「まだ掛かるの? あんまり遅いと殺しちゃうよ?」
「あんた口癖みたいに殺す殺す言うのやめてよ! 怖いから!」

目の前の、見た目だけは恐ろしく普通な戦闘狂に、
私はここ一ヶ月ばかりで口癖になりつつある言葉を返した。
若干、冷や汗を掻きながら。



非日常彼氏




「……戦闘狂に好き好んで逆らおうとは思わないけど、あんた気ィ短いよね、神威」
「そうかな。気は長い方だと思うけど?」
「……どこが」
「君限定で、とでも言っておこうか?
 実際、君なら多少馬鹿やっても笑って許せるよ。これが惚れた弱みってやつかな。照れるね」
「起きぬけに人を殺しかけた奴のセリフかそれ…?」

冗談でもなんでもなく、本気で照れてるから怖い。
表情・言動・行動の全てがちぐはぐで反応に困る。

こいつとの日常は常に死闘と言っても過言ではない。
夜兎族の愛情表現がおかしいわけじゃないだろう。こいつが特別おかしいのだ。

安眠すらままならない、こんな男と何故一緒にいるのか――
別に、恋人同士とかそんな素敵な間柄ではない。あって堪るか。
言うなれば捕食する側とされる側の関係と言おうか。
…もちろん、大人しく捕食されるつもりは毛頭ない。

まあなんでこんなことになったかと言うと、私はこの戦闘狂に誘拐されたのだ。

曰く、「結婚してください」。
…ただし、手刀を突き付けられた揚句に、相手は場違いな笑顔と返り血まみれのオプション付きだった。
なにが悲しくて、そんなプロポーズを受けねばならんのか。
なんの冗談かと心底戦いたが、質の悪いことに奴は大真面目だった。

そして抵抗虚しく、連れ攫われて今に至る。…こんな非日常、要りません。

「地球産を馬鹿にしてるくせに、なんで私だよ…」
「いやいや、地球にもなかなか興味深い奴もいると考えを改めたんだ。
 君とあの侍の間に生まれる子供というのも興味あったけど、やっぱり惜しくてね。
 強くて美人で性格悪いなんて最高だ、君こそ俺の理想通りの女性だよ」
「…嬉しくねーよ…ってか銀さんの子供もあんたの子供も産む気ないから私…」

全然褒められてる気がしない。
だけど、こいつは最高の賛美を送ってるつもりだから余計に嫌だ。

悪気の無い戦闘狂って扱い辛くて困る。
…そう。どこまでも本気なのだ、この男。
冗談でここまでやられても怖いが、本気だからこそ恐ろしい。
事実、攫われた以外に危害は…奴がその気なら簡単に手足の一、二本持って行かれるだろうことを考えれば、
多分、加えられていないし、結婚とか子供産ませるとか言う割には手を出して来る気配は…
………………皆無とは言わないが、今のところ無い。

……困った。本当に困った……
これはこれで、歪なだけで純粋なのだ。
純粋な好意を邪険にするのは、例え相手が誰であれなけなしの良心が痛む。
なにより、誰かを嫌い続けるのは実に労力を使うのだ。

…だから楽な方に逃げようって?
そりゃあ、特定の誰かを嫌い続けるよりは好きになった方が楽だ。
ましてや、相手は自分を好いている。どんな形であれそれは立派な好意。
それに応えるだけなら、確かに何もおかしなことは、ない。
ああ、吐きそうだ。…一瞬とはいえ、そんな考えが浮かんでしまった自分の思考に。

「どうしたの?」
「…人間てくだらねーな、って思って吐きそうになった」
「ふぅん? あのね、
「何よ」

珍しいな、と思った。
こいつが私の名前を呼ぶのが、だ。

「俺は君の、そういうところが好きだよ」
「なに、それ」
「そうやって、世界に向けてくだらないって吐き捨てるところ」
「なんだ世界って。私は自分にくだらないって言ったの」
「同じだろ? 自分自身って、世界じゃない?」
「はー…」

哲学的なことを言う。
基本的に、神威は頭が良い方じゃない。
頭が悪いのではなく、学が無いのだ。修める気も無いのだろうが。
そんな奴に、こんな哲学じみたことを言われるとは思わなかった。

「…あ。今なんとなく馬鹿にされた気がした」
「いやいや。馬鹿だと思ってたけどそんな哲学で返してくるとは思ってなかっただけさ」
「馬鹿にしてるよねそれ」

そう言って笑う表情は、普段の貼り付けた笑顔とは少し違うような気がした。
いやいや、錯覚だ。幻だとも。そんな少女マンガあるいは乙女ゲーみたいな展開、あって堪るか。

「また疑った顔してるね。よっぽど俺が信じられないんだ?」
「おうとも。どこに信用出来る要素があるのか言ってみろ」
「俺相手にそんな口の聞き方するのは男も女も含めて君だけだし、
 俺がそれを許容してあげてるのも君だけなんだけど? それでも信用出来ないの?」
「出来ない」

即答で言い返した。
…信用なんかしたら、もう終わりだ。
何が終わるのかはわからないが。

「安くないってことかなぁ」
「そーですネ。…団長さんが女にうつつ抜かしてるなんて格好悪いと思うよ」
「俺が周りの評価なんて気にするタイプに見える?」
「………………見えない」
「理解してくれてて嬉しいよ。
 君に対して本気だってことも理解してくれたら、もっと嬉しいんだけどな」
「どの口がそれを言うかな…」

にこにこと、一見害の無い笑顔で吐き出された、現実味の無い言葉。
本気? 何が?
そんなことを思っている自分こそが、馬鹿らしい。

「どうすれば理解してもらえるのかなぁ。
 君が望むなら、なんでも叶えてあげるよ? ねぇ、言ってみなよ」
「とりあえず地球に帰して下さい」
「それはヤダ」
「即答かよ。なんでも叶えてくれるって言ったのに」
「じゃあ、例えばの話をしよう」

本当に気分屋である、この男。
ころころ話題が変わる。しかも常に笑顔なのが性質悪い。
だけど、最も性質が悪かったのは次に飛び出してきた一言だ

「もし君が男だったら、惚れた女を恋敵の居る場所に戻すかい?」
「………………………………」

一瞬、言葉を失った自分が悔しい。
だって、理解出来てしまったのだ。いや、別に地球にあんたの恋敵なんかいねーよとか思ったけどね?
…でも言葉が出てこなくて何度か唇を空回りさせて、ようやく吐き出した言葉は、なんだか我ながら酷く間抜けだ。

「……………あんた、私に惚れてんの」
「何度もそう言ってるよ。酷いなァ」
「嘘吐くんじゃないわよ」
「なんで嘘って言い切るかな。俺が他人に執着するのは生まれて初めてだよ。
 つまりこれは、遅く来た初恋ってわけだよね。初恋で運命のヒトに出会えるなんて幸運だと思わない?」
「…戦場等の緊迫した場面で落ちる恋には、心の誤認が多いそーですよ、神威サン」

頭沸いてんのか、とか。
誰が運命の女だボケ、とか。
言い返そうとした言葉が全部凍り付いて、全然違うことを言い返していた。

私の言葉に、神威は一瞬きょとんとしてから、笑う。
――心底、楽しそうに。

「良いね、ソレ。俺たちにピッタリだ」
「…あのさ。私の話、理解してる?」
「君は本当に素直だね、。君、俺のこと馬鹿だと思ってるでしょ。馬鹿だけどね」

ええ、思ってますよ。思ってますとも。
普通、今の発言に笑顔を返す奴がいますかね。

「戦場で落ちた恋、ね。良いじゃないか」
「だぁから、勘違いかもしんねーよって言ってんの」
「それは何か重要なことかな」
「は?」

予想外の返答に、一瞬、動きを止めてしまった。
思わず視線を向けると、両手首を掴まれて、壁に押し付けられる。

至近距離にある端正な顔。
貼り付けたような笑顔が、消えた。
代わりにあるのは、獲物を捕らえた獰猛な獣のような瞳と、愉悦の笑みだ。

「例え勘違いだとしても。一生勘違いを続ければ、真実になるんだよ。それで良いじゃないか」
「…………………………」

なんて言い返せば良いのか、わからなくなった。
神威を見上げたまま硬直している私の首筋に、彼は唇を落とす。

「い、…ッ」

僅かな痛みに顔をしかめて、ようやく、今何をされたのか理解した。
…もしかして、痕付けられた? こんな目立つ場所に!?

~~~ッ、」
は案外、言い負かされると反応が鈍るね。可愛いよ」
「うっさい馬鹿兎! 死ね! 死んでしまえ!!」

勢いよく怒鳴り返して、私は神威の手を振り払って背を向ける。
なんだこれ。なんなんだこれは。
非日常、大いに結構。ただし平和に限る。
だから、こんな男はごめんだ。どう考えてもトラブルの宝庫だ。
なのになのにそれなのに!

~~~ッ」

一瞬、流されそうになった。最悪だ。最悪だよ!
ああもう、銀さんでも土方さんでもこの際、高杉でも良い。
手遅れになる前に、誰でも良いから助けにきてくれないかな…!!

「ってか、手遅れってなんだ、何がだ…ッ!」
ー、どこ行くのー?」
「黙れお前の居ないところだ!!」

ってか、なんで今まで滅多に呼ばなかったくせに名前連発すんだ、やめろ!!
耳に馴染みそうで、もう、本当に…ッ!

ー」
「ぁんだよ今話しかけんなッ!!」
「それでも振り返ってくれるあたり、は結構、俺に甘いね。
 …ねぇ、? 俺が君を大事にしてるのは本当だ。だって、こんなに手加減してるだろ?」

にっこりと、微笑んで言われたセリフ。
…え。どういう意味?

まじまじと見返す私に、神威は軽く口角を持ち上げて、笑った。
さっきのあの、獣みたいな瞳で。

「俺に、本気を出させたい…?」

ぞわりと、鳥肌が立った。
蛇に睨まれた蛙のように硬直していると、いつの間にか目の前に神威がいた。
いかん。背後は壁だ。今度は何されるかわからない。

「本気なんか出さなくてもいーです、遠慮します!!」

きびすを返して、私は速攻で元来た道を引き返した。
いや、ここは宇宙で宇宙船の中、本当の意味で逃げ場なぞ無い。それはわかっている。

…なんかこう、根拠もなしに危機感抱いてなかったのかもしれない。
これは紛うことなく、「貞操の危機」です、お母さん。
――例えイケメンとは言え、相手が悪過ぎるわ!!







「朝から元気だよねぇ、は。ホント、飽きないよ。
 まあ、焦る必要はないよね。――だから今はまだ、優しくしてあげる」






冗談じゃない!!、と。
脱兎の如く逃げ出しながら、私は心の中で精一杯怒鳴り返した。






不穏で物騒で、情熱的な求婚者。



END

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