「…阿伏兎」
「なんだ団長…、っと、提督殿」
「もういいよ団長のままで。めんどくさい。
…あのさ。俺はどうやら、今までのことを誤解していたみたいだ」
「ああ、俺もだ」
目の前の光景を眺めながら、そんなことを言い合った。
まあ、は見た目の線の細さや美しさと反比例するように、地球人の割には、その腕前は手練れと呼んで良いレベルに到達している。
滅多なことにはならないし、放っておいてもすぐ片づけるだろう。
…そういう心配は、確かにしていないのだが。
「…あのよぉ、嬢ちゃん…」
「…俺もこういう展開は大好きなんだけどね、…」
「「さすがにこれはないんじゃないの?」」
呆れたように声を揃えた俺達に、は振り返る。
ひどく不思議そうな表情で。こういう表情をすると、その顔立ちは案外幼く見える。
その仕草事態には、別におかしな点はない。
――彼女が気絶した男達の中央で、しかもそのうちのひとりを足蹴にしながら悠々と立っていなければ、だが。
「俺が暴れる前にが暴れるとは、さすがに予想外だよ」
「だってあんたが暴れたらこいつら死ぬじゃない。私に殴られた方がマシでしょ」
「そういう問題じゃないだろーが。どうすんのコレ」
阿伏兎さんの突っ込みは、聞こえないふりをした。
だってこれ、私が悪いわけじゃない。
むしろ無駄な肉体労働のせいで、疲れちゃったくらいです。むしろ労わって欲しい。
「ったく…俺が若いからってナメ過ぎだよね、こいつら。
よりによって、交換条件でを差し出せって何なの? 死ねば良いのに。っていうか殺そうかな」
「ハイハイ、私が殴っておいたからそれ以上はやめなさいね、神威提督サマ。
っていうかこんなの交渉役に送って来るとか、相手は何考えてんのかね」
「ホントだよ。と釣り合うものなんて宇宙中探してもあるわけないのにネ」
「…うん、なんていうか、恥ずかしいからそういうこと真顔で言わないで」
――まあ、つまり。私達はお仕事の最中なのだ。
戦闘ではない。商売の交渉、である。
現状、元老院を敵に回すのはまずかろうというわけで、神威は真面目に提督として仕事をしている。
…いや、真面目かどうかは微妙なラインなのだが、交渉事にはこいつが直接赴く必要は多大にあった。
なにせ、お咎めは奇跡的に無かったとはいえ、アホ…いや、阿呆提督他の粛清において、疑いは残っている。
とはいえ、こうして神威が「忠実に」提督としての責務を行っている以上、上も何も言えないのだ。
なにせ、神威は夜王鳳仙を粛清した男、とされている。
事実はどうあれ、上からすれば神威以外に鳳仙を殺せるコマがあの時地球に居たとは到底思えないのが、本音だろう。
だからこその「様子見」だ。
神威が好き勝手に人員の配置を変えようが、無名の地球人の女を秘書官に置いて連れまわそうが、何も口出ししてこない。
しばらく「飼う」方向で結論を出したのだろう。
…と、いう見解を述べたところ、神威と阿伏兎さんには微妙な顔をされた。
曰く、「は海賊と言うより軍人向きだ」だそうだ。
…………褒められた気がしないのだが。
さて、そんな中の仕事である。
春雨とさして変わらないような海賊まがいの商船との交渉だった。
交渉人として現れたのは、40代後半くらいのオッサンだった。
なんていうか、まぁ堅気じゃねぇな、みたいな風体のオッサンである。
途中までは商談はスムーズに進んだ。そう、途中まで。
……相手が、先の取引条件に上乗せして、私を差し出せと言い出さなければ。
横で一気に殺気が吹き上がったので、神威が動く前に私が動いた。
何せ神威が動けば確実に皆殺しだ。さすがにそれは避けなければならない。
結果、私がひとりで大暴れした形になり、今に至る。
「でもどうしようか、コレ。交渉決裂? さすがにマズイ?」
「んー? さっきの条件なんか、このエロジジイの独断でしょ?
もう一回上と交渉するか、こいつボコって脅せば? そしたら適当にそれっぽい話でっち上げるから」
「なるほど。って妙に交渉に長けてるもんね。じゃあ適当に話でっち上げてよ。
…ああ、でも俺がやるとホントに殺しちゃうし、この件はに任せようかな。阿伏兎でもなんでも好きに使って良いよ」
「仰せのままに提督サマー」
「あはは、やる気ない返事だなー」
やかましーです。仕事してやるだけありがたいと思え。
まったく、なんだって私は、宇宙のど真ん中でこんなことしてるんだか。
「…なんなんだ、こいつらは」
呆れたように阿伏兎さんはそう呟いたけど、それはこっちも聞きたいです。
…ああ、もう。なんでこんなことになっちゃったかなぁ…。
+++
――後日。
私は阿伏兎さんと連れ立って、春雨の母艦内を歩いていた。
遊んでるわけでもなんでもなく、今日も仕事です。
…秘書官の仕事ってこういうもんでしたっけ。
「…この間の件、あったろ。嬢ちゃんが『交渉』したやつ」
「え? どれ?」
「………交渉人のオッサンをボコって脅したやつだ」
「ああ、あれね」
命があっただけマシだと思うんだが、相当な恐怖を植え付けたらしい。
予想以上の成果があったらしく、大層褒められましたが。
「先方から貢物が届いてんぞ。他の勢力からもだ」
「貢物って。いつの時代だよ…内訳は?」
「ホラよ。これがリストだ。一緒に確認してくれや、秘書官殿」
「はいはい」
渡されたリストを見ながら、『貢物』とやらを確認していく。
大半は食料やら酒の類。まあこれは当たり前だろうか。
「この辺は酒とか食料かな。あとこっちは鉱物類、…ん? 『附子』って何?」
「トリカブトだな」
「毒じゃん」
「トリカブトの毒は塊根にあるんだよ。附子は側根のことで、これが鎮痛薬の原料になる」
「はー、なるほどねぇ…」
鎮痛薬。まあ、戦闘が主な活動内容だし、あるに越したことはないだろう。
逆にどこかに輸出するのかもしれないけど。
――で、このリストに載ってる『花』ってのは何を示しているのかな。
「…ねぇ、阿伏兎さん。この『花』って何」
「…あー…」
「何」
「えーと…」
「何」
「………………………女だよ。珍しいことじゃねぇだろ」
「うへぇ…大時代的…」
貢物に女とか! 現代社会でそれは罷り通るとかどこのヤクザ!!
…あ、そうか。海賊だった。
なんとも言えない気分で一室のドアを開けると、そこにはごてごてと飾り付けられた美女がいた。
しかもひとりふたりではない。
「何人居るの、このお花さん達は…」
「…20人は居るな、こりゃ」
「20!?」
「そんなに貰っても使い道無いから困っちゃうね」
急に背後から聞こえた声に振り返れば、いつから居たのか、神威が立っていた。
相変わらず、神出鬼没過ぎる。というか仕事しろよ提督サマ。
「神威。居たの?」
「…時々、は辛辣だね俺に対して」
「何言っちゃってんの神威サン。さんは優しいよ?」
「それも時々だけどね」
アメとムチは上手に使ってこそ効果があるもんだよ、神威。
とはいえ、それがこいつに通用するかは不明だが。
「…っていうかどうしようね、この女の子達。神威、ハーレムとか作る?」
「…………………ねぇ、そういうことをから言われると泣きたくなるんだけど。
何度も言わせないでくれる? 以外の女なんか抱く気にならないよ」
はいはい、と。
適当にあしらうけど、内心は結構恥ずかしかったりする。
…だってこれだけの、初対面の女の子の前で、そういうこと言われるってどうなの。
喜ぶより前に恥ずかしいんですけど。
「だいたい、どれだけ女を集めたところで、以上の女なんかいやしないよ。
俺からしたら、以外は全部同じ顔に見えるくらいだ」
「あんたそれもどうなのよ…」
失礼極まりない言動だが、真顔だった。絶対本気だ、こいつ。
「――随分と、その方にご執心ですのね、提督様」
ふと。
部屋に集められた美女20人の中から、一人が進み出てきた。
きらびやかな衣装を身に纏う、年の頃は私より少し上くらいの美女。
体のあちこちに宝石みたいなのが埋め込まれてるけど、そういう種族の天人だろうか。
美人なんだけど、なんていうのかな…女臭いというか…そう、どこかねちっこい感じの雰囲気だ。
「ですが如何に美しいとは言え、色などろくに身についてもいない、軍属の女性。
器量も教養も、私の方が勝っていますわ。試して頂けませんか…?」
本来、ここは私が怒るところなのだろうが。
…正直、私は戦慄した。
彼女の方に足を踏み出した神威が――嗤っていたからだ。
「――お前が、より優れてるって? どこが…?」
穏やかな笑みとは裏腹な、底冷えのするような低い声音。
異常に気付いたのか、彼女は声を発することすら出来ずに硬直していた。
まずい、と。
私と阿伏兎さんが止めに入る僅かな間もなかった。
次の瞬間、神威は表情を変えないまま、その女を蹴り飛ばしたのだ。
彼女が悲鳴を上げる一瞬すら、神威は与えない。
声を上げる前に再度、蹴りつける。容赦もなく。無慈悲に。
殺す蹴り、ほどの強さではないが。
それはただ、「一撃で殺す」為の蹴りではないだけで。
このまま放置すれば、確実に神威はあの女を殺す。どんなに命乞いをされてもだ。
「…弁えろよ、雌犬。お前如きがこの女に勝るわけないだろ…?
髪の毛から足の爪まで「それ用」に作られた雌犬風情が、と同じ生き物だと思うな」
そんな光景に、他の女達も悲鳴すら上げられずに竦み上がる。
貢物として送られてきたのだから、ある程度の覚悟はあっただろう。
ヒヒジジイに送られることを覚悟していたであろう彼女らにとっては、相手が見目の良い若い男であったのだから期待もあったはず。
今、悲鳴すら上げられない憐れな女はその筆頭だ。
覚悟はあっただろう。だが――有無を言わせず、蹴り殺される覚悟など、しているはずもなく。
この艦の事情を知らない彼女達からすれば、何がこの若い提督の機嫌を損ねたのかわからないだろう。
つまり、目の前の惨状が彼女の死――で幕を引けば、次は自分かもしれないという、恐怖が生まれたのだ。
そしてそれはおそらく、間違ってもいない。
神威にとって、彼女達は「不要」なのだ。
だから神威からすれば、彼女らは個にして全体――個が犯した罪は、全の罪。
数時間後には、20人の女の死体が転がることになる。
「――神威!!」
顔色一つ変えない神威の腕を、取る。
瞬間、ピタリと神威は動きを止めた。
「………」
「あんたがどこで誰を殺そうが、返り血まみれで帰って来ようが構わない。私は止めない。
だけど、これだけは守って。――――私の目の前で、無抵抗な奴を殺すな」
「………馬鹿にされたの、だよ?」
「そうよ。だからあんたがこの子を殺すのはおかしい」
「は俺の女だよ。それを馬鹿にされたら怒るのは当然だろ」
「わかってる。それでも敢えて言ってるのよ。――抑えて」
「…………」
目に力を込めて、真っ直ぐに青い瞳を見上げる。
私を見下ろす神威の瞳は静かだったが――やがて、小さく息を吐いた。
「…わかったよ。がそう言うなら仕方ない」
「…ありがとう」
「は物好きだね」
「別に。目の前で死体作られたら飯がまずくなるからよ」
「ハイハイ…まあどっちにしてもこいつら要らないからさ、処分はに任せるよ。
気に入ったのが居たら世話係にでもすれば良いし、先方に送り返しても良いし、気に入らないのは殺しても良いや」
最後の一言に、女達は震えながら身を寄せ合った。
…あー。これは私もセットで怯えられてないかなぁ。殺さないよ神威じゃないんだから…。
興味を失ったのか、まだ機嫌が悪いのは続行中のようだが、暴れるのは思いとどまったようだ。
面白くなさそうに踵を返して立ち去ろうとしたけど、不意に足を止めて振り返る。
「…ああ、?」
「ん?」
「凄く気分悪いからさ、――後で慰めてよ」
「………………はいはい」
…ため息混じりに私が頷くと、若干機嫌が回復したのかそのまま神威は行ってしまった。
………………明日は一日中ベッドから降りられそうにないな、私。
「…はー…まったく、知らねぇとは言え…団長をキレさせるたぁ、とんでもねぇのが混じってたなオイ」
「ホントだよ。寿命縮むかと思ったわ」
「…まあこの姉ちゃんは確実に寿命縮んだと思うがね」
床に突っ伏したまま震えている女を見下ろして、阿伏兎さんはそう呟く。
まあ、確かにな。神威が一撃で殺すつもりだったら、もうとっくに彼女は冷たくなってここに転がっていたのだ。
「――命拾いしたな、姉ちゃん。
この嬢ちゃんが居なかったらアンタ、今頃肉片に変わってたぜ?」
「……ッ!!」
殺されてた、というより肉片になってた、の方が怖いだろうな…。
そもそも、夜兎の蹴りに耐えたんだから結構凄いような気もします。
「で? この花娘共はどうするんだ? さすがにこの数、全部嬢ちゃんの側女にするにゃ多いだろ」
「世話係なんか要らねーよ。ほぼ四六時中あの馬鹿が引っ付いてるのに、世話も何もあるか」
「…ごもっとも。じゃあどうすんだ? 先方に送り返しても良いが、そうなったら大半の女は殺されるぞ」
「それはさすがに寝覚め悪いなァ…」
っていうか、勝手に送り付けといて「要りません返品します」ってやったら女の子殺しちゃうってどうなの…。
人権って言葉を宇宙の皆様は知らないんですか。
「…お花ちゃん達、どこの惑星の人?」
私が聞いた瞬間、彼女達はびくっと肩を揺らして俯いた。
…完全に怯えられてます。困った。
「怖い提督サマは今いないから、そんなに怯えなくても良いよ。
このオッサンは顔怖いけど、あの提督サマに比べたら常識的で優しいから、変な沸点ないから」
「おおい、オッサンオッサン言うな。むしろあの馬鹿抑え込んだ嬢ちゃんの方がおっかねーよ」
「ええっ…こんなに優しいのに!?」
「…さっきの団長と言い合ってた時のお前さんの顔を見せてやりてぇよ」
今にも実力行使に出るんじゃねーかと冷や冷やしたよ、と。
ため息混じりに言われたけど、神威相手に私が実力行使に出たところでさして大変なことにはならないと思うが。
「私は蹴りで人殺せたりしねーですよ。…あ、地球人居る?」
「…あ、あの…私、地球人です…育ちは別の惑星です、けど…」
「ああ、そうなの? 他にそういう子は居る?」
おずおずと答えた女の子に続く様に、何人かが反応を返した。
数はまあ、そう多くはないが。それでも4分の1はいただろうか。
「あとは地球人じゃないのね」
「わ、わたしは混血です。片親が地球人で…」
「もう片方は?」
「あ、あの…」
「苛めないから、言ってごらん?」
「…や…夜兎、です…」
消え入りそうな声で申告された種族名に、私は思わず阿伏兎さんと顔を見合わせた。
「阿伏兎さん、こんなところに同族発見」
「あんた夜兎じゃねーだろ。
…いやさすがに予想外だが、確かにこの肌の色は夜兎の特徴だな」
「で、でも、あの、そんな戦闘能力は…!」
自分に危険なところはない、という主張なのだろう。
とは言え、混血の夜兎ってどのくらい強いのかな。第七師団にもいるけど全員男だし…。
「磨けば光る?」
「どうかねぇ…混血でしかも女とあっちゃ、戦闘能力はそう期待出来ねぇが…
せいぜい鍛えても嬢ちゃんくらいになるかならないか…」
「それは私がどれくらいの戦闘能力かという論点になるんだろーな」
「そもそも、嬢ちゃん並になるまでに相当鍛える必要があらぁ。面倒なだけだ。
ったく、混血とは言え夜兎の血を持つ女をこんな目的で育てるような奴が居るとは…」
嘆かわしいね、と。
夜兎を愛する阿伏兎さんは、心底やるせない様子でそう呟いた。
「他には? 何か戦闘で役立つ能力持ってるひととか居る?」
「…あの、わたしは治癒の能力を持つ采女族の者です…医療関係なら…」
「そんな種族もあるんだ!? 宇宙は広いなー」
傷を癒す能力なんて、羨ましい。
…と、この時普通に思ったのだが、後で調べたところこの采女族、能力も希少だが存在自体希少で夜兎よりその総数は少なく、
しかし稀有な能力と容姿の美しさ、加えて非力な為に取引される値段が高く奴隷種族と揶揄されている…らしい。
……………だというのに、種族名を答えたってことは相当私が怖かったんだろうな、うん。…何もしてないのに。
「結構、色んなのが居るね。共通してるのは見目が良いってトコだけか」
「…嬢ちゃんは最近、悪役が板についてきたな」
「どこが悪役ですか、さんは優しいおねーさんだよ」
この子達の処遇にこんなに頭悩ませてるのに、どこが優しくないと?
憮然とする私に、最初に地球人と申告した女の子が、おずおずと口を開いた。
「お、奥方様」
「へ!? それ私のこと!?」
「お願いします。私達は送り主の元へ返されても、大半が役立たずとして殺されます…
ど、どうか、お慈悲を…追い出さないでください、提督様や奥方様のお役に立てないのなら、船員の皆様のお役に…」
震えながら頭を下げる彼女に倣って、他の女の子達も頭を下げてきた。
さっき神威に殺されかけた彼女も、だ。
「…阿伏兎さん。コレ、ホントに私が悪役っぽくない?」
「相当な。20人の美女に頭下げられるとかすげぇぞ?」
「うわぁ…困ったなぁ…」
「いっそ嬢ちゃんの妾にでもしたらどうだ?
これだけの美女に囲まれた生活なんそうそう味わえねぇぞ」
「そんな趣味ねーよ」
笑いながら言われた言葉に、私は盛大にため息を吐き出した。
私は神威の世話で手一杯です。20人もの女の子の世話まで出来ません。
だから、彼女達をこの艦に置いておくわけにはいかないのだ。
若くて綺麗で、非力な女の子20人。
こう言っちゃなんだが、春雨の構成員は9割が男であり、当然、基本的には女日照りだ。
私は元々、「最強の武闘派集団」であった第七師団団長である神威の「お気に入りの所有物」であり、
現在は大々的な粛清を行って提督の座に就いた神威の「女」であるから、その手の被害には遭わなかったが。
そんな場所にこれだけの非力な美女達を放り込むなんて、それこそ狼の檻に羊を投げ込むも同じこと。
が、かといって送り返すわけにもいかない。
さてどうするか――と、そこまで考えて、ふと妙案を閃いた。
「…ね、何でもするって言ったよね」
「は、はい。ここに置いてくださるのなら、なんでも」
「いや、ここには置けないよ。
管理するの面倒だし、あんたらみたいな若くて綺麗な女の子置いておいたら色々大変だし」
「そんな…!」
「あのさ」
顔色を変える彼女の言葉を遮って、私はにっこりと微笑んだ。
そして、閃いた「妙案」を口にする。
「地球の吉原桃源郷――って、知ってる?」
+++
「ふぅん…じゃああいつら、吉原に送るんだ?
それは予想してなかった。一応俺の管轄地だもんね、あそこ」
諸々の仕事を終えて部屋に戻ると、ひとりで寛いでいた神威に事の顛末を報告した。
今は人の膝の上を勝手に占拠して、そんなことを言ってる。呑気な提督サマですねまったく。
……というか、提督になっても内仕事しねぇなこいつはよ。
「もともとそういう目的で育てられた子がほとんどだし、そうじゃなかったとしても、
今の吉原なら自由に生きようと思えば生きられるしね。ってわけだから、誰か吉原に遠征させてね」
「あそこは俺の管轄だし、俺が行くしかないじゃない」
「…いや、別にあんたが行く必要ねぇよ。そもそも提督自ら出張るような仕事か」
「も行かなきゃダメだよ。彼女達にとっては、は唯一の縋れるモノだろ?」
「………」
もっともらしいことを言うが、こいつの腹など読めている。
吉原――地球に行けば、侍とやり合える。
そして私まで引っ張って行こうとしてるのは、単純に手元に置いておきたいからだろう。
…長居する気満々だな、こいつ。
「…問題は起こさないでね。銀さん達に会いに行くのは禁止」
「俺はともかく、は良いの? …それとも、まだ未練があるのかな」
「………神威」
「怒らないでよ。言ってみただけだから」
嘘をつけ。怒らせるのわかってて言ったくせに。
まだ疑っていたとは驚きですよ。こっちは体張って証明したつもりだったのに。
「知りません。昔のことをぐちぐち言う男なんか嫌いデス。
っていうかまだ疑ってんのか。銀さんと私が何もなかったのはわかってるだろうに」
「まあ、それはね。でもホラ――地球人は、そういう繋がり以外にもあるんだろ?」
…否定は、しないが。
例え離れていようと、敵味方に分かれようとも。
確かに、私と銀さん達の間には何かしらの「繋がり」は残っている。
それは恋とか愛とか、そういうもんを超えた「絆」だ。切っても切れない「腐れ縁」。
………この馬鹿、何を気にしているのやら。
「…そんなもん、地球人も夜兎も変わらねーよ」
「そうかなぁ」
「そーですよ」
おざなりにそう返して、ぺちっと神威の額を軽く叩く。
まったく、ガキですかこいつは。ああ、ガキか。
「…あのねぇ、神威くん。
地球人の女は貞操概念が強いのです。だから、よっぽど惚れた男じゃないと相手にしないんです」
「地球人の女、っていうか…が、でしょ?」
「そうとも言う」
「わかってるよ。は俺のこと好きだよね。
…でもさ、俺はそれ以上にが好きなんだよ。やきもち妬くのは当然だろ」
「……………」
言い切られても、困るんだが。
信用してよ!とか言うのは見当違いなので言わないし、思いもしないけど。
…面倒な生き物だよなぁ、こいつ。
「…わかったから。愛されてるのは知ってるって…。
でもねぇ、自分の生活の半分以上を私に割くのやめなさいよ…」
「俺は何も変わってないよ。その中にの存在があるだけだ」
「…だから、さぁ」
「はイイ女だね。戦闘でも足手まといにならないし、交渉事に長けてて頭もキレる。
そこらの女とは比べものにならないくらい美人だけど、性格悪いから誰も手出ししないし」
「それ褒めてない」
「体も良いしね。やらしいし」
「そういう風にしたのはあんたです。露骨なセクハラはやめろ。というか死ね」
「それに――俺に対して誰よりも厳しいけど、誰よりも優しい」
そう言って笑う表情が妙に穏やかで、私は落ち着かなくなる。
腕を伸ばして、私の頬を撫でる手は優しい。
数多の命を奪ってきたその手は、私に触れるときだけは大人しい。
「だから俺は、こうやってに甘えてるんだよ。可愛いだろ?」
「…どこが可愛いんだよ…」
つい数時間前に、無抵抗な女を殺そうとした男と、
今、私を愛おしげに見つめ、触れる男は同一人物だ。
神威が恐ろしいのは、多分、単純に夜兎だからとか、
その血に忠実だとか、親兄弟も関係なく手に掛ける非情さとか、
…そういう部分じゃ、ないんだと思う。
――いつか、もしその必要があったのなら。
こいつは躊躇いなく、私を殺すだろう。笑いながら。
今更それを恐ろしいとか、そんな怯える気持ちはどこかに置き去ってきてしまったけれど。
ただ、ひとつだけ。
――私が居なくなっても、こいつは笑っているんだろうなと、それだけが腹立たしい。
悲しめば良い。苦しめば良い。
そう思う私は、残酷なのだろうか。
「…いつかを殺す時が来るなら、殺すのは俺だ、って言ったけどさ」
「うん…?」
「…俺、になら殺されても良いって、思うんだよね」
――それは、初めて聞く言葉だった。
一瞬言葉を失って、だけど動揺を悟られるのが嫌で、言葉を絞り出す。
「…物騒な愛の告白だなぁ…」
「それだけ愛してるんだよ。狂うほどにね?」
「あんたは最初っから狂ってるよ。…でも、そうね…」
――そう、狂ってる。
だけど多分、その言葉にどこか愉悦に近い感情を抱いた私も、狂っているのだ。
「――あんたが死ぬときは、それがどんな形であっても…私が、トドメをさしてやる」
「うん…ありがとう」
「だから、死にそうになったらすぐに私のところに戻ってきなさいよ」
「そうだね」
「じゃないと、殺してあげられないじゃない」
「うん」
「…勝手に死んだら、どんな手使っても生き返らせてから改めて殺してやる」
「あはは、酷い。そこまでするならそのまま一緒に生きようよ」
言ってることが矛盾してる。
戯れに語るには、私達は死と常に隣り合わせの立場なのだから、シャレにならない。
「ダメ。自然の摂理に逆らっちゃいけないのよ。
だから、…あんたを殺したら、私も追いかけてあげる」
「…………………」
――だから私は、こうやって卑怯な言葉を口にする。
私の言葉に一瞬眼を瞠ってから、神威は苦笑した。
「………狡いなぁ、は。死ねなくなっちゃったよ」
「死にたかったの?」
「別にどっちでも良かったよ。
…でも、もう死ねないなぁ…俺が死んだらも死ぬなんて嫌だからさ」
それこそ、卵が先か鶏が先か、みたいなもんだけどね。
ああ、なんてくだらない、意味のない会話なのかしら、と。
ため息混じりに呟けば、急に起き上った神威に強引に組み伏せられた。
首筋に落とされる口づけと、肌を這う冷たい指先に、私の体は感情とは関係なく震える。
それでも、一部分だけ冷めた頭のどこかで、「ああ、こいつ逃げたな」と思った。
「…恋で、愛で…でもそのどっちでもない、あんたの…私の対する執着って、何?」
「そういうこと訊くんだ? …なんだろうね。簡単に説明出来ないし、理解出来るものでもないと思うけど」
「………」
――単純に、『恋』とか『愛』なんてものではなく。
もっと、こいつの根底は複雑だ。
はてさて、この答えが聞けるのは、いったいいつになるんでしょうね。
…本人すら理解していないことを、聞ける日が来るのかは謎だけど。
「…あー、もう…」
自分に圧し掛かる相手の、ピンクともオレンジとも見える不思議な色の髪を、くしゃりと撫でる。
くすぐったいよ、と笑われたから、
てめーの手の方がくすぐったいわ、と言い返して息を吐いた。
「――ホント、面倒な生き物だね。男って奴は」
まあ、大概女もメンドクサイですけどね。
END
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。