ドカッ、と。
警察署の看板に、銀さんは思いっきり蹴りを入れた。
真似こそしないものの、私も気分的には同じだ。
「命張って爆弾処理してやったってのによォ、三日間も取り調べなんざしやがって腐れポリ公」
「もういいじゃないですか、テロリストの嫌疑も晴れたことだし」
「良かねぇよ。若い年頃の娘をこんなブタ箱に三日も拘束しやがってコノヤロー」
「…もう言い方とか年頃の娘さんじゃないですよね、さん」
やかましいです。
だって三日だよ? 三日!
無実の罪で三日も拘束されちゃ溜まったもんじゃないよ!!
「どーもスッキリしねェ。ションベンかけていこう」
「よっしゃ。私ゲロ吐いちゃるよ」
「器の小さいテロすんじゃねェェ!!」
「そうだよ粗末なモン見せんじゃねーですよ」
「オイコラ。今粗末とか言いやがりましたかさん。てめ、いい加減にしろよ終いにゃ怒るぞ」
ズイッと詰め寄られ、私はきょとんと目を瞬かせた。
だけどそれも一瞬のことで、思わず目を眇め、私は鼻で笑い飛ばす。
「公衆の面前で晒せる程度の粗末さで何を言う」
「馬鹿言うな、こんな立派なモンそうそうねぇよ。よく見とけ」
「いやいや、見栄張るなよ後で哀しくなるよ絶対」
「お前ホントどういう教育受けてんの? あんまり失礼が過ぎると突っ込むぞコノヤロー」
「やれるもんならやってみろ。銀さんの方が先に昇天するねきっと」
「セクハラにセクハラで返してどうすんですかさん!! 良い子が見てたらどうすんの!?」
新八が耐えられないと言わんばかりに突っ込みを入れてきたので、私と銀さんはゆるりと彼に視線を向ける。
頭を抱えてため息を吐き、新八はサッと踵を返した。
「アンタらにかまってたら何回捕まってもキリないよ。
僕先に帰ります! ちゃんと真っ直ぐ家帰れよバカトリオ!!」
呆れたように言い捨てて、そのまま新八はさっさと歩き出す。
まぁ、三日も家に帰れなかったのだから、それは良い。それは良いが。
「はァ!? 今バカって言った? バカって言ったの?
てめ、銀さんと神楽ちゃんならまだしも、新八のくせに私をバカ呼ばわり??」
「って、なんで追いかけてくるんですかさん! 怖いんですけどォォォ!?」
「若い娘をつかまえて「怖い」とは何だお前それでも男かァァァッ!」
反射的に走り出した新八を追って、私も走り出した。
ほら、逃げられると追いかけたくなるじゃない。人間の性だよ。
「…何アレ」
遠くで銀さんの声が聞こえたけど、とりあえず余計な世話だと思って無視することにした。
「…チッ。見失った」
忌々しい気分で、私は舌打ちした。
普段ダメメガネのくせに、今日は妙に逃げ足が早い。
っていうか、『池田屋事件』の後ってなんだっけ?
「えー…もう1巻2巻のあたりの細かい閑話なんて覚えてないって。
今何巻まで出てたっけ? 16? そりゃ忘れるよ、私のせいじゃないよ絶対」
まぁ、つまり。
思い出さないってことは、大層な事件ではないということだろう。
…きっと、多分。
まぁ、見失ったものは仕方ない。
銀さんと神楽ちゃんも多分家に帰っているだろうし、私は買い物にでも行きますか。
…お登勢さんから頂いたお金、そろそろ底を尽きそうだ。わたしも何か仕事しないとダメだな…。
「めんどくせ…ん?」
さてどうしたものかと考えながら歩いていると、ふと気になる人影を発見した。
あの衣装…間違いない。真選組の隊服。
どうも、どこかで見覚えがあるような無いような、酷く凡庸な姿なんだけど…。
「…ああああっ!?」
「はい? え、俺ですか?」
思わず声を上げたわたしに驚いて、彼は振り返った。
その顔! 微妙に覚えてる!!
「…ジミー!」
「ジミーって誰!?」
そうそう、ジミーだよ、ジミー! 本名は山崎退!
地味だけど意外と活躍の場が多い彼ですよ! 真選組の新八だよ!
「おおおお、本物か! マジでジミーか!」
「なんですかむしろあなた誰ですか!?」
「いやー、実物は更に地味だね! もうメガネ掛けたら新八とキャラ被るね!」
「ちょっと待って俺達初対面ですよね!? なんでそんな地味地味言われなきゃなんないの!?」
「ジミーを地味と言って何が悪い」
「だからジミーって何!? 俺には山崎退っていう名前があ」
「…おーい、山崎ィ。仕事サボって女と逢い引きたァ、ふてーヤロウだなオイ」
寝起きのようにテンションの低い声に、ジミー…もとい、山崎と私は恐る恐る振り返った。
そこに居たのは、顔だけはやたら良い、まだ幼さを残す顔立ちの青年。
「沖田隊長!」
「げ」
予想通りの人物の登場に、私は思わず顔をしかめた。
沖田総悟。真選組一番隊隊長で、隊でも一、二を争う剣豪。
そんな肩書きよりなにより、その稀に見るサディストぶりの方が印象に強い。
「違いますよ沖田隊長! 名前も知らない初対面の人ですよ!」
「まぁ、そーだろうと思った。どう見てもこの別嬪さん相手にゃ、山崎じゃあ釣り合わねェ」
「サラリと酷いこと言ったーーー!?」
うわー、すげー。本当にサドっ気たっぷりだー。
苛められている山崎を眺めつつ、私は思いっきり他人事気分だった。
…彼が私に話を振ってくるまでは。
「…で、さっきの「げ」ってのは何ですかィ?」
矛先がこっちに来ちゃったよちょっと。
しかもあれ聞こえてたのか。何その優秀な地獄耳。
「気にしないで多分きっと他意はないから」
「目が泳いでますぜィ、お嬢さん」
「おいおい目が悪いんじゃないかね。眼科行けや」
「なんだとこのアマ」
あ、しまったいつもの癖で言っちゃった。
手で口を押さえつつ、私は視線をすーっと逸らす。
こんな歩く凶器に喧嘩でも売られた日には、目も当てられません。
そもそも私、池田屋で顔見られてるんじゃねぇ? ますますヤバイじゃないか。
――よし、逃げよう。
「…ん? あんたどっかで…」
「えーーーっ、と! 私用事を思い出しマシタ! 名残惜しいけどそれじゃあさようならー!」
「あ」
返事を待たずに、私は即効で駆け出した。
もちろん私だって一端の二次元オタク。真選組には興味津々ではありますが。
…危ない橋はなるべく渡りたくないのが本音だからね! 警察苦手です。
追いかけられたら困るから、どこか寄り道してから帰ろう。
そう考えて、私はアーケード街へと突き進んだ。
+++
脱兎の如く駆け出して行ったの背を見送り、沖田と共に残された山崎は、しきりに首を傾げていた。
…かなりの美人だったが、同時にかなり変な人だった。
「…なんですかね、あの人」
「………」
「沖田隊長?」
返事がないことを不思議に思い、山崎は沖田を振り返る。
珍しく難しい表情で何かを考え込んでいる沖田の様子に、山崎は目を瞬かせた。
「…山崎ィ」
「は、はい?」
「ちょっと前に貴族の娘が行方不明になったの、覚えてるか」
「えーと…ああ、藤原家の姫様の捜索願ですか?」
少し考えて、山崎は最近真選組に舞い込んだ事件を思い出した。
成金貴族と影で囁かれる、藤原道三の娘が行方不明になったとかで、確か捜索願が出ていた。
「でもあれは、見つかったからと捜索願が下げられて…」
「おまえ、ちょっと調べて来い」
「へ!?」
唐突な命令に、山崎は目を瞠った。
いや、そもそもにおいて、こういったまともな命令を彼から受けたことがない。
「だから。その藤原の姫さんのこと調べて来い」
「え、でもあれはもう…」
「…さっきの女…提出された顔写真に似てたと思わねぇかィ?」
言われて、山崎は記憶を辿ってみる。
そう言えば。
確かに、顔写真を渡された際に、随分綺麗なお姫様だと思った。
写真から滲み出る雰囲気とはやや異なるが、確かに先ほどの女性、似ている。
「家出娘なんざどーでも良いが、あの女、確かに池田屋で見かけた。
もしあの女が件の貴族の娘で、そいつが桂と関わりがあったとしたら…」
「!! …後を尾行けた方が良いですかね」
「そう簡単に尻尾掴ませる程バカでもねぇだろ。
とりあえずあれが件の姫さんかどうか裏取って来い」
「はい!」
敬礼を返し、山崎は駆け出していった。
さっそく仕事に掛かろうとは、真面目な奴だなァと呑気に思いつつ、沖田は至極マイペースな所作で踵を返す。
貴族とは言え、あまり良い噂を聞かない藤原道三。その娘が、もし、桂小太郎と関わりがあったとしたら。
――これは、かなり大きなヤマになりそうだ。
「…しかし、まぁ…貴族のお姫さんにしちゃあ…」
良い目をしてやがったな、と。
気の強そうな女の瞳を思い出し、無意識にか、彼は小さく嗤った。
+++
「…ここまで来れば、大丈夫でしょ…」
商店街まで走ってきて、ようやく私は足を止めた。
目に見える範囲に、彼らの姿はない。どうやら追いかけられてはいないようだった。
「やー…三日の今日で顔合わせたのはまずかったかな。
桂さんと関わりがあるとか思われたら、なんか地獄の果てまで追いかけられそうだー…」
それこそいい迷惑である。
もちろん、万事屋に世話になるということは、桂さんとも少なからず交流が出来るだろう。
とは言え、私は攘夷志士ではなく、真選組に追い回されるような謂われはない。
…が。誤解さえ受けないのなら、真選組とお近づきになるのも悪くはないのだ。
二次元オタクとしましては、現実に居るはずもないイイ男とお近づきになりたいのは当然です。
「あ。アル」
聞き慣れた声が聞こえて、私は顔を上げた。
予想外にも、そこには万事屋の面々が仲良く並んで私を見ている。
「何やってんの、お前」
「あれ? なんで三人とも一緒なの、って…」
首を傾げてから、私は新八の纏う羽織に目を留めた。
そこに書かれた文字は、『寺門通親衛隊』。
………………ああ、そうですか。アレですか。
「…あー…お通ちゃんのライブだったのか…」
「え。さん何故それを!」
「いや、何故と言われても」
「なに、もアイドルオタク?」
「全然。私、二次元オタクだもん」
「マジでか」
さらりと言ってから、「ああ、通じるわけねぇわ」と私は溜め息を吐いた。
その直後に耳に届いた言葉に、思わず頭痛を覚えるのだが。
「フィギュアとかに性欲を刺激される人種アルか」
「世の二次元オタクに土下座しなさい神楽ちゃん」
「メイドやナースのコスプレさせて萌えとか叫ぶあれか」
「それは銀さんだろ。私にメイド萌えもナース萌えもないから」
偏見の塊だった。
そういう人達も確かに居るが、私は別に人形に興味はないしメイドもナースもどうでもいい。
「あー、もう、良いから帰るよ三人とも。
帰ったら美味しいご飯作るって約束したしね、ってことで銀さん」
「あ?」
「買い物して帰るから、荷物持ちに付き合いなさい」
「ちょ、なんで俺!? 新八でも神楽でも良いだろ!」
「新八は家帰ってしょうゆ借りてきて、確か切れてた」
「しょ、しょうゆ…」
「お姉さんによろしく伝えといて!
で、神楽ちゃんはお登勢さんからお米分けてもらってきてね」
「任せとけアル」
それぞれに指示を出してから、私は銀さんを振り返った。
満面の笑みを浮かべて。
「はい、暇な銀さんは私の荷物持ち」
「…………お前ホントいい性格だよ」
そう言って、銀さんは呆れたようにため息を吐いた。
だけど苦笑しつつも、ちゃんとついて来てくれるのが銀さんだ。
「わかったわかった、お供しますよお姫さまー」
「よろしい」
「…無駄に偉そうだなお前。
もうちょっとこう、台所を預かる人間としてさ、清楚な若奥様みたいな雰囲気とかさ」
「ンなもん私に求めんな。どっちかって言うとカカア天下の主婦だわね」
「マジでか。それじゃ俺がダメ亭主みてぇじゃねーか」
「なんで銀さんと夫婦になんなきゃいけないのよ」
「俺だってこんな横暴な嫁さん嫌だよ」
「なんだとこのクルクル頭。鳥の巣になってしまえ」
「お前どこまで人を傷つけたら満足すんの?」
言い合っていると、新八に「天下の往来でいつまでやってんですか」と突っ込みを入れられ、私達は口を噤む。
そうだった。こんなところで時間を浪費するのはまったくの無駄だ。
「…さっさと買い物済ませるか」
「そだね…」
「つーか、今日はまな板割るなよ」
「割らないよ!! あれはまな板が腐ってたの、私のせいじゃないから!」
「そうかァ?」
「銀さんしつこい!」
「バカ言うな、俺は必要なこともすぐ忘れる男だぞ」
「それは自慢にならないでしょうがー!」
第二ラウンドに突入した私と銀さんに、少し離れたところから新八と神楽が呆れたように口を開く。
「…なんだかんだで仲良いですよね、銀さんとさん」
「きっと似た者同士ネ。まるでダメな男とまるでダメな女アル。略してマダオ」
「「神楽ちゃん、マダオと一緒にはしないでお願いだから」」
銀さんはマダオで良いけど、私はダメじゃないです。
お子様コンビに好き勝手言われて、私と銀さんは同時にため息を吐いた。
「いーから君らは君らの仕事をしなさい!」
「そうだぞ、さっさと行け」
「「はーい」」
笑いながら仲良く返事を返すと、新八と神楽はそれぞれの方向へと歩いていった。
その背を見送りつつ、呆れたように、だけどどこか穏やかに銀さんが笑う。
「っとに、どいつもこいつも」
「バカばっかね銀さん込み」
「そーそー、ってちょっとちゃん? 俺も入ってんの?」
「え? 一番バカは銀さんでしょ?」
「何この子。真顔で言ったよ」
バカをバカと言って何が悪い。
だけど私は、そんなバカが嫌いじゃないけれど。
「あれ? 銀さん、袖に何か引っかかってるよ」
「んー?」
ふと、銀さんの着物の袖に何かが引っかかっているのを見つけた。
気怠げに袖を持ち上げ、銀さんはその引っかかっていたものを取り上げる。
「…タンポポ?」
「あー…さっきのか」
袖に入っちまったんだな、と。
そう言って少し思案してから、銀さんは私にタンポポを差し出した。
「お前にやるわ」
「は?」
「男から花ァ貰うのは女の特権だろ」
思わず足を止めて、私はまじまじと銀さんを見つめる。
私の足が止まったのに気づいて、すぐに銀さんは振り返った。
「珍しくもなんともなくても、花は花だしな」
「……ありがと」
「アラ? 素直」
「…素直じゃいけない?」
「いーや? たまには良いんじゃない?」
そう言って笑った銀さんの、どこか優しい表情に、私は言葉を失った。
…いやいやいや。まさかそんな、銀さんにときめくなんて有り得ないから。しっかりしろ私。
「…よし、今日は機嫌良いからデザートも作っちゃうよ」
「マジで! プリンにしよう、プリン。なんか無性に食いたい」
「また面倒くさいものを…良いけど」
「カスタードプリンとミルクプリンと黒ゴマプリンな。あ、イチゴ牛乳味も良いかも」
「そんなに作れません」
「大丈夫、ちゃんはやれば出来る子だ。銀さんが保証しちゃうよ」
「役にも立たない保証だなー…」
そう憎まれ口を叩きつつも、私は笑った。
4種類も作るのは無理だけどまぁ、2種類くらいなら作ってやっても良いかな、と思って。
そしてスーパーで、私はカゴの中にイチゴ牛乳をこっそり詰め込んでおくのだった。
呑気に波乱の幕開け。
To be continued?
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