「いいっスか、。あんたは客人じゃなくて下女なんスよ!
だから晋助様のことは「晋助様」と呼ぶっス! 呼び捨て以ての外!!」
「わかってるよー、また子ちゃん」
「…ホントにわかってるんスかあんた…あと一応私も幹部なんスけど」
「また子ちゃんはまた子ちゃんだよー」
「…もういいっス」
諦めたようにため息を吐いて、また子ちゃんはずいっと何かを差し出してきた。
お盆と、乗ってるのは酒でしょうか。
「…じゃあ、晋助様が酒をご所望らしいんで、あんたちょっと行って来い」
「え。この時間に仕事とかめんどいし」
「あんた仕事ナメてんのか」
「しょーがないなー」
また子ちゃんが自分で行けば良くね、これ。
とはいえ、なんかこう、「出来るもんならやってみろ」と言われてる気もするんだ。
…まったく、しょうがないなー。
「高杉ー、酒持ってきてやったぞー」
「こらぁぁぁぁぁッ!?」
お盆を片手に襖を開けた私に、また子ちゃんの怒号が浴びせられた。
「…また子の怒号が聞こえたが」
「また子ちゃんストレス溜めてるみたいですヨ。労わってあげて」
「そうか。考慮する」
「……………」
あっさり返されたのは、まあ、冗談ではなく本気だろう。
…ここに来てまだ一週間余り。だけど案外こいつが、身内に甘いってのは理解しつつあった。
「あんたって案外、身内に甘いタイプだよね。悪役のくせに。
…じゃ、私は部屋に戻るから呼びつけんなよ」
「待て」
いや、だから。今、呼びつけんなって言ったのに。
ギギギ…と、油切れのロボットみたいな動きで、私は振り返った。
「…ナンデスカ」
「どうせ暇だろ。酌でもしていけ」
「オイ、そんなんキャバクラにでも行けや」
「お前で充分だ。というか、お尋ね者がそんな店行くわけねぇだろ」
「正論故に大変腹が立ちます」
「正論を理解する頭があって何よりだ」
「こ、この…ッ」
ああ言えばこう言うし! 反抗期の中学生ですかちょっと!!
一瞬拳を握り締めるが、ここでこの拳が当たるような男ではないだろう。
…後がメンドクサイから、ここは、物凄く納得いかないけど従ってやろう。
物凄く納得いかないけど。大事なことなので二回言いました。
仕方なく、高杉の隣に腰を下ろす。
めんどくさい。マジめんどくさい。なんで私が酌なんぞしてやらにゃいかんのですか。
こいつ、自分がイケメンだからって調子に乗ってんじゃねーだろうな!
いくら面食いなさんでも、反応がつまらないドs系イケメンにときめいたりしねーぞ!!
…しないったら、しないよ? 嘘じゃないよ!? …多分。
「…お前、何でも顔に出るタイプだろ」
「何よ、いきなり」
「よほど下女仕事が気に食わないらしいな」
「最初からそう言ってるし。わかったなら解放しろ」
「嫌そうな顔してる女に酌させるのも一興だ」
「それ完璧に嫌がらせじゃねーか」
嫌がってるのわかっててやってるのか、このドs野郎。わかってたけど腹立つ。
隠す気も無いので、嫌々、差し出された杯に酒を注ぐ。
…そりゃあね。高杉は見た目は良いし、こう、月を肴に酒を飲む姿は様になってますよ?
私は自他共に認める性格の悪さですけどね、真っ当に優しくしてくれれば、ここまで邪険にはしませんよ?
………………でもさ、明らかに嫌がらせされてるってわかれば、もうそんな気持ちは微塵も浮かばないわけで。
「…こんな嫌そうな面した女に酒注がれて美味いか?」
「それなりにな」
「…あんた趣味悪いね」
「そうか? 口の荒さはともかく、お前は見目だけは良いから問題も無いだろ」
「あんたに言われたくないんですけどー。
ってか見目だけってそこに力入れんな。ホント、あんたってムカつくわ」
悪かったな、口が悪くてよ。
私だって敬意を払うに値する人間には、ちゃんと敬語喋りますよ。
単純に、お前が気に食わないだけです。
「…っていうかさ。
こんなのまた子ちゃんにやらせれば。喜ぶんじゃね」
「あいつも一応幹部だ。折角下女が入ったのに、こんな雑用させられるかよ」
「あー、はいはい。身内贔屓ですね。つか、マジで下女扱いかよ腹立つ」
「炊事洗濯しか出来ねぇなら、下女以外何が務まるんだ?」
「ハイハイ、そーですネ。下女の仕事に酌なんざ入ってねーよバカヤロウ」
下女ってのはですね、単なる使用人なんですよ。
キャバ嬢でもホステスでもないんですよ。
なんで私はこんな時間に、こいつ相手に酒の酌なんかしてんだ。意味が分からない。
「…他の仕事も無いことは無いが」
「へ? 何? っていうか仕事するのは大前提なのやっぱ」
「仕事つっても基本ぐうたら過ごして俺が呼びだしたら働く半分ニートみたいなもんだ」
「なんでしょうかこの言い知れぬ怒り」
ニート。ニートですか。
しかも基本はぐうたらですか。
…ダメだ。やっぱり殴りたくなってきた。
「だいたい、その「俺が呼びだしたら」ってのがまず怪しいんですが?
ナニソレ、私は使い魔にでもされんの? 結局雇用関係じゃねーか、晋助サマとは意地でも呼ばねーぞ」
「なに、簡単な仕事だ」
こいつ、人の話聞いてないと思う。
もう好き勝手喋ってれば良いよ、とため息を吐き出した瞬間。
肩を掴まれたと認識するのと同時に、視界が反転した。
真上に高杉の顔。更にその上には天井。
僅かに、後頭部が痛い。…あれ。なにこの展開。
「――俺の妾になれ」
「へ…」
一瞬、言われた言葉に反応出来なかった。
妾。メカケ?
……………………愛人??
「あ…あんた何言ってんだァァァァァッ!?」
「うるせぇな。近所迷惑だろ」
「近所の迷惑考えるなら私の迷惑考えろよ!!」
何がどうしてそうなったの!?
え、どこからその流れに? ナニコレ、酔った勢いってやつですか!?
「ちょっと待てよなんでそうなったの!? 私、あんたのこと嫌いって言ったじゃん!!」
「ムカつくとは言われたが、嫌いとは言われてねぇな。
…それに、従順な女より嫌がる女を組み敷いた方が楽しい」
「あんた最低! この鬼畜!! ドs!!」
なんてこと言うんだこいつ!!
じたばた暴れてみるけど、さすがに見た目華奢な割には力が強い。
ちょっと待ってくれ、こんな展開聞いてないよ。
私の夢だろ? なんでこうも私に優しくないわけ!?
「お前、思ったより色気無いな。歳幾つだ」
「失礼だなコノヤロウ! てか歳も知らずにこんなことしてんのかッ! 19だよ!!」
「なら問題無ェな」
「何が!? 大いにあります! まずは同意を取れ!」
怒鳴った瞬間、ぴたりと高杉の動きが止まった。
やっとわかってくれたのかと思ったけど、次に飛び出したセリフを聞く限り、違うらしい。
「同意が必要か?」
「当たり前でしょう」
「同意する態度じゃねぇが」
「同意する気もねーよ」
「……………」
「……………」
しばらく睨み合いが続いたが、不意に高杉が小さくため息を吐き出した。
今度こそ理解を得られたかと思った。思ったんだよ。
なのになんでこいつの手は私の帯に掛るんですか! ホントなんなのこの展開!!
「…よし」
「何が「よし」だ! ぎゃーーっ! やめろバカ! 脱がすな!!」
「もうちっと色気のある悲鳴は上げられねぇのか? せっかく綺麗な顔してんのに」
「あんたに色気振りまいてどーすんだよ!!」
抵抗する度に面白がられてる感じがするが、だからといって大人しくするわけにもいかない。
いやもう、なんでこんなトコで貞操の危機?! 意味わからないから!! 誰か説明してください!!
「――最初に俺の手を取ったのは、お前だろう?」
「は…?」
最初。最初っていつ。
記憶の片隅に何か引っかかりを覚えたけど、そこまでで明確なものはわからない。
「あとひとつ教えておいてやる」
「ナンデスカ」
一瞬、動きを止めたのがアダになった。
完全に押さえ込まれて、身動き出来ない。
…あれ。これはもう本格的にピンチではないですか?
「――抵抗する女は男をその気にさせる。覚えておけよ、小娘」
「~~~ッ!!」
耳元で囁くように言われて、ぞわっと肌が泡立った。
いやいやいや! 待ってくださいなんですかこの展開は。
まずいよね? これってさすがにまずいよね??
ここで大声上げたら誰か助けてくれるかな。いや、無いな。さっきから散々怒鳴ってるもん。
泣いて見せたら、なけなしの良心で止まっちゃくれないだろうか。
………………いや、無い無い。余計に面白がられるのがオチだ。そしてこいつは、確実にそういう男だ。
あれ。あれれ。
これって袋の鼠って言いませんかね??
混乱する頭で必死に考えていると、不意に足音が耳に届く。
誰か来たのか、と思うのと、無造作に襖が開かれたのはほぼ同時だった。
「遅くにすまん。晋助、ちと話が」
…さすがに、この展開も予想は出来ませんでした。
何の脈略もなく、しかも中を伺うことすらなく襖を開けた男――万斉に、私も高杉も動きを止めた。
まじまじと私達の様子を見下ろして、合点がいったようにひとつ頷き、そして――
――何事も無いかのように、普通に部屋に入ってきて襖を閉めたんですよ、この男。
「…取り込み中のところ悪いが、こちらも急を要するのだ。まずは聞いてくれぬか」
「お前空気読めよ」
「というか平然としてないで助けてよ」
「だから謝っている」
高杉に突っ込まれるとか、相当だぞあんた。
しかも今、私の言葉は無視しやがったわねコノヤロウ。
譲る気も毛頭ないらしく、その場に腰を下ろした万斉を見やって、高杉は小さく息を吐いた。
渋々身を起こすのは勝手だが、なんで私まで抱き起す必要がある。自分で起き上れるわ。
「…ったく。なんだ?」
「……オイ、高杉。離せ」
「うるせぇ。酌でもしてろ」
「この体勢で!?」
あんたに抱き込まれてる状態で、どうやって酌をしろと!
「…晋助…まさかとは思うが、妾にするつもりでその娘を拾ったのではあるまいな」
「フン。そんなわけねェだろ。
…まあ、これだけ胆が据わってんだ、傍に置くのも面白ェかとは思ってる」
「いや、私は面白くねーですヨ? いい加減離してくれないかな、なんだったら晋助サマと呼んであげるから」
「今更呼ばれてもな。…間者としては恰好のポジションじゃねーか、喜べよ」
「間者じゃねーし! むしろ迷惑極まりないわ嬉しくねーよ!
いい加減離せ、ここはお触りパブじゃねーんだよ!! なに、あんたこういうキャラなの!? 騙された!!」
じたばたしながら怒鳴り返すけど、それに対して高杉が返してきたのは、あの笑みだ。
新しい玩具を手に入れた子供のような、それでいてどこか嗜虐的な、まあ言うなれば絶好調に嫌な奴ってことなのだが!
「ほらな。面白い」
「私は面白くなーい!!」
楽しそうに言われて、再び怒鳴り返したは良いが。
…今回はなんとかなったけど、次にこんなことが起こったら、私はどうすりゃ良いんですか。
思わず頭を抱えて、私が重いため息を吐き出したのは言うまでもない。
飼い猫にだって飼い主を選ぶ権利はある。
END
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