「新八ー」
「なに、神楽ちゃん?」
新八が買い込んできた食材を台所へ運び込むと、ほぼ同時に神楽が顔を覗かせる。
また「お腹が空いた」とでも言うんだろうと、苦笑しつつ彼は振り返った。
「赤飯炊くヨロシ」
「はァ? 赤飯?」
まさかメニューの指定までくるとは思っていなかったのか、新八は思わず首を傾げた。
しかも、何故赤飯。また変なテレビでも観たんだろうか。
そんなことを考えている新八には構わず、神楽は常と変わらぬ口調で言い放った。
「銀ちゃんが嫁さん連れて来たアル」
「へー銀さんが嫁さんをねー…って何ィィィィィイ!?」
普通に応対しかけて、聞き慣れない単語が混ざっていることに新八は気付いた。
銀さん――銀時が何かを拾ってくるのはしょっちゅうなので、つい新八は普通に頷いてしまったが。
――『嫁さん』は、拾ってくるものでは、ない。
『万事屋銀ちゃん』に、そんな新八の絶叫がこだました――…
「銀ちゃん。ついに坂田ファミリーにホンモノのお母さんが出来たネ」
「何言ってんのおまえ。っていうか本物のお母さんって何」
「新八じゃお母さんというよりただの飯炊きアル」
「誰が飯炊きだ! 文句あるなら自分で作れよ!」
…
……
………うわー。ホンモノだ。本物の『万事屋銀ちゃん』だ。
やる気なさそうな銀さん。
ズレた全力ボケの神楽。
唯一にツッコミ役な新八。
素晴らしい。
なんてリアルな『夢』!
「…で。真面目な話、どなたですかその人」
「ん? あー…お姫様?」
「は?」
「銀ちゃん凄いアル。逆玉ネ!」
「ちょっと神楽ちゃんや。おまえさっきから何言ってんの?」
目を輝かせる神楽の頭を、銀さんが無造作に撫でた。
…いや、撫でたというには乱暴過ぎるか。叩く、よりはましだけど。
対して、神楽みたいに対応出来ない奴もいる。
ダンッ、テーブルに足を乗せて、新八が銀さんの胸ぐらを掴んだ。
…え、マジ? 喧嘩腰?
「お姫様ってなんですか。誘拐ですか。誘拐してきたんかこの腐れ天パ!?」
「誰が腐れ天パだよ、俺はまだまだ新鮮な天パだよ!」
「っていうか否定するのそっちかよ」
あ、しまった。思わず突っ込んでしまった。
三人の視線が、ゆっくりと私に集中する。
「…うん。まぁ落ち着けメガネ」
「メガネ!?」
「私は。今日からここにご厄介になります。ヨロシクネ」
「「はァ!?」」
笑顔で言ってやれば、銀さんと新八の反応はまったく同じだった。
ま、そうだろうな。家賃も払えない赤貧何でも屋だもの。
だけど、ひとりだけ、そんな私の宣言をあっさり受け入れた奴もいる。
「未来のマミーネ! 私、神楽ヨ。あっちのメガネは新八ネ。よろしくアル」
「よろしく神楽ちゃん。でも別にマミーじゃないからそこ勘違いしちゃダメよー」
どうも誤解があるような気がする。
マミーってなんだ。お母さん? 私が? まだ19ですよさんは。
「ちょ、ちょっと待ってください銀さん!
どういうことですか、金もないくせに新しい人雇って大丈夫なんですか!?」
「いやそれ俺が聞きてぇんだけど!? ちょっとおじょーさん、どういうこと!?」
詰め寄られて、わたしは逆ににっこりと微笑んでやった。
ここで追い出されて堪るか。折角首尾良く万事屋に転がり込めたというのに!!
「迎えに来てくれたのは銀さんでしょ?」
「えーーーと…」
「忘れたとか言いやがったらお礼に地獄への片道切符をのしつけてくれてやる」
「何このサド娘」
誰がサド娘か。
一瞬青筋が立ち掛けたけど、私はなんとかそれを理性で抑え込む。
そんな私の反応には気付かず、少し考えてから銀さんは気怠そうに口を開いた。
「…まぁ拾って来たのは俺だ、おまえの事情もわかってる。しかし神楽みてぇなガキならともかく、」
「銀ちゃん失礼アル」
「茶々入れんな。…ともかく、若い娘がヤローの家に転がり込むのはどうかと思うんだけど」
「大丈夫。銀さんにそんな甲斐性ないから」
「オイオイオイ、なにそれ決め付け? 銀さんだってやるときゃやるよ?
どこまでSなのこのおじょーさん。疲れるんですけど」
盛大にため息を吐くと、銀さんは仕方なさそうな顔をして、私から新八に視線を移す。
「…新八。おまえの家に置いてやってくんない? 一応道場だし姉貴いるし」
「まぁ、事情によっては姉上も許してくれると思いますけど。
で、さん。さんはどういう事情でここに…って、あれ? いない」
新八が何か言ってる間に、私は神楽に手を引かれて部屋を案内されていた。
「神楽ちゃん、私ってどこに寝れば良いのかな」
「銀ちゃんの部屋を半分にしてしまえば問題ないネ。
なんなら私のスウィートルームにご招待するアル」
「や、さすがに狭いソレ」
「ちょっとちょっと何勝手に話進めてんの!?」
唐突に、ぐいっと手首を掴まれた。
さすがにここまでやられたら、無視するわけにもいくまい。
「良いじゃない、ここでも」
「あのね、銀さんはこれでも気を遣ってやってるのよ。わかる?」
「わかんねぇ」
「オイコラ」
さすがに怒るぞ、と。
舌打ちと共に言われて、ムッと私は顔をしかめる。
なんてこと。私の見ている夢のくせに、私に逆らうとは。
絶妙にリアルで、なんだか変な感じだ。
「…じゃあ、正式な依頼にしたらどう?」
「は?」
「2000万」
ピッと、私は指を二本立て、口角を持ち上げて笑う。
使えるものは、何でも利用しようじゃありませんか。
「1年で2000万。稼ぐの手伝って」
「ちょ、」
銀さんが目を瞠って、何か言いかけた瞬間。
私達の間に、神楽と新八が勢い良く割り込んできた。
「2000万ってなんですか?!」
「そんな大金見たことないネ。酢昆布何年分アルか?」
「酢昆布で換算すんなァァァァッ!!」
少し落ち着けお子さま達。
まぁ、わからないでもない。私だって、2000万ってどのくらいかって訊かれても答えようがない。
「手伝えったっておまえ…」
「。『おまえ』じゃなくて」
「…。…おまえ、金ないだろ」
そう来ると思ってたよ、銀さん。予想に違わない反応をありがとう。
私はにっこりと微笑んで、用意しておいた言葉を口にした。
「だから1年後に2000万稼ぎきったら、その稼いだ分全部あげる」
「「「!!!?」」」
銀さんと新八が、目を瞠って硬直した。
――ああ、掛かったな。
内心でにやりと笑い、私は畳みかけるように笑顔で言葉を紡ぐ。
「あのハゲは2000万稼げとは言ったけど、渡せとは言ってない。
なら稼いだ金をどう使おうが私の勝手。全額報酬として支払うわよ?」
「…その条件が、うちに住み込みか?」
「そういうこと」
…まぁ、実際は。
ホンモノのお姫様を探し出して、あのハゲに突き出せば良い話だ。
2000万稼ぎ切る必要は無い。無いけれど、少なくともお姫様を探し出すまでに多少の金は貯まるだろう。
「悪い話では、無いでしょ?」
「………」
「もちろん、ここに居候している間は家事全般請け負っても良いし」
「「「是非お願いします」」」
「そこなのか…」
ちょっと脱力した。
そうか、ここは金より家事の出来る人間が必要か…。
呆れたような色が表情に出たのか、新八がため息と共に力無く笑う。
「…女手のいない家の悲惨な状況ぶり、想像出来ますか…?」
「いや全然。っていうか神楽ちゃんが居るじゃん」
「神楽に家事やらせたら家が壊れる」
「失礼ネ。この家が脆過ぎるだけアル」
いや、君に掛かれば豪邸でも犬小屋並の耐久度だよ、神楽。
さすが『銀魂』、現実離れもいいところだ。
「えーと…じゃ、交渉成立ってことでOK?」
「……」
私の問いかけに、銀さんは無言で考え込んだ。
その隣で、新八がそっと耳打ちする。
「…銀さん、これは長い目で見れば受けておくべきですよ」
「そうネ。も悩み解決、私達も家事する人が来てくれて大助かり。良いこと尽くしアル」
「しかしおまえ、2000万を1年で稼ぐって難しいぞ。しかもあいつの親父、ヤの付く人だぞ」
いや、私の親父は平々凡々なサラリーマンですけども。
まぁ、結果的にあの人違い騒動のおかげで、私は「身元不明の怪しい奴」のレッテルは、貼られなかったわけだが。
「…だったらその時は、責任持って銀ちゃんか新八が嫁に貰うアル」
「僕は無理だよ、成人してないから」
「おいおい、そういう問題じゃなくね? なんも解決しねぇよ」
「キズモノになった娘じゃ嫁にやれないネ。既成事実を作ってしまえば親もガタガタ言わないアル」
「「なんてこと考えてんだァァァァア!?」」
…
……
………神楽が男じゃなくて良かったと、凄く思った。今。
小さく息を吐き、私は軽く頭を振った。
ここまでくれば後一押し。折角の機会だ、万事屋で住み込んでマンガの世界を堪能したい。
それが出来ないなら真選組というのも手だが――そっちこそ、一筋縄ではいかないだろうし。
「…ごちゃごちゃうるさいなァ。交渉成立で良いんでしょ? 良いって言えよ」
「あれ? それって了承前提?」
「さんって顔に似合わず面の皮厚いですね」
「その厚かましいところが気に入ったネ」
「そこ気に入るところ!?」
神楽は既にわたしの滞在に乗り気だ。
大概、こういった状態は女の方が男より強い。だとすれば、やることはひとつ。
「よしよし、良い子な神楽ちゃんには飴をあげよう」
「犬と呼んでください姉御」
「飴玉一個で懐柔されてる!?」
新八の冴え渡るツッコミに対して、私はにっこりと、それはもう優しく微笑んでやった。
いつの間にか神楽は私の隣に陣取り、私の左腕を掴んで離れない。
私は優しいお姉さんよろしく、飴を頬張る彼女の頭を撫でてやる。
新八は困惑した表情で、私達と銀さんを交互に見た。
しばらく黙っていた銀さんが、盛大なため息を吐き出す。
「あー…ったく、わかった。わかったよ。
報酬はその稼いだ2000万と、この万事屋の家事全般。交渉成立だ」
「OK。話のわかる人は好きよ」
「はは…そりゃどーも…」
――よし、言わせた。
単なる居候ではなく、『依頼主』という立場を手に入れたからには、そうそう追い出される心配もない。
夢とは言え、滅多にない機会。目一杯、この世界を楽しませてもらいましょうか。
「よろしくね、三人とも」
にやり、と。
口角を持ち上げ、私は笑った。
――この後。
「あの時のおまえは、本当に嫌な笑顔だった」、と。
しみじみと言われることになるんだけど、まぁそれは別のお話。
最凶のお姫さま、参戦。
To be continued?
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