――空気を読まれた、と。
それに気づくのは、まったく難しいことではなかった。
まずお妙が、仲の悪いさっちゃんと、酔って暴れてる月詠を力づくで連れて行った。
別にその辺に捨ててくるとかじゃなく、曰く「お泊り女子会」を決行するのだそうだ。
当然、神楽も連れていかれた。何故か定春のおまけ付きで、だ。
「悪いけど、さんは銀さんをお願いね。
ほら、いくら酔っぱらいでも誕生日に放置は可哀想でしょ?」
有無を言わせぬ笑顔で言われた瞬間、私の笑顔は盛大に引きつったと思う。
主賓が酔い潰れてお開きとなった、誕生パーティ。
参加者が帰って行って閑散とした万事屋に残されたのは、私と、酔い潰れた銀さん。
意図的に仕組まれた、ふたりきり。
「……」
悪い酔いではないらしく、銀さんは気持ちよさそうに寝ている。
とはいえ、季節が季節だ。ここに放置したら風邪をひくかもしれない。
かと言って、私に銀さんを抱えて寝室に行くほどの腕力はさすがに無い。
自分の足で移動してもらえばいいのだが…
――はたして、起きてる銀さんと「ふたりきり」という状況に、私は耐えられるだろうか。
「銀さーん? おーい、ここで寝てると風邪ひきますよー」
「…んぁ?」
目を開けた瞬間、視界に入ったのは見知った女の呆れた様な顔だった。
「やっと起きた。いくら誕生日だからってハメ外し過ぎだよ。飲み過ぎ」
「うー…そんなに飲んでねーよ…。あれ。他の奴らどうした…?」
どうにも思考がふわふわしていて認識が上手くいかないが、とりあえず起こされたのは把握した。
どうやら酔って床で寝ていたらしい。
身を起こそうとした瞬間、スカートの裾から覗く白い素足が視界に入ってしまい、軽く頭を振って見なかったことにした。
…こいつの無防備さはなんとかならないものか。目のやり場に困る。
「みんな帰りましたよー。
神楽ちゃんはお妙達とお泊り女子会やるからって新八の家に行った」
「ナニソレ…お泊り女子会? まあいいけど…あれ、じゃあは?」
「銀さんほったらかして行けるわけないでしょーが。
別に良いですよー、女子会って言ったら恋バナさせられるし。私だけ男いるから質問責めだし」
「ちゃん感じ悪ーい」
「うっせーです。…というか、空気読まれただけです」
差し出された水を呷り、視線をに戻す。
なんとも言えないその表情に、なんとなく事態は理解した。
「…あー。お妙か。変なとこは気の回る奴だよな…」
「ホントですよ。…突然ふたりっきりにされても困るのにっ!!」
「ちょっとちゃん。彼氏とふたりきりで何で困るんですか」
…そう。彼氏なのである。
俺が、の。
なのだが、それっぽいことはあまりしていない。
主な原因はにある。
見た目こそ艶やかな美女だというのに、そのあまりに強烈な唯我独尊的な言動と行動。
ドS姫、などと呼ばれるような暴悪な性格のこの女。
………自分の恋愛ごとには、どうしようもないほどに奥手だった。
「困るの! 本当に困ってるの! ねぇ私どうすれば良い!?」
「え。俺に聞くのかよ。…じゃあ銀さんとえっちする?」
「しない!!」
「即答とか傷つくんですけど! せめてもう少し躊躇って!!」
返ってくる反応はわかっていたが、予想以上の早さだった。
年齢よりよほど女らしい…というよりは、匂い立つような色香と艶めかしい肢体を持つくせに、こいつは反応が初々しい。
いや、初々しいとかそんなほのぼのした状態の更に上を行く。
普段はそうでもないが、恋人らしいことをしようとすると、見た目と中身のバランスが崩壊するのである。
…困ったことに。
「無理なの恥ずかしいの! ふたりきりとか照れて何喋って良いのかわからなくなるの!!」
「…え、そんなレベル…?」
「あああっ、もう! 少し前までこんなことなかったのに!
今でも誰か居る時なら蹴ったり踏んだりぶん殴ったり平気で出来るのにぃぃぃぃっ!!」
「………いやいや、お願いだから暴力はやめよーよ」
本当に蹴ったり踏んだり殴ったりするからね、この子。
何をどう割り切ってるか知らないけど、容赦無く攻撃してくるから恐ろしい。
「あのさ、ちゃん? 今日は銀さんの誕生日じゃないですか」
「…そうですね?」
「誕生日なんだから、もう少し優しくして欲しい」
別に、何もおかしなところはない、普通の願いだと思う。
少なくとも、俺に他意はない。あわよくば膝枕くらいは、と期待しなかったわけでもないが。
が、しかし。
当のは何をどう解釈したのか、じりじりと後退した。
何故か、胸元を押さえながら。
「……………え、えと、それはつまり、あの、俺に従え的な…」
「なんでだよ。そこまで言ってねぇよ」
「……………な、なんでもひとつ言うこと聞けとかそういう…」
「だからそこまで要求してねーだろ!! なんなのお前は!!」
「…なによ! 銀さんは私とえっちしたくないの!?」
「したいに決まってんだろ!!」
「……………」
「オイ! 自分で言っておいて逃げんな!」
「きゃーーーーっ!?」
逃げようとしたの腕を引っ掴んで捕まえる。
上擦った悲鳴を上げて狼狽えながら、は早口で捲し立てた。
「ごめんなさい言ってみただけです出来心なんです! 無理無理出来ないホントに無理ッ!!
いやああああっ、怖い恥ずかしい銀さんの顔まともに見れないぃぃぃぃっ!!」
「落ち着け! お前動揺し過ぎ!!」
「やだ離して頭おかしくなるッ! あああっ、何喋れば良いのどうすれば良いの私!?」
「触るのもダメってお前、俺ぁどうすればいいのよ…こっちが聞きたいんですけど…」
「とりあえず離して距離が近いとダメなのあああもう心臓壊れそう!!」
こっちが驚くほどの、過剰反応である。
…こいつ、実は物凄く意識してるんじゃなかろうか。
「…あれだな。Sって案外打たれ弱いよな。お前見てるとホントそう思うわ」
「わ、わかってるなら、手、離して…!」
「んー…やだ」
「ちょ!?」
顔を赤くして狼狽えている姿は、正直可愛いと思う。
見た目だけで言えば、美人とか妖艶とか、そういう形容詞の方が合ってるんだろうが。
「か、顔近い! 銀さ…っ」
「うっせーな。キスくらいさせろ」
「なっ…」
率直に言うと、反論してこなくなるのは知ってる。
華奢な身体を引き寄せて、顎に指を掛けて上向かせる。
若干の怯えと、無意識なのか、何かを期待するような艶のある視線。
誘われるように、桜色の唇へ口づけた。
「んっ」
舌先で突けば、躊躇いがちに小さな舌先が応えてくる。
念入りに重ねた唇の隙間から、小さく漏れる甘い声に、脳のどこかが痺れるような感覚を覚えた。
「ぅんッ…ん…っ」
ゆっくりと塞いだ唇を解放すると、熱い吐息が零れる。
唾液に濡れた唇と、熱に潤んだ瞳。
どこか淫靡なその表情に、ぞくりと背筋に震えがはしる。
「………なんなの、お前。ガキのくせにエロい顔して」
「エ、エロ…ッ、…してないよ!!」
「してるしてる。キスだけでそんなやらしい顔されるとなぁ…」
「だ、だからっ…そんな顔してませんッ!!」
必死に反抗する様子が妙に子供のようで、先ほどまであった淫靡な雰囲気がかき消される。
困ったことに、こういうことをしておきながら、俺はこいつに『女』を見るのが少し、怖いらしい。
「…銀さん?」
「。これ、相手が俺じゃなかったらここで止めてくれねぇんだからな。
優しくて気の長い、大人な銀さんに感謝しろ」
「……」
一瞬、何かに躊躇するような気配を感じた。
…また下らない事考えてるな、こいつは。
「…あ、の」
「ん?」
「も、もうちょっとだけ、待って…そしたら、多分、良いよって、言えるから…」
「……あー、いいよ頑張るなよ。無理すんな」
「でもだって誕生日だしっ」
「誕生日にかこつけて無理矢理言うこと聞かせたみたいだろ。そういうのはなんか違う」
悪戯くらいなら、嫌がろうが恥ずかしがろうが仕掛けても良いかと思う。
だが、そこから先はさすがにそういうわけにもいかない。
度胸が無いと笑うなら笑え、こいつに泣かれるよりずっとマシだ。
「焦らなくて良いっての。
お前はガキで俺は大人だから、ちゃんと待てるって」
「…でも、その…したいんでしょ…?」
「そりゃしたいよ? 好きな女とこんなに密着してて何も感じなかったら、逆に不健全だろ。
ちゃんは中身は子供なのに体はエロいから余計にね?」
「エ、エロいって言うな!」
耳まで赤く染めて、握り締めた拳を震わせるその仕草は、まだ子供っぽい。
大人と呼べるほど狡くもなく、幼いと呼べるほど無垢でもなく。
いい加減生殺し状態から脱したいと思う反面、もうしばらくこいつはこのままでも良いかなとも思う。
…大概、俺も面倒くさい男だ。
「…焦るこたねーよ。時間なんかいくらでもあるだろ」
「ん…」
「…でも触るのもダメとか言われると困るから、照れるのも程々で頼む」
「…………ど、努力します」
くしゃり、と少し乱暴に頭を撫でてやると、は苦笑した。
子供扱いするな、と言い返したいのだろうが、状況的に言い返せないのだろう。
こいつも大概、変なところが負けず嫌いだしな、と。
そんな彼女を愛おしく思いながら頭を撫でていると、軽く裾を引っ張られた。
「…銀さん」
「ん?」
「お誕生日おめでとう。…生まれてきてくれて、ありがとう」
飾らない笑顔で言われた、その言葉に。
泣きたいような、笑いたいような、そんな妙な気分になる。
こいつはきっと、気づかないんだろう。
他愛のない言葉。
無意識の仕草。
無防備な笑顔。
目の前の年上ぶってる男が、自分の一挙一動にこんなにも惑っているなんて、きっと一生気づかない。
もっとも、気付かせないのが男の見栄ってやつだけど。
END
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