「はぁ…」
新八は、これほど疲弊しきった姉を見るのは久しぶりだった。
父が亡くなった際のそれ以来、常に明るく前向きに生活してきた姉だ。
そんな彼女を今、悩ませているのはひとりの男だった。
詳しいことはわからないが、どうやらストーカーというものらしい。
性格はともかく、姉,お妙は弟の新八から見ても美人だ。
少なからず昔からそういうことはあったが、大抵お妙に二、三発殴られれば逃げ出す。
だが今回は、ちょっとやそっとではへこたれてくれないらしい。
新八は心配だった。
…勢い余って姉が、そのストーカーを殴り殺すんじゃないかと。
「…姉上」
「…なぁに、新ちゃん…」
「銀さんに相談しましょう」
そこで持ちかけた提案は、万事屋の面々への相談だった。
「銀さんに?」
「はい」
適当でいい加減だが、困っている人間を見捨てられない人情に厚い人達だ。
きっと助けてくれるに違いない、と重ねて言う新八に、お妙は小さく息を吐く。
「なぁに、ボディガードでも頼むの? 四六時中銀さんと一緒っていうのも何か嫌ね」
「違いますよ、追い払ってもらうんですよ!
それに、さんも美人だしそういう経験あるかもしれない。何か参考になる良い意見が聞けるかも…」
「? 『さん』って?」
「あれ? 姉上にまだお話してませんでしたっけ?」
不思議そうに首を傾げるお妙に、新八は「そういえば話してなかったかも」と呟く。
「さんと言う人で、万事屋の依頼人です。
今は万事屋に居候してるんですけどね。確か姉上よりひとつ年上で、」
「…女性、よねぇ?」
「え? はい、そうですけど」
難しい表情を作るお妙に、今度は新八が首を傾げた。。
「…大丈夫なの?」
「何がですか?」
「だって、そのさんって…私より年上で、その上美人なんでしょう?
いくら常にやる気の無い銀さんって言っても、そんなお嬢さんを居候させるなんて…」
「…あー…」
姉の言わんとしていることを悟り、新八は気の抜けた生返事を返した。
確かに当初は、新八もそれを案じはした。
しかし蓋を開けてみれば、という女性は、一般女性の常識があてはまらない規格外だ。
その上、あの家には既に神楽が居候している。何かあるはずもない。
「いえ、さんはなんていうか、美人なんですけど姉上と同じ逞し系というか」
「そっちはそっちで心配だわ。わかりました、銀さんのところに行きましょう」
何か勝手に納得して、お妙は立ち上がった。
既にその目的は「ストーカー被害の相談」から「女性を守る」に摩り替わっている。
「いや、姉上…本当にさんと銀さんじゃ過ちの犯しようが、」
「何してるの、新ちゃん。善は急げよ、早くいらっしゃい!」
「………………ハイ」
一方的な姉の言葉に、新八は説明を諦めた。
+++
足取りも荒く、私は廊下を歩いていた。
…はっきり言う。万事屋の朝は、遅い。
始めは「長く寝てられて嬉しいなぁ」くらいにしか思わなかった。
が、しかし。さすがに昼まで寝てたりすることもザラにあれば、違和感を感じて当然だった。
最近はそれなりに早起きして、私が残り二人を起こすのが日課になりつつある。
神楽は叩き起こしたので問題ない。
問題は銀さんだ。
大抵は一度声をかければ、その30分後には起き出してくる。
だというのに、たまに…そう、4日に一回くらい、起きて来ない日があるのだ。
一度起こしてしまえば、神楽は既に空腹を訴え騒ぎ出す。
かと言って先に朝食を済ませれば、銀さんが拗ねる。
…まったく、いい歳して拗ねるってどうよ。なんで私がこんなに気を遣ってやらなきゃいけないのだ。
ぶつくさ言いつつ、私は思いっきり乱暴に襖を開けた。
中ではこっちの気も知らないで、幸せそうに惰眠を貪るダメな大人を発見。
「ちょっといつまで寝てんの銀さん! 朝食片付かないし今日布団干すって言ったでしょー!?」
「うおっ!?」
敷き布団の端を掴んで、思いっきり振り回した。
何故か力が強くなった私は、銀さんの体重をものともせずに布団をひっくり返す。
当然、投げ出された銀さんは、畳に頭を強かに打ちつけることになった。
「ってぇな! 成人男子の寝転がった布団をひっくり返すなんざどういう怪力だテメェ!!」
「成人男子っていうかオッサン一歩手前じゃねーかお前は!…って」
怒鳴りつけてから、私は思わず銀さんを見つめて硬直した。
…いや、うん。あれだよ。
生理的現象だからね、別に銀さんが悪いわけじゃないのはわかってる。わかってるけどね。
……………女系家族の中で育った私に、この状況で平常心を保てと言う方が無理だった。
「~~~ッ!! 銀さんのスケベっ!!」
「は!? しょーがねーだろ朝なんだぞ!? 俺のせいじゃねーし!」
「いやーっ! 近づくなケダモノめ!」
「お前なぁッ!! ここ俺の部屋だろーがァァァァ!!」
「やかましいわこの丸々人生の汚点がッ!」
「てめっ、言って良いことと悪いことの区別もつかねーのかいい歳して!?」
「銀さんに言われたくないっ!」
散らばった枕や布団を投げつけながら怒鳴れば、銀さんも負けじとそれを投げ返してくる。
お互いに何を言い合っているのかわからないほど混乱しつつ、数分後にはさすがに疲労困憊状態だった。
「…いい加減降参して謝っとけ、そしたら許してやるから」
「はっ。そっちこそ潔く謝っておきなさい。そしたら許してあげる」
「っていうか悪いのお前だから。何偉そうにしてんの」
「何言ってんの。古来より男と女の場合は、常に男が悪いのよ」
「なにその女尊男卑的思考」
肩で大きく呼吸し合いながら、思わず睨み合う。
その瞬間、ドタドタと二人分の足音が響いた。
「朝からうるさいネ! さっきから何騒いでるアルか!」
「ちょっとこの一大事に何騒いでんですか!?」
部屋に駆けつけてきたのは、神楽と新八だ。
ふたりは部屋に入ると、その惨状にゆっくりと瞬きをする。
「「…………」」
私と銀さんを交互に見て、それから部屋の中を見回した。
散々暴れまわったおかげで、布団はあさっての方向に吹っ飛んでるし、
積み上げられた銀さんのジャンプなんて、雪崩を起こしている。
その惨状を確認した瞬間、ふたりが動いた。
「銀ちゃんに何してるアルかァァァァァッ!?」
「預かってる余所のお嬢さんに何やらかしてんですかこのロクデナシがァァァァッ!?」
「ぅぶおッ!?」
大きな勘違いをしたふたりによって、銀さんは部屋の隅まで吹っ飛ばされた。
…えー…あれ死ぬよね普通…。
「、大丈夫アルか!?」
「あのバカは折檻しときましたからね! もう大丈夫ですよ!!」
「あー…うん…」
「…お、お前ら…」
私が曖昧に返事を返すのとほぼ同時に、吹っ飛ばされた銀さんがよろりと起き上がる。
…ホント、丈夫な人だよこの人は。
「ってて…朝から厄日ですかコノヤロー。で、なんだよ新八」
「あ。そうでした。ちょっと聞いて欲しいことがあるんです」
神妙な表情の新八の様子にただならぬものを感じ、私達は顔を見合わせた。
+++
「よかったじゃねーか、嫁のもらい手があってよォ」
飲食店の片隅。
銀さんはやる気の欠片も無い口調でそう言った。
目の前にいるのは、新八とその姉、お妙。
初対面がこれか、と。漫画の愉快な展開を思い出しつつ、私は小さく息を吐いた。
ちなみに、当然朝食は家で完食済み。
それでもなお食べる銀さんと神楽は、胃が化け物としか思えません。
「帯刀してたってことは幕臣かなんかか?
玉の輿じゃねーか、本性がバレねぇうちに籍入れとけ、籍!」
「それどーゆー意味」
ガツッ、と容赦の無い攻撃が繰り出された。
衝撃に突っ伏す銀さんに、しかし攻撃者であるお妙は注意を払うことなく椅子に座り直す。
…格好良いな、お妙。ちょっとときめいた。
「最初はね、そのうち諦めるだろうと思って、たいして気にしてなかったんだけど」
愁いを帯びた表情でため息を吐きながら、お妙は話し始めた。
プロポーズを断ってからここ数日、行く先々でその男に遭遇したことを事細やかに。
「…気が付いたら、どこに行ってもあの男の姿があることに気付いて。ああ、異常だって」
「ハイ、あと30秒。ハイハイ、ラストスパート。
噛まないで飲み込め神楽。頼むぞ金持ってきてねーんだから」
「きーてんのアンタら!!」
巨大などんぶりを傾け始めた神楽と、それを促す銀さんに新八の突込みが入る。
そんな光景にため息を吐いてから、お妙は私の方に視線を向けた。
「…ねぇ、さん。さんにはそういう経験ないかしら。
もしあったなら、撃退法とか教えて欲しいの」
「いやー、ナンパはともかくストーカーには遭ったこと無いなー」
お妙のストーカーの正体を知っている私だ、下手ことは言えない。
それに、ストーカー被害に遭ったことが無いのも事実だ。
…だいたい、ただの一般的なストーカーならもう諦めてると思います。
「…んだよ、俺にどーしろっての。仕事の依頼なら出すもん出してもらわにゃ」
「銀さん。僕もう2ヶ月も給料もらってないんスけど。出るとこ出てもいいんですよ」
「ストーカーめェェ!! どこだァァァ!! 成敗してくれるわっ!!」
新八の抑揚の無い口調で発せられた一言に、銀さんは立ち上がった。
それを眺めながら、新八と私は同時にため息を吐く。
「扱いやすい奴」
「まぁ、銀さんだしね…」
捻くれ者だけど、根は単純だから。
しかし。2ヶ月も給料貰ってないのに働いてる新八って凄いな。馬鹿なのかな。
そんなことをぼんやり考えていると、ガタンッと大きな音がした。
「なんだァァァ!! やれるものならやってみろ!!」
「ホントにいたよ」
他のテーブルの下から這い出てきたその男に、新八は半ば呆れたように呟いた。
その男…紛うことなき、真選組局長,近藤勲だった。
…私の好みではないけど、黙って立ってればどっしり構えた良い男なんだけどなぁ、この人。
「ストーカーと呼ばれて出てくるとはバカな野郎だ。己がストーカーであることを認めたか?」
「人は皆、愛を求め追い続けるストーカーよ」
なんか格好良いこと言ってるようだけど、実際はただの言い訳です。
って言うか結局自分がストーカーだって認めてるじゃん! 良いのかよ特殊警察のトップが!!
「ときに貴様。先程よりお妙さんと親しげに話しているが一体どーゆー関係だ。うらやましいこと山の如しだ」
「許嫁ですぅ」
睨み合う近藤さんと銀さんの間に滑り込み、そう言ってお妙が銀さんの腕を取った。
「私、この人と春に結婚するの」
「そーなの?」
「マジでか。銀さんそうなのか」
「いやいや、ちょっと待てよちゃん」
茶々を入れる気満々の私に気付いたのか、銀さんが嫌そうな顔をした。
お妙はそんな私達のやりとりを綺麗に無視して、爆弾発言を投下する。
「もうあんな事もこんな事もしちゃってるんです」
「銀さん最低! 私というものがありながらっ!」
「え!? ちゃんと俺ってそんな仲だっけ!? マジで!?」
「…いや、冗談だから。なんでこの世の終わりみたいな顔すんのムカつくな」
「…ちょっとさん。話ややこしくなるからあなた黙ってて」
あまりにも低い声で言われた一言に、私ばかりか銀さんまで口を噤んだ。
…いかん。今、この人の逆らったら殺される。
「…そういうことだから私のことは諦めて」
むりやり話をまとめたお妙に対して、近藤さんはしばらく硬直していた。
やがて、徐々にその表情が険しくなっていく。
「あ…あんな事もこんな事もそんな事もだとォォォォォ!!」
「いや、そんな事はしてないですよ」
新八がしょうもない突込みをいれるけれど、もはや誰も聞いていなかった。
衝撃に言葉を失う近藤さんを、お妙さんはただ見つめている。
さすがにこれで諦めるだろう、と。
「いやっ!! いいんだ、お妙さん!!」
…が、しかし。
残念ながら、これでもへこたれないのが近藤さんです。
「君がどんな人生を歩んでいようと、俺はありのままの君を受け止めるよ。
君がケツ毛ごと俺を愛してくれたように」
「愛してねーよ」
「オイ、白髪パーマ!! お前がお妙さんの許嫁だろーと関係ない!!
お前なんかより俺の方がお妙さんを愛してる!! 二股かけるような男にお妙さんは渡せん!」
お妙の一言を聞き流し、近藤さんはビシッと銀さんに人差し指を突きつけた。
…っていうか。二股? 何故?
「何、二股って。のことか。勘弁しろよ、こんな凶暴娘共になんで俺が」
「「てめぇ今すぐ黙れ」」
「いだだだだっ! ちょ、お妙ももなんなのいったい!?」
凶暴娘と暴言吐かれて、黙ってるわけないでしょう。
私とお妙の同時攻撃を受けて、銀さんは喚くけどそんなのどうでも良い。
そしてそれは、勝手に盛り上がっている近藤さんも同じようだ。
「決闘しろ!! お妙さんをかけて!!」
高らかな宣言に、私達は微妙な表情で顔を見合わせた。
男って馬鹿な生き物だよね、基本的に。
To be continued?
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