「……」
目を開けたら、そこは見知らぬ土地でした。
…
……
………いやいや。有り得ないだろ。なにこれ。
ゆるりと視線を巡らせる。
時代劇のセットのような家屋、店、行き交う人々。
…………まるで江戸時代のような。
「…なにここ日光江戸村? それとも映画村?」
「もしもーし、おじょーさん。道のど真ん中で座り込まれると邪魔なんですけどー?」
「いやでもなんで? いつ? …あれ? 直前の記憶がありませんね??」
「ちょっと聞いてんの? なに、シカト? 無視?
バイクで人撥ねたくないから親切に言ってるんですけどー」
「っさいな、今考え事してんだよ!! ……え?」
必死に考えていた私は、後ろからしつこく声を掛けられて半ばキレ気味に振り返った。
だけど、振り返った先に居た人物に、言葉を失って目を瞠る。
クセのある…というか見事に天然パーマな銀色の髪。
着流しの着物に、どこか気怠げな目。
年の頃は、二十代の半ばから後半。髪のせいか、若いのか老けてるのかわかりにくい。
初対面の相手だった。
だけど、私はこの人物を知っている。
本来ならば、現物として目の前に居るはずもない、この男を。
訝しげに私を見る彼に、私は何度か深呼吸をしてから、口を開く。
その場に座り込んだままで。
「…あ?」
「へ?」
「…なんで?」
「何がだよ」
銀髪天パで腰に木刀ぶら下げた男。
該当人物はひとりしか思い当たらない。
――坂田銀時。通称銀さん。万事屋銀ちゃんの店主。
しかし、本来なら会う事は出来ないはずの人物でもあった。
『銀魂』、という漫画がある。
少年漫画界で絶大な人気を誇る作品のひとつ。
個性的過ぎるキャラクターと滅茶苦茶な世界観が、なかなか斬新な漫画。
その主人公が、今、目の前にいる銀髪天パの侍――坂田銀時だった。
少年漫画の主人公にしては年齢が高く、おまけにまるでダメなオッサン一歩手前。
糖尿病一歩手前で、定期的に糖分を摂取しないと苛々して、だけど芯が強く漢気溢れる美丈夫。
…ん? 最後は誉め過ぎか??
まぁ、つまり。現実の人間じゃない存在のはずだった。
……じゃあ、今、目の前に居るコレは何。
「…………坂田さん家の銀時さんですか?」
「あれ? 知り合いだっけ?
おかしーな、女の顔は忘れないんだけど俺」
どうでもいいわ、そんなこと。
つまり何か。彼は間違いなく、坂田銀時――銀さんで。
ここは、『銀魂』の世界だと。
………夢の異世界トリップ、実現ですか?
「…で、なんでDグレでもリボーンでもテニプリでもなく銀魂!?
何これ何の嫌がらせですか!? こんなヘンテコな世界でどうしろってんだバカヤロー!?」
「何この子。天下の往来で女の子が何口走っちゃってんの」
いきなり叫んだ私に、銀さんは胡散臭そうに顔をしかめた。
そんな反応をされる謂れは無いが、今はそれに対して怒る余裕も無い。
「そんな伏字使わなきゃいけないような言葉を、いい歳した娘さんが口にするんじゃありません」
「は? …ッ違うよ勘違いだよ『銀魂』だって言ってんじゃん!」
「ほらまたー。ちょっとおじょーさん、どういう教育受けてんの?
さすがの銀さんも今のはちょっとフォロー出来ないよ」
「激しく違うー! 物凄い勘違いしてる! いかがわしいのはあんたの頭だーッ!」
「初対面で頭のダメ出しされる謂れはねーよ。天パだって生き物なんだぞ!」
「髪型じゃねぇよ、中身の話してんだよ! 天パのどこがいかがわしいんだよ!!」
ああ、ダメだ。突っ込みどころ満載だこの人。
肩で大きく息をしながら、私は思わず頭を抱えた。
…どうしよう。
夢にまで見た異世界トリップとは言え、それを無邪気に喜べる歳じゃない。
まして、なんでよりにもよって『銀魂』。
いや、『銀魂』が嫌いなわけじゃない。むしろ好きな方だ。ちゃんと漫画も持ってるし。
だけどトリップしたいと思った世界では、ない。
なぜなら、……所謂『萌え』を見い出せなかったんだよこの漫画は!!
キャラクターは魅力的だ。
銀さんも土方さんも誰も彼も素敵だとは思う。
――しかし! それは萌えじゃない!
少年誌特有の燃えでしかないんだ!
「…どいつもこいつも格好良いんだよ男らしいんだよ。
どこも萌え要素がねぇよ。ツンデレだって男らしかったらもう萌えじゃねぇんだよ…」
「ちょっとあんた俺の話聞いてる?」
「聞いてねぇよ!」
「酷ッ!? ってかなんつー口の悪い女…」
銀さんが失礼極まりないことを言い掛けた、その瞬間だった。
「居たぞ! あそこだ!」
「ようやく見つけたぜ、お姫さんッ」
そんなことを口々に言いながら、黒服の集団がでかい車から降りてきた。
なにあれ。ヤクザ? 黒服っていうか黒着物だけど語呂が悪いから黒服で良いや。
「お姫さん! 探しましたぜ!」
「さっ、旦那がお待ちです! お戻りください!」
「「は?」」
思わず、私と銀さんはふたりで同時に聞き返した。
黒服達は車から降りて、真っ直ぐこっちに向かってきたのだ。
――私の方を見ながら。
「他人様に迷惑かけちゃいけねぇや、さぁ乗ってください」
そういうと、黒服のひとりが私の腕を掴んで引っ張った。
と思ったら、他の黒服に担ぎ上げられ、車に押し込まれる。
「ぎゃーーーっ!? なんですかなんですか私が何したってんですかーーーぁっ!?」
「お静かに、姫さん! 醜聞が広がったら旦那だけじゃなく、姫さんの立場も悪くなりますぜ!」
旦那って誰だ! 姫さんて何だーーーー!?
「お、おい…?」
「誰でも良いから助けて銀さーん!」
「思いっきり名指しじゃねぇか!?」
だってこの場にいるの、銀さんだけじゃないか。
だけど無情にも車は止まらず、私を積み込んだまま走り出す。
喚く私に構わず、車はスピードを上げて街道を突っ切って行った――。
+++
変な黒服共に車に押し込まれ、そのまま連れ攫われた私は、大きな屋敷に連れて来られていた。
別に縛られるわけでも牢にぶち込まれるでもなく、広い畳の部屋で私は座らされていた。
目の前には、どう見ても堅気じゃない厳つい顔のオッサンがいる。
「まったく、結婚前日に逃げ出す阿呆がどこにいる」
「誰と誰が結婚だこのヤクザヤロー」
「ヤクザじゃねぇ、ヤクザからは足洗ったんだ!
何度言ったらわかってくれるんだ蝶子ォォォォォッ!!」
いや、誰だよ蝶子って。
っていうか元とは言え本当にヤクザの親分ですか。どおりで顔が怖いはずだ。
「成金と陰口叩かれつつものし上がり、ようやく手にした貴族の名…
ガキの頃から辛い思いをさせたおまえに、ようやく玉の輿先を見つけてやったってのに…」
袖で涙を拭いながら、オッサンは切々と語り出した。
玉の輿て。っていうか蝶子さんとやら、このクソオヤジにちゃんと首輪つけておいてください。
「それを…それを…結婚前日に逃げ出すってどういうこと!?
反抗期? 反抗期なのか!? おとーさんは蝶子をそんな娘に育てた覚えはありませんよ!?」
「待て、オッサン落ち着け。私は蝶子なんて名前じゃないしあんたの娘でもないから」
「ここまで一緒に過ごしたおとーさんを見限って親子の縁を切るとでも言うのか蝶子ォォォォォォォッ!!」
「違うっての! だからあんたの娘じゃねぇのよ最初から!!」
…ダメだ、このオッサン、こっちの話を聞く気がまったくない…。
どうやら私は、このオッサンの娘の蝶子さんに間違われているらしい。
親が間違うんだから、よっぽど似てるんだろうか。
……いい迷惑である。
「…とにかくだ、蝶子。ここまできて、今更結婚拒否なんて許されん」
「だから聞けよハゲ。私は蝶子じゃなくてだね、」
「ハゲじゃない! これはハゲじゃない、スキンヘッドだ!」
「どーでも良いよ! くだらないことで時間取らせんなよ!」
スキンヘッドだろうが私から見りゃハゲはハゲだよ!
だいたい、異世界トリップ先で人違いされて拉致られて結婚させられるってどういう急展開だ。ジェットコースターか
バッと、私は立ち上がった。既に苛々はピークに達してる。
「私は蝶子じゃない! 私は。! あんたの娘でもなんでもないの!」
「何を馬鹿言ってるんだ蝶子! おまえはこの藤原家の長女だろーが!」
「だぁから違うつってんだろ! 自分の娘のことだろ、ちゃんと見ろ!! 人違いだから結婚なんてしないしあんたに従う義理も無い!!」
「そんな我が儘が通用すんのもガキの頃までだぞ!」
そう怒鳴りながら、オッサンも立ち上がった。
顔が怖い。気迫で負けそう。
それでも頑張ってオッサンと睨み合う私の耳に、大きな物音が届いた。
続いて聞こえるのは、悲鳴。廊下の方から?
「…?」
「何事だ、騒々し」
おっさんの言葉の途中で、襖を薙ぎ倒して部屋に何かが飛び込んできた。
…さっきの黒服のひとり?
あれ? なんで人間が飛んでくるの。しかも気絶してるし。
「すんませーん。おじょーさんをお迎えに上がりましたー」
続いて入ってきた人物と、どこまでも呑気なその言葉に、私は目を瞠った。
「…ッ銀さん!?」
「おう、無事か変人娘」
「誰が変人だクルクル頭」
「…無傷云々どころか元気いっぱいじゃねーかオイ。
おまえどこまで俺のか弱いハートを傷つければ気が済むの??」
引きつった笑顔で言われて、私は逆ににっこり微笑んだ。
「ハートクラッシャーって呼んで」
「笑えねぇよ。なんかもう心っていうか心臓壊されそうだよ」
失礼な。そこまで凶暴ではないですよ。
そんな私達の馬鹿なやり取りに、しばらく呆然としていたおっさんが割って入ってきた。
「テメェ何者だァ!? うちの可愛い娘に何の用だ!」
「だぁから迎えに来たつってんだろハゲ。
だいたい、子供に自分の都合を押し付けようなんざ親の風上にもおけねーぜ」
気怠げに木刀を肩に担ぐと、銀さんはジロリとおっさんを睨めつけた。
「話は微妙に聞かせてもらった」
微妙ってなんだ。
どうしてこうも締まらないのかなー…。
「嫌がる娘を無理矢理嫁がせようたぁ、親として恥ずかしくねぇのかよ」
「何を言う! 名家に嫁げば名実共に貴族になれる、玉の輿は若い娘の夢だ!」
「見ず知らずのヤローのとこに嫁ぐのが乙女の夢ならいっそ女辞めたい」
「えええ!?」
ぼそりと私が呟くと、オッサンはこれ以上ないほど驚いた顔になった。
なんでだ。蝶子さんとやらはそんなに熱心に、玉の輿に乗りたいとでも言ってたのか。
「と、本人も言ってるから。じゃ、行くかおじょーさん」
「うん」
「待て待て待てぇぇぇい!」
銀さんに促され、私はその後ろに続いて部屋を出る。
瞬間、大声で呼び止められた。
本来なら振り返ったりしないけど、銀さんが立ち止まったので渋々足を止める。
「蝶子! おまえ、そのどこの馬の骨ともわからん男と一緒になる気か!?」
「だから蝶子じゃねぇよ、だよこのハゲ!
っていうかなんで銀さんと駆け落ちするみたいになってんの。何この展開わけわかんない」
「それなら条件がある!」
「話聞けよハゲ」
本当に話聞かないよなぁ、このオッサン!
蝶子さんも、この親父が嫌で家出したんじゃないの? あ、ちょっとわかる気がする。
「2000万だ」
「「は?」」
いきなり言われた言葉に、私は思わず銀さんと声を揃えて聞き返した。
なに。2000万? にせんまん?
そんな大金見たこともないよ。それがなんだってんだ。
「1年で2000万用意しろ。それで結婚を破談にする」
「なんでだ。わけわかんねぇ」
「それだけ金掛かってるんだよこの結婚!!」
「娘を金で売ったのか。がめつい親父だな」
「違うわい!! 何が悲しゅうて可愛い娘を金で売るんなんてこと!
それにこれは、家を飛び出てもきちんと稼いで食っていけるかのテストだ!」
そう言って、オッサンはビシッと私と銀さんに指を突きつけた。
テストで2000万って有り得ないよ。せめて200万にしとけ。リアリティあるから。
…が、しかし。このオッサンには言うだけ無駄だ。
だったら、この場を逃げおおせるには、下らない余興に乗ってやるしかないか。
「1年で2000万。稼げりゃあ蝶子、あとはおまえの自由だ。
その白髪と結婚なりなんなりするがいい。おとーさんは止めないよ!」
「これ白髪じゃないし別にお宅の娘と結婚する気ないんですけど」
「…はっ。上等だ、受けて立ってやるわよこのハゲ」
「ちょっとおじょーさん?」
「二言はねぇな、蝶子。稼げなかったら諦めて若様のとこへ嫁に行け」
「後で吠え面かくなよクソオヤジ」
「おいおいおい!?」
私とオッサンを交互に見ながら、本気で焦ってる銀さんの手を、私は有無を言わせず握った。
いつまでもここにいては埒が明かない。新たに何か条件を吹っかけられたら事だ。
「行こう、銀さん」
「ええええ…なんか俺、余計なことに首突っ込んだ?
ねぇ、ちょっとあんたのこと捨ててっても良い?」
「ダメに決まってんでしょ。来いっつったのあんたなんだから責任取って」
「責任って何の責任? 手も握ったこともないのにどう責任取るの?
うちガキがふたり居るから、教育に悪いことは極力控えないといけないんだけど」
「そっちの責任じゃねーよ! 誰が下ネタに走れっつった」
怒鳴りつけて、私は銀さんの腕を握ったまま部屋を出る。
――で、屋敷の出口はどこだ。
「…銀さん」
「あ?」
「ここはどこですか。出口はどっちですか」
「……」
妙な沈黙が、私達の間に流れた。
その沈黙を破ったのは、どこか困ったような銀さんの一言だ。
「…あー…方向音痴?」
「………違うもん車で連れ攫われたからわかんないんだもん」
「それにしたって家の中ぐらい普通わかるだろ」
「………」
そんなこと言われても、初めて来る他人様の家ですよ。
わかるわけないだろうが。
「………」
「……わかった、わかったよ。
捨ててったりしねぇから。な? その顔やめろよ、なんか俺が苛めてるみたいだよ」
どんな顔だろう。
よっぽど情けない顔でもしてたのか、逆に銀さんに手を引かれて私は屋敷を後にした。
…普通に考えれば、これはまさしく夢のような展開なんじゃないだろうか。
物語の世界へトリップ。
物語の主人公に遭遇し、お姫様のように悪漢から救出されて。
手を引かれて帰路へ着く。
…いや、現実はちょっと違う気がしないでもないが。
でも、概ねそういうことだろう。うん。
つまり、だ。
――これは、『夢』だ。
ちょっとリアルな『夢』だ。そうだ、そうに違いない。
『夢』なら覚めるまで楽しめば良いじゃないか。
だってどんなにリアルでも、これは『夢』だもの。
目が覚めたらきっと、私はいつもの退屈で平凡な日常に戻るんだ――。
そして私は、この《現実》を《夢》だと思い込むことで、平静を保ち続けることになる。
偶然? 必然? こんな出会い方ってありですか?
To be continued?
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