた皇子。タイムマシンが見つかりましたか!!」
「ちげェェェ! クソジジィ!! これを見よ!!」
「これは…狗神!? なぜこのような珍種が…」
「じぃ、縄はあるか!?」
…おいおい。いきなり何してやがりますかあんたら。
怪我人をほったらかしにして、定春を車に括り付け始めた皇子達に私は呆れを隠しきれない。
「こんなことしていいんですか、皇子? 私らただのチンピラですな」
「これは保護だ。こんな貴重な生物を野放しにはできん!!」
もっともらしいこと言ってるけど、それただのドロボウです。
頭痛を抑えるように頭に手をやってから、私は舌打ちした。
「チッ…ちょっとオッサン!」
「」
前に踏み出そうとした私は、急に声を掛けられて振り返る。
目の前を横切る銀色に、思わず目を瞠った。
「お前は新八を頼む」
「銀さ…っ」
声を掛けようと、視線でその姿を追いかけた。
……え。なんか車によじ登ってるんですけど。
「って、乗るのかよ!!」
格好悪いんですけどちょっとォ!?
シチュエーション的に格好良かったのに何あれ! なんか気が抜けるんですけど!!
「ゆくぞ。クククク、またコレクションが増えちゃった」
何も気付いていないバカ皇子は、銀さん付きの定春を車に乗っけて走っていってしまった。
……いや、気付けよ。ホントにバカだよあの皇子。
「うぅ…」
「あ、そうだった。
新八! ちょっと新八!! うわぁ、足が変な方向向いてる!?」
道路に転がった新八の左足が、変な方向を向いていた。
うわぁ、これ折れてる。絶対折れてる。
「が、頑張れ新八! ちょっと誰か救急車呼べーーーッ!!」
その後。
新八はご近所の人に呼んでもらった救急車に運ばれた。
その搬送先の病院に駆けつけた銀さんと神楽が、定春を伴って現れた時。
思わず微笑った私に神楽が抱きついてきて、定春を万事屋で飼えるようになったと嬉しそうに報告してくれた。
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「…そんなわけで、定春は無事に万事屋の子になったんですけどね。だけど新八が…新八が…」
「災難だったな」
「惜しいツッコミ芸人をなくしました…」
「いや、死んでねぇだろ。そもそも芸人じゃねーよ」
相変わらず鋭いツッコミです、土方さん。
真選組屯所の一角で、私は土方さんと近藤さんを相手に先日の珍事件を語って聞かせていた。
夕飯の仕込みは終わったし、私の仕事はもう終わったと言っても良い。サボってるわけじゃあありません。
「しかし大変ですね、さん。若い働き手がいないとなると」
「あー、でも元からそう万事屋に客なんて来ませんしィ」
「よく生活出来るな…」
「それなりに仕事してるみたいですけどねー。銀さんひとりで出来るような奴」
定春という食い扶持が増えた為、案外銀さんは頑張っていた。
もちろん、「今までよりは」という枕詞が付くけれど。
「…で。お前は見舞いにも行かずに何やってんだ?」
「え? 仕事ですけど」
湯飲みを置いて首を傾げる私に、土方さんは呆れたように目を眇めた。
目つきがますます悪くなってるので、やめて欲しいですそれ。
「…………俺らと茶ァ飲むのがお前の仕事か?」
「堅いことを言うな、トシ。女性はそこに居るだけで華だ」
「さすがです、近藤さん! 土方さんもこのくらい気の利いたこと言えないんですか?」
「………お前相手にか?」
オイオイ、どういう意味ですかこのマヨ副長めが。
まじまじと私を見ながら言われた一言に、ムッと私は顔をしかめた。
「どういう意味ですか! ちょっと近藤さん、今の聞きました!?」
「すみませんな、さん。そう怒らんでやってください、トシは恥ずかしがり屋で」
「マジですか。土方さんってば可ー愛いー!」
「オイ」
思いっきりわざとらしく微笑んで言ってやると、土方さんは顔を引きつらせた。
そして、ボトリとちゃぶ台の上に煙草を落とす。そして慌ててそれを拾い上げ、灰皿に押しつけた。
忙しい人です、色んな意味で。
「ったく…おい、。志村はともかく良いのか、万事屋は」
「は?」
「仕事とは言え…よくこの男所帯に入り浸るのを許されるな、お前」
「…ええと…?」
新しい煙草を取り出しながら言われた言葉に、今度は私が顔を引きつらせた。
…待って。何、この人。あれってネタじゃなかったの?
「…土方さん、まだ勘違いしてんですか?」
「あ?」
「私、別に銀さんとそういう関係じゃないんですけど」
「何も無い男女がひとつ屋根の下で暮らすわけねぇだろ」
「それ偏見ですよ! 銀さん相手に何しろってんですか?」
「お前が何かする方かよ! その解釈おかしいだろ!」
「う?」
私は首を傾げた。
何もおかしいところなんて無いだろう。
っていうか5歳以上は確実に歳が離れてるんだし。
…でもお妙と近藤さんってそれ以上に歳離れてるよね。
あれは良いのか、犯罪じゃないのか。大丈夫か。まぁくっつくこともないだろうけど。
「…あ。そっか、一応ここって江戸時代」
「は?」
「いや、気にしないでください独り言だから」
パタパタと手を振ってその話を煙に巻き、私は小さい息を吐く。
どうにもわかりにくい世界だなぁ、まったく。
私の知る『現代』とは違い、更には『江戸時代』とも違う。
パラレルワールドなんだから、と言われればそれまでだけど。
うーん、と唸りながらお茶を飲み込むと、ほぼ同時に襖が開かれた。
そこから顔を出したのは、バズーカを肩に担いだ総悟だ。
「何野暮なこと聞いてるんですかィ、土方さん」
「おお。戻ったか、総悟」
「おかえりー、総悟」
「…バズーカ仕舞ってから来いよ」
口々に勝手気ままな挨拶をする私達に、しかし総悟は別段表情を変えない。
かと思ったら、バズーカを襖に立てかけ、私達の囲むちゃぶ台の上をひょいっと覗き込んできた。
「お。今日の茶請けはさんのお手製ですかィ?」
「そだよー。暇だからクッキー作ってみましたー」
「男所帯だと、こういう洒落た茶請けなんか出ませんからねェ。
これだけでさんがうちに来てる価値は高いですぜ」
「…私の価値はクッキーか?」
「クッキーよりかは上ですが」
「いや、そういう意味じゃねーよ。ってかクッキーより上程度かよ腹立つな」
どいつもこいつも、失礼な野郎ばっかりですよまったく。
それでも優しい私は、総悟の為にお茶を煎れてあげた。ちょっと誰か誉めて欲しい。
「で。話を戻しますがね土方さん」
早速クッキーを摘みながら、不意に思い出したように総悟は土方さんに話を振った。
「どこに戻すんだよ。だいぶ脱線してるぞ」
「女に同棲してる男の話を訊くなんてデリカシーってもんが足りやせんぜ」
「同棲って言い方やめてくれない?」
心底嫌そうに私が言うと、総悟のみならず土方さんと近藤さんも、私の方を見た。
あまりに一斉の動きだったので思わずたじろぐ私に、三人は声を揃えて言う。
「「「同棲じゃないんですか(ないのか)」」」
「何心底驚いたような顔してんだよ三人揃ってさァ!?」
思わず怒鳴り返して、ドンッと勢い良く湯飲みをちゃぶ台に叩きつけた。
瞬間、エンジン音が聞こえて、思わず庭の方を振り返る。
「よー、税金ドロボウども。呑気にお茶会ですかコノヤロー」
「あ、銀さん」
銀印のバイクに乗った銀さんが、大胆にも屯所の庭に現れた。
…いくらなんでも、一応警察である真選組の屯所に、バイクで乗り上げるか普通。
「…屯所の庭にバイクを乗り付けんじゃねーよ」
「しょーがねーだろ、が迎えに来いっつったくせにここで茶ァ飲んでんだからよ」
呆れて良いのか怒って良いのかわからないような土方さんのコメントに、銀さんは相変わらず気怠げに答える。
それを聞いて、庭に降りた私はむーっと顔をしかめた。
「えー、私のせいー?」
「お前のせいですよー。ってワケでさっさと乗れ。ホラ、これ被る」
「はーい」
投げて寄越されたヘルメットを受け取り、それを被って私は銀さんの後ろに座る。
「しっかり掴まってろよー、ちゃーんと密着してねー」
「…銀さーん、それセクハラじゃないですかー? 絞め殺すぞ」
「……お前ホントにやりそうで怖ェんですけど。ちゃん、締めんなら下の口…うぶっ!?」
「あんたそれ以上言うな。それ以上口にしたら色んな人から怒られるぞ」
後ろから力一杯銀さんの口を塞ぎながら、私は自分でもわかるほど低い声で言った。
っていうか、銀さんどんどんエスカレートしてませんか。完璧なセクハラだろコレ。
「旦那とさんはデートですかィ?」
「あー?」
「…総悟ー、あんたいい加減にしとけー」
今のやり取りをどう聞いたら、そういう解釈になるんだか。
ため息を吐きつつ、私は塞いでいた銀さんの口から手を離す。
解放された銀さんは、気怠げにかくんと首を傾げた。
「ちゃん相手に何しろってのよ。して良いならするけど」
「しなくていいです。バカ言ってないで病院まで行く!」
「へいへい。ホントにお前、銀さんをなんだと思ってんの?」
気怠げに訊かれて、私は首を傾げた。
そして、少し考えてから口を開く。
「アッシー?」
「落とすぞコノヤロー」
「やーんごめんなさーい」
「うっわ、こういう時だけ女の子だもんムカつくよなー。しっかり掴まってろよサド娘」
「誰がサド娘ですか失礼なー」
悪態をついてから、私は言われるままに銀さんの腰にしがみつく。
…う。思ったより細い。甘いものばっか摂取してるくせに詐欺だ。
「んじゃ、そういうことで」
「あ、お夕飯は温めればすぐ食べれますからよろしくでーす。また明日ねー」
私と銀さんはふたり同時に、呆然と私達を見ている三人に手を振った。
…しかしこれ、道じゃないところを通るわけだから、ちょっと乗り心地悪いんですけど。
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庭を疾走しながら去っていったふたり乗りのバイクを見送り、残された三人はそれぞれに首を傾げていた。
そして、紫煙を吐きながら土方は呟く。
「…端から見りゃ、そういう関係に見えるんだがな。俺がおかしいのか?」
「安心してくだせぇ、土方さん。こればっかりは俺もあんたと同意見でさァ」
「まぁ、どっちでも良いだろう。仲が良くて結構じゃないか」
そう言う問題だろうか。
どこまでも大らかな近藤の言葉に、土方と沖田はそれぞれ、溜め息を吐いた。
もっとも、その胸中は各々違うのだろうが。
非常識も慣れれば常識になっちゃうものです。
To be continued?
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