――それは、月の光が冴えわたる夜の出来事。
薄汚れた路地裏に、似つかわしくない女が横たわっていた。
僅かに赤みの掛った、長い黒髪。
華奢な体躯を包むのは、着物ではなく洋装。
さほど女の美醜に頓着しない男から見ても、その女は美しかった。
「…竹に入り損なった輝夜姫か」
そう表現するとなんとも間抜けだ。
だがこんな女がこんな場所に転がっているのは、酷く違和感があった。
様々な憶測をしてはみるが、どれもしっくりこない。
衣服に乱れもないし、怪我もしていないようだ。
そもそもこれだけの器量ならば、捨てて行かれることはなかろう。使い道はごまんとある。
ただ、確実に言えるのは。
このまま放置すれば、遅かれ早かれ、この女は死ぬだろうということだ。
「――おい」
女の横に膝をつき、男は女に呼びかける。
だが、反応はない。
「おい。起きろ」
スッと、男は腕を伸ばす。
乱暴な所作で女の黒髪を掴んで、ぐっと引き起こした。
顔をしかめながら、僅かに女の瞳が開く。
「……な、に……?」
「答えろ。――生きたいか?」
なんて、一方的な問い。
あまりにも簡潔で、一方的なそれをどう受け取ったのか。
女は半ば夢うつつのまま、怪訝そうにしていたが、それも一瞬だった。
「――――死んでたまるか」
無意識にか。
笑みすら浮かべて告げた女の言葉に、男は満足したように嗤う。
「良いだろう。お前を拾ってやるよ」
「………………」
目を開けた瞬間、見覚えのない天井があった。
日本家屋のような、背の低い天井だ。それでも電気はあったが。
「…………………は?」
とりあえず起きてみる。
で、見下ろす。
…浴衣。何故。
「………………」
きょろきょろと見回す。
旅館のような広い部屋。
…あれー? 私はいつの間に温泉旅行に来たのかなー…?
「あれ。なんだ、目ェ覚めてたんスか。静かだから寝てると思ってた」
「へ…」
聞こえた声に振り向けば、長身セクシーなサイドポニーのおねーさんがいました。
…あれ。どっかで見たことあるような。
「ったく、なんだって私が拾いモノの世話なんかしなきゃなんないんスかね…」
「…ええと。ちょっとおねーさん」
「ん?」
「お伺いしたいのだけど、ここはどこですか」
「あぁ…あんたずっと気ィ失ってたっスからね。覚えちゃいないか」
面倒くさそうに言う割には、彼女はてきぱきと押入れから何かを取り出して持ってきた。
広げられたそれは着物だ。柄は無地。普段着用の着物、だろうか。
「でもここがどこか、ってのをあんたに教えるかどうかは別問題っス」
「なんで?!」
「あんたの処遇を決めるのは晋助様っスからね。そう簡単にどこの馬の骨とも知れない奴に明かせないっスよ」
「処遇て。馬の骨て。…ってか、待てよ…晋助…って?」
あれれ。
どっかで聞いたことあるような?
いや、まあ、ありきたりな名前かな…。
「とにかく、起きたんならさっさとこれに着替えるっス」
「え。これ? 私が着るの?」
「あんた以外の誰が着るんスか! いいから、さっさと着る!!」
怒られた。
えー。なんで私が怒られるのー?
とはさすがに言い返せず、押し付けられた着物を広げてみる。
…さて。ここで問題がひとつ。
「…えと、ごめん。着方がわからない」
「はぁ!? ひとりで着物も着れないって、あんたどんだけ箱入りっスか!?」
「いや着物なんて普段着ないし!!」
「西洋かぶれかッ!! 世話の焼ける奴っスね!!」
そう怒鳴って、おねーさんはてきぱきと私に着物を着付け始めた。
…うん、なんだかんだで面倒見のいい人のようだ。
派手な顔の割に、苦労してそうだな。本人には言わないけど。
「…あんた、幕臣の娘かなんかっスか」
「ばくしん?」
「オイ、物知らな過ぎだろ!! …貴族の娘かなんかか、って聞いてるんスよ」
「まさか。平々凡々なサラリーマンの娘です」
貴族って。
うちのお父さんが聞いたら爆笑するぞ。
「じゃあ、なんであんなところに居たんスか」
「あんなところって?」
「路地裏」
「路地裏ァ!?」
路地裏。そこはかとなく危険な香り漂う単語です。
え。路地裏? 転がってた? 私が!?
「路地裏に転がってたあんたを、晋助様がわざわざ拾って来たんスよ」
「なんで路地裏…! どういう寝ぼけ方したらそんな場所に!!」
「どんだけ寝相悪いんスかあんた」
「いやいやいや! 寝相じゃないから!!」
路地裏まで転がり出るって、どんな寝相だよ! あり得ないだろ!!
「…あれ…でも、私…何してたっけ…?」
…寝てた? 本当に??
あれれ。記憶にないぞ…私は目が覚める直前、何やってた…?
「…なんスか。記憶喪失とか、面倒なこと言わないで欲しいっス」
「いや、記憶喪失ってわけじゃ…」
「そういや聞いてなかったっスけど、あんた、名前は?」
記憶喪失かどうかの確認らしい。
だけどその問いには、きっぱり答えられる。
「。」
+++
――で。
着替え終わった私は、おねーさんの言う『晋助様』に引き合わされたわけだが。
…………………何か色々後悔していた。
「…ヤベェ。いっそ記憶喪失になりたい」
「今更なんなんスか」
「いやだってあんた言わなかったじゃん! 鬼兵隊とか高杉とか言わなかったじゃん!
また子ちゃん酷いよ騙したね!? 人の名前聞いておいて自分名乗らなかった時点でおかしいと思うべきだった!!」
「つか晋助様を呼び捨てにすんな」
スパンッ、と頭を張り飛ばされた。酷い。
「…またえらく元気な輝夜姫だな」
「わー、ホントにそういうこと言うんだ…」
「は?」
「いや、こっちの話デス」
やべぇ、怖いぞこいつ。目が。
気づいたら銀魂の世界でしたとかナニコレ。
絶対夢だ、夢に違いない。さっき張り飛ばされたとき痛かったけど夢だと言ってくれ。
あはは、夢なのに融通きかないな。なんで銀さんじゃなくて高杉とファーストコンタクト?
「さて、説明する間もなく状況把握をしてくれたようだな」
「いやまあ、把握したくなかったなぁ出来れば…
でも自分がここにいる理由とか原因とか全然見当つかないけどね…?」
「そっちはこっちのことをある程度知ってるようだが、俺たちはお前を知らねぇ。
お嬢さんはいったいどこの姫様だ? 物知らずな割には、ずいぶんと妙なことに詳しいみてぇだが」
いえいえそんな、滅相もございません。
平々凡々な家庭に生まれた、ただのしがない二次元オタク娘でございます。
「…ええと。平々凡々な家庭の小娘でございマス」
「平凡な家庭の娘が路地裏に転がってんのか」
「ね…寝相悪くて!?」
「どんだけ寝相が悪けりゃ路地裏まで転がってこられるんだよ」
うん、私もそう思う。
いやでもなんで私、こんなとこに来ちゃったのかな!
そもそもなんで高杉に拾われちゃったかな! 銀さんが無理ならせめて桂さん辺りにしてくれよマジ運がない。
「まァ、いい。拾った猫の面倒見るのはやぶさかじゃねぇ」
「私、捨て猫扱いっすか」
「てめぇが幕府の放った間者だったとしても、それはそれで面白い」
「晋助」
ここまで黙っていたグラサン…万斎か。が、静かに口を開いた。
ってか幹部勢揃いじゃねーか。私が何かしたか。
「間者の疑いがある者を傍に置くなど、正気とは思えんでござる」
「そうですよ晋助殿。女性を疑いたくはありませんが無垢な幼子ではないのです、何を考えているかわかりません」
「余計な一言付け加えるんじゃねーっスよロリコンが」
「何を言いますか。私はただのフェミニストです、子供好きの」
「黙れっス」
後半はまぁ、良いか。どうでも。
そんなことを考えていると、また子ちゃんがじろじろと私を観察しながら口を開いた。
「まー…どう考えてもこの頭オカシイ娘が間者ってのは、あり得ないとは思うんスけどね…」
「頭おかしくないよまた子ちゃん酷いや! でも擁護してくれるなら感謝するもっと言え」
「なんなんスかあんた」
あれ。今、私の好感度下がってね?
思いっきり変なものを見るような目で見られた。切ない。
「――良いんじゃないかねぇ。たかが小娘、何かキナ臭けりゃ斬り捨てるまで」
「あははは、ふざけんなこの変態刀愛好家めが。簡単に斬られるさんだと思うなよ」
で、おっさん――確か以蔵、か。変なことを言うものだから、思わず反射で言い返してしまった。
瞬間、流れる痛いほどの沈黙。
「………………」
「………………」
あれ。空気冷たい。殺気? 殺気なの以蔵サン?
「ちょぉ!? どういう喧嘩の売り方!?」
「今の何、間者ですってカミングアウト!? そうなの!!?」
「お前バカだろ絶対バカだろ!!」
普段のキャラ性をかなぐり捨てて、残る面々が私に詰め寄ってきた。
長生きしたきゃ謝れ、今すぐ謝れ!
そう口々に言われるが、いや別に私悪くないじゃん。謝る必要ないじゃん。
「…面白ェ」
ひとり傍観者を決め込んでいた高杉が、そう呟いて嗤った。
鋭い右目が、愉快そうに私を見る。
「てめぇがどんな牙を隠してるのか、見てみたくなった」
「ンなもんねぇよ、さんはいつも緩いよ」
そう言い返してみたが、高杉の口元から笑みが消えることはなかった。
ぞわりと、一瞬肌が泡立ったのはなんだろうか。変な寒気が。風邪かな。
「どうやら俺の拾った輝夜姫は、一夜にして獣に変わっちまったようだな。
どっちかっていうと、信田妻だったか」
「私、狐じゃねーぞ。あと妻でもない」
「あながち間違っちゃいねぇだろ。狐が人間に恩を返す話だ」
「…拾ってやった恩を返せと?」
「簡単に言えば、」
そこで一旦言葉を切ると、ピッとキセルを突き付けられた。
…これ掠ったら熱いだろうなー。なんで人に向けんのかなぁ腹立つなァ。
「働かざる者食うべからず」
「わぁ、正論過ぎて反論出来ねー…」
そしてこいつの口からその言葉が出るとか意外過ぎる…。
…もういいよ、ほら、所詮夢だし。多分私の都合の良いようにいくんだよ、うん…。
「…で、お前は何が出来るんだ」
「え? …家事全般?」
「微妙」
「酷い!?」
言うに事欠いて微妙! 微妙とか!! じゃああんたは炊事・掃除・洗濯出来んのかよボンボンが!!
ようやくなんとか自分を丸め込んで受け入れる気になったのに!!
――そんなわけで。
私はこの鬼兵隊に身を寄せることになった。
しかも客人ではなく、下女として。
…色々納得出来ません。私の夢なのに。
横暴な上司と横柄な部下と。
END
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