書類がタワーになってるデスクでは、無駄にでかいおっさんが眉間に皺寄せて仕事していた。
だけど本来、この書類タワーを片づけるべきなのが誰なのかは知っているが、
…まあ、いないに越したことはないと、私は半ば本気で思っていた。

「………………阿伏兎さん」
「なんだい、嬢ちゃん。今見ての通り仕事中だ、手ェ離せねーぞ」
「………………アンタのところの団長さん、なんとかなりませんかね」
「俺がなんとか出来ると思ってんのか」
「思ってないです。でもそこは「命張ってでも俺がなんとかしてやる」くらい言えよ役立たず」
「なんでだよ!?」

苛立ち紛れに吐き出した言葉には、当然反論があったが。
…私からしてみたら、そんなもんは些細なことだった。



ラプンツェルの憂鬱




「ってか、なんで俺を巻き込むかね」

書類から視線を上げずに、それでも阿伏兎さんはため息交じりに私に言った。
それに対して、私は執務デスクの前に置かれたソファにぐてっと行儀悪く半身を預けて座る。
…ああ、眠い。寝不足の原因はあのピンク頭の戦闘狂だ、部下が責任取りやがれ。

「…いや、さすがに。最近色々エスカレートしてきてて、身の危険を感じてるんですよ。
 最初はただの力の有り余ってる馬鹿ガキだと思ってたんですけど、その分やることストレート過ぎて」
「…あの団長をして、そういう表現がさらっと出てくる嬢ちゃんが凄ェよ…」

まあ、そうだろうけども。
でも、正当な評価だと思うのだが。

「てかもう、ここまで来たら大人しく団長と夫婦にでもなってくれよ。
 あの人ァ、気に入ったもん手放さなねぇから。諦めて頼むから俺を巻き込むな」
「はっはっは、最後のが紛うことなき本音ですね死ねよ無精ヒゲ野郎」
「そもそも俺ァ関係ねぇだろーが!?」

おいおい、何言ってんだ。上の尻拭いすんのは下の義務だろ?
…ああ、まあ阿伏兎さんは良いや。問題はあいつだ、神威だ。

「…もー…いつ襲いかかってくるかわかんないから、毎日寝不足ですよー…死ぬ…」
「別に命取られるわけでもねぇだろうに」
「女にとっちゃ、命取られんのも貞操奪われんのも一緒だボケ」

これでもさんだって、花も恥じらう乙女ですよ。
むしろ神威相手じゃ抱き殺されそうで怖い。
だって神楽だって、寝苦しさに無意識でペットを絞め殺したんだよ?
一番理性の飛ぶ瞬間に、あの男が組み敷いた相手をうっかり殺してしまわない保証がどこにある。
………あれ。この言い分だと命の保証があれば良いみたいに聞こえるな。
訂正、訂正。命の保証があろうがなかろうが、そんなことは万に一つもあり得ません。

「へぇ? が命と貞操を同じ重さだとか言うようなタイプには見えないけどね、俺は」
「ぅわぁぁぁぁっっ!?」

いきなり背後から抱きすくめられて、変な悲鳴が出た。
な、ちょ、いつのまに…!?

「か、か、か、かむ、神威…ッ」
「驚いてくれて嬉しいよ。でも今の色気のない悲鳴はどうにかしようか」
「その前に離れろよ! 耳元でしゃべんなッ!!」

じたばた暴れるが、なかなかホールドされた腕は外れない。
夜兎ってのは厄介だ、見た目に反してとんでもなく力が強い。
まな板を包丁で両断出来る力がある私だが、さすがにこいつ相手では分が悪かった。

「過剰なスキンシップはやめろと何度も言ったはずなんですがッ?!」
「抱きしめるくらいで『過剰』なの?」
「あんたは触り方がいやらしい!!」
「…そんなこと言ってると、ホントにいやらしいことするよ?」
「ひぁッ?!」

いきなり、首筋に舌を這わせられた。
ぞわりと、肌が泡立つ。
驚いてる間に、片腕で肩を押さえつけられたまま、もう片方の手が胸元に伸びた。

「か…ッ!? っ、~~~ッ!!」

上げかけた声は、唐突に捩じ上げられた腕の痛みで止まった。
器用に片手で私の腕を捩じ上げたまま、布越しに長い指が肌を這いまわる。
布越しってもどかし…って違う! しっかりしろ! ここは怒るところだ!!
ぐっと力を込めて唇を噛みしめる。声など出してやるもんか。

「…ッ、…く…ッ」
「…結構耐えるね。すぐ音を上げるかと思ってた」
「…っ…い、今すぐ、あんたを殺したいなぁッ、って…思ったんだけど、どうしようか…ッ」
「良いね、じゃあ殺し合いしてみる? 別の意味で、だけど」
~~~~ッ!!」

腕の痛みで反応が鈍っている私を、神威は器用にソファの上に押し倒した。
一瞬、いつもの貼り付けた笑顔が消えて、加虐の色が青い瞳に浮かぶ。
…ほら。ほらほら!!
こいつに理性なんて期待出来ないもの! これ犯り殺されるパターンだよ!!

「……………………あのよぉ。せめて俺の目の届かねぇところでやってくれないかね、おふたりさん」
「うん。じゃあどっか行ってよ、阿伏兎」
「俺!? ここ、執務室で俺は仕事してるのに!?」

さすが神威、理不尽である。
しかしここで阿伏兎さんがご退場されると本気で私の身が危うい。
…にしても、あれだ。
こいつ、団長なんて大層な肩書のくせに、本当に仕事しないな。銀さんより酷い。

「…たまには団長らしく書類仕事もやればどーかな、師団長サン」
が遊んでくれるなら、やってもいいよ」
「…遊びってなんだよ」
「修練場で軽く運動した後、俺の部屋でもう一運動かな」
「あんたの軽くは普通の奴にとって軽くじゃねぇ!? てか後者!!」
の部屋でも良いよ」
「なお悪いし!
 ってかさんのダメな脳みそが変換ミスったわけじゃなくてそういう意味なんだなこのセクハラ野郎!?」

ダメだ、こいつの意識は間違っても仕事には向かない。
というか、むしろ今はそういうことしか考えてない。なんなんだこのエロガキ。

は自分から下ネタ振るのは平気なくせに、こっちから振ると狼狽えるよネ」
「下ネタってかお前、コレ完全にただのセクハラだよね!? っていうかいつまで圧し掛かってんのさ降りろーーっ」
「ねぇ、いつになったら抱かせてくれるの?」
「ちょぉっ!? 直接表現禁止!!!」
「何言ってんの。直接表現っていうなら今すぐ犯らせろって言うよ俺は」
「マジ死ね発情兎がッ!!!」

拘束されていない方の手を突き出して神威の顔を押さえつけると、私は思いっきり脚を振り上げた。
当然、圧し掛かっている神威を全力で蹴飛ばす為に。

「!!」

さすがに予想していなかったのか、神威は私によって、ソファの下に蹴落とされることになる。
…うん。ちょっとだけすっきりした。

「…………………この状況でよく仕事できますね阿伏兎さん。助けろや。ホント死んで欲しいわこの兎ども」
「…このバカ団長相手に蹴り入れるような女、嬢ちゃんだけだっつーの。助けなきゃいかんほどヤワじゃねーだろ。
 あんたら凶暴具合じゃお似合いだよ、さっさと夫婦になっちまえ。あと仕事の邪魔だから出てけ」
「仕事と私の貞操とどっちが大事だ!!」
「仕事」
「即答!?」

酷い! いくら私でも泣くぞ!!
…つまり私の貞操なんざ、このピンク兎が機嫌悪くして暴れるのに比べりゃ大したもんじゃない、ってことだよね…。
………………………………………なんだこの脱力感。

「阿伏兎とじゃれてないで俺と遊んでよ」
「やだよ! ってか回復早ェな!?」

早々に復帰した神威に、また後ろから抱きしめられた。
なんであの蹴りでこの短時間に復帰!? てかしつこい! ウザい!!

の蹴り如きで俺が伸びると思う? ちょっと痛かったけどね」
「私、結構全力で蹴ったんですけど! ホントに夜兎は頑丈だなどうやりゃ死ぬんだ!!」
「殺すつもりで蹴ったわけ? ますますは俺向きの女だね、嬉しいよ。今すぐ抱いても良い?」
「死んで! ホントに死んで今すぐ! お願いだから!!」

怒鳴る私に、一瞬、神威はきょとんと首を傾げた。
だけど次に飛び出してきたセリフを聞いて、ああ、こいつは今日も絶好調に馬鹿だと、私は確信する。

「腹上死させてくれるなら、死んでやってもいいよ?」
「あ、あ、あほかーーーーーーーーーーーッ!!!?」

耳元で囁かれた、口説き文句にすら届かない、そんな言葉。
私は思いっきり背後の神威に渾身の肘鉄を食らわせて、拘束を振り払い部屋から逃げ出した。


…ダメだ、話通じない奴だとは思ってたけど、というか人の話聞かない奴だなとは思ってたけど。
全然、まともに意思疎通が出来ない!!
いっそ殺してやろうかと半ば本気で考えて、殺しても死ななそうだなと思い直した。




…さて、この時の私はまったく気づかなかったのだが。

『死んでやってもいいよ』

そんな言葉を、神威が口にしたのは初めてだと。
――私は後になって気づいて、何か妙に落ち着かない気分になるのだが、それは、まあ、別の話。


+++


「…あー…いてて…
 ホントに良い腕してるよなぁ。うっかり殺しそうになっちゃったよ。危ない危ない」

その発言の方が何倍か危ねェよ、と。
心中で呟いて、阿伏兎は盛大に溜息を吐き出した。

「……………仕事しねーのはいつものことだがな、団長さんよ…。
 頼むから仕事増やさないでくれねーか。あとあの嬢ちゃんなんとかしてくれ」
「んー…そうだねぇ」
「酒も女も渇きを潤さないなんて抜かしたのはどこの誰だ。なんであの嬢ちゃん連れてきた」
「惚れたから」
「……………」

即答の上に、あまりにもらしくないというか予想外の言葉であった。

「…え。コレ、笑うところ?」
「笑ったら殺すよ? いや、最初は惚れるとかそういうのなかったけどね。
 ほら、ちょっと普通の地球人じゃないっぽいし。かといって天人ってわけでもなさそうだし。
 面白い奴だなぁって思ったらさ、あのお侍さんの女みたいだから、じゃあさらってついでに孕ませてみようかと思って」
「そんな理由かよ!? そりゃ嬢ちゃんじゃなくても最低って言うわ!!」
「え? そんなもんでしょ?」

違う。いくら常識からズレた夜兎族だとて、それは絶対に違うと言える。
しかし神威にとっては、「そんなもん」で済まされることらしい。

「連れ帰ってみれば、口は悪いわ暴れるわ性格悪いわ」
「それ嬢ちゃんも団長にだけは言われたくねぇだろうな」
「一回メンドくさくなって殺しちゃおうかと思ったんだけどさ」
「だったら最初から連れてくるなよ」
「…あいつ、俺の攻撃避けたんだよね。で、そのあと全力で蹴られた」

思ったより痛くてびっくりしたよ、と。
しみじみと言われて、対する阿伏兎は完全に硬直していた。

「…………………」
「…………………」

しばしの沈黙の後、阿伏兎は恐る恐る口を開く。

「…それは新手の冗談か団長さんよ」
「楽しいことに事実だよ阿伏兎」

それは、楽しい出来事なんだろうか。
常人では理解出来ない思考回路だが、神威はどこまでも本気だった。

「面白いじゃないか。美人で気が強くて性格が悪い、その上俺に対して真っ向から噛みついてくる女。
 あんなの、夜兎の中にだってそうそういやしない。だから欲しい。いや、むしろ…他は要らない」

普段の貼り付けたような笑顔を消して、神威は目を細める。
その口元に浮かぶのは、獰猛な獣の微笑。

「まあ、あそこまで過剰反応されると泣かせてみたいなぁとか思っちゃうけどね」
「おいおい…」
「でも時間はまだまだあるしね。今は優しくしてあげるよ
 ――真綿で包んで、じわじわと追い詰めてあげる。逃げ道を完全に塞がれたら、はどうするかな?」

そう言って、楽しそうに、どこか愉悦を含む笑みを浮かべる神威を見て、阿伏兎はため息を吐き出した。
それは、「優しくしてあげる」って言わないんじゃないか。
そう思いはしたが、阿伏兎はそれを口にするほど馬鹿ではなく、真実、神威をよく理解している。
つまり、こういうことなのだろう、と。






触らぬ神に祟り無し。



END

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