「よけいなウソつかなきゃよかったわ」
「なんだかかえって大変な状況になってる気が…」
「徐々に野次馬も集まってきてるしねぇ」
今更「やっぱ無し」なんて出来る状況じゃないのは、確かだ。
現代っ子の私にはどうにもピンとこないけど、こういうのを途中でやめるのは武士道に反するらしい。
…面倒くさい生き物だなぁ、侍って。
「それにあの人、多分強い…決闘を前にあの落ち着きぶりは、何度も死線をくぐり抜けてきた証拠よ」
「心配いらないヨ。銀ちゃんピンチの時は、私の傘が火を吹くネ」
「なんなのこの娘」
「やめときなさい、神楽ちゃん。なんか銀さんごと吹っ飛ばしそうだから、君は」
傘を構えた神楽の肩を叩いて、なんとか傘を下ろさせる。
こんな野次馬の多いところで、万が一ぶっ放されたら堪ったもんじゃない。
「おいッ!! アイツはどーした!?」
「あー、なんか厠いってくるって言ってました」
さすがに少し苛立ちを孕み始めた近藤さんに、新八がそう答える。
…あれかね。宮本武蔵でも気取ってんのかね、銀さんは。しかし決闘前に厠って。
「…さん。多分思ってること全部口に出てるわ」
「え。マジですか。聞かなかったことにしといて、お妙」
「……」
…そしてその後。
銀さんがここに現れたのは、夕暮れ時だった。
「来たっ!! 遅いぞ、大の方か!!」
「ヒーローが大なんてするわけねーだろ。糖の方だ」
「糖尿に侵されたヒーローなんてきいたことねーよ!!」
ホントにな。
いや、そもそも決闘前にトイレに行くヒーローなんて聞いたことも無いですよ。
だけどここは、常にどっしりと構えた近藤さんだ。
咳払いひとつで真剣な表情に戻り、じっと銀さんを睨めつける。
「得物はどーする? 真剣が使いたければ貸すぞ、お前の好きにしろ」
「俺ァ木刀で充分だ。このまま闘ろうや」
「なめてるのか、貴様」
近藤さんの表情が険しくなる。
武士道がどういうものかよくはわからないが、木刀相手に真剣抜けなんて、失礼なことなのかもしれない。
「ワリーが人の人生賭けて勝負できる程、大層な人間じゃないんでね。
代わりと言っちゃ何だが、俺の命を賭けよう。…お妙の代わりに、俺の命を賭ける」
きっぱりと言い切った銀さんの言葉に、周囲の野次馬がざわめく。
それはそうだろう。このご時世、女を賭けて決闘…それも命懸けとあっては、酔狂としか言いようが無い。
「てめーが勝ってもお妙はお前のモンにならねーが、邪魔な俺は消える。
あとは口説くなりなんなり好きにすりゃいい。勿論、俺が勝ったらお妙からは手ェ引いてもらう」
…これ、私は裏を知ってるから言うけれど。
大した演技力じゃないですか? 銀さん役者になれるんじゃない??
「…自分の命を白刃の元にさらして、負けても私には危害を及ぼさないようにするつもり!?」
「…いや、お妙。あのひとそこまで主人公的なこと考えてないから。ヒーローは決闘前に厠行ったりしないもん」
私の突込みを聞いていないのか、お妙は橋の欄干から身を乗り出した。
「ちょっ…やめなさい!! 銀さん!!」
「話聞いてよお妙」
騙されてるよ、みんな。
周囲の野次馬からも感嘆の息が漏れてるし、新八と神楽も真剣な表情になってるし。
…ああ、いかん。笑いがこみ上げてきた。
「クク…」
「?」
「い~男だな、お前」
にやりと口角を持ち上げて笑い、近藤さんは自分の刀を放り投げた。
「お妙さんがほれるはずだ。いや…女子より男にもてる男と見た」
無機質な音を立てて転がる、刀。
そして、近藤さんは橋の上に立つ私達――というより新八に視線を向けた。
「小僧。お前の木刀を貸せ」
唐突な言葉に、新八は首を傾げる。
だけど彼が木刀を渡す前に、近藤のさんの足元に木刀が放り投げられた。
――銀さんの木刀だ。
「てめーもいい男じゃねーか。使えよ、俺の自慢の愛刀だ」
近藤さんがそれを拾い上げるのを見て、私は思わず「あーあ…」と呟いた。
幸いというかなんというか、場の空気のせいで周囲にその呟きは届かなかったようだが。
新八が木刀を銀さんに放り投げると、銀さんは視線を近藤さんに向けたまま、それを受け取った。
「勝っても負けても、お互い遺恨はなさそーだな」
「ああ。純粋に男として勝負しよう」
…ああ、なんだか凄くシリアスなシーンのようだ。
ダメだ。笑ってしまう。
「…さん、どうしたんですか?」
「お腹痛いアルか?」
「違うわよ、神楽ちゃん。さんは銀さんを心配してるのよ」
違う。ごめん、それ全部違う。
なんとか頭を左右に振ったけれど、笑いを噛み殺すのに精一杯で声が出ない。
「大丈夫ですよ! 銀さんは負けませんから!」
「そうネ! 銀ちゃんはゴリラになんか負けないアル!」
「ごめんなさい、さん。私のせいでこんなことになってしまって…
でも銀さんの腕はあなただってよく知ってるでしょう? 大丈夫よ…絶対に」
もういいや、頷いておこう。
綺麗な方向に解釈された勘違いにそう結論を出したら、なんとか笑いは治まってきた。
「いざ!!」
「尋常に」
「「勝負!!」」
まったく同時に、銀さんと近藤さんは相手に向かって駆け出した。
これが本当に本当の真剣勝負だったら、手に汗握る一瞬。
ただし現実は、そんなに格好良いもんじゃ、ない。
「あれ?」
近藤さんの握っていた銀さんの木刀が、真っ二つに折れた。
ちょっと強く振り上げただけなのに。
「あれェェェェェェ!? ちょっと待って先っちょが…」
焦る近藤さんの言葉を聞いているのか、いないのか。
銀さんは表情ひとつ変えず、それこそ容赦なく木刀を振り回した。
「ねェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」
派手に吹っ飛んだ近藤さんが、砂利の上に落下する。
その光景に、新八達の表情になんともいえない微妙な色が浮かんだ。
…そりゃそうだ。いくらなんでも、細工しないとあんな風にはならない。
「――甘ェ…天津甘栗より甘ェ。敵から得物借りるなんざよォ~」
新八の木刀を腰に差し、銀さんは気怠るげに首を傾げた。
ただし、にやりと口角を持ち上げて嗤いながら。
「厠で削っといた。ブン回しただけで折れるぐらいにな」
「貴様ァ…そこまでやるか!」
「こんなことの為に誰かが何かを失うのはバカげてるぜ。
全て丸くおさめるにゃ、コイツが一番だろ」
「コレ…丸いか?…」
…丸くはないかもしれないね、うん。
なんとも目のやり場に困る、情けない格好で気を失った近藤さんに私は合掌した。
新八と神楽の表情は、いまや呆れを通り越して怒りになっている。
「よォ~。どうだい、この鮮やかな手ぐ………ちゃぶァ!!」
呑気に私達を見上げてきた銀さんが、その言葉を最後まで口にすることはなかった。
橋の欄干に足を掛け、新八と神楽が思いっきり下に居た銀さんを踏みつけたからだ。
「あんなことまでして勝って嬉しいんですかこの卑怯者!!」
「見損なったヨ!! 侍の風上にも置けないネ!!」
「お前、姉ちゃん護ってやったのにそりゃないんじゃないの!!」
おーおー、殴るわ蹴るわ元気だなぁあの子達は。
半ば人事のようにその光景を眺めながら、私とお妙は思わず顔を見合わせ、お互いに苦笑した。
「もう帰る。二度と私の前に現れないで」
「しばらく休暇もらいます」
吐き捨てるように言って、神楽と新八はそのまま歩いて行った。
ああは言うものの、神楽の帰る場所は万事屋だし、新八も明日には普通にやって来るだろう。
「フフ…すべて丸くねぇ…。でも何だかんだで、銀さんが一番泥被っちゃったわね」
「…まァ、それが銀さんでしょー」
器用なのか、不器用なのか。
まぁ、捻くれ者であることは、確かだろう。
苦笑しつつ、私は橋の欄干から離れ、土手の方へ足を向ける。
そんな私に、お妙が不思議そうに声を掛けた。
「さん?」
「ガキ共に見捨てられた上に、私にまで放置されちゃさすがに可哀想でしょ?」
「うふふ…そうね」
笑いながら返すと、お妙は微笑ましいものでも見るように微笑んだ。
そんな笑顔に見送られ、私は土手を降りて、下に転がる銀さんのもとへ辿り着く。
「銀さーん。生きてるー?」
「げふっ!?」
仰向けに倒れている銀さんの上に、私は足を乗せた。
…いや、だって。乗せたくならない? 他意は無いけど、つい魔が差して。
「出る! 口からなんか出るから! なんかダるーなんかデるー!」
「おお、『らき☆すた』か。最新アニメじゃん、銀さん。よく知ってたねぇ」
「この前オリコン入ってたからな! じゃなくてマジやめて踏まないでそんな趣味無いから!」
「んじゃ起きろや」
「お前が足乗っけてるから起き上がれねーんだろーがァァァァァッ!?」
あら、それは失礼。
足を退けると、銀さんは勢い良く跳ね起きた。
「…なんでこんな惨めな気分?」
「だって惨めだもん?」
「……………………なぁ、ちゃんよ。お前、俺のことキライだろ?」
「何言っちゃってるの、銀さん。アイシテルヨ?」
「うわー何そのカタコト。愛を感じませーん」
「愛してないからねぇ」
「きっぱり言うか普通。
そこはさぁ、思ってなくても一応「冗談だよ」くらい言えよ」
ったく、最近は厄日続きだな。
そんな文句を言う銀さんを見上げて、私は口を開く。
「…銀さーん?」
「今度はなんだよ…」
「…お節介はカッコワルイですか?」
苦笑交じりに言うと、一瞬、銀さんは軽く目を瞠った。
だけどそれは本当にほんの一瞬のことで、すぐにいつもの気怠るそうな表情に戻る。
「あー? …そんなんじゃねーよ、決闘なんざ面倒くさかっただけだ」
「厠で何時間も掛けて木刀削る方が面倒くさいよ。
なんですか銀さん、今の流行りのツンデレか? ツンデレキャラ狙ってんのか」
「…なぁ、お前いったい何なの?
ってかお前、銀さん苛めて楽しんでるだろ。顔に喜悦の色が浮かんでんぞオイ」
心底嫌そうな響きが、言葉の端々に滲み出てる。
顔を引きつらせる銀さんに対して、私は満面の笑顔で応えた。
「目下最大の目標は、銀さんを泣かせることです」
「待てやサド娘。お前の目標は一年で二千万稼いで自由を得ることだろ」
「だから目先の目標」
「そんな目標は生ゴミの日に棄てなさい」
「嫌ですー」
「…もういいよ。お前歌舞伎町のSM倶楽部って店で女王様やって来いよ。
大丈夫、お前ならすぐに売れっ子になれるから。稼ぎ放題だぞ」
「何言っちゃってんの。私が苛めたいのは銀さんだけよ?」
「なにそれ俺が何したの!?」
寝汚いことか、賞味期限切れの食材を冷蔵庫に入れっぱなしにしてることか、と。
延々のちっちゃい悪事…と言うより、自らのずぼらな面を上げていく銀さん。
わかってるのに直せないってのはどうかと思うけれど、別に理由はそれらではない。
「あれだよ。銀さんが好きだから?」
「…そんな物騒な愛は嫌なんですけど。どうせなら献身的な愛が欲しい」
「大丈夫だよ、最初から愛じゃないから」
「余計悪いじゃねーか!?」
「はいはい、もう良いからおうちに帰りましょーね」
まだ文句があるらしい銀さんの着物の袖を、私は問答無用で掴んだ。
そしてそのまま引っ張れば、反射的に銀さんも歩き始める。あ、これ便利な本能だなぁ。
「何が良いのかさっぱりわかんないんだけど!?
ってコラ、引っ張んなよ! 銀さん怪我人なんだからさ!」
「ガキに殴られたくらいでなんですか、このダメな大人は」
「馬鹿言うな、神楽は普通のガキじゃねーよ! 新八はともかく神楽は普通じゃねーから!」
「大丈夫、銀さんも普通じゃないよ」
「お前が言うなお前が! 怪我人を踏みつける女なんざお前くらいだ!」
「はいはいはい、わかったから」
「お前聞いてねーだろ人の話をよォォォォォ!?」
聞いてますよー。聞き流してるけど。
騒ぐ銀さんの袖を引っ張りながら、私はふと橋の上を見上げる。
――そこには、気を失っている近藤さんを唖然と見下ろす、土方さんの姿があった。
…面倒なことにならなきゃ良いけど。
きっとこういうのを『腐れ縁』って言うんだろう。
To be continued?
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